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『バンドリ! ゆめ∞みた』第12話の副題は「わかれ」。十二本すべてひらがなの副題のなかで、関係の終わりをそのまま名前にしたのはこの回だけである。藤都子はビオラの帰り道で待ち伏せ、別れの言葉を最初から最後まで過去形で並べていく。そんな言い方をするのかと聞かれて返すのが「過去にしたいからです」だった。そして前の話で自分を切り捨てるのに使った「空っぽ」が、ここでは生き方の名前として言い直される。




別れの言葉が、最初から最後まで過去形で並ぶ
副題「わかれ」は公式サイトのSTORYに出ている
第12話の副題は「わかれ」。公式サイトのSTORYに、話数と一緒に並んでいる。
公式の紹介文は、あたたかいだけじゃ伝わらない、黙っていたら何も変わらない、だから逃げない、という三つの文でできている。この回に何が起きるかの説明ではなく、この回で誰かが決めることのほうが書かれている。
十二本の副題は、全部ひらがなだった
第一話から並べてみる。みゅーたいぷ、ちゅ~、すきにしろ、たのしいかも、たすけて、うんめい、こころあらたに、はなまる、かいさん、うみ、たのしかった、そして、わかれ。
気持ちの言葉か、誰かが言いそうな一言か、その回に起きたことの名前のどれかになっている。そのなかで、人と人の関係が終わることをそのまま題にしたのは、十二本目のこれだけである。
「過去にしたいからです」と本人が方法を説明する
ビオラの前で口を開いた藤都子は、あなたと会えて幸せでした、と切り出す。過去形である。
みたいに言うの、と聞き返されて返すのが過去にしたいからですだった。別れを言い渡すのではなく、これから話す全部を過去形の箱に入れる、という手続きの宣言になっている。
続く言葉も、ひとつ残らず過去形になっている
あなたに見せてもらった夢は幸せだった。あの時に見た輝きは本物だったと今でも思える。それには感謝しています。
否定がひとつも混ざっていない。良かったことを良かったままで数え上げて、そのすべてを終わった側へ置いていく。だまされていた、という言い方を最後までしない。
「歌でおしゃべりする」は、三話前に出ていた言葉
最初に口を開くのは宮永ののか
あの、僕、みんなに言っておきたいことがあって、と切り出す。僕は、歌でおしゃべりする。
ずっとずっと思ってた、おしゃべりして、僕の大好きをみんなに伝えたいってと続き、僕はライブをやる、で終わる。ここまで自分から動く場面がいちばん少なかった人が、この回では先頭で動く。
「おしゃべり」は第9話に出ていた言葉である
第9話で峰月律が都子に持ちかけた解決策が、説得ではなく、おしゃべりしませんか、だった。
そのとき律は、ののちゃんもきっと同じ気持ちなんだと思いますとも言っていた。三話あとに本人の口から同じ言葉が出てくるので、あれは慰めの当てずっぽうではなかったことになる。
公式の紹介文と、台詞がそのまま重なる
続く台詞が、誤解されるかもしれないけど、黙ってたら伝わらないから、歌う、である。
公式の紹介文の二行目が、ほぼそのまま台詞として置かれている。あたたかいだけじゃ伝わらない、のほうは、このあとの都子の話し方が引き受けることになる。
「本当の自分を出したい」への返しが軽い
私も、誰かに作られたんじゃない、本当の自分を出したい、と続く声がある。フェイク動画に作られた像への返事でもある。
返ってくるのがとっくに出てるでしょだった。深刻に受け取らないことで、決意表明の場が湿っぽくならずに済んでいる。
十二話目にして、初めて全員の意見が一致する
マネージャーの受けが、ライブの件承知しました、である。
そのあとに置かれるのが初めて、バンド全員の意見が一致したねだった。十一本かけて一度も揃わなかったという事実が、ここではっきり言葉にされる。みんなの覚悟、バシバシ感じたからね、と続く。
開示請求は、間に合ってから届く
マネージャーが手を打っていた
朝から機嫌が悪い理由が、SNSのあの動画、もとい悪質フェイク動画に開示請求を出しました、だった。
うちの大事な子たちに手を出したんだから、目に物見せてくれるわと続く。守る側の言い分としては、これ以上ないくらい素直である。
「もっと早くできたらよかったんですけどね」
本人が最初に添えるのが、もっと早くできたらよかったんですけどね、である。
手を打った本人が、遅れたことを先に認めている。ここまでやられたらさすがにね、という相槌も、裏を返せば、そこまでは動けなかったという話になる。
燃えていた火のほうが、先に小さくなっていた
第11話では、炎上っても界隈が違えば話題になるんだよな、何にもならない、と言われていた。
火が萎んだあとから、法的な手続きのほうが届く。順番が逆に見えるが、この順番になるほうが現実に近い。守る手続きは、いつも守られる側の時間には合わない。
当事者の二人には、待ってねとしか言えない
名前を呼ばれるのが仲町と藤の二人で、二人とも、もう少しだけ辛抱してね、と言われる。
返るのがならいいけどという短い一言だけである。手続きが進んでいると知らされたところで、待つ以外にできることは増えない。
感想をくれる相手が、ビオラでなくなっている
朝、走っているところから始まる
開幕は、都子さんだ、今日も走ってるみたい、である。
続くのが体力作りは大事だけど、断罪なんてしなくていいのにだった。走っている理由が体づくりではないと、見ている側にはもう分かっている。
「自分で自分を許せないんじゃないかな」
受けが、自分で自分を許せないんじゃないかな、である。前の話で、中身のない空っぽな人間だったから、と自分を切り捨てた続きがここにある。
そのあとに走ってる間は気が晴れるっていうのは分かるかもが来て、私はそれがギターと熟成肉、という返しでほぐれる。深刻な観察のすぐ隣に肉の話が置けるのが、このバンドの距離感である。
読んだ人の言葉が、仲間のほうから届く
都子の描いたものを読んだ相手が、その感想を本人に伝える場面がある。
返しが感想言ってもらえるの、すごく嬉しいですだった。都子がビオラから受け取って手放せなくなっていたものと、まったく同じ種類のものである。同じものが、今度は近くから来ている。
差し出されるのは「仕事用の糖分」
都子さんこれ、と差し出されたものへの第一声が、車止め、である。
説明が仕事用の糖分です、ここぞという時に食べてくださいだった。渡した側は、いつがそのときかまでは指定していない。
「ここぞ」が、すぐあとに来てしまう
この直後にビオラからの通知が動き、都子は出かけていく。
ここぞという時に、という言葉が、渡されてから数場面で回収される。糖分を持たせた側は何も知らないまま、いちばん要る場面に間に合っている。
待ち伏せの手口を、そっくり返す
帰り道で待っていた
都子の第一声が、ビオラさん、お待ちしていました、である。
種明かしが事務所で二、三日にわたる長編インタビュー取材、もしくはドキュメンタリー撮影を受けていますよねだった。仕事が終わるであろう時間に、帰り道であろう場所で待たせていただきました、と続く。
「私のメッセージが見れなくて当然です」
最近お仕事が立て込んでて、と詫びるビオラに、知っています、と返す。
そのうえで私のメッセージが見れなくて当然ですと言う。返事がないことを責める材料にせず、調べがついているという事実だけを置いている。
手口の説明まで、本人の前でしてみせる
都子は、ビオラが手がけてきた売り方をそのまま並べる。キャラ付けを遺憾なく発揮した企画、動画中心の活動、そのあとは反省を生かして、メンバーの個性を尊重して個々人の配信を中心に集客、イベントで露出のレアリティをコントロール。
前置きが惹かれて探れば探るほど感じましただった。憎んで調べたのではなく、好きで追いかけた結果ここまで見えた、という順番になっている。
自由なSNSが、居場所を漏らした
締めが、今回はそのメンバーの自由なSNSのおかげで、ビオラさんを待ち伏せることができました、である。
うまくいっている売り方そのものが、本人の居場所を教えてしまった。人の発信を材料にして人を動かす側が、人の発信で捕まっている。
ビオラのほうは、通知を「おもちゃ」と言って隠す
同じころ、ビオラの側にも短い場面がある。ビオラが通知切ってないの珍しい、いっつも忘れて怒られるの私たちなのに、と言われている。
ごまかしが使い終わったおもちゃは片付けなさいってだった。おもちゃじゃないのにお母さんが、と否定まで付けている。人を道具のように使ってきた人が、道具ではないと言い張る形になっている。
空っぽを埋めるのをやめる
「私は空っぽなんです」
都子が自分の説明に使うのが、私は空っぽなんです、である。
自分自身に何一つ自信がないから、自分を語れる言葉も持たないと続き、自分の作品にも自信がない、魂削ってまで書いているのにですよ、まで言う。空っぽという言葉は、前の話では自分を切り捨てるために使われていた。
だから、SNSの言葉を探しに行っていた
続くのが、だからSNSにあふれる言葉を探し出しては、一喜一憂して、感情の波に流されるがまま、である。
そこへあなたはくれましたよ、欲しかったものすべて、自信、確信が来る。ビオラがしたことは、空っぽを外から埋めることだったと、埋められた側が整理している。
ビオラのほうも、最初から持っていない
ビオラの答えも短い。最初から持ってないから、どんなに頑張っても、キラキラの輝きは手に入らない。
あれは私の本当の気持ちだよと付け足す。二人とも空っぽで、違うのは、空っぽをどう扱ってきたかだけになる。片方は人を集めて埋め、片方はこれから埋めないと決める。
満たされると、周りが見えなくなる
都子が別れる理由に挙げるのが、私は不器用だから、空っぽが満たされたことに満足して、周りが見えなくなってしまう、である。
夢中になるって素敵なことじゃない、と言われてもダメです、それしかできなくなるんですと返す。良かったことを否定しないまま、良かったからこそ離れると言っている。
「空っぽは空っぽの生き方もある」
到達点が、空っぽは空っぽの生き方もある、である。
そのあとが私はガチャガチャした人間たちと、いろんなことを経験し続け、自分で自分を乱し続けるだった。埋めるのをやめて、揺らされ続けるほうを選んでいる。憎しみでも悲しみでも構わない、それが創作に繋がるからだ、と理由まで付ける。
「もう人を愛さない」と言いながら、人の中にいる
締めの宣言が、私はもう人を愛さない、全ての煩悩を捨て去り、創作活動に全てを捧ぐ、これこそが私、藤都子だ、である。
人を絶つと言いながら、中身は人の中に居続けるという話になっている。合ってるでしょ、私たち、と言われて返したのが、違うし、うるさいし、むかつくし、推しが強くて、一緒にいると信じられないほどめんどくさいけど、それでいい、だった。噛み合う相手ではなく、噛み合わない相手のほうを選んでいる。




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