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第二期の最終回となる第24話の副題は「時代」。開戦を前に、時行は正体を伏せたまま鎌倉党を率いる大将となるが、重い鎧と大人たちの不信が立ちはだかる。鎧を脱いで示した大将の器、出陣前夜に頼重が贈ったあなた様は必ずや英雄になれるという言葉、そして御柱祭を計略にした奇策で、ついに鎌倉奪還の大戦である中先代の乱が幕を開ける。逃げ上手の若君が大将として戦場へ踏み出す、第二期の締めくくりの回である。




第24話の副題は「時代」
第24話の副題は「時代」。第二期の最終回にあたる回で、公式のあらすじは「開戦準備を完了させた諏訪陣営は、いよいよ大戦の火蓋を切ろうとしていた」と始まり、「鎌倉奪還の大戦、「中先代の乱」の幕が上がる」と結ばれている。時行が大将として「鎌倉党」の指揮を執ることになるが、その正体は隠したまま。子供の指揮下に入ることに不安を覚える大人たちに、時行がどう将の器を示すのかが、この回の軸になっていた。
「それぞれの大義を掲げ戦へ向かう」
冒頭のナレーションは、現代と約700年前を重ねるところから始まる。「私たちは今歴史の大きな転換期に生きている」。そして当時の日本もまた「先の見えぬ時代であった」。武家の世が終わり、ひとつの正しさが揺らぐなかで、「武士たちはそれぞれの大義を掲げ戦へ向かう」。副題の「時代」は、時行一人の物語ではなく、それぞれの大義を抱えた大勢の人間が動き出す大きな流れを指しているのだと、最初の数十秒で伝わってくる。
諏訪陣営には、国司の清原を襲って「大戦の火蓋を切れ」との命が下る。家族や領民を失った者たちにとって、それは「二年分の恨みを晴らす」戦いでもあった。逃げ延びてきた者たちの悔しさが、ようやく形になろうとしている。
「お前の本質は義理がたく優しい子だ」
一方、頼重の息子は、納得できないと父に詰め寄る。北条のために、なぜ父や祖父が命を懸けて戦うのか。頼重はその問いに、北条家が諏訪家を優遇してきた恩、信濃の民を救うため、武家としての諏訪家の未来のため、そして「悲運の王子を助けるという義のため」と答える。
そのうえで頼重は、息子に後を託す。「少しわがままに育ててしまったが」「お前の本質は義理がたく優しい子だ」。神として振る舞ってきた頼重が、ここでは一人の父親の顔を見せていた。大戦の前に家族へ言葉を残す姿には、この戦がどれほどの覚悟の上に立っているのかがにじんでいた。
鎧が重すぎる大将
開戦を前に、時行は大将として鎧を身につけることになる。
「ちょっと重すぎだよね」
大鎧に鉄かぶとの完全武装。逃若党の仲間たちは「立ってるだけでこの気迫」「これこそ将の器だよ」と持ち上げるが、実は中の時行はほとんど動けていなかった。ナレーションいわく、武士のフル装備は「30キロを超え」、子供用でもジャンプすら難しくなるという。
鎧を着たまま「もうダメです」と音を上げる時行の姿は、大将の威厳とはほど遠い。しかも問題はそれだけではなく、鎌倉党の大人たちも「大事な弔いの戦なのにこんな子供の指揮か」と、まるでやる気を見せていなかった。重い鎧と、ついてこない部下。大将としての最初の壁が、物理的にも精神的にもずっしりと時行にのしかかる。
「全部脱ぎ捨てて気持ちよく逃げたいんです」
正体を明かすべきかと迷う声もあるなかで、時行が頼重に願い出たのは、鎧を脱ぐことだった。「勝つことで私は彼らに認めてほしく」「そのためには鎧を脱がせてほしいんです」。今回の作戦も新技も、身軽でなければできないものだという。
「そんなに脱ぎたいですか」と聞かれて、「はい脱ぎたいです」「全部脱ぎ捨てて気持ちよく逃げたいんです」と即答するのが、いかにも時行らしい。そこで用意されていたのが、雫が鎧師に頼んでおいた「兄様専用の逃げ特化の鎧」だった。守るべき箇所だけに板を配置し、服と鎧を一体化させて、細身に仕上げたものだ。
ナレーションは、この時代以降「武士の鎧はスリム化と軽量化が進む」と添える。時行の「逃げ」のための工夫が、そのまま鎧の歴史の流れに重ねられているのが、この作品らしい遊び心だった。
「あなたたちの大将は私です」
新しい鎧をまとった時行は、鎌倉党の三浦に向かってはっきりと告げる。「あなたたちの大将は私です」「危険な作戦をやりますが」「ついてきてもらいますよ」。
重い鎧を着ていたときとは別人のような姿に、大人たちは「着替えた途端に覇気が出てきた」と驚く。時行の器は、鎧の重さで示すものではなく、身軽になって初めて表に出るものだった。大将らしく見せることより、自分らしく動けることを選んだ判断が、そのまま部下の見る目を変えていく。
出陣前夜
出陣を前にした夜は、静かな会話と、いつもの騒がしさが同居していた。
「我らはただ背中を押すことしかできぬ」
頼重は、いつもなら御柱祭の準備で騒がしい頃だと語られる季節に、山の向こうへ目を向ける。未来が見えたのかと問われると、「若く、軽く、進もうとするものを運ぶ風」を感じると答えた。
「我らはただ背中を押すことしかできぬ」「その先の未来は彼ら自身の目で見て歩んでいくものだ」。未来を見通す力を持つ頼重が、あえて未来を若い世代に委ねる言葉を口にする。最終回にふさわしい、余韻のある場面だった。
「三股将軍」と木の枕
もっとも、その夜の頼重はいつも通りでもある。時行の寝所に布団を敷き、「三股将軍」とつぶやいたり、未来には枕を投げる遊びがあるらしいと木の枕を持ち出したりと、やりたい放題だった。「それ絶対木の枕ではやってない」という時行の指摘には笑ってしまう。
「同じ布団で寝まするぞ」と迫る頼重に、時行は「やだよ気色悪い」とばっさり。大戦前夜でも変わらない二人のやり取りが、かえってこの関係の深さを感じさせる。
「神ではなく人としての頼重が保証します」
それでも頼重は、本当に伝えたかったことを最後に口にする。鎌倉まで行ける未来は見えるかと問われ、信濃の外では予知がほとんど働かないと答えたうえで、「未来など見えずとも」構わないと言い切る。
「この二年間のあなた様を見て確信しました」「あなた様は必ずや英雄になれる」「神ではなく人としての頼重が保証します」。予知ではなく、二年間そばで見てきた人間としての確信。その言葉を受けて、時行は頼重が戦の場を与えてくれただけでなく、失った家族にもなってくれたのだと噛みしめる。「この人には恩しかない」。ふざけた夜の最後に置かれたこの言葉が、二期全体の二人の関係をまとめていた。
中先代の乱、開幕
1335年7月初め、ついに頼重が軍を率いて進軍を開始する。時行の名前は、まだ伏せたままだった。
蝉を狙う蟷螂を雀が喰らう
戦は、保科の軍が国司を襲撃するところから幕を開けた。小笠原貞宗はこれを察知しており、市川とともに南北から国司の救援に向かう。頼重の軍は、その貞宗の後を追う形で進んでいく。
小笠原方は、諏訪の本軍が貞宗の軍を襲う瞬間を狙って背後から襲いかかる策を用意していた。「蝉を狙う蟷螂を雀が喰らう」。互いに相手の策の裏をかこうとする、読み合いの戦が始まっていた。さらに崖沿いの道では、「崖の上に弓兵がいれば格好の的だ」と警戒しながらも、急いで通り抜けようとする軍の姿が描かれる。
開戦前には、小笠原貞宗が太刀を賜る場面もあった。「いざ鎌倉という言葉はまだ続いているのだ」「奴らの中ではな」。鎌倉という土地が武士にとって持つ意味を、敵方の貞宗もまた重く受け止めている。
逃若兵法・火焔御柱の計
そして時行たちが仕掛けたのが、崖の上から巨大な丸太に乗って一気に駆け下りる奇策だった。頼継との鬼ごっこで目印にしたとき、あれは何に使うのかと思っていたものの正体が明かされる。
「はい、信濃の民は6年に一度」「あれに夢中になります」。御柱祭を戦の計略に使うという発想に、時行は「信濃にそんな危険な祭りがあったなんて」と目を輝かせる。恐怖よりも先にわくわくしてしまうのが、逃げ上手の若君の本領だ。「慣れるとめちゃくちゃ楽しいぜ」という声とともに、炎をまとった丸太が崖を駆け下りていく。
「ヒャホー」と叫びながら崖を下る逃若党と、それに巻き込まれる鎌倉党の大人たち。危険な作戦に「ついてきてもらいますよ」と宣言したとおりの、豪快な開戦だった。
「今日の私は大将としてお前を倒しに来た」
崖を下りきった時行の前に現れたのは、瘴奸だった。第一期から因縁のある相手に、時行は「今日の私は大将として」「お前を倒しに来た」と告げる。
逃げることで生き延びてきた少年が、大将として正面から敵に向き合う。「逃げ」を武器にしてきた時行の、もう一つの顔が見えた瞬間だった。ただし、その決着は描かれないまま、物語は次の時代へと引き継がれていく。
まとめと考察
第24話は、第二期の最終回として、中先代の乱の開幕までを描いた回だった。
「果たして生き延びることができるのか」
ラストのナレーションは、「時に西暦1335年」と時代を示し、さらに遥か北の地で未来を思い描く人物の姿を映す。画面には「北畠顕家」の名が示され、「やがて北条時行の名はその渦中に現れる」と続く。そして「果たして生き延びることができるのか」という問いで、物語はひとまず幕を下ろした。
戦いの決着は描かれず、時行と瘴奸の対決も持ち越しになる。それでも、大将としての覚悟を示し、仲間と大人たちを率いて戦場に飛び込んだ時行の姿は、第二期の締めくくりとして十分な手応えがあった。
「楽しかった」「けどもうおしまい」
最後に時行は、「楽しかった」「けどもうおしまい」と笑う。物語の中の言葉でありながら、見ている側に向けた別れのあいさつのようにも聞こえる、少し寂しい締めくくりだった。
第二期を通して、時行は逃げることで生き延び、仲間を得て、頼重という家族を得た。そして最終回では、その仲間と家族に背中を押されて、大将として戦の時代へと踏み出していく。副題の「時代」が示すとおり、一人の少年の成長が、歴史の大きなうねりへとつながっていく最終回だった。実写の挿入やパロディを交えたにぎやかな演出も含めて、最後までこの作品らしさを貫いていたと思う。
重い鎧を脱いで身軽になることで大将の器を示し、崖を駆け下りる奇策で戦の幕を開ける。逃げることを恥ではなく力として描いてきたこの作品の積み重ねが、最終回の一つひとつの場面に生きていた。時行がこの先どんな時代を駆け抜けていくのか、その続きを見届けたいと感じさせる幕切れだった。




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