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第6話のサブタイトルは「コミティア〜もっと面白い漫画を描こう!」。揃いのシャツで初めてのコミティアに乗り込んだ王島南高校漫研は、手島の手ほどきでブースを整え、初めて一冊が売れる瞬間を味わう。ところが安海がひとりで描いた本だけは、最後まで一冊も売れなかった。そこへ現れた編集者が置いていったのは、慰めではなく「同情は創作の敵」という言葉だった。




長机一つで、二つのブースになるので
手島先生のコミティア講座
第6話は、揃いのシャツを着た漫研の面々が会場入りするところから始まる。そしてすぐ、手島の実地講義が始まった。「長机一つで二つのブースになるので、半分以上にはみ出さないように」。布をかけると分かりやすい、という助言まで具体的だ。
本はスタンドで面陳にして立て、値札をつけた見本を一冊用意する。隣のブースの人が来たら挨拶をして、名刺代わりに一冊渡してもいい。実行委員に提出する見本誌と、釣り銭を入れる箱も忘れずに。「プロを目指すな」と言い続けてきた顧問が、ここでは完全に経験者の顔になっている。
この講義そのものが、今回いちばん楽しいところだった。設営の一つひとつに理由があって、どれも実際にやった人でなければ出てこない。手島がかつて何をしていたのかが、説明ではなく手順で伝わってくる作りになっている。
9割こんな感じなので、気にしないように
次は声かけの練習だ。通りかかった人には「どうぞ読んでください」と軽く挨拶するのがいい、と教わって、手島が通行人役をやってみせる。ところが力が入りすぎて空回りしてしまった。
そこへ手島の一言が刺さる。「9割こんな感じなので気にしないように」。椅子は二つしかないので売り子は交代制、最初の番はじゃんけんで決まった。そして十一時、コミティアが開会する。
開会と同時に手島は会場を回りに行き、赤福も「宣伝シャツ見せ回るぜい」と出ていってしまう。残されたのは安海と藤森の二人だけ。ここからが本番だった。
世界で一番、嬉しい瞬間
プロもアマも入り混じる場所で
コミティアは、プロもアマチュアも同じ床の上に並ぶ場所だ。誰も肩書きを見ていないかわりに、目の前を通る人が本を手に取るかどうかだけがすべてになる。設営が終わってしまうと、あとはただ座って待つしかない。
藤森が緊張で固まり、安海も落ち着かない。通る人の視線が、そのまま値踏みのように感じられてしまう時間が続く。描いているときには考えなくてよかったことが、ここでは全部むき出しになる。
面白い漫画を描けばいい。言葉にすればそれだけのことが、この場所ではどうしようもなく難しいのだと分かる。描き終えた本を持ってきた人間だけが座れる椅子で、答えを待たされている。
一冊の本が売れる
そしてついに、その瞬間が来る。「見てもいいですか?」と本を開いた人が、「一部ください」と言ったのだ。たった一冊である。それでも三人にとっては、世界で一番嬉しい瞬間だった。
自分たちで考えて、自分たちで描いて、自分たちで形にしたものに、見ず知らずの誰かがお金を払う。本が一冊、手元から離れて他人のものになる。それだけのことで抱き合って泣いてしまう。
この場面を大げさだと思う人はたぶんいない。初めて作ったものが初めて誰かに渡る瞬間の重さは、売れた冊数とはまったく関係のないところにある。ネットにも創作を志したことのある人からの反応がずらりと並んでいた。
今、死ねって言いました?
結婚する妄想をしていたら一本描けた
会場を歩く手島の頭には、かつての自分がよみがえっていた。初めてここで本を頒布した日、買ってくれたのはたった一人だった。「一部だけ買ってくれた人がいて、結婚する妄想してたら一本描けたんですよ」。聞かされた側は当然「こわっ」と引いている。
そのころ手島の原稿を読んでいたのが編集者だった。「方向性はいいと思います」「友達に話しかけるような温かな語りかけを感じますし、全体的に柔らかく仕上がっていて」と評され、手島は褒められたことに舞い上がる。憧れの漫画家にも会えた。
ところが浮かれていられたのは一瞬だった。「頑張りましたね、と言われたら失敗作」。こちらの苦労が向こうに見えてしまっているという意味だ、と手島は考える。読み手には没頭して泣いたり笑ったりしてほしい。この基準の高さが、のちの彼女を追い詰めていくことになる。
もう少し絵を勉強された方がいいですね
それでも手島は諦めず、ようやく賞にたどり着いた。プロの入り口に立てたと思ったその場で、編集者が言う。「新連載コンペと並行して考えてほしいんですが、手島さん、もう少し絵を勉強された方がいいですね」。
返ってきた手島の言葉が「今、死ねって言いました?」だった。「言ってませんけど」「連載獲得には絵は大きな武器になると思います。手島さんの絵は味がありますが」「死ねって言ってるじゃないですか」。この作品のタイトルが、まったく別の角度から回収される場面だ。
面白いのは、大好きな漫画家がアシスタントを募集していると聞いた途端、手島が「よろしくお願いします」と即答してしまうところ。現在の手島のモノローグ「つくづくこの人にはお世話になった」が、この回想を苦い思い出ではなく恩の記憶にしている。
私だけの本は、売れてないよね
完売したし
ブースに石龍がふらりと現れる。「何見てんの?」「え、なんでいんの?」というやり取りのあと、彼女は事もなげに言った。「完売したし」。しかも会場のぶんだけでなく、委託販売にも回してきたのだという。
安海の返事は「うちはまだ一冊しか売れてないよ」。そして「私だけのやつなんて全然売れてないし」と続けると、石龍は容赦なく「だろうね」とだけ返す。慰めないのがこの転校生の誠実さでもある。
第5話で「1000部しか刷らないよ」と言った相手と、「1000冊作って1冊しか売れませんでした」と言った手島。その両方が同じ会場にいて、安海はいま後者の側に立っている。
藤森さんの絵がいいからなんだろうな
合作の本は、その後も少しずつ売れていった。「私たちの本、また一冊売れましたよ」と喜ぶ藤森の横で、安海の胸に浮かんだのは別の考えだった。「私だけの本は売れてないよね」。
しかも売れているのは藤森の絵がいいからではないかと思ってしまう。第4話で「藤森の絵ばかり褒められる」と落ち込んだところから、この子はまだ一歩も動けていない。むしろ数字という分かりやすい形で突きつけられたぶん、前より苦しくなっている。
仲間が喜んでいる横で、自分だけが素直に喜べない。この居心地の悪さを、逃げずに真正面から描いているのが今回のいちばんの強さだと思う。
買ったら負けだな
俺は七畳だ
そこへ、目をぎらぎらさせた同世代の女の子がやってくる。ルゥ・ガルゥというペンネームで描いている、七畳島の同人漫画家だ。王島から来たのかと聞いて、「俺は七畳だ」と名乗る。
安海はルゥの本を買った。ただし表紙を見ただけで、中身は確かめていない。気乗りしない顔のまま、なんとなく手が出たという買い方だった。そのときは、それが後で自分に返ってくるとは思っていない。
初対面から遠慮がまったくない相手で、赤福とはまた違う遠慮のなさである。第4話の石龍が「冷たい印象」から入ったのに対し、こちらは最初から距離を詰めてくる。
二度と来ねえからな
一方のルゥは、安海の本を最後まで読んだ。そのうえで「買ったら負けだな」と言い切って、買わなかった。読んだ結果として買わないと決めた、という筋の通し方である。
納得できない安海が「私は買ったのに」と返し、そこから互いの本やペンネームをけなし合う口論になる。最後は「二度と来ねえからな」「帰れ帰れ」でケンカ別れになってしまった。
ここで効いてくるのが二人の非対称さだ。ルゥは読んだうえで買わず、安海は読まずに買った。誠実なのはどちらかと言えば答えは明らかで、しかも安海本人はまだそれに気づいていない。
同情は創作の敵だと考えます
こちらの本だけください
閉会十分前、ブースに一人の女性が現れる。「お久しぶりです、星野先生」。手島のかつての担当編集だった。「もう10年前の話でしょ?」と返す手島は、その場から撤収を宣言して逃げ出してしまう。
残されたのは生徒たちである。「申し遅れました。金剛寺です」と名乗ったその人は、教え子だと知って「漫画拝見させてください」と本を読み始めた。そして買ったのは合作の本だけで、安海がひとりで描いた本は買わなかった。
さらに金剛寺は、こう聞いてくる。「その本を買われず悔しいですか?」。安海が「私の本、今日一冊も売れなかったから」と言いよどんだところへ、この日いちばん重い言葉が置かれた。
同情じゃありません!
「同情は創作の敵だと考えます。プロでなくとも本を出すなら、それ相応の覚悟を持ってください。いい本ができたら買わせていただきますね」。厳しいが、これは突き放しではない。いい本ができたら買う、と約束までしている。
そしてこの言葉は、直前の安海自身に跳ね返ってくる。中身も見ずにルゥの本を買ったのは、まさに同情に近い買い方だった。厳しいことを言える人だからこそ副編集長という場所まで来られたのだ、という読み方がネットにも並んでいた。
ところがそこへ藤森が「一部ください!」と手を挙げ、すかさず「同情じゃありません!」と言い添える。石龍も「僕も一部ちょうだい」と続けて、「絶対売れないなーって思ったけど、僕もこの本が好きだよ」と付け足した。赤福まで「あれも!」と乗ってくる。同情ではないと全員が言い切ったうえで買う、という形になっているのが上手い。
「コミティア〜もっと面白い漫画を描こう!」まとめと考察
こんなとき漫画の主人公なら
仲間に買ってもらって完売しても、安海は素直に喜べない。「みんなの気持ちは嬉しい。でも私も」と言いかけたところで、現れたのがポコ太だった。決まり文句は「こんなとき漫画の主人公なら」。
そこから出てきた答えが「もっと面白い漫画を描く」である。落ち込むのでも、開き直るのでもない。サブタイトルがそのまま結論として置かれていて、この作品がどこへ向かっているのかが一行で分かるようになっていた。
第4話で「そろそろお別れの時かもしれない」と言っていたポコ太が、いちばん効くところでちゃんと出てくる。仲間ができても、この相棒の役目はまだ終わっていなかったわけだ。
あいつの本、買っとけばよかったな
そして幕切れがずるい。閉会の放送が流れる会場で、ルゥがぽつりとこぼす。「あいつの本、買っとけばよかったな」。
読んだうえで買わないと決めた人間が、一日の終わりに前言を撤回しかけている。つまり安海の本には、下手でも変でも目を離せない何かがあったということだ。一冊も売れなかったという事実と、この一言が同時に成立している。
今回は、初めて売れる喜びと、売れない苦しさと、同情で買うことの罪の重さを、三十分の中に全部詰め込んだ回だった。手島の回想が並走することで、安海がいま立っているのは、かつて手島が立っていた場所と同じだと分かる。先を行った人の狂気と喜びが、そのまま後ろへ渡っていく話でもある。次にルゥと安海が会うとき、二人がどんな顔をするのかがいまから楽しみだ。




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