この記事の作品:
第6話のサブタイトルは「死なせたりしない」で、前話の最後に置かれた「白練の中に、雅容などという名前の者はいませんわよ」の直後から始まる。ただし今回の中心は雅容ではなく、玲琳の体が高熱で倒れ、朱慧月の姿でいる玲琳自身が助けに動くという展開だった。皇后が与えたのは看病の許可ではなく、破魔の弓を一晩中引き続けろという条件である。見どころは血の滲む手で弓を置かない理由と、慧月が炎と話すようになった過去の二つだった。




公式サブタイトルは「死なせたりしない」。白練に雅容はいない
確かめたのは名前ではなく、簪が消えた時期だった
第6話は前話の最後の一言をそのまま受けて始まる。「それでは、白練の雅容様という方も、この場にお呼びいただけますか」に対する清佳の答えが、「白練の中に、雅容などという名前の者はいませんわよ」だった。
そこへ金家の側から補足が入る。「誰かが簪をなくしたと嘆いていたのを聞いたことがございます」。この一言に食いついたのが玲琳で、「清佳様、簪をなくした女官がいたのですよね?」「それはいつのことですか?」と重ねる。返ってきたのは「たしか、ひと月ほど前ですわ」で、玲琳は「ひと月……」と黙り込む。
名乗った人物がいないことより、簪が消えた時期のほうを先に押さえにいったのが目を引く。雅容と名乗って莉莉に近づいた相手が誰なのかは分からないまま、手がかりだけが一つ増えて場面が切り替わる。追い詰めるところまで行かせないのが、この作品らしい引き延ばし方だと思う。
儀の最中に駆け込んできた冬雪の知らせ
追及はそこで途切れる。「儀式の最中に御無礼つかまつります」と割り込んできたのが冬雪で、皇后に告げたのが「姫様が、玲琳様が、高熱で意識もうろうとなられております」だった。医者は呼んだのかという問いに対しても「どのような薬も、まるで効きませぬ」と返る。
皇后の受け止め方が面白い。「静まれ、委細相分かった」と鎮めたうえで、「女官の長が動揺をあらわにするものではない」と叱り、「玲琳は、あれで芯の強い女子」「こたびも気丈に耐えておろうに、周囲が取り乱してどうするのだ」と続ける。
この「あれで芯の強い」という言い方は、第3話で尭明が口にしたものとほぼ同じである。伯母と従兄が同じ表現で姪をとらえていることになる。それでも冬雪は引き下がらず、「いつもと様子が異なるのです」「もしかしたら玲琳様は、今日を一日とて……」と言い切る。取り乱すはずのない筆頭女官が取り乱していること自体が、事の重さを示す作りになっていた。
皇后が与えたのは看病ではなく「信用を得る機会」
「それが、あの子の天命なのだ」の後に置かれた条件
皇后の答えは冷たく聞こえる。「あなたの愛するあの子が今日一日で命を燃やしきってしまうというのなら、それが、あの子の天命なのだ」。ただしそこで終わらない。
続けて言うのが「ただし、あの子がそれにあらがい生きようともするなら、あらゆる手助けを惜しんではならぬ」である。突き放しているのではなく、条件を付けている。本人に生きる気があるかどうかで、周囲の動き方を変えろという指示になっている。
そこへ割って入るのが、朱慧月の姿でいる玲琳だった。「わたくしも黄家の宮にうかがわせてくださいませ」「わたくしには看病の心得がございます」「かの方の病状を、きっと癒やせると思うのです」。皇后は「笑止」と一蹴し、医者を上回る腕前だとでも言うのかと問い返したうえで、「わらわの知る限り、そんな不遜を吐いてよいのは玲琳本人だけだ」と言い放つ。
目の前で不遜を吐いているのが、まさにその玲琳本人である。皇后が姪をどう見てきたかが一行で分かるうえに、本人だと気づかないまま本人の特徴を言い当てているという二重の効き方をしていた。入れ替わりものでいちばん気持ちのいい種類の台詞だと思う。
火の気の姫に、水の気の強い神器を一晩中
皇后はまず動機を疑う。「なぜそこまで躍起になる?」「お前が玲琳のことを妬み、終始疎ましげな視線を送っていたことは周知の事実」。玲琳は先ほどの舞の褒美としてと前置きし、「彼女を追い詰めてしまったことのあるわたくしだからこそ、救わねば」と食い下がる。尭明は「信用できぬ」と退けたが、皇后は「よかろう」と受けた。
ただし与えられたものが違う。「看病の機会ではなく、まずはお前が信用を得る機会をだ」。持ってこさせたのが破魔の弓で、鷲官長は「水の気の強い神器です」「火の気のある朱家の姫が扱うには向かないでしょう」と反対する。皇后の返しが「だからだ」「誠意を図るための行為が容易なものであっていいはずがないだろう」だった。
弓の説明も添えられる。「その弓は、弦で病魔を怯えさせ、的を射る音によって払うという」。条件は玲琳の回復を祈って一晩中弓を引き続けることで、それができたら害意がないと認めて看病を許す、という取り引きになっている。
無理難題として出したはずなのに、玲琳の返事が「とてもやりがいのある挑戦でございましょう」「さすがは皇后陛下でございます」である。罰として設計されたものを訓練として受け取ってしまうので、まるで噛み合っていない。この人にとって過酷さは減点にならない、というのが改めて出た場面だった。
三刻を過ぎても弓を置かない。莉莉の心配の仕方
揚げ芋は蜂蜜派か塩派か、という返事
弓を引き続ける現場に莉莉が来る。「姫様、水を持ってきました」「今度こそ食事は取ると言ったではないですか」「聞いてます?」に対し、玲琳が返したのが「えっと……揚げ芋は蜂蜜派か塩派かというお話でしたっけ?」だった。
莉莉の突っ込みが「先に会話の的中率を上げろよ」「ちゃんとご飯を食べてくださいって話です」。第3話で蜂の巣を投げつけられたときに玲琳が返したのが「蜂蜜より塩派ですか?」で、あのときの噛み合わなさが、ここでは聞き流しとして戻ってきている。
莉莉が並べ立てる一日の内訳が効く。中元節の儀で胡旋舞を舞った後に、急いで戻って薬を作り、黄家の宮に届け、そこから三刻以上ぶっ通しで弓、という順番である。「私の誠意が届きましたら、どうかこの薬を」という言葉も添えられていて、弓だけを引いているのではなく、薬まで作って送り込んでいたことが分かる。
本人の口からは絶対に出てこない量を、女官が数え上げる形で見せるのがうまい。当人は平然としているので、外から言われて初めて異常さが見える作りになっていた。
「私の寝泊まりする場所がなくなるんです」
玲琳が「まあ、莉莉。心配してくれたのですね」と喜ぶと、莉莉はいったん「うん」と認める。そのうえで「あんたが倒れでもしたら、私の寝泊まりする場所がなくなるんです」「それだけですから」と言い直す。
先に肯定してから言い訳を足しているので、否定になりきっていない。第3話で泣きながら抱き合った二人が、照れ隠しの手つきまで身につけている段階に来ていることが分かる。
玲琳の返しも短い。「莉莉の気持ちは、しかと受け止めました。ありがとうございます」「でも私、絶対に倒れません」「かの方をお助けするまでは」。心配は受け取るが、行動は変えない。この人の頑固さがいちばん優しく出るのが、莉莉と話しているときだと思う。
「私、悪女なのでしょう?」で制止をかわす
弦には血がつかぬよう、細心の注意を払って
一方の尭明は動けずにいる。宮が封鎖されて知らせが入らず、「好いた女の危機に何もできぬなど」「皇太子として、この上ない権力を与えられているようで、実際には」と自分をふがいないと責めている。
そこへ届いたのが弓の報告だった。三刻の間、食事も断ってひたすら引き続けているという内容で、見張っていた鷲官の多くも感心しているという。ただし「まだまだ的から外れていますけどね」と付く。三刻引いて、まだ当たってすらいない。
止めに来た鷲官長は、誠意はもう十分見た、これ以上の弓引きは無用だと黄家の宮から言質も取ったと告げる。玲琳が聞き返したのは「では、私の薬を飲んでいただけたのですか」で、意識が戻らず薬を飲める状況ではないと知ると「そうですか。ならば、まだ弓を引かなくてはなりませんね」と戻ってしまう。
血の滲んだ右手を指されたときの返事が極めつけである。「弦には血がつかぬよう細心の注意を払って」と言い出すので、「そういうこと言ってんじゃないだろ」と怒られる。話が通じないのではなく、心配する対象の順番が普通と違うだけなのが可笑しい。
土の気の強い私なら、制することができるはず
引き下がらない理由として玲琳が持ち出したのが、自分の評判だった。「鷲官長様、私、悪女なのでしょう」「そんな女が少し擦り傷をこさえただけで大騒ぎなさるのは、おかしなことに思います」。
やがて熱が下がり回復の兆候が見えたという知らせが入り、鷲官長は殿下に知らせると動く。手当てを受けろ、それから必ず弓を終えよと言い置くのだが、見抜き方が的確だった。「表情は平静を装っていても、異常な量の汗がお前の限界を訴えているぞ」。莉莉も「せめて手当てを受けてからにしなよ」「もういいだろ!」と食い下がる。
それに対する玲琳の本音が「私、存外、というか、かなり、この状況を堪能しておりますの」である。そして続くのが「水の気の強い神器でも、土の気の強い私なら、制することができるはず」。「手は痺れるけれど、徐々に精度が上がってきている」「弓が、少しずつ寄り添ってくれているのを感じます」と締める。
鷲官長が反対した理由は「火の気の朱家の姫には向かない」だった。その反対を、正体を明かさないまま内側から覆していることになる。五行と家という設定が、飾りではなく入れ替わりの仕掛けとして働いた場面だった。
炎と話すようになった子どもと、夜明けを待たない尭明
「お前は私の恥だから、隠さねばならないのよ」
眠り続ける体の側では、慧月が過去をたどっている。母から向けられていた言葉が「実際、お前は私の恥だから、隠さねばならないのよ」「大きくて醜くて、本当に恥ずかしい子」だった。
そこから先の一続きが重い。温もりを求めて、いつからか炎と会話するようになった。それが禁術だと父の書物を見て知り、そのまま操れるようになった頃、両親を亡くしている。周囲の反応は「この年で両親は哀れですこと」という他人事の同情だけだった。
唯一手を差し伸べたのが朱貴妃で、引き取られたときには「ほんの少し、信頼というものを思い出しかけた」という。だがそこにも続きがあって、「玲琳様のようになれればよかったのに、ねえ」と言われてしまう。
第1話で使われた入れ替わりの禁術が、話し相手が炎しかいなかった子どもの手すさびから始まっていたことになる。憎しみの出どころが「比べられ続けた」の一点にあるのも分かりやすい。悪役として置かれていた人物の背中側を、回復の見込みが立った回に差し込んでくるのが効いていた。
桶は、二つ用意せよ
回復の兆候の報を受けた尭明は、その場で「しばし出かける」と言い出す。夜が明けるまで待ったほうがという進言に対して、向かうのは見舞いではなく泉だと答える。禁域にある、神秘の力を帯びた水を汲みに行くためである。
動いた理由が語られるのがいい。「あの朱慧月すら、愚直に弓を引き続けていると聞いた」。手のひらに血を滲ませながら引き続けているという報告を受けて、「ならなおのこと、俺がのんびり夜明けを待っていていいはずがなかろう」と結論する。嫌っている相手の行動が、自分を動かす基準になっている。
用意させたのは、無垢の布、油で巻いた松明、泉に備える酒、そして新しい桶。最後に付け足したのが「桶は、二つ用意せよ」だった。一つが誰のためかは言うまでもなく、もう一つについては何も説明しない。
台詞で優しさを説明せず、数だけで示して場面を切る。見舞いの相手と、庭で弓を引いている相手と、この時点の尭明にとって二人はまったく別人であることを踏まえると、なおさら効く一言だった。
「死なせたりしない」まとめと考察
鍛錬に打ち込んでいたのは、心を空っぽにするためだった
弓を引きながらの独白が、この回でいちばん深いところに触れる。「あの時、見栄を張りました」から始まり、「今思えば、乞巧節で最初に願ったことは、健康になりたいというよりも」と言い直す。
続くのが、迷惑をかけてはいないかと気を使う日々を送り、寝床に横たわるたびに明日には死んでいるかもしれないと思っていた、という告白だった。そして「恐怖も痛みも、繰り返せば慣れる」「病の時にこそ鍛錬に打ち込んだのは、きっと心を空っぽにするためでした」。
ここまでギャグとして積み上げられてきた鍛錬好きに、裏側が付いた。体を鍛えていたのは丈夫になりたかったからではなく、考える余裕をなくすためだったことになる。第4話で明かされた乞巧節の願いの一つ目が、ここで意味を変えて回収されている。
そのうえで出てくるのが「あなた様のおかげで、私、今すごく体力があるのです」「心をせわしなく動かすための、素晴らしい力が」である。空っぽにするための鍛錬が、動かすための体力に置き換わっている。「食らいついて、無茶をして、あなたを救わせてくださいませ」からサブタイトルの言葉に着地する流れは、この作品の型として完成していた。
涙は、安堵した時にこそ込み上げる
一晩を引き切った後の一言が「知りませんでした。涙は、安堵した時にこそ込み上げること」だった。続けて言うのが「あなた様が生き延びてくださってよかった」で、泣いている理由が自分の達成ではなく相手の生存になっている。
考えてみると、皇后が出した条件は最初から「看病の機会」ではなく「信用を得る機会」だった。そして玲琳が一晩かけて勝ち取ったのは、朱慧月という名前に対する信用である。中身が誰かは誰も知らないので、見張っていた鷲官も、止めに来た鷲官長も、皇太子までもが「あの朱慧月すら」と言いながら評価を上書きしていくことになる。
皇后の言葉に戻ると、「あの子がそれにあらがい生きようともするなら、あらゆる手助けを惜しんではならぬ」だった。実際にあらがっていたのは、寝ている体ではなく庭で弓を引いていた側である。どちらを指した言葉なのかがずれているのに、結果として条件は正しく働いた。入れ替わりを知らない人物の言葉ほどよく刺さる、という作りが徹底している。
締めは冬雪だった。目覚めた体に「お目覚めでございますか」と声をかけた後、「やはり、あなた様が玲琳様なのですね」という言葉が出る。皇太子でも鷲官長でもなく、いちばん近くで仕えてきた女官が最初に気づいたという着地が納得できる。次回、この気づきが味方として働くのか、それとも荒れるのかを見届けたい。






















コメント