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第7話のサブタイトルは「駆け落ち」。公式あらすじにある「何やら事情を抱えた様子の健吾」は、稲子の父に頼まれて追いかけているのに、婚約者の規子だけは考えが違うと知っているという板挟みだった。そして結納の席で顔を伏せて座っていたのは、稲子ではなく姉の規子である。見どころは洋輔と健吾がまったく同じ「清六の弟」という物差しで正反対の結論を出すところだった。




公式サブタイトルは「駆け落ち」。結納の日に、二人とも隠れていた
振袖の稲子と、物陰にいた喜八
幕開けは着付けの場面である。振袖を着せられた稲子が「ちょっときついかも」と漏らすと、「こういうのはきついくらいでちょうどいいんですよ」と返される。礼を言って送り出されたあと、こっそり「やっぱりきつい」とこぼし、そばにいたイナリにも礼を言う。何のための支度なのかは、まだ一言も説明されない。
そのすぐ後、稲子は物陰に隠れている坂本喜八を見つける。喜八の第一声が「なんでお前も隠れてるんだよ」で、二人とも同じ場所で身を潜めていたことがここで分かる。喜八の方は大倉ケイトに呼び出されて百川の家に来ており、ようやく電池が完成したという報告を持ってきていた。
通りかかった稲子の父は「余計なことをして振袖を汚すんじゃないぞ」とだけ言って去る。祝いの日に娘へかける言葉が、汚すなという注意だけである。着付けの「きついくらいでちょうどいい」が、そのまま今日という一日の窮屈さの説明になっていて、開幕の数十秒で稲子の置かれた位置が分かるようになっている。
蔵のための結婚と、「稲子だろ、自分を信じろよ」
今日が結納だと知った喜八は絶句する。ケイトの「結納って何なん」に、喜八が「結婚する約束を交わす儀式」「仲人が結納品を女性側に持ってきて行われる」と説明する流れになり、その途中で稲子の口から理由が出る。「うちが結婚しないと蔵が潰れちゃうから」。
喜八の反論が速かった。「騙されちゃだめだ」「酒造りの夢はどうなるんだよ」「酒蔵が無事だって稲子の夢が潰れたら意味ないだろ」。そのうえで「俺は稲子のおかげで諦めなかったから、目録を、電氣の可能性につなげてこられたんだ」と自分の話に引き寄せてから、「稲子だろ、自分を信じろよ」と言う。説得ではなく、決めるのはお前だという言い方である。
稲子の答えがこの回の出発点になる。「お母さんみたいに、誰かを笑顔にする美味しいお酒が作りたいんです」「結納の話にびっくりして、今、うちの夢を諦めてしまうところでした」「うちも喜八さんみたいに諦めません」「杜氏になる夢を叶えるための道を選びます」。
第6話で舞台に上がれずにいた稲子へ、喜八は理由を聞かないまま信じることが取り柄だろうと背中を押していた。今回はその形が「自分を信じろよ」に置き換わっている。同じ言い方を二回続けて使っているのに古びないのは、前回は舞台に出るかどうか、今回は人生を決めるかどうかと、賭けている物の大きさが違うからだと思う。
滋賀に、目録のもう片方がある
ケイトが持ってきた手紙と、喜八の疑い
逃げると決まったところで、肝心の行き先がない。「それでどこに逃げる」と言う喜八に、ケイトが「そもそも喜八を呼んだんは、こっちが本題や」と手紙を差し出す。差出人はスチュワート・スミス、ケイトの父である。
中身はこうだった。「坂本喜八殿。至急、滋賀の八幡町の我が家に来られたし。貴殿に渡したいものがあります」、そして「兄上の二十世紀電氣目録です」。喜八の反応は喜びではなく疑いだった。「ケイトの父ちゃん、兄ちゃんのなんなんだよ」「こんなわけあるか」「騙されないぞ」「よく知らない大人から目録があるなんて言われて信じられるか」。
そこへ稲子が「それを確かめないで後悔しないんですか」と割って入る。喜八の返しが「今は稲子を逃がさないといけないのに」で、兄の遺したものより先に稲子の話をしているのがこの回の喜八である。最終的にはケイトの「渡りに船」と稲子の「うち、滋賀に逃げます」で行き先が決まり、逃走と目録探しがひとつにまとまる。手紙の一通で二つの用事が同時に片付く運びは、少し都合が良すぎるくらい気持ちがいい。
規子の「あなたの空へ飛んでいくの」と、身代わりの結納
送り出したのは姉の規子だった。「行きなさい、稲子」「あとのことは私に任せて」「あなたはあなたの空へ飛んでいくの」、そして喜八に「喜八さん、稲子をお願い」。止める側に回りそうな立場の人が、いちばん短い言葉で背中を押す。
この「あとのこと」の中身が、次の場面でそのまま明かされる。結納の儀は予定通りに始まっていた。仲人の口上が読み上げられ、結納の品が渡され、「幾久しくお受けいたします」という受け答えまで進む。ところが父が「稲子、顔を上げなさい」「稲子、いい加減にしな」と促した相手が顔を上げると、そこに座っていたのは規子だった。
「稲子はどうした」に対する答えが「稲子は旅に出ました」「滋賀に向かって」。父の反応は「まさかまたあの小僧に唆されたのか」で、娘が自分で決めたという可能性が最初から頭にない。
姉が妹の席に伏せて座り、名前を呼ばれるまで正体を明かさない。「あとのことは私に任せて」を、絵だけで回収しているのがうまい。逃げる側の勇気と同じだけ、残る側の覚悟が要る場面だった。
追う側にも、それぞれの事情がある
洋輔の怒りと、健吾が追う理由
知らせを受けた三添洋輔は怒る。「ダメだ、許さない」「目録を持って僕から逃げるなんて」「しかもマイハニーまで」。行き先を問われた鱒淵伊蔵が「滋賀です」「鉄道と定期船はすでに押さえました」と答えるが、洋輔は「いや、どちらでもない」「僕には小僧の考えが分かる」と言い切る。
一方の健吾には、まったく別の事情があった。稲子の父から「稲子を連れ戻してきてくれ」と頼まれて動いており、しかも自分の口で「規子さんの考えは違うみたいだが」と言っている。婚約者と、その父親と、逃げた妹。誰の言うことを聞いても誰かを裏切る位置に立たされている。
喜八の読みも当たっていた。「琵琶湖から淀川への定期船も鉄道も、全部三添の息がかかってる」「乗ったはいいが、止められたら終わりだからな」。だから最初から楽な道を捨てている。追う側が交通を押さえ、逃げる側が交通を捨てる。この時代のこの街だからこそ成立する読み合いで、追跡劇の作りが丁寧だと思う。
すずとケイトが足止めして、坂を登る
選んだ逃げ道が坂だった。「なんで滋賀行くのに、こんなとこ登る」という愚痴が出るくらいの急な勾配で、船を水の上から陸に上げて坂を越えるという当時の仕組みが、そのまま逃走路として使われている。登りきった先には、いつでも出せる状態の船が用意されていた。
それでも追いつかれる。ここで残ったのがすずとケイトで、「先に行って」と言われた稲子が「すずちゃん、ケイトちゃん、ありがとう」と告げて離れる。引き止めも押し問答もなく、役割の受け渡しだけで場面が進む。
洋輔の「やはりいたね」に、喜八が「キザ野郎」と返す。第6話からの呼び方がそのまま続いていて、追う側と逃げる側の関係が一言で分かるようになっている。逃走劇の緊迫の中に、この二人だけ通じる悪態が挟まるのが妙に楽しい。
「青空は任せろ」と言えるようになった喜八
暗いトンネルと、稲子が繰り返した言葉
疏水を進む道中、船は何度もトンネルに入る。そのたびに喜八の様子がはっきりおかしくなり、稲子が「大丈夫です、喜八さん」「出口が見えてます」「ここもすぐ終わりますよ」と声をかけ続ける。
暗いところが苦手な理由は、この回では説明されない。それどころか後半、健吾が船に降りてきた直後にも喜八は「暗い」と漏らす。怖がっている事実だけが二度置かれて、理由は先送りにされている。謎の出し方としては手堅く、しかも兄を失った過去と結び付けたくなる置き方である。
山を越えると空気が変わる。「お山を越えたら、京都の煙はこっちまで来ないんだよ」という言葉の通り、稲子は久しぶりに澄んだ空を見ることになる。逃げてきた先で初めてまともな空を見るという順番が、次の会話の前振りとして効いている。
京都の空と、もう一度空を飛びたい
見張りを頼まれた稲子が空を見上げて「京都の空も、こんなに澄んでいればいいのに」とこぼす。喜八の答えが「電氣が普及すればできるかもな」だった。「今、蒸気機関で動いてるものを電氣に置き換えられれば、空にかかった煤煙だって晴らせるはずだ」「簡単じゃないだろうけどな」。
そして、この回でいちばん言いたかったであろう一行が続く。「今はできないと思われてること、全部できるようになるのが電氣だからな」。第4話で「できない。けど、できる」と言っていた人が、同じ考えを迷いなく言い切るところまで来ている。
稲子の願いも出る。「そしたら、うち、もう一度空を飛びたいです」。理由は母から「関西からでも富士山が見える」と教わったから。喜八は「そんなわけあるか」「この前凧で飛んだ時、富士山なんて見えなかっただろ」と即座に否定するが、稲子は「もっと高く飛べたら、きっと見えます」「あの時より高く」と譲らない。
締めが「青空は任せろ」「電氣の時代に叶えてやるさ」である。富士山が見えるかどうかには最後まで同意していないのに、空をきれいにする方は引き受けている。できないことは否定して、できることだけ約束する。疑り深い性格のまま前向きなことを言える形になっていて、この人らしい約束の仕方だと思う。
船に降ってきた健吾と、「やっぱり君は、清六の弟だな」
追いつかれても、疑いは解けない
追撃してきたのは洋輔だけではなかった。健吾は「待ってくれ、喜八くん」と呼びかけながら、船と並走できる速さで生身のまま追ってくる。この回の健吾は元軍人という設定を全部使い切っている。
洋輔の方は行き止まりに阻まれる。鱒淵の「洋輔様、やはりこれ以上は進めません」に、「ここまで追い込めれば、まあいい」「先回りだ」と切り替えるあたり、引き際だけは早い。その直前に吐き捨てているのが「清六の弟だからと少しでも期待しかけた僕がバカだった」である。
そして健吾が船の上に降ってくる。稲子の説明が「さっき、健吾さんが降ってきて」。健吾の第一声は「大丈夫だ、もう追いかけないよ」だが、喜八は当然「騙されないぞ」と拒む。「さっきまで鬼みたいな顔で迫ってきてただろう」。稲子が「もうしないって、健吾さんが言ってるじゃないですか」と間に入っても収まらない。
ここを引き取ったのが健吾本人だった。「いいんだ、稲子ちゃん」「喜八くんの言うことが当然だ」。疑われている側が、疑うのが正しいと認めてしまう。謝るでも弁解するでもなく相手の警戒を肯定するので、この一言だけで健吾がどういう人かが分かる。
電池が、二人の間の言葉になる
空気が変わるきっかけは電池だった。健吾が「それで、電氣を貯められるのか」と聞き、喜八が答える。「化学反応の力で電氣を起こすんだ」「目録の裏書きに、兄ちゃんは電池って書いてた」「それを参考に作ってみたんだよ」。裏書きを手がかりに自分で組み上げるという、第3話から続く作り方がここでも使われている。
それを聞いた健吾の一言が「やっぱり君は、清六の弟だな」。同じ回のうちに、洋輔は「清六の弟だからと少しでも期待しかけた僕がバカだった」と吐き捨てている。同じ物差しを当てて、片方は失望し、片方は認めた。
続けて健吾が状況を整理する。「洋輔はまだ諦めていないはずだ」「このトンネルを抜ければ、すぐに琵琶湖だ」「だが琵琶湖には、三添商店の船がいくらでもいるだろう」。船頭も「すまんが、ここで方向転換は無理だよ」と言う。稲子の「このトンネルに分かれ道はないんですか」に対しては、掘るために縦に通した穴があり、「それを登れば山の上に出られるだろうけど」「さすがにそんな縦穴登るのは無茶だしね」という答えが返る。
そこで健吾が頼む。「俺がこんなこと言える立場じゃないことは分かってる」「だが、今だけでいい。俺を信じてくれないか」「俺はもう、君たちの邪魔はしない」。信じろと言う前に、自分にその資格がないと先に言う。喜八がずっと「騙されないぞ」と言い続けてきた回の中で、この順番でしか差し出せない言葉だった。
「駆け落ち」まとめと考察
空の船だけがトンネルを出てくる
船頭の合図は「水音が聞こえたら、すぐだ」「上にうまく飛び移れば、登っていけるはずだ」。無茶だと言われた縦穴を、三人はそのまま登る。
一方、トンネルの出口では洋輔が待ち構えていた。「飛んで火にいる夏の虫だよ」と言い、人をやって捕らえるよう命じる。ところが返ってきた報告が「洋輔様、船に少年たちが乗っていません」で、洋輔は「馬鹿な、どういうことだ」と叫ぶことしかできない。読み勝っていたはずの人が、空っぽの船だけを手に入れるという決着である。
稲子の「健吾さん、ありがとうございました」を挟み、三人は探し回る追っ手の横をすり抜けて八幡町にたどり着く。出迎えたスチュワート・スミスの言葉が「おお、いらっしゃい、喜八くん」「稲子さん」「それに、健吾くんまで」。健吾が「お久しぶりです、スチュワート先生」と返し、二人が以前からの知り合いだったことがここで判明する。
喜八の「おじさん、兄ちゃんの電氣目録って」に対する答えが、「ええ。あなたのお兄さん、坂本清六の残したものがうちにあるのです」「そう、二十世紀電氣目録です」。引きはここで、家に上がるところまでは描かれない。逃げ切った直後に次の謎だけ置いて切る、いちばん続きが気になる終わり方だった。
信じるか疑うかだけで組み上がっている回
この回、登場人物が全員同じ問いを突きつけられている。稲子は手紙を「確かめないで後悔しないんですか」と信じる側に立ち、喜八は「よく知らない大人から目録があるなんて言われて信じられるか」と疑う側に立つ。終盤では喜八が健吾に「騙されないぞ」と言い、健吾が「喜八くんの言うことが当然だ」と認める。疑うこと自体は、最後まで一度も否定されないのがこの脚本の良いところだと思う。
対比がはっきり出るのが洋輔と健吾である。洋輔は「清六の弟だからと少しでも期待しかけた僕がバカだった」と切り捨て、健吾は「やっぱり君は、清六の弟だな」と受け入れる。違いは何を見ていたかで、洋輔が求めているのは兄の頭脳の続きで、健吾が見たのは喜八が自分で作った電池だった。同じ言葉で正反対のことを言わせて、二人の差を説明抜きで見せている。
公式あらすじの「何やら事情を抱えた様子の健吾」も、蓋を開ければ頼んだのが稲子の父で、婚約者の規子は反対しているという板挟みだった。追う理由が自分の意思ではないから、途中で降りることができる。「俺がこんなこと言える立場じゃないことは分かってる」は、その自覚をそのまま言葉にしたものである。
最後にサブタイトルの話をしたい。「駆け落ち」と言いながら、実際には二人だけで逃げていない。規子が席に座って時間を稼ぎ、ケイトが手紙と行き先を用意し、すずとケイトが追っ手を止め、船頭が縦の穴を教え、最後は追ってきた健吾が味方に回った。駆け落ちという二人きりの言葉の内側に、これだけの人数が入っている。次は八幡町で、兄が残したものと向き合う番になりそうだ。




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