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第6話のサブタイトルは「この子の幸せを考えてやらないと」。毎朝の走り込みを見られていた縁で近所の退役軍人と知り合い、馬まで手配してもらえることになる。その受け取り方が「万一の逃走手段が手に入ってしまった」なのが、この人らしかった。ところが穏やかな一日の先に待っていたのはノンナを養女にしたいという申し出で、しかも返事をしたのはノンナ自身だった。




追われている自覚から始まる回
「あんたが来なくなったら寂しいからな」
第6話は、裏通りの酒場黒ツグミでの忠告から入る。店主のザハーロが口にするのが「ヘクターが赤毛の女を仲間に引き入れたくて探している」「気をつけろ」。前回の一件で使った相手が、こちらを見つけようとしている。
続くやりとりがうまい。「またヘクターに頼み事があったら、今度は俺を通した方がいい」と言われて「私のことは売らないの」と探ると、「俺が売らないと思ってるから、また来てくれたんだろ」と返る。ビクトリアの答えが「そうかもね、素敵な友人さん」で、前回この人を指して「最近できた友人よ」と言っていたのがそのまま生きている。
最後に「あんまり無理しないでくれよ。あんたが来なくなったら寂しいからな」「俺からのサービスだ」と添えられる。情報屋との関係を金だけで割り切らせない書き方で、この作品が味方を一人ずつ増やしていく話であることが、冒頭の一分でもう分かるようになっていた。
忘れられない仕事
そのあとに置かれるのが、組織にいた頃の夢だった。「今回はメアリーがリーダーだ。初めてのリーダーだから慎重に行きなさい」と室長が送り出し、クロエには二人のフォローを頼むと指示が出る。ところが現場でメアリーが配置を変え、クロエの「待って、ランコムの指示と違うわ」に「私がリーダーよ、従って」と押し切ってしまう。
止めようとしたクロエに、新人のハンス本人が「クロエさん、俺、大丈夫ですから」と言ってしまうのがつらい。クロエは「ただし、身の危険を感じたら迷わず逃げること」と念を押すが、次の瞬間には侵入者だと叫ばれている。叫び声で目を覚ましたビクトリアに、ノンナが「ビッキー、大丈夫? 叫んでたよ」「やめてって」と教える。
独白がこの回の芯を作る。組織で教わったのは「終わった仕事はすべて忘れろ」「後悔は毒にしかならない」で、当時はその言葉がありがたかった。けれど今は違う、と続く。「ハンスの死を忘れたら、人として大切な何かをごっそり失う気がする」。忘れる技術で生き延びてきた人が、忘れないことを選び始めている。
買い物に出た午後
黒髪のカツラの材料
場面が変わって、街での買い物になる。「ノンナに女の子同士の遊びや付き合いを教えてあげたいけど、私も知らないよ」というやりとりがあって、この人が普通の暮らしのほうを何も知らないことが軽く示される。
その裏で買っているものが違う。「さすがは産業王国」と感心しながら、「密かに私も欲しいものが手に入った。これで黒髪のカツラが作れる」。女の子の遊びを教えたいという願いと、変装の材料を揃える手つきが、同じ買い物の中に並んでいる。
この作品はこういう並べ方が本当にうまい。逃げる支度をやめられない人が、同時に居着く支度もしているという状態を、説明ではなく買い物かごの中身で見せてくる。
譲ったアップルパイ
次に寄った店で小さな出来事が起きる。品切れだと告げられてがっかりしている客に、「もしよかったらお譲りしましょうか」「これはお土産用に買ったものなので」と自分のぶんを渡す。相手はひどく恐縮して受け取っていく。
その場面の締めが「こんな穏やかで幸せな時間が続きますように」という願いだった。ここだけ切り取れば、ただのいい話にしか見えない。
ところがこの善意が、回の終わりで牙をむく。アップルパイを譲った相手が誰だったかが後半で分かる仕組みで、しかも本人にはまったく悪気がない。願いを口にした直後の出来事が、その願いを一番揺さぶるものになるという構成だった。
マイルズ・グラントという隣人
「毎朝走り込みご苦労さん」
散歩中の老人に声をかけられる。「毎朝走り込みご苦労さん」と言われて、見られていたことに驚くところから始まる出会いだった。名乗りは「マイルズ・グラントだ」、こちらは「ビクトリア・セラーズです」。
職業を聞かれて「働きながら子供を育てている平民です」と答え、逆に聞き返すと「俺は暇を持て余した、ただの年寄りさ」「退役軍人ってやつさ」と返る。住まいはヨラナ夫人の屋敷のすぐ裏で隠居中だという。馬の話から「馬なら俺が面倒見てやろうか」となり、希望を聞かれて「娘と一緒に長い距離を走れる馬」と答える。
この注文の付け方がすでに普通ではない。速さでも見栄えでもなく、子どもを乗せて長く走れるかどうかを条件にしている。隣人との世間話の顔をしながら、選んでいる基準だけが別の世界のものだった。
「万一の逃走手段が手に入ってしまった」
案の定、独白がそれを裏づける。「万一の逃走手段が手に入ってしまった」。しまった、という言い方に本音が出ていて、手に入れたかったのに手に入ってほしくなかった、という矛盾がそのまま出ている。
実際に馬が来てからの遠出も楽しそうで、ノンナは「怖くない」「早く乗りたい」と乗り気だった。森まで足を伸ばし、マイルズは「そろそろ時期なんだ」「俺は栗を拾うが、君たちは好きにすればいい」と栗拾いを始める。「お嬢ちゃん、リラックスだ。緊張が馬に伝わる」という助言まで付く。
ネットの反応では、この馬が本当に逃走手段になる日を心配する声も出ていた。回の終わりで馬車に乗って離れていく子を見送ることになるので、移動の手段を手に入れた回が、そのまま離れる話に着地しているのがきつい。
セドリック殿下が謝りに来る
「あれがごく普通とは」
王家側の場面が挟まる。怪我の具合を聞かれた人物が「もうほとんど痛みもありません」と答え、「クラウディアが案じていた」「あまりあれに心配をかけるな」とたしなめられる。この名前が誰なのかは説明されないまま流れていく。
話題が移って、「ジェフリーが夜会に連れてきた女性の身元は」「調べさせたが問題ない。ごく普通のランダル王国民だ」。それを聞いた側の内心が「あれがごく普通とは。父上の調査員はあてにならないんだな」。身をもって知っている人だけが、報告書を信じていない。
怪我の理由を自分から言い出せない立場と、調査の結果に納得できない立場が同じ人物に同居していて、この短い場面だけで前回までのいきさつが全部伝わる。そのうえで本人が直接会いに来るのだから、この王子はやはり肝が据わっている。
体術の指導を頼まれる
訪ねてきたセドリックの第一声が「今日は君に謝罪に来たんだ」だった。「さすがの腕前だった」と持ち上げられて「殿下のおっしゃっている意味がわかりません」ととぼけられ、「そんな意地悪を言わないでくれ」と苦笑する。頭を下げようとするのを「殿下、おやめください」と止めるところまで含めて、身分差の描き方が丁寧だった。
そのうえで本題が来る。「僕に体術の指導をしてくれないかな」「もちろんちゃんと謝礼はする」。しかも「ジェフリーは僕が君に近寄ることさえ許してくれなくてね」「ここに僕が来たのは彼には内緒だよ」と、内緒であることまで自分から明かしてしまう。
ところがその内緒はまったく機能していない。直後にジェフリーから連絡が入り、ビクトリアの返しが「すでに団長さんに知られてますよ、殿下」。折られたことを転んだせいにして黙っていた人が、こういうところだけ隠しきれないのがおかしくて、この回で唯一素直に笑える場面になっていた。
頼らないという選び方
「いつか見放されたら悲しすぎます」
ジェフリーは「あれだけ言ったのに」と怒り、「明日俺がダメ押ししてくるよ」と言い出す。それを止めるのがビクトリアだった。「私のことでそんなこと頼めませんよ」、そして「頼って甘えて、いつか見放されたら悲しすぎます」。
理由は独白で補われる。こんなことをいちいち頼んでいたら、いつか自分のことで迷惑をかけてしまう。だから「自分のことは自分で対処します」「一人でどうにかやってみます」と線を引く。ジェフリーの「俺は君を見放さないが」という言葉にも、うなずかない。
断るほうが安全だと分かっていて断っているのが厳しい。助けを受け取れば関係が深まり、深まるほど正体が知られた時の落差が大きくなる。味方が増えていることは本人がいちばんよく分かっていて、だからこそ増やせない、という位置に立っている。
十年前に何があったか
そのあとの場面で、ジェフリーの側の事情が出てくる。「そんな悲しい顔で笑うな」と言われ、「君が何を恐れているのか、俺に話してくれないか」と踏み込まれるが、返ってきたのは「私が何を恐れているかは言えません。ごめんなさい」だった。ジェフリーは「そうか、君には君の事情があるな」と引く。
ワインを開けたところで本人が語り出す。「俺は昔、婚約者から肝心な時に頼ってもらえなくてね」「大切な人を守りたいという気持ちが強すぎるのかもしれない」。その方は今もいるのか、ここに来ていいのか、と確かめられて、答えが「彼女はもうこの世にいないんだ」「十年前に自ら命を絶った」。
頼ってもらえなかった、という言い方の重さが一気に変わる場面だった。頼らないと決めている人の目の前で、頼ってもらえなかった側の結末が語られている。そのうえで「君がもし体術の鍛錬をしたいなら、俺が相手をするよ」「殿下より俺の方が強い」と申し出るのだが、断り文句が「髪を振り乱して汗だくになって、おそらく目もつり上げて鍛錬するんですよ。そんな姿を見せるの嫌です」。「少しは俺のことを男として意識してくれてると思っていいのか」「そこは聞かずに察してほしいです、団長さん」で、重い話がきちんと着地させられていた。
見抜いていた人
栗を届けに行った夜
拾ってきた栗を料理して、マイルズの家へ持っていく。「栗は茹でるか焼くしか知らないが」と言う相手に「豚バラと煮込んでみました。お酒にも合います」と渡す、ただのご近所付き合いの場面に見える。
そこから空気が変わる。「君はただの平民と言っていたが、他の人間はともかく、俺の目はごまかせないぞ」。根拠まで並べられる。馬の扱いを軍人の兄に習ったと言ったこと、「今日あっさりと子供を俺に任せたのは無用心だったな」、そして「常に他人を自分の死角に入らせない。もう癖になってるんだろうな」。
指摘の的確さより、指摘の順番が怖かった。一日一緒に過ごして、馬の乗り方と子どもの預け方と立ち位置の癖だけで組み立てている。「で、私は今から何かされるんですか」と身構えるビクトリアの反応も、それはそれで答えになってしまっていた。
「もし助けが必要になったら俺を頼れ」
話はノンナに及ぶ。「連れていたあの子、赤の他人だろ」「大切に育てているのは今日見ていて分かった」、そのうえで「しかし子供を引き取るとは、また随分迂闊なことをしたもんだね」。返答が「後悔はしていません。あの子のおかげで私は、人間らしい暮らしができているんです」だった。
そこで出てくる申し出が今回いちばん大きい。「もし助けが必要になったら俺を頼れ」「敵の足止めくらいはしてやろう」。理由を問われて「明らかに現役の君が、普通の人間に混じって子育てなんてしているんだ」「理由を尋ねるつもりはないが、暇な老人としては助けてやる」。詮索しないと言い切ったうえで手を貸すという形になっている。
そしてこの場面の締めが独白の「あなたは何をしているのか掴めなかった」。こちらを丸裸にした相手の正体だけが読めていない。頼れと言われた直後に、頼っていい相手かどうかが分からない状態にされているので、受け取り方に困る贈り物だった。
「この子の幸せを考えてやらないと」まとめと考察
ノンナが自分で出した答え
帰ると、ヨラナ夫人から「あなた、ハンソン男爵と知り合いだったのね」「アップルパイを譲ってもらったと言っていたわよ」と告げられる。市場での善意が、ここで名前を持って戻ってくる。そして男爵夫妻の用件が「ハンソン男爵が、ノンナを養女にしたいとおっしゃるの」だった。
理由が重い。話を聞いた時は半信半疑だったが本当に似ている、「娘は病気で三歳でこの世を去りました」「あの子が六歳になれてたら、こうなっていただろうと思えるくらいに似ているのです」。ビクトリアは即座に「この子を手放すつもりはありません」と断るが、「聞けばあなたは独身で、働きながらこの子を育てているとか」「あなたに何かあれば、この子は路頭に迷うことになるでしょ」と正論で押し返される。本人も「私が働けなくなったら、そこで行き詰まる」と認めるしかない。
きっぱり断ろう、と腹を決めた瞬間に口を開いたのがノンナだった。「七回泊まればいいの? それとも六回?」と数字を出し、さらに「五回お泊りして嫌だったら断ってもいいの?」と確認を取る。「もちろんだよ」を引き出してから「うん、いいよ」と受ける。ネットの反応でも、これは断るための言質を先に取ったのだ、という読みが挙がっていた。
善意で始まって、善意で追い詰められる回
改めて並べ直すと、今回ビクトリアを追い詰めたものに悪意が一つもない。情報屋の忠告も、隣人の馬も、王子の謝罪も、団長の申し出も、そして男爵の申し出さえ、全部こちらを思ってのものだった。それでも一つ残らず、彼女の立っている場所を細くしていく。
サブタイトルの言葉も、責める側の台詞ではなく正論として置かれている。この子の幸せを考えるなら、独り身で働きながら育てるより男爵家のほうがいい。その理屈に反論できる材料を、ビクトリアは持っていない。持っていないことを自分がいちばん分かっているから、きっぱり断ろうと言い聞かせる必要があった。
そこへ、忘れる技術を捨てはじめた冒頭の独白が効いてくる。ハンスの死を忘れたら人として大切な何かを失う、と考えるようになった人が、今度は自分の手で子どもを送り出す側に回っている。馬という逃走手段が手に入った回で、逃げる先に連れていくはずの相手が離れていくのだから、皮肉としては出来すぎているくらいだった。ネットの反応でも、見送る背中と最後の雨に触れる声が並んでいて、穏やかな日常回の顔をしながら、この作品でいちばん出口の見えない一本になっていたと思う。




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