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第7話のサブタイトルは「アンネマリーのドキドキ休日デート」。髪を染めてさらしを巻き、アンナと名乗って街に出たアンネマリーは、ゲームのイベントが起きるはずの現場で、絡まれているのがヒロインではなくメロディだと気づいてしまう。とっさに連れ出して始まったのは、シナリオのどこにも書かれていない一日だった。そして街の人たちは、変装した彼女を幸運の女神と呼んでいた。




休日は、森の遺跡から始まった
誰も手入れしていない遺跡を、まず掃除する
第7話は、森の奥でメロディが古い建物を見つける場面から始まる。「誰も手入れしてないみたい」とつぶやいたあと、彼女が続けたのは「この森にはお世話になってるし、せっかくならきれいにしてみようかな」だった。正体を調べるでもなく、警戒するでもなく、掃除する。この人が知らないものに出会った時の第一反応は、いつも掃除である。
ただ、掃除の途中で彼女は引っかかる。遺跡の台座に触れて、「微弱だけど、魔力が循環している?」「今まで魔力をかけてきた何よりも、私の魔法に対する許容量が大きい」。自分の魔力を受け止めきれる器がここにある、という気づきなのだが、本人はそれ以上踏み込まないまま次の場面へ行ってしまう。とんでもないことを言い残して立ち去られた気がして、こちらだけが台座のことを覚えたまま置いていかれた。
「私のためだと思って、お休みして」
屋敷に場面が移ると、ナレーションが今の状況を説明してくれる。襲撃事件を受けて学園は急遽全寮制になり、いまは寮を建てるための二か月の休暇中だという。そのうえでルシアナは「メロディだって私と一緒に寮に入るよ」と言い、渋るメロディを「私のためだと思って、お休みして」と押し切ってしまう。
送り出す言葉が「よし、こっちのことは任せて。行ってらっしゃい、メロディ」で、見送られたメロディの第一声が「行ってきます。何をしたらいいのかしら」。休みをもらった側が、休みの使い方を知らない。ここが利いてくるのは回の終わりで、彼女がこの一日をどう使ったかを知ったあとだと、この一言の座りの悪さが少し違って見えてくる。
髪を染め、さらしを巻いて、アンナになる
変装が見破られない、身も蓋もない理由
同じ朝、ヴィクティリウム公爵家のほうはちょっとした騒ぎになっている。侍女のクラリスが起こしに来た時にはもう抜け出したあとで、「久しぶりにやられましたね」とこぼされ、「本当におてんばですね」とまで言われている。抜け出しは初めてではなく、屋敷の側も慣れているという描かれ方だった。
変装の理屈は丁寧に説明される。真紅の髪、切れ長の瞳、目を引く体つき。覚えられやすい特徴を逆手に取って、髪を染め、さらしを巻くことで別人になる。そして本人の解説がふるっていて、「この世界に髪を染める発想がないのが、バレない理由なんだけど」「そういう非現実的なところが、ゲームっぽいのよね」。自分の変装が完璧かどうかではなく、世界のほうの作りが甘いと言っている。変装ものの説明としてはかなり珍しい角度で、ここで一気に引き込まれた。
今日はイベントの日、ただしヒロインがいない
街に出れば「あんなちゃん、久しぶりね。アップルジュースはいかが?」と声がかかる。昔からの息抜きだと分かる扱いなのだが、「今回の目的は、それだけじゃない」と続く。この日はゲーム内でイベントが発生する日で、ヒロインが伯爵家を抜け出して街へ飛び出すことになっている。ただし「とはいえ、そもそもヒロイン不在だ」。
シナリオが狂った原因について、彼女には自覚がある。クリストファーとのやり取りでは「俺たちの行動のせいで、シナリオが狂ってたとはな」と言われ、「しょうがないじゃない。実際、バッドエンド回避のためには必要だったわけだし」と返している。「少なくとも、ルシアナちゃんの悲劇は救えたわ」と言いながら、「学園が全寮制になるなんて、ゲームから懸け離れすぎているのよ」とも言う。守ったことと壊したことが同じ行動の裏表になっていて、本人がそれを分かったうえで街へ出ているのが、この回の出発点だった。
絡まれていたのは、黒髪の少女だった
「フラグ回収」と言っている場合ではなかった
イベントそのものは起きた。「どうしてくれんだよ、お嬢ちゃんよ。お前さんのせいで、俺の一張羅が台無しだ」「親御さんに弁償してもらわねえとな」。アンネマリーは最初、「フラグ回収」「すごい、ゲームのセリフと一言一句同じ」と感心している。ところが次の瞬間、自分で気づく。「って、言ってる場合じゃない」「どうしてイベントが発生してるの」「この子、ヒロインじゃない。だって黒髪だもの」。
しかも、本来なら王太子が助けに入るはずのその場を収めてしまったのは、絡まれていた本人だった。「お任せください」の一言のあと、呆気に取られたアンネマリーが「何、ほうけてるの。行くわよ」と手を引いて連れ出す。助けに入ったつもりの人が、結果として現場から急いで逃げる側に回っている。この一連が数十秒で片づいてしまうテンポの良さが、今回はずっと気持ちよかった。
公爵家のメイド「アンナ」、メイド談義に詰められる
逃げ切ったところで、アンネマリーはうっかりゲームの台詞をなぞって「伯爵は何を考えているのかしら」と口にしてしまい、メロディに「私のこと、ご存じなんですか?」と拾われる。とっさに出たのが「実は私、ヴィクティリウム公爵家のメイドで」という嘘で、「ルトルバーグ家には優秀な黒髪のメイドがいると聞いた」と取り繕い、「私はアンナ。よろしくね」で押し通した。
ここからが妙におかしい。メイドを名乗った相手にメイドの話をされると、この人は何ひとつ答えられない。「アンナさんは、どこを担当されてるメイドなんですか?」「公爵邸のお掃除は、さぞやりがいがありそうですね」「アンネマリー様のお部屋を担当なさることもあるのですか?」と質問が止まらず、内心で「この子、なんか急に人が変わってない?」と引いている。最後は「メイドたる者、お仕えする家の内情を、そんなにしゃべっていいのかしら?」と論点をずらして逃げ切り、「メイドの話題は禁句ね」と心に刻む。身分を偽った時に詰まるのが素性ではなく職業知識、というのが新鮮でおかしかった。
「ヒロインの代役」という仮説
入学式の日、黒髪の男性とぶつかった
なぜメロディがヒロインの位置に立っていたのか。アンネマリーには思い当たる節があった。「そういえば、クリストファーが黒髪のメイドとぶつかったって」。確かめてみると、メロディは王立学園の入学式の日に学園にいて、黒髪の男性とぶつかっている。心当たりが一発で当たってしまう。
そこから出てきたのが「もしかして、ヒロインがいないから、適当な代役が選ばれてる?」という仮説だった。ゲームの穴を世界が勝手に埋めている、という理屈である。筋は通っているのだが、代役という言い方には、この時点の彼女がまだメロディを人として見ていないことがそのまま出ていて、後半でこの見方が崩れるからこそ、ここでの冷たさが効いてくる。
「私とデートしましょう!」
仮説の次に来たのは、理屈ではなく心配だった。「困ったわ。ゲームにはバッドエンドもあるのに」「今日だって、このまま一人で帰ったら…」。だから「では、今日のところは失礼いたします」と去りかけたメロディを、「あっ、メロディ! 私とデートしましょう!」と引き止める。サブタイトルのデートは、こういう出方をした。
誘い文句が尽きて「メイド談義でもしながら!」と口走ったのが運の尽きで、メロディは「よろしくお願いします、アンナさん。お話聞けるのが楽しみです!」と目を輝かせ、アンネマリーは内心で「ちょっと、失敗したかも」。ついでに「私、絶対領域は邪道だと思うんです」と真顔で言われ、「甘く見てはいけないわ。私があなたに絶対領域メイド服を見繕ってあげます。覚悟なさい」と宣戦布告までしてしまう。命がけの心配と、どうでもいい言い争いが同じ会話に同居しているのが、この二人らしかった。
市場で見ていたのは、指輪ではなかった
断られた理由が、家計だったこと
市場に着くとメロディは「にぎやかな市場ですね。初めて来ました」と言う。王都の市場は全部知っていそうなのに、と意外がられて、返事は「お屋敷から少し遠いので…」。使用人の話を向けると、自分も寮に入るので募集をかけてもらっているが決まらない、と続く。そこでアンネマリーが「私からアンネマリーお嬢様にお願いして、誰か紹介してもらいましょうか?」と申し出るのだが、メロディは断る。
断る理由が痛い。「えっと、その…金銭的な理由で、難しいのでは? と…」。公爵家で働くような人材は給金が高く、ルトルバーグ家には払えない。気づいたアンネマリーが「ごめん、考えが足りなかったわ」と謝ると、メロディは「いえ。アンナさんが気を配ってくれたことが、嬉しいです」と返した。断られた側のほうが救われる断り方で、アンネマリーの内心が「裏表のない純粋な笑顔」「優しい子」「まるでヒロインちゃんみたい」と流れていくのも分かる。
藍色の石の瞳
ゲームでは、この日ヒロインが母を思い出させる指輪を贈られ、母の思い出を語ることで王太子の好感度が大きく上がることになっている。だからメロディが指輪の並ぶ場所で足を止めた時、アンネマリーは身構える。「でも、どうしてメロディが、その指輪を?」。
ところが返ってきた答えが違った。「はい。この藍色の石の瞳をつけた人形が、かわいいなって」「茶色の髪に藍色の目で、お母さんみたい」。見ていたのは指輪ではなく、人形だった。アンネマリーは「物は違うけど、一応シナリオ通りに動かなきゃ」と自分に言い聞かせ、色違いを二人で贈り合う形に持っていく。「この子の瞳と髪の色、なんだかヒロインちゃんみたいかも」「メロディとお揃いにしたいわ」。シナリオに合わせたつもりの行動が、実際にはシナリオにない物を二人に残していて、この回で一番好きな場面だった。
幸運の女神と呼ばれる理由
三年前、先回りしていた寄付
次に向かったのは孤児院で、着くなりアンナは子どもたちに囲まれる。久しぶりの訪問らしく、院の人が説明してくれた。「アンナちゃんはね、この孤児院の幸運の女神なのよ」。三年前、一日一回の食事もままならなかった頃に現れたのが彼女だったという。
話には続きがある。その翌日、ヴィクティリウム公爵家のアンネマリーが慰問に来て大量の物資を寄付し、「次の慰問先に行かなくては」と早々に去っていった。さらに王国から使者が来て、補助金の再計算まで決まった。院の人の理解は「きっとアンナさんが、アンネマリー様に報告したのね」である。同じ一人の人間が、街の顔と貴族の顔に分かれて、二人分の善行として語られている。変装の設定がこんな形で効いてくるとは思わなかった。
「アンナお姉ちゃんの物語は、絶対にハッピーエンドになるんだから」
メロディが尋ねる。「どうしてアンナさんが幸運の女神なんですか? アンネマリー様ではなく?」。答えは物資ではなく、言葉だった。初めて差し入れに来た日、彼女はこう言ったのだという。「私、物語はハッピーエンドが好きなの。あなたたちの物語も、きっとハッピーエンドになるはずだわ」。その言葉が子どもたちの心に残り、そこから孤児院に幸運が訪れ始めた。
内心では「シナリオ完全に無視だけどね」「本来は今日、ヒロインちゃんがやるはずだったんだけど」と自嘲しつつ、「あんな状態、放置できなかった」「シナリオが間違っていたとは思わない」と言い切っている。そして「この前、ちょっと失敗しちゃって」ともらした彼女に、子どもが言葉を返す。「アンナお姉ちゃんの物語は、絶対にハッピーエンドになるんだから」。三年前に自分が渡した言葉が、そのまま自分に戻ってきた。
ここで彼女の考えが動く。「シナリオの変更が、必ずしもバッドエンドに繋がるとは限らない」「悪役令嬢ではなく、私として、きちんと未来を選択していけば」。ゲームの知識に頼って未来を守ろうとしていた人が、知識ではなく自分の選択のほうを信じる側に回った瞬間で、しかもそのきっかけが、かつての自分の言葉だというのが効いていた。
「アンネマリーのドキドキ休日デート」まとめと考察
寂しげに笑うはずの場所で、礼を言われた
帰り道、アンネマリーはもう一度シナリオを思い出す。「本来、ここでヒロインちゃんは寂しげに笑うはず」。ところがメロディが口にしたのは「…ところへ連れてきてくれて、ありがとうございます」という礼だった。内心の一言が「違う」。
続けて「私ったら、メロディとヒロインちゃんを混同しちゃうなんて。シルエットが似てるだけじゃない」と自分を戒める。序盤で立てた代役という仮説を、ここで自分から降ろしている。同じ一日のうちに、目の前の相手をゲームの穴埋めとして見て、そして見るのをやめる。この落差がこの回の背骨だった。
そして皮肉なことに、ゲームで言うところの指輪の場面は、彼女のいないところで起きていた。屋敷に帰ったメロディがルシアナに渡したのは藍色の石の指輪で、「実は、母の瞳の色とそっくりなんです」「私の夢を最後まで応援してくれた、優しい人でした」と母のことを語る。ルシアナが「だから、私じゃなくてメロディが持っていた方が」と返すのに、「いいえ。だからこそ、お嬢様に差し上げたいんです」「私が母に見守られ、癒しを得たように、お嬢様にも」。母の思い出を語る場面は、王太子ではなくお嬢様に向けて起きた。アンネマリーが必死にシナリオへ寄せようとしていた同じ日に、肝心のイベントは彼女の知らない場所で、まったく違う相手に向けて成立していたことになる。
誓いの直後に思い出した、どうでもいい約束
屋敷に戻ったアンネマリーは、一日中捜し回っていたクラリスと鉢合わせる。「まあ、なんてこと。私たち、すれ違っていたのね」ととぼけ、「楽しく過ごせたようでございますね」には「ええ、充実した一日だったわ」と答える。小言は「しばらく、このようなことはお控えくださいます」「入寮の準備もありますので、本当に困ります」。
そのうえで彼女は宣言する。「たとえ世界がシナリオ通りに進まなかったとしても、絶対バッドエンドになんかさせない」「目指すはハッピーエンド」「ゲームの役割じゃない。私の、私自身の誓い」。ところが直後に「ん? 約束といえば…」「あっ!」「なんてこと…」となり、「クラリス、今すぐ紙とペンを」と叫ぶ。思い出したのは、絶対領域メイド服を見繕う約束のほうだった。「そう、ハッピーエンドに絶対領域は必要不可欠」と言い切って図面を引き始めるので、格好いい誓いの余韻が三十秒ももたない。
最後にもう一つ、気になる場面が置かれている。商業ギルドから帰ってきた子どもが「今日も仕事はなかったです」「早く孤児院のためにお金を稼ぎたいのに」と言い、「あなたはまだ九歳なのよ」となだめられて「それじゃ、遅いんだ」と返す。急がなければならない理由は明かされないまま次回に持ち越された。孤児院が幸運の女神の話で温かく終わったすぐあとに、その孤児院のために九歳が焦っている姿を見せてくる。アンネマリーが救えたと思っている場所にも、まだ手の届いていないところがある。誓いを立てた回の締めくくりとしては、これ以上ないくらい意地の悪い置き方だった。

















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