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第7話のサブタイトルは「3 ON THREE」。町ひとつを霧で封じた鉄輪・呂蓮・鳴子の三体に、弐郎・一華・零司の三人が挑む構図である。ただし数のうえでは三人と一匹で、その一匹がこの回のすべてを持っていった。決着そのものはあっけないのに、羅睺が自分でも気づかないまま弐郎の命を食い続けていたことが分かり、さらに最後、零司の前に家伝の技を使う男が立つ。




公式サブタイトルは「3 ON THREE」。頭だけが残される事件から始まった
「十中八九な」― 芙蓉が答え直した、物ノ怪が人間を食う理由
第7話はニュース映像から始まる。「本日早朝に住宅街で複数の頭部のみの遺体が発見された事件など、今月に入り原因不明の変死事件が相次いでおり、警察は同一犯による連続殺人の視野に捜査を進めています」。「やはり物ノ怪の仕業ですか」という問いに、芙蓉が「十中八九な」と短く返す。
ところがそこから始まるのは緊迫した作戦会議ではなく、居座る老物ノ怪と弐郎の口喧嘩である。「待て待て、何普通にくつろいでんだお前。仕事終わったんならさっさと帰れよ」と追い出しにかかる弐郎に、芙蓉は「わしがどこにいようと、わしの勝手じゃろ」と動かない。「こっちはてめえのせいで訓練中、死ぬ思いしたんだぞ」「あれはわしのせいじゃないと言うたじゃろが」「つーか勝手に俺のエビみりん食ってんじゃねえよ」「食われたくなきゃ名前でも書いておけ」「書いてんだろが」。
そのだらけた空気のまま、弐郎がふと聞く。「なんで物ノ怪は人間食うんだ」「だってよ、こいつとか普通の飯食ってんじゃん」。芙蓉の答えが、この回の設計図になっている。物ノ怪は人間を食うが人間しか食わないわけではない、ただし「人間の生命力は妖気を底上げする唯一の要素なんじゃ」。弐郎も「そういや羅睺の記憶の中で天鬼もそんなこと言ってたっけか」と第6話に繋げ、「つまり今再び物ノ怪たちは力を蓄えようとしていると」で速報が入る。平坂町の全面封鎖である。
ここが上手い。エビみりんで揉めていた三分の雑談が、そのまま最終盤の一撃の伏線になっている。設定の再説明を、いちばん力の抜けた場面に置いたのは判断だと思う。
司場が羅睺の過去を差し出して買ったもの
場面は特務一課。「で、要件はなんだ。こっちは連日の変死事件に追われてるんだ」「よもやこんなくだらない報告書を見せるために呼び出したわけじゃないだろうな」と不機嫌なのは久澄で、この後で時枝から連絡が入ることからも一課の側だと分かる。司場が差し出した報告書の中身は羅睺の過去、つまり天鬼の名前だった。「なるほどな。羅睺の過去に天鬼という物ノ怪か」「なかなか面白いでしょ」「それじゃ、これでこの間の神社の件はチャラってことで」「それが狙いか」。
第6話の締めを思い出したい。部下が「急いで報告書をまとめて上に」と言いかけたとき、司場は「いや、その必要はない」「せっかくつかんだワイルドカードなんだ」と止めていた。そのワイルドカードの使い道がこれである。上に報告して手柄にするのではなく、横の課への貸し借りに変えた。
そして本命はもう一つのほうだった。「さっき言ってた事件の捜査、うちの連中にもかませてよ」。「却下だ」と即答されても引かず、「あいつらは訓練も実践もこなして成果も出してる」「物ノ怪関連の事件は本来うちの担当だ」と積み上げ、最後に「もし使えなかった時は俺をクビにでもすればいいさ」と自分を賭ける。
この課長、味方には気前がいいのに交渉になると全部が取引で出来ている。部下の初仕事を取ってくるのに自分の首を張るあたりが、第5話で久澄たちを保険に使った立ち回りと地続きで気持ちいい。
霧に沈んだ平坂町 ― 三つの目的と、四つの妖気
任務の目的は三つ。救命、結界の解除、そして「捕獲」
現場中継が状況を伝える。「橋の向こうは濃い霧のようなものに覆われ、町の様子は一切見えない状態です」「警察は化学物質によるテロの可能性もあるとして、周辺には非常線が張られ、全ての道路が封鎖されています」。弐郎の「すげえな、あれ全部隠密かよ」に、「スーツ着てインカムつけてるやつは大体な」と返る。
ただし、その隠密たちは当てにならない。「物ノ怪による大きな事件なんて、ここ数十年滅多に起きなかったからな。こんな状況を収束できる人材はほとんど残っていない」。人間相手の仕事しかしてこなかった組織が、久しぶりの本物を前に手を出せずにいる。だから黒の灯火の出番になる、という筋道が一言で通っている。
ブリーフィングも具体的だった。現場は平坂町一帯、道路は封鎖済み、結界の内側は詳細不明だが複数の物ノ怪と多数の市民がいるのは確実。隠密服の妖気中和機能なら結界を突破できる。そして目的は三つ、救命、結界の解除、そして敵勢力の無力化および捕獲。
「捕獲?」と全員が聞き返すのが良かった。これまでの相手は倒すか逃がすかの二択だったからである。司場の狙いは「とにかくこの件もバックがついてるはずだ。そこに繋がる可能性は掴んでおきたい」。つまり天鬼まで届く線を、生きたまま持ち帰れという指示だ。
最後に一つ問題が残る。結界の中は有線も無線も通じない。名乗り出たのが芙蓉で、配られた花弁を飲めば声を出さずにやり取りができるという。「飲むのかこれを」「ちょっと勇気いるわね」と三人揃って渋るのが、出撃前の最後の軽口になっていた。
二百人分の「飯」と、猫たちが運んできた地図
結界の内側では三体が待っていた。鉄輪が「三人か。思ったより少ないの。その程度ならわざわざ徒党を組むまでもなかったの」とこぼし、呂蓮に集まり具合を尋ねる。返事は「今だいたい二百くらいっすかね」「やっぱ生きたまんま操って集めるのは、結構時間かかるっすね」。鉄輪の理屈が「人間は鮮度が命じゃ。死んで時間が経つと生命力が取れんからの」で、倒れている町民が全員生かされている理由がここで分かる。
続く呂蓮の苦情が効いていた。「ていうか頭だけ残す癖、なんとかしてくださいよ」。鉄輪は「やかましい。頭骨は固くて嫌いなんじゃ」と一蹴する。冒頭のニュースが伝えていた「頭部のみの遺体」は、この好き嫌いの結果だったわけで、三十秒前の会話が事件の答えになっている構成が気持ちいい。
鳴子は呼びかけても返事をしない。呂蓮が「こんだけの結界、一人で張ってるんすから」ととりなす。町ひとつ分の霧が、この一体の負担だけで保たれている。その鳴子が「三人じゃない。三人と、一匹」と訂正した瞬間、鉄輪は「ボスからの指示、忘れてないっすよね」「だからやっちゃダメっすってば」という制止を振り切って出ていった。
一方の町の中では、羅睺が「妖気が混ざってひでぇ匂いだなぁ」と顔をしかめていた。一華に「あんたちょっと妖怪レーダーになりなさいよ」と雑に使われた結果が「三つ、いや、妖気は四つだな」。結界を張る者、人間に術をかけている者、そして「そいつらよりも強い妖気の奴が二匹」。公式のあらすじが四人を並べていた理由が、この数え方で腑に落ちる。
場所までは分からない、と言われて手詰まりになりかけたところで動いたのが弐郎だった。倒れた人間を横目に食事にありついていた野良猫たちに缶詰を渡し、「北の交差点に人間の群れを動かしている二人と、街の中心にある公園に二人」という情報を持ち帰る。一華の感想が「えらく牧歌的な絵面ね」で、確かに絵面はのどかである。
第1話から地味に置かれてきた「動物と話せる」という設定が、ここで初めて捜索の主戦力になった。特別な力の使いどころとして、これ以上ないくらい弐郎らしい。
弐郎と鉄輪 ― かつて祈られていた者どうし
「こいつの狙いは俺らだ。行け」― 三対三が崩れる瞬間
分担はすぐ決まった。零司が「僕と一華さんが交差点で、お前たちは公園の方だな」と切り出し、弐郎が「絶対そう言うと思った」と笑う。一華も「こっちが片付いたらすぐそっちの応援に向かうわ」と受ける。ところがそこへ鉄輪が降りてきて、弐郎が即座に言い直す。「作戦変更だ。お前らは交差点と公園を頼む。こいつは、俺らがやる」。
一華の「待ってよ! 今なら全員で」を、弐郎は「こいつの狙いは俺らだ。行け」で切った。三対三で始まるはずだった構図が、開始三十秒で一対一が三つに割れる。サブタイトルが「3 ON THREE」なのに、実際には三人が三か所でばらばらに殴り合う回だった。
鉄輪のほうも面白がっていた。「タイマンを選ぶとは少々意外じゃったな。人間は群れて戦うもんじゃと思っとったわい」。弐郎の返しは「うるせえ牛野郎。ケンカにごたくはいらねえ。さっさとかかってこいや」である。
見た目どおりのパワーファイターだと読んだ弐郎は、大振りの直後にできる隙を狙って一撃を通す。やることは第3話から変わらず愚直で、そこは安心して見ていられた。問題は、それが通用しなかったことのほうだった。
鉄輪が語った、祈られていた頃のこと
「思ったほどでもなかったのう」。押さえ込まれた弐郎に、鉄輪は自分の身の上を話し始める。「わしは不器用な物ノ怪でな、妖気を押し付けるくらいしかできんが」と前置きしてからの中身が重かった。「かつてわしは山林を治める鬼人として、崇められる存在じゃった」。人間は供物を捧げて祈り、見返りに鉄輪はその地を守った。「あの頃は良かったのう」。
崩したのは御庭番衆である。「御庭番が現れてからは、祈るのをやめたどころか、隠密と共謀してわしを闇討ちしようとしおった。だから殺した」。「昨日まで笑顔で祈っておったのが、今日には寄ってたかって殺しに来よる。それが貴様ら人間じゃ」。待っていたのは、人間が物ノ怪を忘れて隠密が力を失う日だという。
ここが第6話とまっすぐ繋がっている。土地神として拝まれ、御庭番衆の登場で狩られる側に落ちた物ノ怪という履歴は、羅睺のものとまったく同じだった。同じ経験をして、羅睺は自分を封印し、鉄輪は人間を食う側に回った。つまり今回の相手は、選び方だけが違う羅睺である。
引用したのは演出への苦言だが、「戦闘中にやたらにネームが多い」という指摘は的を射ている。殴り合いの最中に数百年分の来歴を語らせる構成なので、確かにテンポは何度も止まる。ただ、この回に限っては止めた分の元は取れていたと思う。
締めの「羅睺の力もこの程度ならば、葬る必要もあるまい。このままここで新時代の贄となれ」で、かつて贄を捧げられていた側が、今度は贄を要求する側になっている。そこから戦況がひっくり返るのだが、殴り返した本人たちが一番わけが分かっていないのがこの回の肝で、理由は最後に出てくる。
一華と呂蓮 ― 遊ぶ物ノ怪と、本気の人間
「人間はあんたのおもちゃじゃない」― 精神に干渉する術
交差点で当たりを引いたのは一華だった。「そこのあんた、今すぐ術を解除しなさい」「嫌に決まってるでしょ」「じゃあ死になさい」と、交渉が三往復で終わるのが小気味いい。
呂蓮の術は幻術、それも精神に干渉する種類である。落ちれば本当に死ぬと本人が説明したうえで、これまでの実績を語り出す。「甘美で破滅的な幻から地獄のような恐ろしい幻まで」見せてきて、「誰も彼も笑ったり泣いたり怯えたりして、最後には壊れて真っ白になる。面白いっすよね」。
一華の返しが「冗談じゃないわよ。人間はあんたのおもちゃじゃない」で、呂蓮は「自分らも犬猫をおもちゃにしてるくせに」と受け流す。言い分としては噛み合っていて、だからこそ一華の怒りが正論の押し付けに見えない。
それにしてもこの物ノ怪、口調が徹底して軽い。人間を二百人集めておいて「正直ヘイトが出そうっすよ」と被害者面をするあたり、鉄輪のような悲哀がまったくないぶん質が悪かった。
着せ替えという侮り
追い詰めるつもりの呂蓮が選んだ手が、よりによって着せ替えだった。「じゃ、あんたにはこれをプレゼントっす」「よく似合ってるっすよ」「人形の着せ替えもおもちゃ遊びの定番っすよ」。この回で一華が制服姿になるのは学校の場面だからではなく、幻術で着せられているからである。
次はメイドかナースか、と品定めが続く。戦闘の最中に衣装を替えて遊ぶという行為そのものが、呂蓮にとって相手が脅威ではないという宣言になっていた。
ただ、この場面を「かわいい」で受け取っても間違いではないと思う。実際そういう感想が並んでいたし、作り手も一枚絵として成立させたうえで意味を乗せているからだ。
「これはただの幻」― 訓練が効いた瞬間
一華の内心が短い。「冷静さを欠けば、それこそ相手の術中」「これはただの幻」「あいつは完全にこっちを舐めて遊んでる。そこが狙い目」「勝負は一瞬」。幻覚に取り乱すどころか、遊ばれている時間をそのまま観察に使っている。
これは第5話と第6話の直結である。芙蓉の妖術対抗訓練で母の幻を見せられた一華は、「今さらこんな幻覚で揺らぐほど、私も子供じゃないのよ」と十分以内に破って出てきた。あの訓練の相手も幻術使いだった。つまり呂蓮は、この三人のなかでもっとも幻術に慣れている相手を引いてしまったことになる。
決着は一瞬だった。次の衣装を見繕う呂蓮に「どれも却下よ」と言い放ち、すでに仕込んであった手をステルスモードの解除で見せる。制御を乱された術者は、術そのものを保てない。呂蓮が「うつせみとかいう隠密の技か。器用な猿ね」と吐き捨てるのが精一杯だった。
そして一華の一行。「あんたは遊びのつもりでも、こっちは真剣にやってんのよ。人間なめんな」。第3話で「私が嫌いな二つのものを教えてあげる。物ノ怪と、女だからって舐めてる男よ」と言った人が、今度は舐めてきた物ノ怪を同じやり方で沈めた。台詞の置き方が丁寧だと思う。
「3 ON THREE」まとめと考察
羅睺が食い続けていたもの、そして最後に現れた声
鉄輪を沈めたのは訓練の成果ではなかった。隠密服が脱げた瞬間に妖気が噴き出し、鉄輪ですら「まだそんな力を隠しとったとは」と驚く。弐郎も「おい、羅睺、どうなってんだよこれ」と聞くしかなく、羅睺自身が「俺にもよく分からねえんだが」と答えている。
最初に疑ったのは隠密服の妖気中和機能だった。中和が羅睺にも効いていて、脱げた反動で溢れたのではないか。だが羅睺は自分でそれを否定する。「あれはあくまできっかけ」であって、それだけでは説明がつかない。たがが緩んだような感覚をたどって、たどり着いた結論が「封印中、殺生石に削られちまった妖力が、いつの間にか以前にも増して戻っていたのか」だった。
しかも「たった数週間で」である。ここで冒頭の説明が効いてくる。妖気を底上げする唯一の要素は人間の生命力で、羅睺はろくに食べていないはずだった。それでも増えているなら、どこかから摂っている。答えは同じ体の中にあった。
羅睺の独白が短くて重い。一つの体に人間と物ノ怪の二つが同居していれば、意識しなくてもそうなるのは当然だ、と自分で結論を出す。「俺は食っていた。いや、食い続けている。自分でも気づかない間、ずっと。こいつの命が」。第1話から二人三脚でやってきた相棒関係が、その足元でずっと弐郎を削っていた。
第5話で咬牙が言った「飯を食わなきゃ妖気も落ちる」、第6話で天鬼が村を食い尽くした理由、そして今回の芙蓉の講義。三回にわたって説明されてきた同じ理屈が、敵ではなく味方の側に着地する。伏線の回収先としてかなり意地が悪い。
そして最後、零司の側で幕が引かれた。鳴子のいる場所へ着いた零司は「動くな。武器を捨て、投降しろ。従わなければ、武力行使に移る。これは警告」と、今回の任務目的どおり捕獲の手順を踏む。ところが応じた相手が名乗ったのが桐原流斬術で、零司が「この声は」と漏らす。
桐原流斬術は桐原家だけの技である。そして第6話で、妖刀に飲まれた零司の兄は「死に物狂いで強くなって、俺を殺しに来い」と言い残して家を出ていた。フードを被った謎の男の正体が誰なのかは、もう説明が要らない。
見返して気づいたのは、羅睺が数えた妖気が四つだったことである。結界の鳴子、術者の呂蓮、そして「そいつらよりも強い」のが二匹。一匹は鉄輪として、残る一匹がこの男だ。人間であるはずの兄が、羅睺の感覚では物ノ怪と同じ数え方をされている。妖刀に飲まれるという言葉の意味が、じわりと怖くなった。
三対三として始まり、三つの一対一に割れ、勝ったはずが誰も勝った気になれない。戦績だけ見れば黒の灯火の圧勝で、実際あっけないほど早く片がついた。それなのに残ったのは、相棒に食われ続けている主人公と、兄と向き合わされる少年である。次回は救出も結界の解除もまだ途中で、しかも一番危ない二人が別々の場所にいる。弐郎はこの事実を知らされるのか、知らされないほうが幸せなのか、そこがまず気になっている。




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