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第7話のサブタイトルは「母猫の帰還」。魔法学校へ召喚されて以来、ママにゃんが初めて初心者の森へ帰る回である。ところが当の本人は、噂に聞く恐ろしい竜が我が子だと信じきれていない。そして猫竜のほうも、母はとうに亡くなったと思っている。そのすれ違いを埋めたのは言葉ではなく、洞窟と森じゅうに残っていた匂いだった。




学校の庭に、故郷の草が生えていた
「なかなか好感の持てる人物、いや猫物でしてな」
第7話は魔法学校の庭園から始まる。散歩中のママにゃんが猫じゃらしを見つけて、庭師に「どうして猫じゃらしがこんなところにあるの。学校の庭園には薬草しかないはずじゃ」と尋ねる場面である。返ってきた答えが「それは初心者の森と呼ばれるところから種を分けていただいたものです」だった。
庭師の説明が丁寧で良い。猫じゃらしは本来、草原のような開けた場所を好むので森には向かない。それなのにある猫の集団が森の中に広場を作って育てている、という話になる。みんなが猫じゃらしを楽しめるようにしているのかしら、と受けたママにゃんに「その通りですよ。なかなか好感の持てる人物、いや猫物でしてな」と言い直すのがこの作品らしかった。
交渉の末に種を分けてもらったという苦労話まで出てくるのだが、第6話を見た側からすると、この一言で四代目の顔が浮かぶ。前回まるごと一話かけて描かれた広場が、別の場所では「変わった猫がいるらしい」という程度の噂として届いている。世界の広さの見せ方がうまい入り方だった。
皇竜という称号と、噛み合わない噂
苦労した理由として庭師が挙げたのが、あの森にはかの猫竜がいるから、である。ママにゃんも「猫竜、噂で聞いたことがあるわ。森の猫を守っている竜のことね」と知ってはいる。だが続いて出てきた説明が桁違いだった。
猫竜は竜の皇帝、つまり皇竜の称号を持つという。一息で一国の軍を滅ぼし焼き払ったという逸話まであり、それが全て森の猫たちを守るためらしい、と締めくくられる。森の猫との接触に細心の注意が必要というのも、この称号を踏まえてのことだった。
それを聞いたママにゃんの内心が「本当にあの子のことかしら。噂を聞けば聞くほど、あの子ではない気がするわ」である。視聴者だけが両方を知っているので、ここから最後までずっと片思いのようなすれ違いが続く。ちなみにこの回は普段より百カットほど少ない構成だったそうで、一つ一つの間が長いぶん、こういう独白がよく効いていた。
里帰りの支度
「あの森には印をつけられないんだ」
故郷の猫じゃらしだったと知って懐かしがるママにゃんに、アンネロッサが「そういえば、ママにゃんはその森にはずっと帰ってないよね」と気づく。私があの時ママにゃんを呼び出して以来、という言い方で、召喚した本人が今は学校の教師になっているという時間の経過が分かる。学校はしばらく休みなのだから帰ってみたらどう、という一言で話が動き出した。
移動を頼まれるのが、かつてママにゃんが育てたグレーターデーモンである。呼び鈴ではなくドアを叩かれて「俺にも立場とかメンツとかあるんだからさ」とぼやくのだが、「またメンツとか言って」で片づけられている時点で力関係が分かる。
面白かったのは瞬間移動が使えない理由だった。世界中に印をつけてあるのに、あの森には印をつけられない、森全体に竜の結界が張られているからだという。しかもその結界を張った当人を弟と呼んでいるので、「まさか俺が印をつけに来るとか思わなかったんだろうな、あいつ」という愚痴になる。皇竜の結界が、身内相手には単なる不便として語られている。
「お母ちゃんも歳なんだから」
結局、近くの人間の街まで送ってそこから歩く、という段取りになる。俺も森まで行くと言い出すのを「あんたは仕事があるでしょ」と止めるのだが、実際その直後にダンジョンで特訓したいという生徒が来てしまう。試験が終わったばかりなのに勉強熱心な奴らだな、と言いながら「あと10分待ってくれ」で押し切るあたりが所帯じみていて良い。
別れ際が完全に息子だった。何かあったらすぐに知らせろ、相談しろ、と繰り返したうえで、「あの森、クマが多いからね。お母ちゃんも歳なんだから、向かって行ったりしないで」と釘を刺す。心配の中身が具体的すぎて、この母親の前科が透けて見える。
返しは「もう、心配性だね」「大丈夫よ、早く帰りなさい。生徒が待ってるでしょ」で、それでも「うーん、本当に気をつけてよ」と食い下がっている。魔獣が学校で教える側に回っていて、育ての親に頭が上がらない。この関係だけで一話作れそうな密度だった。
街猫ハイブチという案内役
「本当の名前を言っちゃうといろいろあるみたいだから」
街に降りて「さてと、森はどっちかしら」と言ったところへ拍手を送ってきたのが、街に住む猫のハイブチである。実に見事な走りっぷり、素晴らしい魔法さばきだ、と褒めるところから入るので、最初から距離の詰め方が上手い。
ここで名乗りに条件がつくのが面白かった。「私は使い魔なのよ。本当の名前を言っちゃうといろいろあるみたいだから、あだ名でママにゃんって呼んでね」である。ママにゃんという呼び名が愛称というだけでなく、使い魔として真名を伏せるための方便でもあったことが、七話目にしてさらりと出てくる。
案内を申し出る理由も良い。遠慮はいらない、実は私はおせっかいなので、このままあなたを放っておいたら夜も寝つけなくなってしまう、と言うのである。返しが「あらやだ、私もおせっかいだから、その気持ちわかるわ」で、おせっかい同士だから話が早いという理屈で同行が決まった。
猫竜は、母はもう亡くなったと思っている
道中でママにゃんが身の上を話す。学校にはいろんな魔獣が召喚されてくること、そこへ偶然、昔自分が育てたグレーターデーモンが現れたこと。それはすごい息子さんですね、と受けられたあと、この森の竜が昔育てた子だと言われている、という話に至る。ハイブチの答えは即座に「それは羽のおじちゃんだ」だった。
ここで挟まるハイブチ自身の記憶が、この回でいちばん重い。子猫たちを叱っている猫竜に「相変わらずおじちゃんは厳しいですね」と声をかけると、「私にいつ何があっても、この子たちが一匹で生きていけるようにしてやらねば」と返される。何があってもとはどういうことか、と聞かれて語られたのが母猫の話だった。
私の母猫はある日突然、人間に使い魔として召喚された。突然のことで自分も兄弟たちも動揺し嘆いたが、母猫が教えてくれたことを守ろうとお互いに誓い合い、それを支えに生き延びた。教えとは何かと聞かれての答えが「数え切れないが、まあ、みんなで力を合わせて生きていくってことだ」で、第3話の巣立ちの場面がそのまま今の教育方針になっていることが分かる。
そして決定的な一言が続く。母とはその後会えたのかという問いへの答えが「いや、おそらく寿命で亡くなっただろう。兄弟たちも亡くなってだいぶ経つからな」だった。片方は我が子だと信じきれず、片方は母は死んだものとして生きている。この時点で、再会の前に必要な段取りが全部そろってしまった。
モシャモシャ広場は、祭りの前日だった
「尻尾が二つあるぞ」
竜に会ってみてはどうか、と勧められたママにゃんの返事が「では早速」「えーと」「でもその前にまずは観光がしたいのよね」である。何十年ぶりの息子との再会より先に、まず猫じゃらし畑を見たいと言い出す。この人選が今回の空気を決めていた。
広場では四代目モシャモシャが出迎える。立派な猫じゃらしを育ててくれてありがとう、と礼を言われた四代目がママにゃんを見て気づくのが「そういうあなたは、尻尾が二つあるぞ」だった。反応でも猫又になっているという読みが出ていたが、劇中では尻尾の数を指摘されるだけで、説明は一言もない。
ハイブチが「実はこの方は、あの羽のおじさんのお母さんだ」と紹介すると、四代目が「いやー、聞いていたが。ご苦労されましたな」と労う。第6話で任侠の親分として描かれた猫が、ここでは筋を通す側として同じ調子のまま出てくるのが気持ちよかった。
「祭りの前日に誰かを入れたとあっちゃ」
ところが広場に入れてほしいという頼みは通らない。「しかし決まりは決まりだ。祭りの日以外は、みだりに中に入れるわけにはいかねえ」である。それはないだろう、と食い下がるハイブチに対して、四代目は理由を説明しにかかる。
ここから広場の景色を見てどう思うかね、と振って、ちょうど今、猫じゃらしがさかりだ、さかりになったら祭りを開く、それが四代続いた伝統ってやつよ、と続ける。そのうえで「祭りの前日に誰かを入れたとあっちゃ、みなが羨ましがるだろ」と締める。断りの理由が権威ではなく、他の猫への公平さだった。
しかもそのまま「では明日は」「祭りだ」と話が転がって、「明日また来てやってくださいよ。羽のおじさんと親子で楽しむ猫じゃらしってわけさ」で終わる。断りながら、まだ確定していない再会の先の予定まで組んでいる。うちの子かどうかまだ分からない、という不安には「会えばすぐわかるってえもんよ」と言い切ってみせた。
洞窟だけは、変わっていなかった
「知らない猫たち、知らない道」
森を進むママにゃんの独白が静かに重い。ここは本当に私のいた初心者の森かしら、いろいろなことが変わってしまった、知らない猫たち、知らない道、と数えていって、この先にいるという竜も別の竜なのではないか、というところまで行き着く。
そこに重なるのが「確かにこの森に竜の子がおりました。だが、ずいぶん昔に亡くなりました。残念です」という言葉である。最悪の答えを先に置いてから、「私の育てた子たちは、おそらくみんな亡くなってるはずだもの」と自分を納得させにかかる。
それでも、と続く部分がこの人の芯だった。「いつもその時育てる生徒たちで精一杯だし、巣立った子に会おうなんて考えたことなかったけど、でも万が一生きている子がいるんなら、やっぱりちょっと会いたいなって思っちゃったのよ」。育てた子を生徒と呼んでいるあたりに、この母親がやってきたことの規模が出ている。
鼻を利かせれば、森全体があの子の匂い
洞窟には子猫たちがいて、猫竜は少し大きい子たちを連れて狩りの練習に出ていた。何匹も育ててきたけど、きちんと言うことを聞く子なんて一匹もいなかったわ、という世間話をしながら、ママにゃんは別のことに気づいている。
この子たちからも、洞窟の周りからも、鼻を利かせればかすかに匂う。森全体があの子の匂いだった。小さくて頼りなかったあの子が、今はなんて力強い匂いなんだ、と続く。何十年分のすれ違いを、会うより先に鼻が解いてしまう。皇竜の逸話でも、噂の食い違いでもなく、匂い一つで確信するのがこの作品らしかった。
帰ってきた猫竜のほうは、まず狩りの指導を続けている。獲物はしっかり狙いを定めてからと言っただろ、明日お手本を見せてやろう、僕は魔法の練習うまくできたよね、ああ、いいぞ、その調子だ。第3話からずっと同じことをやっているのだと、この数行だけで分かる。
「約束。そんなのしたかしら」
再会そのものは、拍子抜けするほどあっさりしている。ママにゃんの第一声が「魔法も上手になって。でも、すぐにあんただってわかったわ」で、返しが「お母ちゃん。なんでお母ちゃんがこんなところに」だった。こんなところとはなんだい、私はここであんたにお乳をあげて育てあげたんだよ、と即座に叱られている。
初めて狩りができたときも、空を飛んだときも、火を吹いたときも全部覚えている、と畳みかけられて、ようやく「やっぱりお母ちゃんだ。生きてたんだね」になる。逸話の中の皇竜が、母親の前では完全に子供の口調に戻ってしまう。
そして今回いちばん効いたのがこのやりとりだった。ずっとこの森を守ってくれてたのね、と言われた猫竜が「だって約束しただろ」と返し、ママにゃんが「約束。そんなのしたかしら」と首をかしげるのである。あのとき消える前にそう言ったじゃないか、だから僕はここでずっと、と食い下がられて、返事は「ありがとう」だけだった。
第3話で猫竜が守り続けていた「みんな仲良く過ごすこと」という言葉を、言った当人は覚えていない。消える間際にかけた一言が、何十年ぶんの生き方になっていたことになる。重くしようと思えばいくらでも重くできる場面を、覚えていないという一言で軽く受け止めてしまうのが、この母親の強さだった。
「母猫の帰還」まとめと考察
再会したその日から、また指導が始まる
締めが良かった。二、三日泊めてもらうわね、と言い出したママにゃんに対して、猫竜が「泊まる。いや、それは全然いいけど、説明を先に」と食い下がると、「あんたね、そんなの長くなるに決まってるでしょ」で終わらせてしまう。食べ物なら僕が取ってくるから洞窟で待ってて、という気遣いも「まったく、年寄り扱いして」で跳ね返された。
そして最後の一言が「あんたもついてきなさい。どんだけ狩りがうまくなったか見てあげる」である。何十年ぶりに再会した初日に、いきなり実技試験が始まる。待ってよお母ちゃん、と追いかける皇竜の背中で終わるのだから、泣かせる回のはずが最後は完全に笑いに寄せてきた。
考察として面白いのは、この回がすれ違いを解く手段を全部、匂いと口調に置いていることである。皇竜の逸話も、噂も、四代目の見立ても、結局は決め手にならなかった。確信につながったのは森に残っていた匂いで、猫竜のほうが母だと認めたのも、初めて火を吹いた日を数え上げられたからだった。記録ではなく身体の記憶で親子だと分かる、という描き方で通している。
残っているのは、四代目が組んでしまった明日の予定である。羽のおじさんと親子で楽しむ猫じゃらし、と言われてしまった以上、次は祭りの場に二匹で出ていくことになる。第6話で描かれた、森を出た猫まで帰ってくるという同窓会のような日に、皇竜が母親を連れて現れるわけで、あの広場がどうなるのかは見てみたいところだった。




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