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第7話のサブタイトルは「暗躍と婚約」で、ここでいう婚約は恋の話ではない。中心にあるのはザンドラが数年がかりで仕込んだ計画を、アルノルトがそっくり奪い取るという一手である。ベルツ伯爵の結婚も、妻の浪費も、大臣との不倫も、全部その計画の部品だった。見どころはもう一つ、皇帝と老臣の会話でこぼれる本音のほうにもある。そして報復の刺客から彼を助けたのが通りすがりの冒険者リンフィアで、締めは断られた時の答えまで用意してきた交渉だった。




公式サブタイトルは「暗躍と婚約」。まずは母上への報告から
「陛下があなたたちならできると思って任せたんでしょ?」
開幕は帝位争いでも暗躍でもなく、アルノルトとレオナルトが母上のもとへ報告に行く場面だった。開口一番が「レオは先月顔を見せてくれたし、クリスタはちょくちょく来てくれるけど、アルは3ヶ月ぶりね」で、この兄弟の距離感が一行で分かる。
全権大使とその補佐として国を離れると聞いても、母上は動じない。レオナルトの「心配ではないのですか?」に返すのが「心配してほしいの? レオも子供ね」「陛下があなたたちならできると思って任せたんでしょ? なら私もその判断を信じるわ」だった。
レオナルトは「では僕も自信を持って仕事に当たります」と背筋を伸ばすが、アルノルトのほうは「俺はついでに指名されたようなもんなんで、適当にやります」。それにも「好きになさい。あなたたちの自由よ」としか言わない。送り出す側が一切ぶら下がらないので、場面が湿っぽくならないのがいい。
「無理なんて、一度だってしたことはありませんよ」
話題がフィーネに移ると空気が変わる。「ブラウメーベはどちらの妃になるのかしら」という母上に、クリスタが「フィーネはアル兄様のお友達」「フィーネはすっごく綺麗でアル兄様とお似合い」と乗る。アルノルトの弁明は「クライネルト公爵との関係で、一緒にいる時間が長いだけです」だった。
先に帰ろうとするアルノルトに、母上がかける最後の一言が効く。「体に気をつけなさい。あなたはいつも無理をするんだから」。返事は「無理なんて、一度だってしたことはありませんよ」である。
表向きの無気力を家族の前でも崩さないのだが、母上のほうは無理をしていると決めつけたまま送り出している。帰り道の独白が「エリクやゴードン、ザンドラが帝位を取れば、母上やクリスタも無事じゃすまない」で、暗躍の動機がこの家族にあることが冒頭で示される。そこから「さて、暗躍の時間だ」に入るので、つなぎ方がきれいだった。
数年越しの計画を、そっくりそのまま奪う
面と向かって「ああ、出涸らし皇子ね」と言う伯爵夫人
最初の一手がベルツ伯爵への接触だった。切り出し方は「あなたの奥方の話だ。毎晩毎晩ずいぶん派手に遊んでいるそうじゃないか」で、借金の件まで並べたうえで「このままでは伯爵、あなたの名に傷がつく」と迫る。
伯爵の悩みは離婚できないことではなく、「結婚を報告した際、陛下がとても喜んでくださって」という一点だった。だからアルノルトの提案は「レオに頼んで、あなたの現状を父上に伝えてもらおう」になる。
そこへ当の夫人が入ってくる。「今月のお小遣いが足りないんだけど」から始まり、名乗られても「ああ、出涸らし皇子ね」「弟にいいところを吸い取られた無能で情けない出涸らし皇子」と面と向かって言う。伯爵の制止が「今のは家ごと取り潰されてもおかしくない発言だぞ」だった。
アルノルトの反応は「まあ慣れてるから大丈夫だ」の一言だけである。ここで怒らないから、伯爵のほうが「今ので決心がつきました」と落ちる。侮辱をそのまま交渉材料に変えているので、あの夫人の暴言まで含めて計算の内だったようにも見えてくる。
婚約も浪費も不倫も、全部が数年前からの指示だった
セバスが不満そうにするので、種明かしが入る。「同情できる部分はあります。ただ、自業自得であることは否めません」に対する返しが「ベティーナはザンドラが送り込んだとしてもか?」だった。
構図はこうである。ベティーナの家はもともとザンドラの母方の親戚筋と繋がりがあり、与えられた指示は二つ。ベルツ伯爵と婚約して金を浪費することと、現公務大臣と不倫すること。頃合いを見てザンドラが伯爵の離婚を助けて恩を売り、大臣の不倫を皇帝に告げれば、大臣は失脚し、後釜に自分の支持者が座る。
アルノルトがやったのは、この最後の二手を横から取ることだった。「だが、現公務大臣の不倫は俺から父上に伝える」「数年越しの計画、ご苦労なことだ」「ザンドラの計画をそっくりそのまま奪ってやった」。サブタイトルの「婚約」がどれを指すのかも、ここで分かる。
時期を選んだ理由も明かされる。「俺とレオがいない間に、エリク・ゴードン・ザンドラ三つの勢力から同時に攻撃されたら、まず耐えられない」「だから先にザンドラ陣営を攻撃したんだ」「ザンドラが弱れば、ゴードンとエリクの目は俺たちじゃなくザンドラに向く」。締めが「まあ、利用するという点では俺たちも変わらないけどな」で、自分を勝者側に置かないところがこの主人公らしい。
皇帝と老臣の会話でこぼれる本音
「策謀の一つもできぬものに皇帝など務まらんからな」
報告を受けた皇帝は即断する。「公務大臣め、部下の妻と関係を持つとは」「今すぐすげ替えよ」「次期公務大臣はベルツ伯爵に任せる」。老臣が「今回の件は策謀の匂いがします」「帝位争いの一環かと」と釘を刺しても動じない。
返ってきたのが「それならそれで構わん」「策謀の一つもできぬものに皇帝など務まらんからな」だった。老臣が「陛下が皇子の時は、私が策謀を担当した」と混ぜ返すと、「宿屋の息子だったお前の才を見抜き用いたのはわしだ」「できるものに任せるのも皇帝の資質よ」と返す。
そこから老臣の思い出話に入るのだが、これが重い。かつて皇帝自身も、あえて愚か者のように振る舞っていたという。だから続く一言が「そういう点ではアルノルトはわしに似ている」「無能を演じているような気がするのだ」になる。父親はもう半分見抜いていた、という置き方だった。
老臣の分析も的確で、「レオナルト陣営の急速な拡大は、裏で暗躍している者がいなければ説明がつかない」「正道を歩むレオナルト殿下と、影で補佐するアルノルト殿下」と並べたうえで、黒髪黒目の双子にその場で新しい呼び名を付ける。皇帝の反応が「いい命名だ」なのが可笑しい。
「どうか流れる血の少ない結末を」
皇帝が「もしかすると二人のどちらかが帝位を取るやもしれんな」と言うと、老臣は「先を歩く殿下方も傑物ぞろい」「時代が違えば皆、皇帝になっていてもおかしくない逸材です」と現実を突きつけ、勝算は今のところないと言い切る。
それに対する皇帝の答えが「優秀な者たちが帝位を争って名君が生まれる」「帝国は安泰だな」である。言葉としては満点なのに、老臣に「あまり嬉しくはなさそうですね」と見抜かれる。
そこで出るのが本音だった。「皆わしの子だ」「そんな資格はないと分かっていても、願わずにはおれん」「どうか流れる血の少ない結末を」。
帝位争いという制度をいちばん利用している人物が、その制度でいちばん傷つく立場でもあることがこの数行で分かる。前話で息子に「兄である前に帝国への反逆者です」と迫られた場面を思い出すと、「そんな資格はないと分かっていても」の重さが増した。暗躍の回に一つだけ静かな場面を挟むのが、この作品はうまい。
最も安全で最も強いやつのところ
奥の部屋と、責任を取る取らないの話
レオナルトとの雑談も情報量が多い。父上の説得が通った理由が「まあ、この手紙を見たらね」で、離婚したい理由を書かせた手紙から、奥方への呪詛が漂っているという評だった。「この人は何で結婚したの?」まで言われている。
話は自然と護衛の相談に移る。「俺たちが全権大使として不在の時、旗印になるのはフィーネだ」「まず身柄を狙われるだろう」。すでに手は打ってあり、「最も安全で最も強いやつのところにいる」という。行き先がアムスベルグ家だった。
ここからが今回の緩衝地帯である。エルナの母に「アルは一番奥の部屋で待っていて」と通された先で、エルナとフィーネがドレスの試着をしている真っ最中に出くわす。アルノルトの第一声は「俺の命もここまでか」だった。
エルナの見立てが「アンナさん、知っててこっちに誘導したでしょ」で、「嫁入り前の娘が着替えを覗かれたんですよ」と怒る流れになる。ところが母が「じゃあ責任取ってもらう?」と振ると、返ってくるのが「いいわよ、私は」。怒っていた本人が一瞬で乗るので、ここは笑ってしまった。
「一言、俺の顔を立ててくださいって言えば引き受けるわよ」
本題に入ると空気が締まる。フィーネをしばらく置いてほしいという頼みに対する答えが「それは帝位争いに関係してるのよね」「なら無理だわ」だった。理由は「アムスベルグ勇者家は政治に関わらないのが暗黙の了解になってるの」「それだけ強い力があるからね」。
そこでアルノルトが持ち出すのが理屈だった。フィーネは皇帝のお気に入りなので、何かあれば陛下の怒りに触れる。それを勇者家が守るのは不自然ではない、という組み立てである。母は「あら、そういう話に持っていくの」と受けたうえで、こう言う。
「一言、俺の顔を立ててくださいって言えば引き受けるわよ」「勇者家を頼ってでも守りたい人なんでしょ」。理屈を積み上げなくても最初から通っていた、という落とし方で、この家がアルノルトをどう見ているかが分かる。冒頭の母上と同じ扱い方なのも効いている。
ただし条件が一つ崩れる。エルナ自身に全権大使の護衛として同行する命令が出ていたのである。アルノルトの読みは「それを狙って兄弟たちがエルナを推挙したんだろう」で、しかも「帝国が全権大使に本気なことを示せるって意味じゃ悪い手ではない」と認めてしまう。妨害が正論の形で来るのがこの作品の嫌なところで、ここは素直に感心した。
霧の路地裏と、通りすがりの冒険者
「さっきのは陽動で、こっちが本命か」
報復は早かった。セバスが片付けに向かった相手が囮で、アルノルトの独白が「さっきのは陽動で、こっちが本命か」である。見送りの際にフィーネへ「まあ、一度くらいは仕掛けられるだろうな」と言っていた通りになった。
刺客の煽りに対して、アルノルトは「問題はない。セバスがすぐお前を始末しに来るぞ」と返す。ところが相手の答えが「伝説の暗殺者、死神セバスチャンといえど、十二人の暗殺者と交戦して戻ってこられるかな」だった。従者の異名がここで初めて出てくるうえに、その異名ごと勘定に入れて十二人を当てていることになる。
見送りの場面でフィーネに言った「セバスが護衛についてくれるし、もしもの時はシルバーが助けてくれるさ」も、ここで意味が変わる。シルバーは本人なので、要するに自力で何とかするという意味でしかない。その自力が塞がれた状態が、この路地裏だった。
「見捨てて後悔するよりは、助けて後悔する方がマシです」
そこへ入ってくるのが「通りすがりの冒険者です」だった。名乗る前の一言が「目の前で殺しをされるのは後味が悪い」「助太刀させていただきます」。
刺客が「そちらに味方すると、尊きお方を敵に回すことになるぞ」と警告しても、返ってくるのが「見捨てて後悔するよりは、助けて後悔する方がマシです」である。損得を計算したうえで、それでも助ける側を選ぶという言い方になっている。
戦い方も面白い。使ったのはとある遺跡で手に入れた骨董品の槍で、「強力なモンスターでも眠らせる音色です」「その状態で私と戦えますか」と来る。武器そのものより、相手の状態を作ってから勝負を宣言する順番が彼女らしい。
礼を言われたときの答えが「民のために戦うのが冒険者の本分ですから」だった。前話でシルバーが敵に向かって言った「俺が守るのは民であって国じゃない」とほぼ同じ立場である。助けた側と助けられた側が、同じ信条を別の口で言っているという並びになっていた。
「暗躍と婚約」まとめと考察
断られた時の答えまで用意してきた交渉
リンフィアの用件は村の話だった。「今、我が村の子供や若い娘が人さらいの標的となっています」。領主や軍に話は通したが誰も動かないので、シルバーと接点があったから、彼を通じて国の有力者に届けようと帝都まで来たという。
これに対するアルノルトの返しが「それは奇遇だな」で、本人がそのシルバーなのだから、これ以上ないとぼけ方である。ついでに「領主や軍関係者も人さらい組織と通じている可能性があるな」と、動かない理由まで先に読んでいる。
圧巻がこの後だった。「だが、俺が断ったらどうする?」という問いに対する答えが「あなたに不利になる材料を持って、他の陣営に駆け込みます」「あなたが断ったという話を添えれば、乗ってくるでしょう」。セバスの評が「侮れないかと」「冷静でよく盤面が見えています」で、命を助けた相手を即座に脅しの材料に変えているのだから当然である。
面白いのは、アルノルトがそれを脅しとして受けていないことだった。引き受ける理由として挙げたのが「俺の弟はお人よしだ」「最大の協力者である公爵の娘もな」「君を見捨てたら二人は怒るだろうし、勝手に君を助けようとするだろう」「なら初めから助けた方がいい」。善意を否定しつつ、結論だけは善意と同じ場所に着地する言い方が徹底している。
この回の「婚約」は誰のものだったのか
改めて並べると、今回出てきた婚姻の話は全部が政治の道具だった。ベティーナの婚約は数年がかりの工作の一手で、皇帝が喜んだせいで伯爵は離婚を言い出せず、その離婚がまた別の陣営の手札になる。
一方で本人たちの側はというと、母上の「どちらの妃になるのかしら」もエルナの母の「じゃあ責任取ってもらう?」も、誰も本気で決めさせようとしていない。アルノルトの答えは「俺はまだ誰とも結婚する気はありません」「取りません」で一貫していた。サブタイトルの「婚約」は、道具として使われる婚約と、まだ何も決まっていない婚約を並べた見出しだったのだと思う。
リンフィアとの取引も、形としては同じ場所にある。村を守る代わりにフィーネを守る、という条件付きの結びつきで、最後の言い方が「あなたを……あなたの守りたいものを、私が守ります」だった。言いかけて言い直しているのが引っかかる。
次に向かうのは他国で、帝都に残るのはフィーネとリンフィア、そして帝都にいる間だけのエルナである。ザンドラの報復はまだ一度しか来ていないのだから、いちばん危ないのは兄弟が国を出た後だろう。人さらいの件が村だけの話で終わるとも思えないので、そこがどう繋がってくるのかを見届けたい。




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