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ルームメイトになって一ヶ月、シーナは少しずつミミを理解していく。だがたくさんの人を殺してきたはずの少女が、笑顔で戦争へ向かうことへの戸惑いは、なかなか消えない。それでも「ケガは痛いから嫌い」と言うミミもまた孤独な一人の少女だと気づいたシーナは、「私と友達になってくれない?」と歩み寄る。掃除やおにぎりを分け合う穏やかな日常の一方で、戦場からは袋いっぱいのバラバラの姿で帰り、自分の魔法で再生するミミがいた。そして最終盤、初めての友達を得たミミがシーナに打ち明ける二人だけの秘密が、戦慄の真相を突きつける。




ルームメイト一ヶ月、少しずつ知るミミ
大雑把で極端な、秘密兵器の素顔
身寄りのない子供を戦争用の兵器として育てるこの施設を、少女たちは通称で「学校」と呼ぶ。第3話は、シーナがミミと同部屋になって一ヶ月、彼女のことが少しずつ分かってきた、という語りから始まる。
秘密兵器と噂されるミミだが、その素顔は拍子抜けするほど普通だ。かなり大雑把で身だしなみにも無頓着、好き嫌いなく何でも食べ、数学は苦手なのに歴史では満点を取るという極端さ。たまに会いに来るフラン先生は、口の中を検めながらも、どこかお母さんのようにミミを気にかけている。
兵器としての物騒な肩書きと、幼くマイペースな中身とのギャップがまず提示される。この素顔を丁寧に見せておくからこそ、後半で明かされる真実の落差が効いてくる作りになっている。
笑顔で戦争へ向かう彼女を、どう見送るか
穏やかな朝の日常は、招集令の放送で断ち切られる。名前を呼ばれたミミは「行ってきまーす」と笑顔で戦場へ向かっていく。笑顔で戦争に向かう彼女を、どんな顔で見送ればいいのか、シーナにはまだ分からない。
誰かが戻り、誰かが戻らない。十二人帰還、二人は帰れなかった。そんな報せが淡々と流れ、明日はまた祈りの時間だね、と少女たちは死を日常として受け止めている。何気ない時間の積み重ねが、かえってこの世界の異常さを浮かび上がらせていく。
戦場の重さを声高に描かず、ミミのいない部屋の静けさや不安でそれを感じさせる語り口が巧みだ。派手な戦闘場面よりも、この余白の作り方にこそ、この作品の切実さがにじんでいた。
「痛いのは嫌い」——ミミも、同じ少女
返り血の笑顔と、シーナの戸惑い
シーナは、クラスメイトのアリやセイランと昼食を囲みながら、ミミへの本音をこぼす。嫌いではない、けれど苦手だ、と。初めて会ったとき、ミミは戦場帰りで返り血を浴びながら、ニコニコ笑って話しかけてきたのだ。
たくさん人を殺してきたはずなのに、なぜあんな笑顔でいられるのか。その気持ちがどうしても理解できず、なるべく関わりたくないと思っていた。それがシーナの引け目だった。誰にでもある感情だ、とアリはやわらかく受け止める。
穏やかで尊い日常の裏に、こうした後ろめたさをきちんと置いてくるのが誠実だ。ミミを恐れる気持ちを隠さず描くからこそ、そこから距離が縮まっていく過程に説得力が生まれていた。
修復魔法と、不死身という噂
話題は、模擬戦で見せたミミの修復魔法に及ぶ。本当はフラン先生が治すはずのところを、私がやる、とミミが買って出た一幕だ。だがシーナがミミへの見方を変えたのは、もっと素朴な一言だった。
ケガをするのは痛いし嫌いだ、とミミが言っていた——それを聞いて、ミミも自分たちと同じなのだと感じたのだ。もっとも周囲では、どんなに傷ついても死なない、兵器のように戦い続ける不死身の少女、という噂が絶えなかった。
痛みを嫌う普通の感覚と、不死身という物騒な噂。相反する二つがミミの中に同居していることが、この時点でさりげなく差し込まれているのが上手い。
バラバラの帰還と、自分の魔法での再生
血の袋を開けて——「自分で直しな」
そのミミの実態が、戦場からの帰還で突きつけられる。運び込まれたのは、損傷が激しく、集めるのに手間取ったという血まみれの袋いっぱいの、バラバラになったミミだった。
袋を開けたフラン先生は「こりゃひどい」とこぼしつつ、「私は手伝わないからね、自分で直しな」と、あえて手を貸さない。すると血まみれのミミは、自らの魔法でその身をつなぎ直していく。誰かに治してもらうのではなく、自分でバラバラの体を元に戻す——その光景の静かな異様さに息をのむ。
これはひどい死体だ、そこからどうやって蘇るのか、とネットが慄いたのも当然の場面だ。痛みは嫌いと言っていた少女が、こうも無造作にバラバラから戻ってくる落差が、じわりと怖い。
早く帰りたかったから、という理由
フラン先生は、めちゃくちゃな戦い方をするなといつも言っている、服もボロボロにして、とミミを叱る。それに対するミミの答えが「だって、早く帰りたかったんだもん」だった。
体を顧みないほど無茶をしたのは、一秒でも早くシーナのもとへ帰りたかったから。恐ろしい再生能力の理由が、こんなにも幼く可愛らしい動機と結びついているところに、この作品の残酷さと優しさが同居している。
兵器としての異常さと、友達に会いたいという子供らしさ。その二つが一つの場面に畳み込まれていて、怖いのに愛おしいという複雑な感情を掻き立てられた。
はじめての友達と、穏やかな日常
「私と友達になってくれない?」
再生を終えたミミと過ごすうち、シーナの心は決まっていく。編入前はどこにいたのか、と尋ねると、ミミは「地下の暗いところで、ずっと一人だった」と答えた。誰かと一緒にご飯を食べることさえ、この子には初めてなのだ。
だからシーナは、まっすぐに切り出す。「ミミ、良かったら私と友達になってくれない?」——ミミは「友達? 初めての友達?」と、その言葉の意味を確かめるように繰り返した。
恐れる気持ちよりも、この子と一緒にいたいという想いが勝った瞬間だった。大仰な決意ではなく、ひとりぼっちの子に手を差し出すという等身大の優しさなのが、かえって胸に響く。
掃除もおにぎりも、二人なら
友達になってからの日常が、ことさら丁寧に描かれる。休みの日には、シーナがミミに友達のすることを教えていく。困った時に助け合い、他の人には言えない秘密の話をし、言いにくい指摘もちゃんと言い合う。そういうものだ、と。
散らかしすぎのミミの部屋を一緒に掃除し、ランドリーに洗濯物を出し、ノートをまとめる。その世話の焼きぶりは、友達というよりもはやミミのお母さんのよう。おにぎりを美味しそうに頬張るミミに、シーナも「お米、おいしいよね」と重ねる。痛みやおにぎりを通じて分かり合う、初めての友達の時間がそこにあった。
戦場に駆り出される日々と、何でもないオフの日。その緩急の付け方が見事だ。この穏やかで尊い時間を存分に見せてくれるからこそ、この後に待つものの重みが増していく。
まとめ——尊い日常の果てに、明かされる秘密
二人だけの、秘密の話
ある夜、帰りの遅いミミのために、シーナは眠らずに待っていた。帰ってきたとき部屋が真っ暗だと寂しいかな、と布団まで敷いて。その気づかいに、ミミは大切なことを口にする。友達は他の人に言えない秘密の話をするんでしょ。明日、ミミの秘密の話を教えるね、と。
翌日、ミミは昼食に誘うアリを遮ってまで、シーナを連れ出す。「今日はダメ! シーナとミミは、これから秘密のお話をするの!」初めての友達に特別に思ってもらえた嬉しさを噛みしめながら、ミミは、自分だけがシーナに教える二人だけの秘密を打ち明けていく。
ミミ可愛かった、と緩んでいた頬が、ここで一気に強張る。穏やかな日常をたっぷり見せた直後にこの告白を置く構成が、ぞくりとするほど効いていた。
「死なない」のではなく——という、戦慄の真相
その秘密が、視聴者に衝撃を与えた。ミミは「傷ついても死なない」不死身なのではなく、そもそも「もう死んでいる」——生きる屍のような存在なのではないか、と最後の場面は強く思わせる。バラバラになっても蘇るのは、まさにそのためだったのだ。
穏やかで尊い日常が本物であればあるほど、ミミを一人の少女として救おうとするほど、彼女が兵器であるという真相に近づいてしまう——その残酷な構造が、静かに立ち上がってくる。温和と冷酷が両立したまま、物語は次回へと引き継がれる。
初めての友達に、いちばん見せたくないはずの秘密を、いちばん嬉しそうに打ち明ける。そのいじらしさと恐ろしさの同居に言葉を失った。シーナがこの秘密にどう応えるのか、続きが気になって仕方ない一話だった。




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