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第8話のサブタイトルは、第8幕「大カトゥン ボラクチン」。モゲの仲介で第一皇后に会ったシタラが、病の原因を言い当てて懐に入る回である。ただし毒を盛られていたわけではなかった。ボラクチンは不老不死を求めて、自分で毒を飲んでいた。そして命を助けた礼のかわりにシタラが置いていったのは、「トルイ様も同じ思いでしょうか」という問いひとつである。




公式サブタイトルは第8幕「大カトゥン ボラクチン」。帳簿の山と、堂々と置けない本
「モンゴルでは読み書きを重要だと思ってない人が多くて」
この作品は話数を「話」ではなく「幕」で数える。第8幕の副題は「大カトゥン ボラクチン」で、公式のあらすじどおり、シタラが第一皇后に会う回である。ただし始まりは謁見でも謀略でもなく、帳簿の山だった。
「おいファーティマ、こんなとこにいやがった。よくも逃げやがったな」と連れ戻され、「カダク君、助けてください」と泣きつくも、そのカダクごと仕事に巻き込まれる。大カアンが買ったものを全部帳簿につけなければならないという。「男の人の仕事じゃないんですか」という抗議への答えが「うるさい、働け」である。
人手が足りない理由をチンカイが説明する。「モンゴルでは読み書きを重要だと思ってない人が多くて、書記官が足りないんです」。世界の半分を手に入れつつある帝国が、帳簿をつける人間だけは慢性的に不足している。この一行が終盤で効いてくるとは、この時点では思わなかった。
読み書きができるというだけで奪われ、運ばれ、生き延びてきた娘が、今度は読み書きができるというだけで宮廷の内側に置かれている。重い話をこの軽さで始めるのがこの作品らしい。
ジャービルの本と、「万能薬を作れるんだって」
積まれた書物の中に、あまり堂々とは置けないものが混じっていた。ジャービルの書、つまり錬金術の本である。「ジャービルはずっと昔、トゥースに住んでいた人なの」という一言に、シタラの故郷の名がさらりと出てくる。
鉱物などの材料を熱して混ぜ、アル・イクシールを作り出すのだという。「なんだそりゃ」と聞かれて「万能薬みたいなものでしょうか。私にもよく」と、シタラ自身も分かっていない。ところがその会話をモゲが立ち聞きしていて、「ねえ、それ何でも治せる薬ってこと?」と食いついてしまう。
結果、シタラはわけも分からず大カトゥンの前へ連れていかれる。モゲの紹介が「聞いてボラクチン、この子ね、万能薬を作れるんだって」で、シタラは「すみません、何のことかさっぱり。私はただアラビア語の本が読めると申したまでです」と否定するしかない。一度目の謁見は「もうよい、下がりなさい」であっさり終わった。
この空振りが良かった。シタラが仕掛けたのではなく、善意の早とちりで放り込まれただけという入り方だから、この後の展開が全部シタラの計算に見えなくなる。
「ボラクチンは誰かに毒を飲まされてる」
モゲの訴えと、東の仙術
呼び出しの本当の理由は、帰り際にモゲが打ち明けた。人払いをしてからの一言が「ボラクチンは誰かに毒を飲まされてる」である。根拠は見た目で、食が細り、皮膚もただれている。「毒って誰が何のために」と聞かれても「わからない」と答えつつ、「でも私はボラクチンの医者が怪しいと思ってる」と疑いだけははっきりしている。
その医者の説明が回想で挟まる。「その昔、道教には外丹という思想がありましてね」。硫黄や水銀などを調合して丹薬という薬を作り、それを飲めば肉体は黄金のごとく不朽のものに変わるという。ただし続きが「実際に飲んだ者は皆、毒にやられて命を縮めました」「それもあって、とっくの昔に廃れた試みですよ」だった。
モゲの証言が「その時、確かに毒って言ったんだ」である。つまりモゲは、医者が語った危険性の説明のほうを、犯行の告白として聞いてしまった。言葉は間違っていないのに、意味が真逆になっている。
西の錬金術と東の外丹が、同じ材料と同じ理想を持っていたという並べ方が上手い。アル・イクシールも丹薬も、行き着く先は不朽の肉体である。この符合に最初に気づいたのが、当事者ではなく通りすがりのシタラだった。
ドレゲネが明かした、大カトゥンという地位の足元
ドレゲネの反応は冷たい。「それだけではなんとも」「心配ならその医者を遠ざければいいじゃない。大カトゥンならいくらでも代わりを召し抱えられるでしょ」。そのまま「帰るわよ、ファーティマ」と席を立ち、外では「あんな不気味な人」と吐き捨てている。
帰り道の会話で、この回の火種が全部そろう。ボラクチンがオゴタイよりずいぶん年上だと驚くシタラに、ドレゲネはこう答えた。「ええ、もとは義理の親子だもの」。ボラクチンもモゲも、元はチンギス・カンに嫁いでいて、それをオゴタイが相続した。「父が死ぬと実の母以外の母親を息子がめとる。ここではよくあることよ」。
続く一言が、後で凶器になる。子もいないし実家も特別大きくはない、「正直、なんであの人が大カトゥンなのかわからないわ」。愚痴として言っただけのこの疑問を、シタラは丸ごと拾って持ち帰った。
ドレゲネは思ったことをそのまま言う人で、隠しごとが下手である。それがこの人の魅力でもあるのだが、隣にシタラがいる限り、こぼした言葉は必ず武器に加工されてしまう。見ていて少し気の毒になった。
鉱山の埃 ― 推理のかたちをした謁見
「鉱山の埃をお召しなのではないでしょうか」
丹薬の材料が水銀と硫黄だと聞いた瞬間、シタラの目の色が変わる。「まるで錬金術だわ。東方にもそんなものがあったのね」から「ドレゲネ様、もう一度大カトゥンのところに行きましょう」まで、迷いがない。
二度目の謁見の切り出しが用意周到だった。アル・イクシールは不朽の肉体を作る秘薬でペルシアの錬金術の真髄だが、自分一人では作れない、大カトゥンの力添えがあれば、と持ちかける。「なぜまたその話を」と警戒されると、「あなた様が、それをお求めだからです。違いますか」と踏み込む。
そして本題である。「初めてあなた様を見た時からピンときていました」「そのご様子、察しますに、鉱山の埃をお召しなのではないでしょうか」。火山から生まれる赤い石で、東方では別の名で呼ばれているという。それが錬金術でも丹薬でも基本になる材料だ、と繋げていく。
決め手は古代の医師の名前だった。ヒポクラテスによれば、鉱山の埃は少量なら薬になるが、取り続ければ毒となる。「食が細り、皮膚がただれ、出来物ができる。今のあなた様のように」。症状の三点が、モゲが毒を疑った根拠とそのまま同じ三点である。同じ観察から、片方は犯人捜しに、片方は診断に行き着いた。
「私も年だからな。長生きしたいんだよ」
モゲの反応が素直で良い。「じゃあボラクチンは毒を盛られたんじゃなくて、自分で飲んでたってこと?」。ボラクチンは「なんだモゲ、そんな風に思っていたのか」と、心配されていたことのほうに少し面食らっている。
証拠はあっさり出てきた。「ファーティマとやら、その棚の引き出しを開けてごらん」で、鉱山の埃が現れる。「どうしてこんなの飲んだのさ」というモゲに、ボラクチンは「不老不死」と答え、こう続けた。「ああそうだ。私も年だからな。長生きしたいんだよ」。
前回、ボラクチンが読んでいたのは全真教の同志が持ってきた医学書だった。修行によって元初の気の流れを止められる、という不老不死の術である。あれは病人の慰めではなく、実行の準備だったことになる。病で伏せっていてなお政治の水面下を動かし続ける人が、死そのものだけは順番待ちにしておけなかった。
敵役として置かれた人物の内側が、野心でも狂気でもなく「年をとった」という一点だったのが効いた。ここで一気に、この人を怖いだけの相手として見られなくなる。
ジャダ石は、飲む薬だった
シタラが差し出したのは毒消しの薬で、正体はジャダ石だった。「ジャダ石は飲むものじゃないよ」と当然の反論が来るが、「いいえ。ペルシアではベゾアール石といって、れっきとした毒消しの薬ですわ」と返す。
第5幕で濡れ衣の発端になった、あの石である。モンゴルでは雨を呼ぶ呪具、シタラの故郷では動物の体内にできる解毒剤。同じ石が、名前と土地が変わるだけで役割ごと変わるという設定が、ここでようやく人助けの側に着地した。
「呪いなどかけてないだろうな」と疑うボラクチンに、「私がそんな邪に見えますか」と切り返すやりとりも軽妙だった。締めは「元気を取り戻されましたら、またお呼びください。アル・イクシールについては、その時に」。回復させたうえで、次に会う理由まで置いて帰っている。
ドレゲネが「私は何もしていないわ」と言うのに対し、シタラは「ドレゲネ様がペルシア人の医者を探してくださったおかげで、鉱山の埃のことがわかったのですから」と返した。つまり答えは一人で出したものではない。チャガタイに近づこうとして失敗した反省もあわせて、「大カトゥンが私たちを信頼すれば、一つ道が開けます」と方針を切り替える。ドレゲネの「私たちの道ね」が、この回でいちばん明るい一行だった。
金国へ ― 戦場ではない場所の災い
返事のかわりに、使者が殺された
ほどなくして金国への侵攻が始まる。翌年、都である開封を包囲するため、トルイ軍は南宋に通過の許可を求めていた。返ってきたのは許可ではなく使者の死である。
「それが南宋の返事ってわけか」「引き返しますか」に対するトルイの判断が、「いや、予定通り南へ進む。内容が何だろうと、返事は来たのだ」だった。それでは南宋が黙っていない、と重ねられると「なら、南宋も征服すりゃいい」と平然と言う。
前回のクリルタイで、トルイ家に割り当てられた険しい山道について、オゴタイの指示はほとんど「頑張れ」の一言だった。その無茶を本当にやってのけて、関所を突破し山を越え、部下が「大カアンもお喜びになるでしょう」と言うと「兄上、きっと喜んでくれるぞ」と嬉しそうに返す。
この人は本当に兄を疑っていない。疑っていないからこそ、成功すればするほど強くなり、強くなるほど危うくなる。前回シタラが立てた「トルイ様の作戦が成功しなければならない」という逆説が、ここで淡々と進行していく。
「災いは戦場以外にもあるかもしれない」
留守を守るソルコクタニと子どもたちの場面が短く、そして重い。「神様、どうかトルイをお守りください」と祈る母に、子は「お祈りなんかしなくたって、父上は負けないでしょ」と口を尖らせる。
ソルコクタニの答えがこの回のすべてを言い当てていた。「私もトルイが戦いで負けるなんて思わないわ。けれど、災いは戦場以外にもあるかもしれない」「力を持ちすぎると、恐れられ恨まれるもの」。
子に「なら母上も気をつけて」と言われて返した「私を気にする人なんていないわよ」が、いちばんこたえた。この人は自分が警戒されていることに気づいていない。そして数分後、シタラは大カトゥンに向かって「あの方は諦めておりません」と名指しする。
賢い人が二人いて、片方は正しく先を読み、片方は読まれる側にいる。知恵の量ではなく、立っている場所の差でしかない。第4幕で『原論』を教わりながら「世界は草原よりも広いわ。私は知りたいの」と言った人が、その知りたがりの弟子に狙われている構図は、何度考えても後味が悪い。
第8幕「大カトゥン ボラクチン」まとめと考察
「トルイ様も同じ思いでしょうか」― 一行だけ置いて帰る
回復したボラクチンは、シタラを何度も呼ぶようになった。ドレゲネが「またなの」とふてくされ、ウルムを勧めても「いえ、実はこれからボラクチン様に呼ばれていまして」と断られる。秋になればバターに作り替えてしまうから今季は食べ納めだ、という会話の穏やかさが、この後の場面と落差になっている。
ボラクチンの天幕では、シタラがジャービルの書を講義していた。「この世は物質と性質が結びついてできていますが、性質を操作することで、物質を別のものへ変化させることができる」。受けたボラクチンが「物の性質を知れば、武器でも薬でも望むものが作り出せるのだ」とまとめ、「世界の真理に迫ったのだな。お前の故郷の学者も、中国の同志たちも」と満足そうにする。
和やかなその流れで、シタラが一つだけ質問を混ぜた。以前チンカイが書記官が足りないと言っていたが、世界中の人と知識を手に入れたのになぜなのか、と。答えが「モンゴルが手に入れた知識人たちの多くが、トルイ家のものになっているからなのだ」「兵力と同じだ。トルイ家はオッチギンだからな」だった。
末子相続という制度上の当たり前が、兵だけでなく知識人まで一家に集めている。「大カアンのお力でどうにかならないんですか」と重ねると「大カアンに弟の財産を着服させる気か」と叱られる。それでもシタラは引かず、「本当にそれでいいのでしょうか」「なんだか恐ろしいです」と不安の側に立ち続けた。
そして最後に置いたのが「トルイ様も同じ思いでしょうか」である。協力が大事だという結論に、たった一行だけ疑問符をつけて帰る。命を救った相手に、薬ではなく疑いを処方していた。
「案外扱いやすいわね」と言えてしまう場所まで来た
ボラクチンも鈍い人ではない。モゲを外させてから「モゲが連れてくるまで、私はお前のような娘を見たことがなかった。お前は何者だ」と正面から聞く。シタラの答えが「ご存じなくて当然ですわ。私はソルコクタニ様のもとにおりましたから」で、そこから「あの方は諦めておりません。トルイ様を大カアンにすることも、ご自分が大カトゥンになることも」と続いた。
「なぜそれを私に打ち明けたのだ。次第によってはタダではおかないぞ」と凄まれても、シタラの内心は静かだった。「この人の考えること、私にはなんとなくわかるもの」。根拠に使われたのが、ドレゲネがこぼした「なんであの人が大カトゥンなのかわからないわ」である。
どんなに聡明でも、同じ疑問を持つ人は少なくないはずだ。だから自分の才能にしがみつくはずだと読み切って、「私は、オゴタイ様とあなた様に希望を見ました。お二人の賢明さこそ、この世界を統べるにふさわしい」と差し出す。欲しがっている言葉を、欲しがっていることに気づかれない形で渡している。
帰り道の独白が「油断ならない人かと思ったけど、案外扱いやすいわね」だった。第7幕では、別々の天幕で同じ結論に達する対等な相手として描かれていた二人である。その相手をこう評せる場所まで、たった一幕で上がってしまった。
この回でシタラがやったことは、嘘を一つもついていない。病名も、解毒剤も、力のねじれも、全部本当のことである。それでも人が死ぬ方向に事が動くのなら、かつて教わった「学ぶことは絶対に悪いことじゃない」という言葉は、どこで折れたのだろう。命を助けた回なのに、見終わって残るのがその感触なのが、この作品の恐ろしいところだと思う。
そして最後、オゴタイがドレゲネを呼び止めて「そう緊張するな、ドレゲネ」「お前に話したいことがある」と切り出したところで幕が下りた。シタラが大カトゥンの側へ食い込んでいる間に、その主人のほうに何が起きるのか。次の一幕が気になってしかたない。




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