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『落第賢者の学院無双』第9話の副題は「奪還 -Let Me Pay-」。前回の -No Escape- がエイブの台詞だったのに対し、今回の英語を口にするのはアナスタシア本人だ。エフタルは先に自分の正体を明かすが、特殊奴隷紋はどうやっても消えない。そして殴られる彼女を、嫌なことは嫌と言えと教えた側が黙って待っている。この回で解けたのは紋ではなく、彼女が抱え込んでいた諦めのほうだった。




副題「奪還 -Let Me Pay-」を口にするのは誰か
この作品の各話タイトルは、日本語のあとに英語が添えられる形で統一されている。第1話から順に、雷神皇 -PROLOGUE-、無適の天才 -Lost Technology-、外道 -OVERKILL-、旅立ち -Seek Freedom-、再会 -Through Her Eyes-、雷神撃 -Dear Ephtal-、少女の想い -Master Smile-、宿命 -No Escape-。そして今回が、奪還 -Let Me Pay- である。
この英語は飾りではない。前回の -No Escape- は、エイブがアナスタシアに投げつけた台詞をそのまま英訳したものだった。「お前はどこに行こうが逃げられないぞ」。逃げ場がないという宣告を、加害者の側が副題として所有していたわけである。
冒頭は、前回の台詞の続きから始まる
今回の第一声は、その「お前はどこに行こうが逃げられないぞ」だ。特殊奴隷紋がある限り、半年に一度は主人のもとへ自動的に戻らされる。だから逃げても無駄だという、前回の締めくくりがそのまま持ち越されている。
その直後の彼女の独白が、この回の出発点になる。「世界は理不尽な悪意に満ち溢れている」「この呪われた特殊奴隷紋のせいで、私は死ぬことも逃げることもできない」。死ぬことすら選べないというのは、逃走を封じられている以上に重い。夜道でゴロツキに囲まれても抵抗の意志が湧かないのは、この状態が先にあるからだ。
「私自身がちゃんと償いをしなきゃダメなんです」
Let me pay を直訳すれば「私に払わせて」である。そしてこの言葉に対応する台詞は、本編の後半ではっきり口にされる。「今回の件は私がしてしまったことです」「だからこれは私が、私自身がちゃんと償いをしなきゃダメなんです」。エイブの屋敷へ向かう前、ご主人様は手を出さないでほしいと頼む場面だ。
つまり前回と今回で、副題の英語を発する人物が入れ替わっている。宣告する側から、宣告されていた側へ。第4話の -Seek Freedom- が自由を求める段階、第8話の -No Escape- が逃げ場を塞がれた段階だとすれば、今回は逃げるかどうかではなく自分で払うと言い出した段階にあたる。副題だけを並べても、彼女の位置が動いたことが読み取れる作りになっている。
先に秘密を明かしたのは、エフタルのほうだった
公式のあらすじは、今回を「彼女はついに、自らの抱えていたある秘密を打ち明ける決心をする」と書いている。だが実際に本編を追うと、順番が逆であることに気づく。
打ち明けられない理由を、力ずくで潰しにいく
合流したエフタルは、なぜ黙って刀を持ち出したのかと尋ね、すぐに自分で質問を言い換える。なぜその話を俺にしなかったのか、と。彼女の答えは、話しても意味がないというものだった。特殊奴隷紋の契約は神の力によって結ばれた絶対的なもので、一個人が撤回できるものではない。だから打ち明けたところで誰にもどうにもできない。
この理屈に対するエフタルの返しが「神の力、それがどうした」「俺を誰だと思ってる」である。そして名乗る。「俺は雷神皇エフタルとして死に、この体に転生した」。アナスタシアが彼の正体を知らされるのは、これが初めてだ。学院ではすでにマーリンが気づいており、本人も否定しなかったが、いちばん身近にいた彼女にだけは伏せられていた。
秘密の交換になっている
彼女が黙っていたのは、言っても無駄だと思っていたからだった。ならば無駄ではないことを先に証明すればいい。エフタルが自分の最大の秘密を先に差し出したのは、その順序を作るためである。「お前の常識で俺を測るな」という趣旨の一言が続くのも、彼女の判断基準そのものを壊しにいっているからだ。
あらすじが片方しか書かないという構造は、前回と同じである。第8話のあらすじもエイブを「同級生」としか書かず、彼こそが本当の主人だという核心を伏せていた。公式が伏せた側にこそ話の重心があるのは、この作品の紹介文が二回続けて見せた癖と言っていい。
それでも紋は消えない
正体を明かしたエフタルは、その場で解呪を試みる。段階を上げながら術を重ねていくのだが、紋は消えない。無双ものの主人公が、真正面から挑んで届かない場面を見せるのは珍しい。前回すでに「契約破棄には神を相手取る必要がある」と説明されていたことが、ここで絵として確認された形になる。
代わりに出てくるのが「俺はお前を拾った」「全部分かった上で拾ったんだ」であり、責任は自分が持つから安心しろという宣言だ。解決を約束するのではなく、解決するまで一緒にいると言っている。ここは前回の「拾ったからには最後まで面倒を見る」と同じ論法である。
姉の生き方が、そのまま説得の材料になる
今回いちばん唸らされたのは、エフタルが彼女を立ち直らせるのに使った材料である。彼は励ましの言葉を並べない。前回明かされたばかりの事実を、そのまま持ってくる。
前回の種明かしが、今回の武器になる
姉のタチアナは、罪人の家系という呪いを一手に引き受けていた。妹に冷たく当たっていたのも、自分が捕まったときに妹が傷つかないよう、わざと嫌われるように振る舞っていたからだった。第8話の終盤で明かされたこの種明かしを、エフタルは説得の中心に据える。
姉も同じ特殊奴隷紋に縛られていて、抗うことはできなかったはずだ。それでも彼女は妹を守るために生きていた。ならばそれは紋に強制された行動ではなく、姉自身の意思ではないのか。同じ檻の中にいた人間が、意思だけは残していたという指摘である。
「姉ちゃんは心まで操られていた訳じゃない」
この言い方が効くのは、慰めではなく反例だからだ。運命に抗えないというアナスタシアの前提に対して、抗えなかったはずの人物が実際に抗っていたという実例を出している。しかも赤の他人ではなく、彼女がいちばん信じたかった相手である。
返ってくるのが「姉ちゃんは心まで操られていた訳じゃない」「それなのに私は自分の運命を悲観するばかりで、抗うことすら諦めてた」だ。彼女が謝る相手は、ここでエフタルから自分自身へ移る。そして第4話でエフタルが言っていた「嫌なことは嫌って言っていいんだよ」が、ようやく届く。出会った時から言われ続けていた一言が、五話ぶんかけて意味を持ったことになる。
教えた側が、殴られる彼女を黙って待っている
屋敷に乗り込む場面の運び方が、この回のいちばん危ういところであり、同時にいちばん誠実なところでもあった。
一人で行かせるという選択
アナスタシアはエイブの前に立ち、刀を返してほしいと要求する。奴隷が主人に歯向かえばどうなるか分かっているのかと凄まれ、次の後継者を作るだけ作って捨てられると脅されても、従わないと言い切る。そして殴られる。エイブは死ぬ直前でやめてやると言い放ち、暴力は一方的に続く。
エフタルはその間、出てこない。止めに入る力は当然あるのに、彼女が自分で償うと言ったから待っている。嫌なことは嫌と言っていいと教えた側が、その結果を最後まで邪魔しないという筋の通し方だ。守るという名目で先回りしてしまえば、彼女はまた自分の意思を持たない場所へ戻ってしまう。
「よく頑張ったな」から始まる無双
だからエフタルの第一声は「よく頑張ったな」であり、次が「お前はもう十分償った」になる。順番が逆だったら、この台詞は成立しない。見ていたうえで出てこなかったからこそ、頑張ったと言う資格が生まれている。
そのうえで、うちのアナスタシアに二度と手を出すなと宣言する。前回の締めが「さあ、俺のアナスタシアを取り返しに行くぞ」だったことを思い出すと、宣言どおりに実行されているのが分かる。もっとも、痛い思いをさせてから助けるという運びに納得できるかどうかは、見る側で割れそうな部分でもある。
エイブの悪行は、丁寧に積み上げられていた
今回のエイブは、悪役として役割をこれ以上ないほど果たしている。というより、視聴者が気持ちよく無双を見られるように、罪状を計画的に積み増されている。
金貨五千枚の商談
中盤に置かれるのは、盗ませた品を売りさばく場面だ。歴史的にも貴重な品だと持ち上げられ、金貨千枚、いや五千枚でどうかと値がつく。エイブは即決し、こんなものがまだあと三つあると上機嫌になる。彼女が命を削って運んだものが、酒の席で数字に変わる瞬間である。
前回、五つ目を届けても解放されず「ああ、だからあと三つか」と反故にされたやり取りがあった。あの「あと三つ」は、最初から売る予定の在庫の数だったことがここで分かる。契約の残りではなく商品の残りとして数えていたわけで、後出しの理不尽に理屈がついた。
盗品売買、麻薬、マフィア
終盤ではマーリンの調査結果として、ポルテス家には悪い噂しかないと報告される。盗品のアーティファクトの売買、麻薬の密売、地元のマフィアとの深い関わり。屋敷の警備兵についても、金に物を言わせて集めた、魔術と武術と剣術をそれぞれ極めた選りすぐりだと本人が誇っていた。
そのうえで、屋敷ごと吹き飛ばした結果を報告するエフタルの言い方が軽い。それらしき連中も何人かいたが、全部吹き飛ばしてしまった、と。魔族の中でも有数の名門を自称し、領地に無断で踏み込んだ罪を並べ立てていた側が、一撃でまとめて片づけられる。ここまで悪事を積んでおけば、視聴者が気に病む余地はないという判断だろう。
退学という処分は、甘いのか効くのか
締めくくりは、学長マーリンによる処分である。「悪いがエイブ学生、貴様は我が学院にふさわしくない。よって私の学長権限で退学とする」。この結末の受け取られ方が、視聴者の間できれいに割れた。
モヤモヤが残るという読み方
盗品売買も麻薬も、姉を死に追いやった経緯も、法で裁かれた描写はない。屋敷を吹き飛ばして退学させただけで、断罪と呼べる手続きは踏まれていない。積み上げた罪状の量に対して落としどころが軽いのではないか、という指摘は自然に出てくる。
加えて、特殊奴隷紋そのものは何一つ解決していない。主人が退学になっても契約は生きているのだから、半年に一度戻らされる条件は残ったままである。悪役が去っても、彼女の縛りは一ミリも緩んでいないのだ。
いや、あれがいちばん効くという読み方
一方で、この男に効く罰は退学だという読み方もできる。エイブは自分を超一流の貴族だと言い、劣等種という言葉を口癖のように使う人物だった。序列がすべての価値観で生きている相手にとって、名門校から追放されて肩書きを失うことは、殴られるより重い。
殺してしまえば後始末が面倒だという実務的な事情もある。学長権限という、正規の手続きで処理された点も見落とせない。屋敷を破壊したのは私闘だが、学籍の剥奪は公の権限で行われている。暴力で終わらせず、制度の側からもう一度否定した形になっているのは、収め方として悪くない。
まとめ、解けたのは奴隷紋ではなく諦めのほうだった
第9話を通して見ると、状況としては何も片づいていない。特殊奴隷紋は健在で、契約の破棄には神を相手取る必要があり、その戦いはまだ始まってもいない。それでもこの回が転換点として成立しているのは、変わったものが状況ではなく彼女の側だからである。
同じ「運命」が、冒頭とラストで反対を向く
冒頭の独白は「この呪われた特殊奴隷紋のせいで、私は死ぬことも逃げることもできない」だった。締めの一言は「運命がどうであろうと、私の人生を生きられるのは私だけですから」である。運命という同じ単語が、最初は逃げ場のなさを指し、最後は関係のないものとして扱われている。
解呪が失敗する場面をわざわざ挟んだのは、この対比のためだろう。紋が消えていたら、彼女の宣言はただの結果報告になってしまう。消えないまま言うから、意思の話として残る。少しは気が晴れたかと問われて答えるまでの一連が、この回の到達点である。
担当者の顔ぶれも今回だけ違う
公式サイトの各話スタッフを見ると、今回は脚本が小豆あずき、絵コンテがもりたけしとなっている。シリーズ構成の赤尾でこと監督の石井久志が、二人とも外れた回である。小豆あずきの前回登板は第5話の再会 -Through Her Eyes-、もりたけしの前回登板は第7話の少女の想い -Master Smile-。どちらも副題の英語がアナスタシアの側を向いていた回であり、その二人が初めて同じ回で組んだのが、Let Me Pay の回だったことになる。
次に控えているのは、契約を担保している神そのものである。相手が悪徳貴族から神格へ跳ね上がるわけで、前回エフタルが口にした「負ければ自分が救った国を滅ぼしかねない」という懸念も宙に浮いたままだ。今回で彼女が自分の意思を取り戻したことが、その戦いにどう効いてくるのかが第10話以降の見どころになる。





























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