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『領民0人スタートの辺境領主様』第8話の副題は「辺境領主様と草原の戦い」。千人対十数人という戦力差で始まるのに、この回で本当に戦う人間はごくわずかしかいない。エルダンは戦場のど真ん中でお茶を飲み、傭兵は前金を返して去っていく。千人を止めたのは兵力ではなく、ディアスがこれまでにやってきたことだった。そしていちばん得をしたのは、一発も撃たなかった男である。




千人が並んで、そして誰も動かない
公式の副題は「辺境領主様と草原の戦い」。放送前の煽りも、ディアス軍対ディアーネ軍という真っ向からの構図で出ていた。
ところが蓋を開けると、この回で本当に戦った人間はごくわずかしかいない。戦いの前にすでに勝負がついていた、という回である。
こちらの頭数は、犬人族の十名とエイマ、そしてディアスとクラウス。向こうは見上げるような大軍だ。エルダンさんがこちら側についてくれていたらな、という愚痴も出る。それに対するディアスの答えが、この回のすべてを先に説明している。エルダンにはたとえ疑わしくとも王命書には従うべきだと返事をしておいた、である。
守りたいのは畑だ、という理由
なぜ逃げないのか、もはっきり言葉になっている。ユルトと馬車を持つ以上、草原を逃げ回ってやり過ごすこともできた。しかしそれは、セナイとアイハンが愛情を注ぐあの畑を捨てることを意味する。
あの子たちの心の支えは、領主として家族として私が守らなければ、と続く。領地でも面子でもなく畑である。第6話で双子が祈っていたあの畑が、そのまま開戦の理由になっている。
鬼人族に応援を頼まなかった理由も筋が通っている。鬼人族の村は秘密にする約束であり、アルナーには隠蔽魔法で村とみんなを隠すという役目がある。頼れる相手を自分から一つずつ減らしたうえで、それでも畑の前に立っているのだ。
提供画面とサブタイトルを並べた現状報告も上がっていた。ここまで積み上げてきた人と畑を、一話で全部賭ける形になっている。
戦場でお茶を飲む、という戦い方
開戦の合図は、音で指示を伝える道具で出される。連打が全軍突撃で、音が止まったら駆け出してくる、と説明までされる。ところが音が止まっても、重装備兵は止まったままで、左翼も右翼も動かない。
兵たちが一向に動かないことに驚いた、という反応が出ていた。実際、ディアーネの側から従者が左翼と右翼へ走っていく。なら合図の道具は何のために用意したんだ、という突っ込みが、そのまま指揮系統の崩壊を指している。
王命には従っている、という言い分
エルダンの陣では、戦場のど真ん中でティータイムが開かれている。全軍突撃の指示が聞こえなかったのか、と詰め寄られての返答が良い。父の遺言でどんな時でも貴族らしさを、ティータイムを欠かさないようにしているであるの、である。
そんな妄言が王命に逆らう理由になると思うか、と重ねられると、今度は正面から返す。王命には従っているであるの。糧食、資金、兵力、全て十二分にご協力いたしました。この上軍を動かせと言われても、たった二人を相手に千人をぶつけるなんて恥知らずのすることであるの。
ここが見事なところだ。王命書の文面には一分の隙もなく従っていて、そのうえで動かない。しかも締めは、それでもとおっしゃるなら、ティータイムが終わるまで待つのが協力を乞う側の礼儀かと、という念押しだ。そして、お代わりであるの。
前回、ディアスがエルダンに送った返事は、王命書の通りディアーネに協力せよ、だった。あのときは意図が明かされないままだったが、協力せよ、と言われていたからこそエルダンは協力しきったうえで動かないという手が打てた。今回の会話でその答え合わせがされる。彼には立派な夢があるんだ、それを壊すような危険は犯さないでくれと伝えたよ、という一言に、意図が全部入っている。
傭兵が引いたのは、報酬より重いものがあったから
もう一方の翼では、傭兵たちが撤退を始める。相手はたった二人ですよ、成功報酬だってすごい額なのに、と食い下がる部下への説明がこれだ。
ディアスに手を出したら国中の同業者が敵に回るぞ。戦時中あいつに命を救われたって傭兵は多いからな。そのうえで、この業界であいつとやり合おうとするのは戦争に参加していない者か、盗賊まがいくらいのものだ、と切って捨てる。
第7話から続けて見ている人ほど、ディアーネの動機の薄さが目につく回でもあった。恨みだけで人は集まるが、恨みだけでは戦ってもらえない、というのがこの戦場の答えである。
相手が誰かは依頼の時に言ってくれ
撤退を咎められたときの返しも短くて強い。相手が誰かは依頼の時に言ってくんねえと困るよ。前金は返したぜ、である。契約の不備を突いて、金まで返して去っていく。
エルダンは王命の文面で、傭兵は依頼の文面で、それぞれ動かない理由を作っている。この回の戦いは、剣ではなく取り決めの読み方で進んでいる。そして両方の根っこにあるのは、ディアスが過去にやったことだ。
作戦が、落とし穴から全員殴るへ変わる
用意されていたのはエイマの策だった。逃げ回りながら仕掛けた落とし穴地帯へ誘導し、敵軍を分断して、ディアーネだけを奇襲で排除する。できることなら王国民同士での殺し合いなどしたくない、という前提つきである。
ところが向かってきたのは中央のおよそ五十人だけ。見たところ指揮も練度も低い。そこで作戦が変更される。兵士たちを全員ぶん殴って無力化し、ディアーネも一発ぶん殴る。それで目が覚めるだろう。
咆哮の迫力が画面から伝わってきた、という声が出ていた。実際、手加減してこの強さか、と敵味方から漏れる。落とし穴も分断も奇襲も、結局は一つも使われない。エイマの策が不発に終わったのは、この回でいちばんもったいないところだ。
留守を頼まれていたはずの人が来ている
戦場に現れるのがイルク村婦人会だ。理由は、戦場の夫たちを支えるのも妻としての大事な仕事だからな、である。
ただしアルナーは、いざという時に村ごと隠蔽するため残っていてほしい、と頼まれていたはずだった。あとで問い詰められた本人の返事が、私は言ったぞ、昨夜。明日は婦人会も行くからな。生返事していたのか、と逆に叱られて、ディアスが謝る羽目になる。
村に残っていた側にも見せ場がある。占いの結果は、無事、宝、吉報、成功、と並んだ。四つまでは、この回でそのまま起きたことばかりである。損害はなし、戦利品は手に入り、和解の申し出が来て、勝った。ところが婆さんが引っかかったのは、そのあとに出た最後の一つだった。この回の中では、その一つだけが回収されない。
王笏は煙も出なかった
崩れていく戦況を前に、ディアーネが自分で数え上げる。傭兵は逃げる、カスデクスのガキは言うことを聞かない、連れてきた兵はゴミみたいに弱い。そして最後に持ち出したのが国宝である。
何が万の敵を焼き尽くす建国王の王笏よ。煙も出ない、と吐き捨てる。前回、禁足地の大墓からわざわざ持ち出した目玉が、ここで完全な不発に終わる。
終盤には国王も登場する。声優が公表されていないことが話題になっていたが、この人物の一言がのちの展開を決めてしまう。
第7話で効いたのは印章のほうだった
前回、ディアーネの手札は二つあった。国宝の王笏と、盗んだ王の印章である。実際に千人を動かしたのは印章のほうで、王笏は一度も使われないままだった。
今回、その二つの行き先が分かれる。印章は回収され、王笏だけが手元に残る。しかも回収した側は王笏を行方不明だと思っている。アルナーが戦利品として持ち帰り、宝石に魔力を込めた形跡があると気づき、ディアスが試しに込めてみる。何も起きない。
使えなかった国宝が、誰にも知られないまま辺境の村に置かれている。この回でいちばん静かに置かれた爆弾である。
降伏しに来たのは、負けたはずの側ではない
戦が終わると、エルダンが降伏と捕虜解放の交渉にやってくる。降伏というのは何の話だ、と当然の疑問が出る。
説明はこうだ。僕たちは軍を率いてディアス殿の領内に侵入した、これは王国法で越境侵略行為と定められているの。ディアーネがいなくなり王命書の信憑性が揺らいでいるので、一刻も早く降伏して和解しなければならないの。自分から法を持ち出して、自分から負けに行っている。
面目が欲しいんですよ
意図を翻訳するのはエイマである。エルダンさんは降伏し和解したという、面目が欲しいんですよ。この一言で、賠償の品も捕虜の解放も、全部エルダンの側の必要から出ていたと分かる。
ディアスの返事は変わらない。世話になったことだし、そちらのいいようにしてくれて構わない、私の名前でも何でも好きに使ってくれたらいい。名前を差し出した瞬間が、この回でいちばん高くついた取引だったことは、このあと分かる。
三年の免税を取ったのは、一発も撃たなかった男
ディアーネは父の逆鱗に触れ、神殿内で幽閉される。マイザーはディアスへ渡るはずだった金品の横領が明るみに出て、派閥の貴族が勝手にやったことだとして直接の罰は免れたものの、派閥は総崩れになる。
ここまでならリチャードの独り勝ちに見える。ところが本人はそう見ていない。真の勝者はカスデクス公だ、と言うのである。
エルダンの雰囲気からしてキナ臭い、という見立てが出ていたが、まさにその通りになる。国王への謁見でエルダンが求めた恩賞が、我が領及びディアス殿の所領において三年間の免税だった。国王の返事は、構わぬぞ、こたびの件、印章を持ち出されたわしにも落ち度があるからな、である。
西方での商業を一手に握る領地が三年も無税になれば、力をつけすぎる。しかもエルダンは同じ場で、次の王にはリチャード殿下がふさわしいかと、まで言い添えている。自分の支持者を攻撃するわけにもいかない以上、撤回を迫ることもできない。マイザーを告発したのもエルダンで、ディアスを慕う国王はなおさら断れない。
機会を作ったのはディアスだが
この回でいちばん効く台詞が、そのあとに来る。機会を生かすことに長けているな。機会を作ったのはディアスだが。そして、一連の出来事は全てディアスから始まっている、と続く。
傭兵が引いたのも、エルダンが動かなかったのも、国王が断れなかったのも、全部ディアスの過去の行いが理由である。戦力ではなく、これまでやってきたことが勝敗を決めた回だった。ただし、その利益をいちばん多く受け取ったのはディアスではない。
戦が終わって残ったもの
こちらの損害はなし。敵兵にも死者は出ていない。元凶を取り逃して叱り損ねたのは残念だが、と本人は悔しがるが、そのあとエイマに叱られる。相手を殺したくないなら、あんな戦い方でよく戦争は生き残れましたね、である。答えは、戦争中は兵法が達者な仲間がいて、そいつの言う通りに戦っていた。
ディアーネのほうは、アルナーが東の森深くへ追いやっている。いっそ殺してしまった方が早いが、ディアスは人を殺めるのが嫌いみたいだからな、夫がそう望むなら私はただ支えよう、という言い方だ。手段は物騒でも、線はディアスに合わせている。
村では、約束守りました、という言葉とともにクラウスとカニスが結ばれる。戦の前に交わされた約束が、戦の後にきちんと回収されたのはこの二人だけである。早く結婚しろ、という声が出るのも当然だった。
そんな子供いたかなぁ
戦場の外では、もう一つの取引が動いていた。ディアスの教え子を名乗るリチャードの使いが現れ、金貨を置き、ディアーネの身柄を引き取っていく。アルナーの魂鑑定の結果は、赤みを帯びた白だった。敵ではないが、完全にこちら側でもない。
そして報告を受けたディアスの反応が、この回の締めになる。リチャード。そんな子供いたかなぁ。
前回、リチャードは自分が殴られた日のことを、後にも先にもあのときだけだ、と語っていた。その一日で人生を決められた側と、相手の名前すら思い出せない側が、同じ王国の別々の場所にいる。一連の出来事は全てこの男から始まっているのに、本人だけがそれを知らない。この回の勝ち方を、これ以上正確に言い表す場面はない。




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