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『乙女怪獣キャラメリゼ』第九話の副題は「乙女怪獣愚痴を吐け!」。これまで恋心だった変身の引き金に、不満という燃料が加わる回だ。そして回の頭は、俺が守るよハルゴン、というテレビ番組の一言で始まり、締めは、何だってするわよ、あの子を守るためなら、で終わる。同じ動詞で挟まれているのに、片方は相手が誰かを知らないまま言い、もう片方は全部知ったうえで言っている。




恋心ではなく、愚痴が引き金になる回
公式サイトの副題は「乙女怪獣愚痴を吐け!」。この作品の副題は特撮の題名をもじった形が続いてきたが、中身の指し示し方としては今回がいちばん正確かもしれない。これまで黒絵の変身の引き金は、ときめきや恋心だった。第九話では、そこに新しい燃料が加わる。
加わるのは不満である。南に言えなかったこと、彼を誰かに取られるかもしれないという不安、自分の体への疑い。飲み込んだものが、そのまま熱線になって口から出る。しかも本人は、ただの食べ過ぎだ、と言い張る。
この一段が入ったことで、作品の危険度が跳ね上がった。好きな相手といる時間だけ気をつければよかった体が、機嫌が悪いだけで危うくなる。恋愛の描き方としては可笑しいのに、怪獣ものとしては明確に事態が悪化している。副題の命令形が、そのまま今回のジャンル転換の合図になっている。
ときめきの回から、機嫌の回へ
ここまでの回では、変身の引き金はいつも相手のいる感情だった。第四話で告白が成立したときも、体のほうが先に反応している。誰かに向かって心が動いた瞬間に切り替わる、という形がずっと守られてきた。
第九話はそこがずれる。相手が目の前にいなくても、思い出しただけで熱が上がる。怪獣化の条件が、出来事から気分へ広がってしまった。後半で、制御できなくなったら、という言い方が出てくるのは、この変化を受けてのことだと思う。
俺が守るよ、ハルゴン、から始まっている
回の頭は、テレビ番組の収録である。俺が守るよ、ハルゴン、と言い切った南に、完璧だったわ王子、と声がかかる。その言い方に本人が引っかかって、話が違わないか、報道番組と言っていたはずだ、と抗議する。
プロデューサーの返しは巧い。まずは自然体のあなたを知ってもらった方がいいと思ったの、次は好きなだけ話せるような番組を考えておくわ。断りにくい形にしてから、次が既定路線であるかのように置いていく。頑張りましょうね、大切な人のためにも、という締め方まで含めて、この人は南の弱点を正確に押している。
つまりこの回の冒頭は、守ると宣言した男が、その宣言ごと商品にされている場面である。しかも彼はハルゴンの正体を知らない。誰を守ると言っているのか本人が分かっていないまま、その言葉だけが電波に乗って広がっていく。
出番を取られた女優と、新調した帽子
巻き添えを食った人もきちんと描かれる。今日は私がゲストのはずでしょう、怪獣王子だか何だか知らないけれど、どうして女優の私が一般人に出番を取られなければならないのか。SNSで宣伝してしまった、帽子だって新調した、何よりこの番組に出ることはずっと夢だった、と並ぶと、怒りの中身が急に生活の手触りを持つ。
南の謝り方も彼らしい。俺のせいで大切な夢を壊してしまって、何かできることがあれば言ってください。すると相手は、あのプロデューサーに私をひたすら押しておきなさい、と要求を出し、あなたと共演できるのを楽しみにしてるわ、王子様、と切り替える。断る理由のない頼みごとの形で、次の接点まで作られている。
誰もいない家に招いた結果、東京が危うくなる
合流した二人が向かうのは、黒絵の家である。ファミレスは人が多いから、という理由が先に置かれ、親が明後日まで帰ってこない、という説明が続く。遅いしすぐ帰るよ、と言う側と、気にしないでくれ、と返す側の温度がすでに危うい。
案の定、暗い部屋の中で黒絵の想像が勝手に走り出す。南くんはそんな人じゃない、と自分で打ち消しながら、打ち消した先がさらに走る。その勢いだけで熱線が出かかり、内心の実況が、東京は壊滅します、になる。何も起きていないのに、被害想定だけが先に立つのがこの作品のギャグである。
それでも会話自体は穏やかで、最近大変だったから本当に癒される、ありがとう、という言葉が出る。危険と安らぎが同じ部屋で同時に成立している。第四話で告白が成立してからの二人は、ずっとこの奇妙な均衡の上にいる。
細かいところでは、家にいる犬の名前がジャンボキングだと知らされた南が、かっけえ、どっかで見たような、と受ける。名前を聞いただけで怪獣映画の話になってしまうのがこの家である。秘密を抱えている側のほうが、怪獣の気配をまるで隠していない、という捻れがこんな一言にも出ている。
花火の音に紛れて、外で吐く
実際に出てしまうのは、家の外である。何の音、花火大会だ、というやりとりのあと、体調が優れないようだ、と席を立つ。音が大きい場所を選んで出ていくという段取りが、さりげなく通っている。
吐いたあとの感想が、ますますおかしな体になってしまったぜ、というものなのが黒絵らしい。私、すまぬ、だぞ、といった芝居がかった一人称が、深刻さを一段下げる装置として機能している。本人は真剣に困っているのに、言い方のせいで悲惨にならない。
初めて、黒絵が南に苛立つ
同じ場面には、この回でいちばん重い会話も入っている。南の作戦は、あえて自分からテレビに出て世間が興味を失うのを待つ、というもので、一ヶ月後とか夏休みまでには忘れられていると思う、と楽観している。それに対して黒絵の内心が、甘いんじゃないかな、心配を通り越して、ちょっとイライラしてきたぞ、と動く。
決定的なのは次だ。ハルゴンのことも伝えたい、世間の人たちに悪い怪獣じゃないってことを、と言う南に、内心が返す。悪い怪獣じゃない、なんて、どうして分かるんだ。自分でも自分が何者か分からないのに。君は、私のこと何も知らないのに。
この三行が、この回の後半で答え合わせされる。黒絵は本当に自分が何者か知らないし、南は本当に何も知らない。しかも視聴者だけが、このあと島でその答えを先に見せられる。声に出したのは、悪気がなくても被害は出るし断言するのもどうかと思うぞ、という穏当な形までで、残りは飲み込まれた。
不安は飲み込め、の直後に熱が出る
そのあとの独白の並びが見事だ。これからますます人気者になっちゃうんだろうな。口を開けばネガティブが湧いて出る。こんなんでうろたえていたら南くんの彼女は勤まらないぞ。そして、ああ、不安は飲み込め。
その直後に、胸の奥が急にカッカして、何か出そう、が来る。飲み込め、と自分に命じた分がそのまま逆流している。副題の吐け、という命令形は、たぶんここに向けられている。黙って我慢する方法を選んだ結果として口から光線が出る体だ、と一度分かってしまうと、この体質はもうギャグとしてだけでは見られない。
同じ三角関係が、正反対の向きで二つある
翌日の教室で、真夏が番組の感想を述べる。何ですのあの番組、南くんとハルゴンがまるで恋人同士であるかのような内容でしたわね。彼がうつつを抜かしている間にも私たちは愛を育んでおりましたのに。ハルゴン好きの彼女にとって、南は恋敵なのである。
そして締めが、南くんたらハルゴンのこと何にもご存じありませんのね、になる。黒絵は南を誰かに取られる不安を抱え、真夏は南にハルゴンを取られたと怒っている。二人が奪い合っているつもりの相手は、同じ一人である。同じ三角形を、正反対の側から見て、どちらも間違えている。
らいりーの一言が、次の火種になる
そこにらいりーが、外ではなかなか会えないよね、と話しかけ、気をつけな、会えない間に彼氏取られないように、モデルとかに狙われっかもよ、女優とかさ、と続ける。視聴者だけが、その女優がもう接触済みだと知っている。らいりーさんが変なこと言うから余計もやるぞ、という内心が、そのまま次の発火につながっていく。
秘密を見た少年は、黙る代わりに要求してきた
帰り道で声をかけてくる少年の場面が、この回でいちばん嫌な感触を残す。昨日の夜、ベランダで口から火を吹いているところを見た、と切り出し、逃げようとする相手を、待てよ怪獣女、と呼び止める。
そのあとに出てくるのが、言うことを聞くなら誰にも言わない、という取引である。俺と遊んでかない、断るならみんなに言う。第五話で黒絵が病気という言い方で自分を説明していたのを思うと、この扱われ方はきつい。秘密を知った人間が、味方にも敵にもならず、まず値札をつけてきた。
初めて、守らない側の人間が出てくる
これまでこの作品で黒絵の秘密に触れた人たちは、母も光太郎も、守る側に回ってきた。初めて、守らない人が出てきたことになる。しかも脅し文句のわりに、要求の中身は遊んでかない、というだけである。重い秘密が、軽い用件と交換されようとしているところがいちばん怖い。
十七年前の島で交わされたのは、秘密だった
後半は舞台が変わる。怪獣が例の島に現れたというニュースを見た凛子が現地に入り、光太郎が先回りして待っている。あんたもきっとここへ来ると思った、十七年前、俺たちはここにいたから。十七年前という数字が、高校二年生になった黒絵の年齢とちょうど噛み合う。
回想の中の二人は若い研究者で、教授たちはこれ以上足を踏み入れるなと言って引き上げている。凛子だけが、諦めろよ、という制止に、やだ、と返して進む。名声が欲しいわけじゃない、この子の仲間がもしかしたら生きているかもしれない、見つけて、調べて、私たちが守ってあげないと。守る、という言葉がここで一度目に出る。
骨を前にした光太郎の、これが本当に生物の骨だとしたら常識が覆される、という怯えと、だからこそ調査する必要があるんじゃないの、という凛子の押し。二人の温度差はこのときから決まっていた。そして怪我をした凛子が言うのが、秘密よ、あんたと私だけの、である。この一言が、終盤でひっくり返る。
変異ではなく、一世代で進化した
明かされる中身は、想像より一段深い。あの卵の一つが人間の姿に変異したのか、という問いに、凛子はこう答える。変異なんて言葉じゃ片付けられないかな。クロたんはね、一世代で進化してるの。そう、人間として。私と一緒に生きるためにね。
つまり黒絵は、怪獣になる人間ではなく、人間になった怪獣だった。ときめくと怪獣に戻る、のではなく、人間でいるほうが後から選ばれた形だったことになる。立派に成長してくれてママ嬉しい、という言い方が、これまでの溺愛と同じ響きなのに、意味だけが完全に変わってしまう。
知ってたわよ、で秘密の左右がそろわなくなる
凛子の危うさが表に出るのはここからだ。世界中が戦々恐々している、もし黒絵が自分を制御できなくなったら、という光太郎の心配に、別にいいんじゃない、クロたんやこの子が自由に生きる地球の方が、今より美しいかもよ、と返す。娘を守る母の言葉が、そのまま世界を差し出す言葉になっている。
卵の話も具体的だ。ひとつは黒絵、ほかの二つは不活性化した。残った一つは黒絵が生まれてから急に大きくなり、カメラをつけて何年も観察してきた。妹ってわけか、じゃあ名前は、と言いかけた光太郎に、育てたのはあたし、勝手に名前つけないで、と釘を刺すあたりが徹底している。
その光太郎が、本部長につないでくれ、ハルゴンの件じゃない、おそらくもっと、と電話を入れる。相手は内閣府の災害対策本部である。ところが凛子は動じない。知ってたわよ。あんたが家に来る前から、政府と一緒に調査してるんだよね。元同僚として誇らしいわ。十七年前の、あんたと私だけの秘密は、片方だけがとっくに手放していた。
守る、で始まり、守る、で終わる
締めの一言は、何だってするわよ、あの子を守るためなら。回の頭の、俺が守るよ、ハルゴン、と対になっている。片方は相手が誰かを知らないまま言い、もう片方は全部知ったうえで、世界より娘を選ぶと言っている。同じ動詞なのに、危なさの度合いがまるで違う。
そこへ、卵にヒビが、が重なって終わる。守ると言った直後に、守る対象が一つ増える。ラブコメの体裁を保ったまま、この作品はもう完全に別のジャンルへ足をかけている。次回、黒絵の側にどれだけの情報が渡るのかが、いちばんの見どころになりそうだ。




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