この記事の作品:
第8話の副題は「悪女らしく悪女らしく」。ところが、この言葉を唱えているのは悪女と呼ばれてきた側ではない。炎の向こうで助けを求めた慧月は、味方として挙げられた名前がそのまま黒幕だったと告げる。入れ替わりの夜の「消えるがいいわ」は、自分に向かって叫んでいた。そして玲琳が数え上げた長所は、ひとつ残らず自分を害した手口だった。前半は忠義が暴走する喜劇なのに、後半で足元がまるごと抜ける回である。




前半は、忠義が暴走していく喜劇である
筆頭女官が、壁のほうをずらした
第8話は莉莉の苦情から始まる。あの冬雪という暑苦しい筆頭女官をどうにかしてほしい、と。入れ替わりを知った冬雪は夜中に来て包帯を巻き直し、こんな環境に玲琳様を置いてはおけないと模様替えを始め、追い返せば朝には壁がずらされている。よその宮の者がここへ来るのは掟破りだと言われたので、どこにも属さない場所に作り替えた、という理屈である。色のはげた壁は境目とも言えなかったから塗り直した、とまで説明される。莉莉の返しは、感心するとこかよ、の一言だ。
手は全治一ヶ月、今日は寝ているのが仕事
冬雪は護身術まで教え始め、莉莉は全身筋肉痛になる。冬雪は私の武術の先生でしたから、と玲琳が涼しく補足するのがおかしい。笑って見ていられるのは、この暴走の原因が破魔の弓だからだ。玲琳の手は全治一ヶ月で、今日は何もせずに寝ているのが仕事だと莉莉に叱られる。回復を祝う茶会の準備、そして金家と玄家と藍家から次々届く見舞いの品。前話までの重い時間が、そのまま賑やかな後始末になっている。
存在しない女官の正体は、時期のほうから割れる
果物を自分の手で送る人が、水も自分でかけに行く
玲琳が金清佳を容疑から外す根拠が面白い。怪我人にも食べやすい果物を、わざわざ自分の手で送ってくる。気に入った相手には自ら果物を送り、気に入らない相手には自ら水を浴びせに行く。そういう潔い方だから、と言うのである。悪意の有無ではなく、代理を立てるかどうかで人を判定している。ならば白練の女官の独断か、それとも金家の上の立場の誰かの指示か。そこまで並べたうえで、何かが引っかかります、と保留する。
盗まれていたのは、簪ではなく衣のほうだった
鎮痛の軟膏を届けに来た鷲官長に、玲琳は届け出の記録を尋ねる。返ってきたのは、簪の紛失は一月ほど前、そしてその前にも金家は白練の衣を盗まれたと騒いでいた、という二つ目の事実だった。存在しない女官は、盗まれた衣を着て現れていた。誰かが金家の仕業に見せかけて朱慧月への嫌がらせを指示した、と考えるのが妥当だ。玲琳の結論は、慧月様は想像以上に根深い悪意にさらされている気がします、である。
本当のことを言っても、いちばん通じない
なぜ弓を引いたのか、顔つきが違う
同じ場面で鷲官長が漏らす疑問が鋭い。男でも難儀する弓を夜まで引き続ける女がいるかと正気を疑った。玲琳以外の姫がなぜ突然弓を引いたのか。お前の顔つきも、以前とずいぶん違う気がするのだが。第7話で冬雪が違和感を積み上げて答えにたどり着いたのと、入口は同じである。ただし冬雪は理詰めで進み、こちらは疑問のまま口に出して終わる。
「私ではないからでしょうか」
これに玲琳が返すのが、私ではないからでしょうか、である。正解をそのまま声に出しているのに、冗談として流れていく。第2話で慧月の身体になった直後、乞巧節の夜を最後にすっかり別人になったのです、と言ったのと同じ形だ。この作品は嘘で切り抜ける話をほとんどやらない。本当のことを言って、それが本当だと思われないところに置いている。
炎の向こうで、悪女のほうが助けを求める
閉じ込められて、誰も来ない
道術を頼って炎越しに呼びかけると、返ってきたのは助けを求める声だった。入れ替わりを冬雪に知られ、命が惜しければここから出るなと言われて、それきり誰も来ない。厄払いのため閉じこもったことにする、という説明を、慧月は最初から信じていない。今頃は真相を言いふらされていて、皇后も皇太子も自分を処刑するのだろう、と。第4話で入れ替わりの解消を突っぱねた人物と同じ口から出ているとは思えない声である。
味方として挙げた名が、そのまま犯人の名だった
玲琳の慰め方が、この回でいちばん残酷に着地する。慧月様には朱貴妃様もついていらっしゃるではありませんか。身寄りとして差し出した一人が、そのまま黒幕の名だった。慧月の答えは、聞いてちょうだい、私のこの病もこの入れ替わりも、仕組んだのは貴妃なの、である。第6話の回想で、両親を亡くした自分を引き取ってくれた相手として出てきた人物が、ここで反転する。
病だと思われていたものは、壺の中で作られていた
弦の音で治ったことが、そのまま証拠になる
呪いの正体は、壺の中で虫を共食いさせて得る毒だと玲琳が言い当てる。ただ共食いさせるだけでは、まじない程度の効果しかない。正しい儀式と呪文を与えて、ようやく威力を得る。だから薬だけでは治らず、破魔の弓の弦の音で回復した。第6話で皇后が持ち出した神器の理屈と、第7話で冬雪がたどり着いた病ではなく呪いだという推理が、ここで一本につながる。治り方そのものが診断になっているわけだ。
仕込まれていたのは香炉で、使い方を知るのは二人だけ
毒が仕込まれていたのは、入れ替わりの直後に金清佳から届いた香炉である。ただし本当は金家から送られたものではないはずだ、と慧月は言う。金家の仕業に見せかけるのは簪のときと同じ手だ。そして、この毒の使い方を知っているのは自分ともう一人しかいない。そのもう一人が、かつて自分から術を聞き出していった相手だった。優しかったはずの人が、教わったものをそのまま返してきたことになる。
「消えるがいいわ」は、自分に向かって叫んでいた
入れ替わりを決めさせた一言
入れ替わりを決意させたのも、あの人の一言だったと慧月は振り返る。あなたも玲琳様のようになれればよかったのに。第6話の回想の最後に置かれていた一行が、ここで動機として名指しされる。しかも狙いは、入れ替われば二人ともすぐに死ぬという計算だったらしい。片方は儀式で、片方は虚弱な体質と毒で。自分がなぜ狙われたのかを問われた慧月の答えは、口封じよ、である。禁術が使えるから姫に選ばれただけで、死なれても惜しくはない。
乞巧節の願いの、本当の宛先
そしてこの回のいちばん深いところが明かされる。乞巧節での願いは、本当にあの瞬間叫んだ通りだった。忌々しい女、消えるがいいわ。でもあれは、自分に向かって叫んでいたのよ。消えてしまいたかった、それであなたになりたかった、誰からも愛される胡蝶のようなあなたに、でも無理だった。入れ替わりの夜に叫ばれた呪いの言葉が、ここでようやく宛先を変える。入れ替わったのは身体だけではなかった、という読み方すらできてしまう。
数え上げられた長所は、全部こちらを害した手口だった
殺してもいい、を、ごめんなさいと訳す
入れ替わる前よりもっと自分が嫌いだ、私を殺してもいいわ。この極端な申し出に玲琳が返すのが、それはつまり、ごめんなさいということでございましょう、である。謝罪を通り越していきなり殺せと言う苛烈さを、火を司る朱家の姫君らしさとして受け取り直す。まるで炎のよう、まさしく朱家の姫君。相手が恥じている性質を、そのまま家柄の証明として返している。喜怒哀楽がはっきりしているところが好きです、とまで言う。
根性、という一語の出どころ
なぜそんなに自分への評価が厳しいのか、素敵な点をたくさんお持ちなのに、と玲琳は数え上げる。禁術が使えること。入れ替わりという大それたことを実行する力と度胸。痛々しいほどの感情の強さ。そして、その体の苦痛と戦い続けた根性。並べられた長所は、ひとつ残らず玲琳自身を害した手口である。しかも最後の一語は、皇后が玲琳を雛女に選んだ理由として第4話に出てきたものだ。自分がもらった評価を、そのまま相手に渡している。
悪女の真似をするのは、悪女でないほうだった
下手な悪女は、発破をかけるための道具である
死に追いやろうとした、という告白に、玲琳は結果のほうを見て答える。結局あなた様がなさったのは、私に健康な体を貸し、幸せにしてくれただけ。そのうえで、所詮あなたには人を不幸にする才能などないのですわ、と続けてみせる。正体は悪女の真似で、狙いは悔しさをバネに元気を出させることだ。返ってきたのは、クソにも程がある、という悪態である。慧月が謝るのはこの直後で、病を十日近くも肩代わりさせた、と日数まで数えている。
「悪女らしく」と唱えて皇太子を迎える
貴妃の真の目的を語りかけたところで、尭明の来訪が告げられて話は切れる。慧月様として振る舞えば何とかなる、と決めた玲琳が繰り返すのが、悪女らしく、悪女らしく、という自分への言い聞かせだ。副題の言葉を唱えているのは、悪女と呼ばれてきた側ではない。起きております、と素で答えてしまってから、悪女らしくでした、と言い直す。名を呼ばれた瞬間に演技が抜けるあたりが、この人の不器用さである。
頭を下げたのは皇太子のほうで、倒れたのは皇后だった
桶を二つ用意させた理由が、ここで出る
尭明が差し出すのは、禁域の泉で汲み、祈祷を済ませた水である。第6話で理由も言わずに桶を二つ用意させた場面の答えが、二話越しにここで出る。言い訳のほうは、玲琳の見舞いにと思って汲みすぎただけだ、である。手のひらを痛めるほど弓を引いたことは辰宇から聞いている、と続けたうえで、なんだ、いらないのか、と押しつける。すり傷ということに分類上はなりますでしょうか、という玲琳のとぼけ方も相変わらずだ。
謝罪は届いているのに、本人には届かない
続けて出るのが謝罪である。玲琳の熱は弦の音が聞こえると同時に引き始めたと聞いた、その点では感謝している、それから反省も。これまでの行いが行いだったとはいえ、お前のせいを疑い罵った、その態度は不誠実だったと思う、すまなかった。朱慧月へ向けられた初めての謝罪が、中身の入れ替わった相手に届いている。玲琳の返しは、私がしたくてしたことに詫びられる道理はございません、である。ずいぶん変わったのだな、という感想だけが残る。
蝶と蛾は紙一重、と言い返す
頬に触れられかけて慌てた玲琳は、殊勝な発言は嘘だと自分で撤回し、黄家の姫のほうこそ自分に感謝すべきだと言い出す。殿下はあの方に過保護なのです、雛宮の主として公平を心がけるべきでは。返ってきたのが、胡蝶とドブネズミに等しく微笑みを向けたら、それこそ不公平だろう、である。そこで玲琳は、ネズミさんは愛らしくないか、蝶さんだって蛾さんと紙一重ではないか、と食い下がる。作品名にある蝶と鼠が、本人の口から並べ直された場面だ。
第8話のまとめと、次に見ておきたいところ
締めは急転する。宮で異変が起き、皇后が倒れた。黄玲琳が苦しめられていたのと同じ症状で、昨日から水も飲めないほどだという。伝染病か、という問いへの答えが、いいえ、呪いです。雛女どうしの諍いとして始まった話が、皇后の身体にまで届いた。見届けたいのは、言いかけて切られた真の目的のほうである。姫を替え、皇后を狙う。その先に何が置かれているのかは、まだ一言も語られていない。































コメント