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かけるが飲み込んだ問いを、早瀬優子は一秒で口にする。記念会館のグランドピアノ、明治丸の船首、タイタニックごっこ、そして雨と強風の橋。小春という人を少しずつ知っていく第2話で、最後にかけるが差し出せなかったものは




白杖と、休憩スペースの三人
拾う手前で、いつも一度考えてしまう
第2話は、第1話でも見たあの場面から始まる。かけるが、落ちた冬月小春の白杖を拾う場面だ。そして第1話と同じ休憩スペースで、二人はまた顔を合わせる。
かけるの頭には、ひとつの疑問がある。小春は遠くから声をかけられても、それが誰なのかを言い当ててしまう。目が見えないと聴覚が良くなる、という話を聞いたことがある。あれは本当なのだろうか。
だが、それを本人に聞いていいものかどうか。かけるはそこで止まる。この作品の主人公は、いつも「手を出す手前」「口に出す手前」で一度考え込んでしまう男だ。
早瀬優子は、躊躇しない
そこへ早瀬優子が現れる。何の話をしていたのかと尋ねられ、小春は答える。早瀬さんの声は遠くからでも聞き取りやすいのだ、と。
すると優子は、すかさず本人に投げる。目が見えないと、聴覚が良くなるのか——と。まったく躊躇がない。
その容赦のなさに、かけるは驚く。当然だ。彼が飲み込んで、飲み込みきれずに抱えていた問いを、優子はほんの一秒で口にしてしまったのだから。
小春の答えは、そんなことはない、というものだった。ついでにピアノの経験があることまで話し出す。訊かれれば普通に答える。答えを持っているのは、ずっと本人のほうだったわけだ。
記念会館のグランドピアノ
鍵盤をひとつ押しただけで、言い当てる
ピアノの話を聞いた優子は、記念会館にピアノがあるからと、小春の案内をかけるに頼む。かけるは仕方なく承諾する。そして優子は、どこからかの連絡を受けてさっさといなくなってしまう。段取りが良すぎる。
二人きりで会館へ。小春は鍵盤をひとつ押しただけで、これはグランドピアノですね、と言い当ててみせる。
ただし本人はすぐに釘を刺す。盲目のピアニストのような超人芸ができるわけではない、見えていた頃の記憶で多少弾けるだけだ、と。過剰に持ち上げられることを、彼女は自分から避けにいく。
「バッハはいいね」
そして小春の演奏が始まる。爽やかで、心地のいい波打ち際にいるような調べ。かけるは素直に、すごくうまい、と感じる。
弾き終えた小春は、緊張していたらしく、少し不安そうに感想を求めてくる。ここでかけるの口から出た言葉が——「バッハはいいね」。
盛大に外している。小春は笑う。慌てたかけるは、それならばと作曲者の名前を次々に挙げていくのだが、これがどれも当たらない。小春はまた笑う。
正解は、フウキハルミの「アラビアの海」。ピアノコンクールでよく選ばれる曲で、小春が弾いたのは小学2年のときだという。
つまり彼女は、少なくともその頃までは見えていた。作品はそれを重々しい説明台詞ではなく、演奏したことのある曲の思い出として、さらりと置いてくる。傷つけまいと空回りするかけるの滑稽さと、その事実が同じ場面に同居している。
LINEを、送っていいんだ
会館からの帰り道、小春はあらためて礼を言う。いつだったか白杖を拾ってくれたこと。そしてそれが、またお茶をするきっかけになる。
そこでかけるが口にしたのは、LINEで連絡すればいいのでは、というごく当たり前の提案だった。
ところが小春は、それに驚き、そして喜ぶ。連絡していいんだ、と。誘っていい相手だとは思っていなかった、ということだ。
何気ないやりとりだが、ここが地味に効く。前向きで明るくて、いつでも楽しそうにしている彼女のほうも、実はずっと遠慮していた。
明治丸——船首まで、言葉で連れていく
勘違いしそうになるが、授業を思い出す
授業のあと、小春からLINEが届く。明治丸への誘いだった。帆船科があるせいで、この大学には学内に船がある。
待っていた小春の笑顔に、かけるは危うく勘違いしそうになる。だが、さっき受けたばかりの心理学の授業の内容を思い出して、すんでのところで冷静になる。要するに吊り橋効果だ、と。
せっかく学んだ知識が、自分の感情に蓋をする道具として使われている。この使い方の後ろ向きさが、いかにもこの主人公らしい。
文字も、色も、形も
船の中は狭く、段差も多い。小春にとってはハードルが高い場所だ。
そこでかけるは、掲示されている文字や、目に入る色や形を、ひとつずつ細かく伝えていく。案内するというより、見えている世界を言葉に置き換えて手渡していく作業に近い。
そうして辿り着いた船首で、小春は言う。きっと素敵な場所なんでしょうね、と。
景色を渡す方法が、言葉しかない。第2話でいちばん静かな見どころが、この場面だと思う。白杖を拾うことすら躊躇していた男が、いつのまにか一番手間のかかるやり方で、彼女に世界を渡している。
タイタニックごっこと、抱きとめた腕
帰ろうという段になって、小春が突然、両腕を広げて仁王立ちする。何かと思えば、幼少期に見た映画のタイタニックごっこらしい。
しかも小春は、かけるを誘ってくる。当のかけるは気恥ずかしさが先に立ち、どうにかごまかそうとする。
そこで小春がつまずき、よろける。倒れそうになった彼女を、かけるは咄嗟に抱きかかえる。ごっこ遊びは断ったのに、結局こうなる。どぎまぎするしかない。
その夜、かけるはタイタニックの変な夢を見て、目を覚ましてもまだ胸が高鳴っている。小春の顔が浮かぶ。だが彼はそれを、吊り橋効果だと自分に言い聞かせて片づけてしまう。
恋だと認めない。認めないための理屈を、わざわざ授業から借りてくる。第2話がここで安易に恋へ走らないところに、この作品の誠実さがある。
雨と強風、そして「かけるくん」
傘を差して、並んで歩く
翌日。雨の橋の上を歩いていたかけるは、強風にあおられて難儀している小春を見つける。
そして、思わず声をかける。思わず、である。あれほど躊躇していた男が、今回は考えるより先に口が動いた。強風のせいで、小春のほうは聞き取りづらそうにしている。
かけるは彼女に傘を差し、そのまま並んで歩く。第2話の冒頭では、落ちた白杖を拾うことにさえ一拍かかっていた。その距離が、二十数分でここまで来ている。
呼んでもらうのは苗字でいい
学校に入る手前で、小春が立ち止まる。そして切り出す。お互いを名前で呼び合いたい、と。
かけるの返事は、恥ずかしいから無理、だった。あっさり断ってしまう。
すると小春は引き下がる。呼んでもらうのは苗字でいい、と。そして自分だけが、彼を「かけるくん」と呼ぶことにする。
譲るのは、いつも小春のほうだ。片方だけが名前で呼ぶという、この一方通行の形が、今の二人の距離をそのまま表している。
「いきましょうか、かけるくん」——その一言で、第2話は終わる。踏み出したのは、やはり彼女だった。




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