この記事の作品:
『うしろの正面カムイさん』第9話の副題は「黄泉帰り」。サキュバスに精気を吸い尽くされたカムイは地獄へ落ち、現世に残された体を妖怪の火車が狙う。ところがこの回、地獄はカムイを迎え撃つ気で固めていたのに、当のカムイは争うつもりがないと言う。そして現世で体を守る根拠は、きっと戻ってくるというお市の見立てひとつしかない。地獄で交渉が長引いたぶんだけ、病院の二人は削られていた。




地獄はカムイを迎え撃つ気で固めていた
第9話は地獄の役所から始まる。第8話の終わりに落ちてきた未確認霊魂について、発見者の一人だという獄卒が閻魔大王へ報告を上げている場面である。ところが報告は途中で止まる。獄卒は言葉に詰まり、これ以上は、と口ごもってしまう。閻魔大王のほうも、そうだな、すまない、報告ご苦労だった、と引き取る。組織としての手続きだけは、ここまで完璧に守られている。
おかしくなるのはその直後だ。大王は「他に、あの人間は何か言ってませんでしたか」と続きを促す。すると部下は、さすが大王様、心を鬼にして少しでも情報を得ようとしている、と受け取ってしまう。報告は正確に上がっているのに、受け取り方だけが本人の意図から外れていく。第8話で地獄そのものが毎回の怪異解説と同じ調子でナレーションされたときもそうだったが、この作品は形式を守れば守るほど中身がずれていくという笑いのつくり方をしている。
受けて立つと決めた根拠は、獄卒の伝言だった
獄卒が思い出したカムイの言葉は「怖がらせて悪かった。いずれ地獄の沙汰は受ける。だが俺には、やり残したことがあるんだ」というものだった。閻魔大王はこれを、地獄へ落ちてもなお晴らしたい未練を持つ怨霊、と解釈する。そして「そのやり残した未練、この私が受けて立ちましょう」と宣言する。解釈は間違っていない。少なくとも、カムイが未練を口にしたことも、地獄の沙汰を受け入れると言ったことも事実である。
ただし、この宣言は伝言をもとにした一方的な受諾だ。相手が何を望んでいるかを本人に確かめないまま、地獄の側だけで対決の形が決まってしまう。ここで積み上がった構えが後半でどうなるかが、この回のいちばん面白いところになる。
同じやりとりが、立場を入れ替えて二度ある
防衛ゲートは層ごとに抜かれていく。押しつぶせという指示が飛んでも止まらない。ここで部下が「大王様、やむを得ません。念のため避難を」と進言する。大王は「なんてことを言うんです。逃げるなんてとんでもない」と突っぱねる。部下たちは感激して、何があっても我々を見捨てまいとしてくださっている、と受け取る。
ところが終盤で、まったく同じやりとりが立場を入れ替えて繰り返される。今度は大王のほうが「皆さんは避難してください」と言い、部下たちが「その命令には従えませんね。私たちはいつも大王様のおそばに」と拒む。大王は礼を言ったうえで、でも避難してください、これは命令です、と押し切る。逃げない理由を二人とも相手のためだと信じていて、片方だけがそうではない。この非対称が最後まで解消されないのが、この回の地獄パートの骨格である。
迎え撃つ相手は、争うつもりがないと言う
大王が地獄を統べる主として名乗りを上げ、いよいよ正面から向き合う。そこでカムイが返すのは「いや、争うつもりはない」である。続けて「俺の魂を現世へ戻してもらいたい」。層ごとの防衛ゲートも、部下の避難も、大王の覚悟も、ぶつかるためには一切使われない。第8話でカムイはシリーズではじめて押し切られて負けたが、負けた先で待っていたのは戦いの続きではなく手続きの相談だった。
争点は力ではなく規律である
公式サイトのあらすじは、この対決を「地獄の規律を守る閻魔大王と対決する」と書いている。規律という語が入っているのが正確で、カムイが越えようとしているのは大王の強さではなく、死んだ者は戻らないという地獄の決まりのほうだ。だから防衛ゲートを何層抜いても議論は終わらないし、大王が前に出ても勝負はつかない。ここまで来て、この回のカムイは怪異を祓う霊能力者ではなく、規則の例外を求めに来た申請者として振る舞っている。
相手が真面目に交渉するほど、地獄側の身構えが空回りしていくのが可笑しい。逃げ惑う獄卒も、避難を押し問答する幹部も、誰ひとり間違ったことはしていない。ただ、想定していた事態が起きないだけである。
現世で体を守る根拠は、お市の見立てひとつしかない
場面が変わると病院である。カムイは呼吸も脈拍も正常で、意識だけがない。霊魂が体から抜けているのだろう、という見立てまでは同級生たちにも立つ。そこへ、この病院は出るらしい、という噂が持ち込まれる。噂話を持ち込む役回りがそのまま事件の入り口になるのは、第2話のコックリさんから変わらない構造だ。
火車という怪異には、成立条件がある
正体を言い当てるのはお市である。この病院に来てから嫌な気配は感じ取っていた、看護師が見たという話が本当なら火車だ、と断じる。そこへナレーションの解説が入る。火車は「死者の亡骸を奪う怪異」で、「古来より人々に恐れられ、様々な火車よけの方法が伝承されている」。毎回の怪異解説と同じ調子だが、今回はこの定義がそのまま守る側の弱点になる。
なぜならカムイは死んでいないからだ。シヅカが、火車は死体を奪う怪異なのだから対象外ではないか、と当然の疑問を出す。お市はそこだと応じ、確かに死んではいないが「魂がここにおらん感じがする」と言う。死んでいない体が、火車から見れば死体と同じ扱いになる。定義を満たしていないはずの相手が、条件のほうから近づいてきてしまう。
守る理由が、信頼だけで立っている
では、なぜ守るのか。お市の答えは、きっと戻ってきはる、というものだ。だから「この体を奪われたらあかんのや」。ここには証拠がない。魂が抜けているという感触と、あの男は帰ってくるという確信だけである。この回の現世側は、最後まで検証できない前提のうえに立って戦っている。
第3話で汚れを落としても成仏せず未練を抱えたまま事務所に居ついた付喪神が、今度は他人の帰りを疑わない側に回っている。百年以上さまざまな持ち主に捨てられてきた人形が言う「戻ってくる」は、単なる希望的観測より少し重い。
主人のいない事務所を、助手たちだけで回している
この作品でシヅカに与えられてきた役割は、助手であり囮である。危険を引き受けはするが、始末をつけるのは常にカムイだった。ところが第9話には、その始末をつける人物がいない。だから普段は前振りで終わる部分が、そのまま本編になる。
打開策を探すほど、話は本筋から離れていく
通信教育で覚えたという術を持ち出す者がいて、即座に止められる。お市のほうも、打開策を探しているはずが四十八手の講釈に流れていく。なぜ人形の付喪神がそこに詳しいのかは誰も説明しないまま話が進む。深刻な状況なのに、対策会議として機能した瞬間が一度もないのが可笑しい。
それでも二人は持ちこたえる。技も知識も足りていないのに、体を奪わせないという一点だけは通す。この回のシヅカは、逃げ足を買われて雇われた助手のまま、逃げずに立っている。囮としてではなく守り手として画面に立つのは、シリーズを通しても珍しい配置だ。
交渉が長引いたぶんだけ、現世が削られていた
この回でいちばん効いている一言は、帰ってきたカムイの「閻魔との交渉が長引いた」「随分と待たせたみたいだな」である。地獄での押し問答と、現世での防戦は、同じ時間を共有していた。大王が名乗りを上げ、部下が避難を渋り、対決の形式を整えているあいだ、病院ではシヅカとお市が実際に火車と向き合っている。地獄側の丁寧な手続きが、そのまま現世側の消耗になっていたわけだ。
魂を焼く炎は、魂が燃えている男に効かない
戻ってきたカムイが火車の炎について説明する理屈も、同じ発想でできている。あれは魂を焼く炎であって、物体も肉体も焼きはしない。焼かれたように見えたのは、魂のほうが焼けてそう錯覚しただけだ。つまり炎の効果は相手が魂をどう扱っているかに依存する。そのうえでカムイが返すのが「そして俺の魂は、とっくに燃え盛っているんだよ」である。すでに燃えているものは、それ以上焼けない。
怪異には必ず弱点がある、というこの作品の定石が、ここでは自分の側の性質で成立している。口裂け女のポマード、化け猫の油、ジェットババアが道路を離れられないという制約と同じ列に、燃え尽きない魂が並ぶ。
第6話と同じ組で、作画監督は第3話と同じ四人
公式サイトの各話スタッフを並べると、第9話は脚本が中條元史、絵コンテが松尾慎、演出が中山敦史である。この絵コンテと演出の組み合わせは第6話とまったく同じで、作画監督のクレジットは第3話とまったく同じ顔ぶれになっている。副題が一つだけの一話まるごと一エピソード構成は、これまで第2話、第5話、第8話という三話おきの並びだったが、第9話でその周期から外れて連続した。第8話の続きなのに、担当の組は入れ替わっている。
戻ってきた教室に、転校生が来る
カムイは無事に戻り、明日には退院できるという話になる。ここで終われば「黄泉帰り」は一人分の題名で済んだ。ところが最後に教室の場面が来て、急な話だがと転校生が紹介される。見覚えがあるような気がする、という反応だけが返って、名乗りとあいさつで幕が下りる。
公式が第9話でようやく名前を出した
ここで効いてくるのが公式サイトの告知の変化だ。第8話のニュース欄にあった怪異とゲストキャラクターの一覧は、副題が「サキュバス」と言い切っているにもかかわらず、二人ぶんの名前を伏せ字で出していた。第1話から第7話までは全話きちんと名前が入っていたのに、第8話だけが例外だった。
その伏せ字が、第9話の告知で解ける。公式が並べたのは閻魔大王、火車、そしてサキュバスである。カムイを倒した回では名前を伏せ、その次の回で名前を出す。放送前の告知を見比べるだけで、この怪異が一話かぎりで終わっていないと分かる仕掛けになっていた。
ミニアニメ劇場は交互の並びに戻った
併映のミニアニメ劇場その9は、一本目がスナックはざま、二本目がデスゲームである。この枠はデスゲームとメン地下アイドルを交互に流してきたが、第7話と第8話でメン地下アイドルが二回続き、並びが崩れていた。第9話でデスゲーム側に戻ったので、あの二連続は一度きりの入れ替わりだったことになる。ミニアニメ劇場は一部の配信サイトでのみ配信されているため、テレビ放送だけでは確認できない点は変わらない。
まとめると、第9話は地獄と現世で同時に「守る側」が身構えた回であり、そのどちらの構えも正面衝突には使われなかった。地獄の防衛線はカムイが争わないと言った時点で意味を失い、現世の防衛線はカムイが帰ってくるための場所を残すためだけに機能した。身構えは無駄になったのではなく、帰る先を確保するために消費された。そして退院で終わらず教室にもう一人増えたことが、次回以降の日常を確実に面倒にしている。




関連作品:























コメント