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第9話の副題は「秘められた傷と戦士の告白」。歓迎会の王様ゲームで、エリーティアが今いちばん気になっている人を告白させられる回である。ところが出てきたのは恋の話ではなく、迷宮に置いてきた友達の話だった。しかも助けに行かなかったのは、彼女が所属していた強いほうの集団である。前回の昇格試験に棘のある言い方をした理由もここで明かされ、拒む理由がそのまま受ける理由に入れ替わる。




王様ゲームは、たぶん誰かが用意した場だった
提案したのはミサキで、終わったあとに礼を言われている
第9話は、新しく仲間に加わった商人マドカの歓迎会から始まる。公式あらすじが「そこでミサキが提案したのは、皆での王様ゲームだった」と書くとおり、場を作ったのはミサキである。ただしこの回で効いてくるのは、遊びが終わったあとの短いやり取りのほうだ。エリーティアが自分の過去を話し終えたあと、何か抱えているのを悟って王様ゲームをしたのかと聞かれたミサキは、「それはどうかな」とだけ返して答えない。かわりにアリヒトが「話す機会を作ってくれてありがとう」と礼を言う。仕掛けたかどうかは最後まで明言されないが、礼を言われている時点で結果は同じである。
最初の命令は、体をほぐすだけの穏当なものだった
ルール説明は、エリーティアの「どういうゲームかは知ってるけどやったことはないわ」から始まる。知識としては知っていて、やったことはない。この一行だけで、彼女がどんな場所で過ごしてきたかが分かる。命令の例として挙がるのも「押してくださいとか」という穏当なもので、実際に最初に出たのはアリヒトがテレジアの体をほぐすという内容だった。「テレジア、痛くないか」と気遣う声と、気持ちよさそうだと囃す声が重なる。ここまでは完全に、ただの歓迎会である。だからこそ次の命令で場の温度が変わる。
「そういうのじゃない」と、本人が恋の枠を先に壊す
ミサキの読みは、半分だけ当たっていた
空気が変わるのは「今一番気になってる人のことをみんなに告白する」という命令が出てからだ。当たったのはエリーティアで、ミサキは「実は私気づいちゃってたんだよね」「エリちゃん、ずっと誰かのことを考えて」と畳みかける。ずっと誰かのことを考えている、という観察そのものは当たっている。だが返ってきたのは「そういうのじゃない」「私が考えていることは、ミサキが想像しているようなことじゃない」という否定だった。恋の話として始まった場を、当のエリーティアが先に壊してしまう。読み違えたのは相手の名前ではなく、想いの種類のほうである。
公式が引いた一行は、入り口だけを見せて切ってある
公式サイトが第9話のあらすじに引いているのは「いつもこの胸にあって、ずっと考えていることは――」という一行である。ちょうどそこで切ってある。続きを言えば、それは迷宮国で出会った女の子のことであり、恋愛の話ではない。副題にある「戦士の告白」も、告白という言葉をわざと別の意味で使っている。この回の告白は、好きな人を打ち明けることではなく、置いてきた人がいると認めることだ。同じ副題に「秘められた傷」が並んでいるのも、そう読めば筋が通る。
助けなかったのは、彼女がいた強いほうの集団だった
白夜旅団という名前が、ここで意味を変える
エリーティアが語ったのは、白夜旅団にいた頃の話である。魔物に襲われて友達が連れ去られ、そして旅団は助けに行かなかった。この一行で、これまで出ていた設定がまとめて裏返る。白夜旅団は第4話で、呪われた装備でも鑑定せずに使う強化集団として紹介されていた。強くなるためなら手段を選ばないというその性格は、連れ去られた仲間を取り返しに行かない判断とひと続きだったことになる。実力者である彼女が八番区まで降りてきていた理由も、ここでようやく筋が通る。彼女は弱い場所へ落ちてきたのではなく、助けに行く側の集団を探して降りてきた。
連れ去られた人は、助け出しても戻るとは限らない
さらに重いのは、囚われた人間がどうなるかの説明である。その魔物は知性を持っていて、倒した人間に利用価値を見出す。捕らわれた人間は心を奪われ、従属させられる。つまり救出は、生きているかどうかの問題ではなく、戻ってきたその人がその人のままかどうかの問題になる。何人もの探索者が同じように囚われているという話も添えられる。「その子はあの迷宮で私をずっと待ってる」という言い方は、確かめられないことを彼女が信じ続けているという意味でもある。待っていると決めているのは、彼女のほうだ。
昇格試験を拒んだ理由が、そのまま受ける理由になる
前回の棘は、怒りではなく焦りだった
第8話の終わりで、エリーティアは「どういうつもりなの、わざわざ試験を受けるなんて」「のんびり構えすぎるのは賛成できないわ」と言い残して先に休んでいる。仲間内で初めて表に出た衝突で、理由は説明されないままだった。第9話でその答えが出る。「今日昇格試験を受けると言われて焦っていたの」「早く友達を助けに行きたかったから」「あんな態度をとってごめんなさい」。怒っていたのではなく、急いでいた。無試験で上がれる権利をわざわざ捨てて受験を選んだ前回の判断は、彼女の目にはただの遠回りに映っていたことになる。
アリヒトは説得していない、意味を入れ替えただけだ
ここでのアリヒトの返し方が、この回でいちばん彼らしい。反論も譲歩もせず、友達を助けに行くにはもっと強くならなければいけない、だから昇格試験でレベルを上げて実力をつける、それでもいいか、と聞く。試験の中身は何ひとつ変えず、それが何のための試験かだけを入れ替えている。遠回りに見えていたものが、最短の道として置き直された。返事は「うん」の一言だった。その前にスズナが「辛い思いを一人で抱えないでください」「エリーさんは一人じゃありません」と言っているのも効いている。助けに行かない集団を出てきた人に対して、いちばん短く効く返事になっている。
「みんなと同じように扱って」は、特別扱いを自分から降りること
レベルも経験も関係ない、と実力者のほうが言う
過去を話し終えたあと、エリーティアはもう一つ申し出をする。「レベルもこれまでの経験も関係ないわ」「私のこともパーティーの一員としてみんなと同じように扱って」。実力で言えば、彼女はこのパーティーで飛び抜けている。その人が自分から、序列を持ち込まないでほしいと言う。助けに行かない集団を出てきた人が次に選んだのは、扱いを平らにすることだった。強さの順で価値が決まる場所にいた反動と読める。誰が助けられるに値するかを実力で決める集団の、ちょうど反対側にある考え方でもある。
技能の選び方にも、同じ答えが返ってくる
面白いのは、それに対するアリヒトの答えもまた平らだったことだ。技能についてはこれを取ってほしいと頼むことはあるが、基本は自分の希望を優先してくれ、と言う。指示ではなく希望が先に来る。エリーティアのほうも、できるだけアリヒトの意見を参考にさせてほしいと返し、呪いのない技能だと確認したうえで「いざという時に少しでもパーティーの役に立ちたいから」と付け加える。前回まで一人で背負おうとしていた人の言葉としては、立ち位置がはっきり変わっている。この短いやり取りだけで、加入の実質がここで完了したことが分かる。
鍛冶工房の接客は、客のほうを試していた
最初の問いは「おつれさまは?」だった
後半は準備の話になる。アリヒトがテレジアを連れてミストラル魔法鍛冶工房を訪ねると、迎えた鍛冶師のシュタイナーがまず聞くのは「おつれさまは?」である。そして返答を受けて、この客は亜人に対する差別意識を持っていない、そう受け取ってもいいのかと続ける。武器の話に入る前に、客のほうが査定されている。アリヒトの答えは「テレジアは俺の大切な仲間です」だった。亜人の扱いを正面から主題にした第7話を挟んだあとに置かれると、この受け答えは店に入るための通過儀礼として効く。
手の内を明かした理由は、二人の歩き方だった
奥から出てきた工房主のセレス・ミストラルは、自分がこの世界に元からいた種族だと明かす。転生者からはエルフと呼ばれたり、瞳の色から翡翠の民と呼ばれたりするという。迷宮国の種族だからこそ就けるルーンメーカーという職で、店の甲冑もルーンで動かしている。初対面でここまで明かした理由も、本人がその場で言葉にしている。亜人と二人で街を歩くことを厭わず、互いに常に気遣う。それはよく見られる光景ではない、と。テレジアが終始アリヒトを守る位置に立っていたことまで、彼女には見えていた。
ルーンが入ると、武器の名前のほうが変わる
加工そのものも見どころになっている。ルーンをはめると武器の名称が固有のものに変わり、アリヒトの得物は「黒き魔弾を放つもの」になった。毒と混乱とスタンを乗せられる。テレジアの装備をどう強くするか、スタンを防ぐ側と与える側のどちらがいいかを本人に選ばせる場面もある。強化にすぎないから贈り物とは違うという遠慮には、「どのような形でも贈り物は贈り物じゃ。素直に受け取るがよい」と返る。数値を上げる回でありながら、話しているのはずっと受け取り方のほうだ。
怯える魔物に要ったのは、力ではなく先に信じること
人型の魔物が人を怖がる理由
最後に訪ねるのが魔物牧場である。第8話で捕らえて預けたデミハーピィと召喚契約を結ぶ場面なのだが、当のデミハーピィはひどく怯えている。案内役のミリスが説明する理由が重い。人型の魔物は捕まると見世物にされたり、素材として使える部分だけを取られたりすることがあるという。怖がっているのは魔物のほうで、その理由を作ったのは人間のほうだ。亜人をどう扱うかという話が、ここでは魔物にまで地続きで広がっている。前の場面で工房が客を試していたのと、問われているものは変わらない。
「信じてあげることです」
警戒を解くにはどうすればいいかと聞いたアリヒトへの答えが、この回の主題をそのまま言い当てている。「信じてあげることです」。こちらが不信感を抱いていれば、それはそのまま相手に伝わる、と続く。順番として、先に信じるほうが人間の側だと言っている。エリーティアの話に出てきた、助けに行かなかった集団と、助けると即答したパーティーの差も、突き詰めれば同じところにある。強さでも装備でもなく、先に差し出せるかどうかで分かれている。
歌そのものではなく、歌の使い道を変えてくれと頼む
アリヒトの語りかけも命令ではない。苦戦させられたし最初は倒すしかないと思った、と自分の側の非を先に置く。そのうえで、これからはその綺麗な歌声を、人を襲うためではなく人を守るために使ってほしいと頼む。第8話で全滅寸前まで追い込まれた眠りの歌が、そのまま味方の手札になる場面である。力を奪って無害にしたのではなく、向きだけを変えてもらっている。契約という言葉のわりに、やっているのは交渉ですらなく依頼だった。
まとめ、一度も戦わない回が、次の戦いを全部そろえた
この回でそろったものを並べてみる
改めて並べると、第9話でアリヒトは一度も戦っていない。やったのは、話す機会に乗ったこと、武器にルーンを入れたこと、怯える魔物に頼みごとをしたこと、防具の受け取りを手配してもらったことだけである。それでも、パーティーで唯一目的を隠していた人が目的を明かし、拒まれていた昇格試験が受け入れられ、武器が強化され、召喚獣が増えた。後衛という職業を主題にした作品が、戦わない回にやれることを一覧にして見せている。前に出ないことと、何もしないことは違うという話でもある。
引きに置かれたのは、噂と、面白い男のほうだった
締めでは、呼び声の森に名前付きが出たという噂が流れる。そのせいで昇格者が出ないらしい、行くのはやめようという会話の脇で、北極星のリーダーであるゲオルグが今まさに試験を受けている最中だと分かる。第7話でアリヒトに「お前、面白い男だな」と言った相手が、今度は先に試験の側にいる。準備をそろえた回の最後に、その準備で足りるのかを測る物差しが置かれた。次に試されるのは、エリーティアが急ぐ理由を抱えたまま、この回で足した分がどこまで通用するかである。




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