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第3話「旅路での出会い」。偽の石鹸事件でガザル商会を陥れたエリーは、その商会をまるごと吸収し、元経理のグランツを幹部に登用する。だがグランツは、はじめからエリー自身が仕込んだ駒だった。重傷の娘ルノアを神器の魔導書の治癒魔法で救い、見習いとして雇い入れたエリーは、商会拡大のため帝都を目指す。その道中、各地を旅する歩き神官ティーダと出会うことになる。




ガザル商会の吸収と、仕込まれた裏切り者
慰謝料として、すべてをいただく
第3話は、ガザル商会の後始末から始まる。偽の石鹸事件で商会を陥れたエリーは、ガザル商会の経営権と個人資産、商会員から施設・資材に至るまで、そのすべてを慰謝料として要求する。トレートル商会がガザル商会をまるごと吸収したのだ。
商業ギルドのアルテから、耳寄りな情報がもたらされる。ガザルに石鹸の製法を盗むようそそのかした男がいる——ガザル商会で経理を担当していた、グランツ・カールトンだ。ただし証拠がなく、処分はできなかったという。エリーは「彼の処分は私に一任していただけないでしょうか」と申し出た。
敵対商会を叩き潰すだけでなく、その資産も人材も丸ごと取り込んでしまう。復讐譚でありながら、やっていることは緻密な商略なのがこの作品の持ち味だ。「慰謝料として一切合切」という言い回しの容赦のなさが、エリーの立ち位置を最初に示している。
グランツは、最初からエリーの駒だった
呼び出されたグランツに、エリーは報酬を渡し、さらにトレートル商会の幹部として雇うと告げる。ギルドには「深く反省しているため不問にする」と伝えておく、とも。だがこれには裏がある。
グランツは、そもそもエリー自身が侍女のミレイを通じて接触し、仕込んだ人物だった。ガザルがもとから悪徳商売をしていたことは調べがついていて、その悪事を決定的なものにするために、石鹸の製法を盗むようそそのかす役が必要だったのだ。陥れられたように見えたグランツは、最初からエリーの計画の一部だった。
裏切り者すら自分で用意しておく、という周到さが背筋を寒くさせる。報酬と幹部の座で報いる場面も、ただの温情ではなく計算の一環だと分かるから、エリーの「冷たい優しさ」が際立つ導入になっている。
神器の魔導書と、ルノアの治療
グリモア・ベルゼブブのヒール
グランツが報酬のために働いていた理由が、その家にあった。娘のルノアが馬車にはねられて重傷を負い、なんとか金をかき集めて回復ポーションを与えたものの、「これ以上の回復は見込めない」という状態だったのだ。
エリーは神器の魔導書のひとつ、グリモア・ベルゼブブを使う。これは魔法を記録する魔導書で、王国の大司教から収集した強力な治癒魔法が納められている。「ヒール」——ルノアの傷は癒えた。ただし魔導書の存在を知られるわけにはいかないため、「頻繁には使えない魔法なので内緒に」と嘘の説明を添えることも忘れない。
神器の力を惜しみなく使ってみせる場面だが、そこにも隠蔽の一手が重ねられている。娘を救われたグランツが心から仕えるようになる流れも含めて、情と打算がひとつの行動に同居しているのがエリーらしい。
見習いルノアと、帝都への布石
ルノアにはアイテムアナライズ(物品鑑定)という固有魔法が備わっていた。商人にとって重要な力である。エリーは彼女を見習いとしてそばに置き、魔法を教えることにした。
帝都進出に向けた布石も打たれる。大使ルーカスから「帝都をはじめ帝国内なら自由に行動していい」という許可を取りつけ、神殿への寄付でリブリス教を味方につけておく。さらに契約を記録する魔導書グリモア・ベルフェゴール——精霊や魔界など別世界の存在と契約し、対価を払って力を借りる魔導書——で、かつての商会メンバーを呼び寄せる。
そこから半年。トレートル商会は次々と他の商会を吸収して成長し、ついに帝都進出を決める。留守を預かる商会長代理にはグランツを、その補佐には幼い秘書スティアを据えた。追放された側が人脈も武力も財も一つずつ集めていく、その痛快さがこの回でも効いている。
帝都への道中、野盗に慈悲なし
荒れた街道が、教えること
帝都へ向かう馬車が、急に揺れ始める。荒れた街道だ。エリーはこういう街道には野盗が出ると読んでいた。案の定、一行は野盗に囲まれる。ミレイにルノアを託し、エリーが一人で前に出た。無詠唱の上級魔法で、野盗はあっという間に制圧される。
降参した野盗は「俺はただの農民だったんだ。税を払ったら生活できなくて、仕方なく」と命乞いをする。だがエリーの答えは冷厳だった。「どんな理由があろうと、あなたは野盗。私は商人として野盗を許す気はない」。野盗はゴブリンやオークと同じで、商人が懸命に稼いだ金を力で奪う——情けをかけて逃がせば別の人が襲われる、だから見つけ次第、確実に殺すのが鉄則だと、ルノアに教え込む。
同情を誘う相手の事情を、理屈でばっさり切り捨てるのがエリーの怖さだ。子供のルノアの前で野盗を魔法で両断してみせる容赦のなさに、視聴者の間でも「倫理観が振り切れている」と話題になった。復讐者としての彼女の芯が、この一場面によく出ている。
街道整備と、経済の講義
道の先に、ヒッチハイクの聖職者がいた。歩き神官のティーダである。帝都まで歩き続けることを考えて心が折れそうだった、という彼を、エリーは馬車に乗せる。ティーダは各地の田舎を巡り、医者もいない村で無償の治癒魔法を施す聖職者だった。
道中、街道と経済をめぐる講義が展開される。領地を治める上で街道の整備は重要で、整えれば物流が良くなり、商人や冒険者が集まって景気が上向く。逆に街道が荒れると、物価が高騰し、食い詰めた農民が野盗になり、護衛費でさらに物価が上がるという悪循環に陥る——。ティーダも「聖職者は経済にも強い」と受けて立ち、ルノアに考えさせながら理屈を積み上げていく。
野盗が出た理由を「ここの領主が愚か者だから」と経済の話に接続してみせるのが、この作品らしい理屈っぽさで面白い。街道の荒れ具合ひとつから領主の質まで読み解くエリーの視点が、ただの強い令嬢ではなく「商人」であることを裏づけている。
歩き神官ティーダと、王国の凋落
神罰を下す聖職者
再び野盗が現れると、今度はティーダも前に出る。そして、この聖職者もまた振り切れていた。「野盗は人にあらず、神の慈悲の対象外」として、「神罰」と称して容赦なく打ちのめしていくのだ。
やり直す機会をと乞う野盗にも、「神は慈悲深く人は罪を犯す生き物だが、野盗は人にあらず」と言い切る。一方のエリーは殺さずに監禁を選ぶ。「監禁すればいい額になる」という、これはこれで商人らしい理由からだった。金歯まで取り立てる始末で、どちらが野盗か分からないほどである。
エリーの容赦のなさに輪をかけて、もっと狂ったシスターが出てきた、という並びがこの回の可笑しさだ。人は殺す、酒は飲む、金は奪う——聖職者の枠から大きくはみ出したティーダの登場で、旅の一行が一気に賑やかになった。
エリザベート不在の、祖国
場面は変わって、報復の相手である祖国ハルドリア王国。王太子フリードが、貧民救済の炊き出しをやめようとしていた。側近が「国庫が干上がる」と諫めると、フリードは「貧民など勝手に飢えて死ね」と言い放つ。
だが側近の言葉が、失われたものの大きさを浮かび上がらせる。毎週の炊き出しはすべてエリザベートの私財によるもので、彼女が国庫に手をつけたことは一度もなかった。そればかりか、貧困層に仕事を斡旋し、生活が安定するよう補助までしていたのだ。「エリザベート様がいらっしゃれば、こんなことには」という嘆きが、王国の現状を物語る。
エリーが力を蓄えていく裏で、彼女を追放した祖国が静かに傾いていく。その対比がこの回で初めてはっきり示された。無能な為政者のもとで民が不幸になる、という講義の内容が、そのまま王国の姿として描かれるのがうまい。
まとめ——追放された側が、力を蓄えていく
復讐の道具が、一つずつ揃っていく
第3話は、エリーが帝都進出へ向けて着々と足場を固めた回だった。敵商会を吸収し、仕込んでおいた裏切り者を幹部に据え、神器の魔導書で人を救って忠誠を得て、固有魔法を持つルノアという新戦力まで手に入れる。隙のない根回しの一つ一つが、やがて祖国を叩き潰すための布石になっていく。
同時にこの回は、エリーとティーダという二人の「容赦のなさ」が並んだ回でもあった。商人として野盗を確実に始末するエリーと、神罰を下すティーダ。倫理を振り切ったキャラクターが次々と登場するのがこの作品の色で、シリアスな復讐劇でありながら、その過剰さがそのまま笑いになっている。
これから、帝都で
次回に向けた軸は三つある。帝都でエリーがどこまで勢力を広げるのか、旅に加わった歩き神官ティーダが今後どう関わってくるのか、そしてエリザベートの不在で傾き始めた祖国が、どこまで凋落していくのか。
追放された令嬢が人脈・武力・財を一つずつ集めていく痛快さと、それを冷徹な計算で支えるエリーの怖さ。その両輪で物語は帝都へと舞台を移す。報復の相手であるフリードとの距離が、これからどう縮まっていくのかが楽しみである。




















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