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『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』八本目の副題は「スーパーの裏から見つけるふたり」。八本のうち助詞が「から」なのはこの回だけで、実際に二人はいつもの喫煙所から出ていく。佐々木は贈った灰皿を二日がかりで探し、山田さんに向かって田山さんに渡してほしいと頼む。そして雨の日だけ向き合って座った二人が、煙草を吸い始めた理由を打ち明け合う。そこで八年前の記憶が、静かに掘り出される。




八本目だけ、助詞が「で」ではない
公式の副題は「スーパーの裏から見つけるふたり」。ここまでの並びを見ると、一本目から五本目までがすべてスーパーの裏でという形で、六本目が裏に残る匂い、七本目が裏と夏の終わり。ふたりという言葉が二本ぶん消えていた。
そのふたりが戻ってきたのが八本目で、しかも助詞だけが裏からに変わっている。実際この回、二人はいつもの喫煙所から出ていく。佐々木は店の周りを歩いて排水口を覗き込み、田山は閉店後の外で雨に降られている。看板の一文字が、そのまま今回の中身になっている。
交互だったコンテが、ここで替わる
公式のクレジットを並べても同じことが起きている。絵コンテは一本目から七本目まで、鈴木理人と森あおいの二人が奇数と偶数できれいに交互に切ってきた。八本目で初めて三人目の名前が入る。総作画監督も、二人体制が続いていたところをこの回は一人だけ。作り手の側でも、いつもの並びが崩してある。
なくしたのは、もらったほうの灰皿だった
発端は、上がり際にポケットの軽さで気づく場面だ。青くて丸くて、犬と骨の柄の携帯灰皿。店長に聞くと、お前が最近使ってる、佐々木君からのプレゼントだろと即答される。えらく気に入ってるもんな、物にこだわらないお前が、まで言われてしまう。
この店長がいい。灰皿ないのに吸っちゃうのか、面白いぞ、と茶化しておいて、入り口は見たのか、リサイクルボックスだよ、今日あそこ交換したのお前だろ、とちゃんと当たりをつけて助け船を出す。二人の間の事情も、どうやら全部把握している。
探し物が、他人のおもちゃを一個掘り出す
捜索の途中で出てくるのが、子どものおもちゃである。あんだけ探して出てきたのがガキンチョのおもちゃ一個、という嘆きがおかしい。おまけに前澤チーフから、うちの山田ちゃんのファン二十八号さん、という珍妙なあだ名までつけられてしまう。二日探しても灰皿は出てこない。
ちなみに制作側の投稿によれば、この携帯灰皿は実在の品で、書いた本人が普段から使っているものだという。物の選び方まで含めて、贈り主の人柄が出ている小道具だ。
聞くつもりはなかったのに、盗み聞きになる
公式あらすじが言う独り言は、犬の大五郎に向けたものだ。なくしものしたんだ私、知らない、まるくて、青くて、あんたみたいな犬柄で、そしておじさんが一人で飼うにはちょっと可愛くて勇気がいるやつ。品物の説明が、そのまま贈った人の説明になっている。
続きがまた効く。いいって言ってるのに買ってきて、目の前で使ったらほっとしたような顔しちゃってさ。ワンコにこんなこと言っても意味ないか、聞き流してくれてありがとう。相手が犬だから言えている本音である。
これじゃただの盗み聞きだ
物陰の佐々木の反応が、気まずいと思って隠れたが、これじゃただの盗み聞きだ。落ち込んでいるのを見て、大事にしてくれて嬉しいだなんて、と自分を責めておいて、次の一言が、なあ大五郎さん、ちょっと店のまわりでも散歩しないか。謝る代わりに探しに行くのがこの人らしい。
なお公式は大五郎を犬の大五郎と書いていて、佐々木の飼い犬ではない。実際、同僚にドッグフードの銘柄を尋ねて、ついに独身に耐えかねて飼うのかと茶化されると、家庭もない帰るのも遅い休みもない野郎に飼われて嬉しい犬がいるかよと返している。自分で悲しいこと言うなや、と突っ込まれるまでが一続きだ。
山田さんに、田山さんへ渡してくださいと頼む男
この作品最大の仕掛けは、レジで笑顔を振りまく山田さんと、裏で煙草を吸う田山さんが同一人物で、佐々木だけがそれに気づいていないことである。今回はその設定が、これ以上ないくらい気持ちよく使われる。
ここに至るまでの佐々木の逡巡がまた長い。今日山田さんレジにいたら嬉しいなぁ、から始まって、挨拶した方がいいか、仕事中だったら邪魔だし、仕事中じゃなくても俺は邪魔だ、と勝手に落ち込み、でも山田さんはレジにいなくても俺に挨拶してくれるっしょ、分かってて素通りは失礼じゃないのか、と持ち直す。結論が自然だ、自然を心がけろ、佐々木。一往復の挨拶にこれだけ費やしている。
見つけた灰皿を手に、佐々木はレジへ向かう。あの、山田さん。お仕事中にすみません。ちょっと田山さんに渡してほしいものがあって。受け取った側の返事が、田山ちゃんに渡しておきますね。本人が本人に、本人へ渡してくれと頼まれている。
謝る練習をしていた側
しかもレジに立つ直前、田山のほうは頭の中で謝る練習をしていた。次に裏に来た時、この人に謝ろう。ごめん、なくした。ごめん、消えた。ごめん。言い方を三つ並べて迷っているところへ、当の相手が拾い物を持って現れる。謝ろうとしていた相手が、名乗らずに返しに来るという噛み合わなさが、この作品らしい優しさになっている。
「本当に拾っただけなので」を二度言う
渡すときの言い分がまた回りくどい。店の入り口横の排水口に落ちてました、外を歩いてたらたまたま見つけて、壊れてないし拭いてあるので。そして念を押すように、本当に拾っただけなので。
たまたまも何も、二日がかりで店の周りを歩き回った末の発見である。おまけに排水口から出てきたものを拭いて渡している。ネットの反応でも、たまたまと言いながら排水口の中をしっかり探している、とこの嘘のつき方こそが温もりだと受け取られていた。
犬っぽいと言われる男が、犬と間違えられる
後日、大五郎に礼を言っているところを見つかって全部ばれる。さては大五郎と一緒に私の灰皿見つけたな、さっさと俺が見つけましたって言えばいいのに、何黙ってんの、早く全部話せよ。詰められた側の内心が、俺が言いにくいでしょ。
ごまかしに出した言い訳が、俺、同僚によく言われるんだよ、犬っぽいって。だから大五郎さんにも親近感湧いちゃうのかな、と。そのすぐあとで頭を撫でられ、ところで今のは、と聞くと、大五郎と間違えたと返される。自分で蒔いた伏線を数十秒で回収されている。
雨の日だけ、向き合って座る
後半は閉店後の雨である。店長に送ってもらうから待ってんの、という田山と、鞄を守って自分の煙草を濡らしてしまった佐々木。書類の入ったカバン守るのに必死で俺のタバコが、という嘆きに、社畜のさがだねぇと返るのが容赦ない。
哀れみのカンパ、と一本差し出され、こっちがよかった、いいよ、よくないよくない、じゃあありがたく、と受け取る。吸ってみての内心が、この子こんなの吸ってたのか。そのあと何かに気づいて、ああごめん、と短く謝るのだが、ここは台詞で説明せずに絵だけで済ませている。
向き合ってると、何を話そうって緊張しちゃってね
その前に、濡れた佐々木を見た田山が、今日の佐々木さん面白い、髪型崩れてる、眼鏡かけてるときくらい面白い、とひとしきり笑う。そういうもんなの、と返しつつ、内心は若い子の面白ポイントはようわからんな。この距離感が保たれているうちは、二人ともまだ安全でいられる。
そして今回いちばん大事な一言が、ごめん、雨よけでいつもと違う座り方だから。向き合ってると何を話そうって緊張しちゃってね。この二人はいつも並んで座っている。雨で軒下に寄ったせいで、初めて正面から顔を合わせることになった。座り方が変わったから、話す中身まで変わる。
ネットの反応でも、火のついた煙草の描写や煙の揺らぎ方といった細部の作画が挙がっていた。会話が止まっている時間の長い回なので、そこで持たせる画がそのまま出来を決めている。
なんとなくなんかじゃなくて
決めた話題が、なんでタバコ吸い始めたのか。佐々木の答えはしょうもないなりゆきだよ、大学の時のお付き合いしていた女性に、というもので、ぽいぽいぽい、佐々木さんぽい、やっぱりこういうの好きなんじゃないの、とさんざん笑われる。おっさんのしょうもない話はこれで終わり、で切り上げる。
対する田山の答えが、この回の芯だった。八年前、ここの入り口に喫煙所があって、その中で一人だけ覚えている。買い物帰り、いつも吸ってたボサボサ頭のサラリーマン。
続きがいい。私が仕事で迷惑ばっかかけて辞めようと思ってた時、辞めたいより仕事が好きって気持ちのほうが勝つんじゃないかって気づかせてくれた男の人。その人の吸ってる姿がずっと頭にあって、なんとなくね。煙草を吸う理由が、実は誰かに救われた記憶だったという告白である。
勝手なこと言って、嫌だったら忘れて
受けた佐々木が言い切る。なんとなくなんかじゃなくて、その人にずっと憧れていたんだよ。すぐに、いやごめん、勝手なこと言って、的外れだったり嫌だったら忘れて、と引くのだが、返ってきたのは、そうなの、の一言だった。
帰り道の独白で、佐々木は自分の踏み込みを説明する。思い出すだけで優しい表情になれるようなきっかけを、憧れと知らないまま、なんとなくで片付けるのはあまりにももったいない。憧れは道をまっすぐ歩ける力になる、俺がそうだったから、田山さんにも気づかせてあげたかった。そのあとすぐ、上から目線だ、おっさんの悪いところが全部出たな、と自分を殴っておくのがこの人である。
まとめ、よかった、言わなくて
同じころ、田山のほうも一人で反芻している。憧れだって言われちゃった、よりによって、あの鈍すぎに。あだ名で呼びながら、言われた言葉はそのまま繰り返している。
そして締めの一行が、よかった、佐々木さんにちょっと似てるかもって言わなくて。八年前のボサボサ頭のサラリーマンと、目の前で自分の煙草をもらって吸っている男が、田山の中でだけ静かに重なっている。言わなかったので、この回では何も確定しない。
すれ違いが、きれいに二段重ねになっている
こうして並べると、この回は同じ形のすれ違いを二つ重ねている。ひとつは山田と田山を別人だと思っている佐々木。もうひとつは八年前の相手と目の前の男が同じかもしれないと思いながら、口に出さない田山。片方は気づかないまま、片方は気づいて黙る。
おかげで、その人にずっと憧れていたんだよ、という佐々木の一言が二重底になっている。他人の話として言い切ったその人が、もしかすると自分だったかもしれない。本人はそれを知らないまま、上から目線だったと反省して帰っていく。
気持ちのいいのは、どちらの隠しごとも相手を守るための隠しごとだという点だ。拾っただけだと言い張るのは恩を着せないため、似てるかもと言わないのは相手に気を遣わせないため。灰皿を拭いてから渡す人と、憧れの話を途中で止める人が、同じ理由で嘘をついている。
副題に戻ると、この回は裏で吸うだけの話ではなかった。裏から出て探しに行った灰皿と、八年前まで遡って掘り出された記憶。見つけたものはどちらも結局は相手のことなのに、二人ともそれを相手に渡さずに持ち帰っている。助詞ひとつぶんだけ外に出て、あとはいつもどおり並んで吸う。それで十分だと思わせる八本目だった。




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