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『バンドリ! ゆめ∞みた』第11話の副題は「たのしかった」。ひらがなで続いてきた副題で過去形が来たのは今回が初めてで、第4話「たのしいかも」と対になっている。ユノが二年ぶりに元バンドのメンバーと会い、解散のときの沈黙が、まったく逆に受け取られていたことを知る。一方で都子は、信じきっていた相手に利用されていたと理解する。起きた出来事は何も変わらず、受け取り方だけが変わる回。




拝啓、お久しぶりです
第11話の副題は「たのしかった」。ひらがなの副題が続くこのシリーズで、過去形が来たのは今回が初めてである。第4話の「たのしいかも」と並べると、推量から過去形へ、というきれいな対になっている。
幕開けは前回の海の帰り道で、また明るい時にも来てみたいな、まだ靴に砂が、といった他愛のない会話が続く。迎えに行った側の空気は完全にほどけていて、ここだけ見れば穏やかな後日談である。
そこからユノがメールを書く場面へ移る。拝啓、お久しぶりです、お元気でしょうか、所用がありましてご連絡差し上げました。書いた本人がすぐに、拝啓いる、と自分に突っ込み、用もないのにメール出すわけないんだし、わざわざ所用って必要なくない、と一人で削り始める。連絡を取ること自体が、それくらい構えのいる相手だと分かる出だしだ。
ずっと考えてたの、バカみたいじゃん
返信は早かった。早っ、と驚いたあとの独白が、ずっと考えてたの、バカみたいじゃん、あの時から全然変わってない、私たちなんで解散したんだろうな。前回、本気で目標にしてたのは私だけだったんだよ、と言い切っていた人が、二年たってこれを考え続けている。
待ち合わせ場所での、でももしこのまま来なかったら、という一言も効く。呼び出した側が、来ない可能性のほうを先に思い浮かべている。
一時間前から待っていた人が言う、前の仕事が早く済んだから
現れた相手の第一声が、絶対十五分前に来ると思って二十分前に来たのに。さすが真面目、と返されたユノの答えが、前の仕事が早く済んだから来ただけ。そこへ内心の一行がかぶさる。一時間前に来たとか絶対言えない。
この短いやりとりだけで、この人がどれだけこの再会を待っていたかが全部出てしまっている。前回まで、バンドはやらない、楽曲提供はちゃんとやるからそれで勘弁して、と線を引いていた同じ人物である。
昔のことは覚えてない、という嘘
やっぱり夢叶えたね、と言われて返すのが、は、夢なんて。音楽で食べていきたいって言ってたじゃん、覚えてない、と押されても、昔のことは覚えてないで通そうとする。一時間前から待っていた人の台詞としては無理がありすぎる。中学の時毎日言ってたじゃん、私たち最高のバンドでしょ、と当時の言葉をそのまま出されて、そういうところ全然変わってない、と決められてしまう。
あの歌詞の中に、私もいた
話の中心になるのが、今回のタイアップの歌詞である。相手いわく、当時の自分たちの等身大の気持ちで書いたもので、お互いの夢で背中を押し合って、みんなで夢に向かって進んでいく、みんなの歌。ここから回想が挟まる。
夏の音を録って曲のアレンジに入れようとしたり、工事現場に入ってみようかと言い出したり、教室で全部エアで演奏したり。私たちの楽しくて、眩しくて、忘れられない日々、という言葉が重なる。副題の過去形は、まずこの日々を指している。
先を走ってくれるなら、追い続けられる
回想で挟まるのは、当時のユノを見ていた側の気持ちのほうだ。ユノができるんなら自分だってできるかもしれない、私たちが叶えた夢はこんなもんじゃない、ずっと増え続けるから。そして、ユノが先を走ってくれるなら、ずっと夢を追い続けられる気がした。追いかけて、並んで走りたい。
現在の相手の言葉も同じ形をしている。夢って夢のままだと思ってたけど、願えば叶う、じゃなくて、動けば叶うかもって。だから一人は獣医を目指して猛勉強しているし、一人は宇宙に行くと言って筋トレしている。言わなかっただけだよ、でもユノを見てたら、なんか可能性ゼロじゃないって思っちゃったんだよね、と。
同じ沈黙が、片方には見捨てられた証拠だった
この回でいちばん効くのは、次の一言だと思う。解散の時、黙って背中を押してくれて嬉しかった。慌てて、そんなつもりじゃなかった、と返すユノに、私のこと、見捨てたんじゃなかったんだ、と続く。
前回の回想を思い出したい。みんな自分の夢ができたから辞めたい、と言われたときユノは引き止めず、あとから、本気で目標にしてたのは私だけだったんだよ、所詮他人だし、誰かに期待なんてしてた私が子供だったんだ、と自分を切り捨てていた。あの時の沈黙は、片方には見捨てられた証拠で、片方には背中を押されたことだった。二年かけて、同じ一つの出来事の裏側がやっと開く。
歌詞の外にいると思っていた
続く、誰かの夢を信じ合うことが自分の夢に向かう一歩になる、という言い方を受けて、ユノがこぼす。私は、みんな楽しく前に進んで、自分だけ取り残されてると思って。そして、あの歌詞の中に、私もいたんだ。みんなの歌だと説明された曲の、そのみんなから自分を外していたことに、ようやく気づく。
照れ隠しまで含めて、いい別れ方だった
締め方も洒落ている。ありがとね、と言われた側が、でも聞けてよかった、曲作るのにリサーチしたかったから、と急に仕事の話にする。えっ、仕事で呼んだの、会いたくて呼んでくれたのに、と食い下がられても、締め切りあるし、で帰ってしまう。一時間前から待っていた人の照れ隠しだと分かっているので、こちらは笑ってしまう。
一人になってからの、解散は終わりじゃなくて、前向きな始まり、か。なんかできそう。副題の過去形が、ここで初めて過去のままで終わらなくなる。
炎上しても、界隈が違えば何にもならない
もう一方の線がビオラの仕掛けである。配信のコメントが止まる、という嫌な入り方をして、画面にはメンバー病み落ち、仲違い、話題次々、炎上商法、果たして悪名は無名に勝るのか、といった言葉が並ぶ。
ところがこの騒ぎに、作中の誰かがあっさり結論を出してしまう。炎上っても、界隈が違えば話題にならない。実際、画面のトレンドはフェスの中止だの受注生産開始だの今日は何の日だのが並んでいて、そこにこの炎上は入ってこない。
燃えている横で、そこだけが喜ばれている
同じころ、情報解禁前なのにタイアップ曲のスタッフ表が出回っている、という報告が入る。悪い話かと思えば、作詞作曲のところだけ、ユノの元バンドのファンが喜んでいるという中身だった。喜んでくれてるならよかった、という反応が、この回のユノの変化をひとことで示している。第2話から続いてきた炎上の描写が、初めて別の使われ方をした場面でもある。
信じきっていた人が、利用されていたと理解する
その裏で進むのが都子の線である。前段に置かれた、あられの家を訪ねた律のやりとりがいい。あられちゃんの感想付きで読んでみたくて、と切り出し、小学校の頃、あられちゃんが話す感想が面白くて、日曜に見て月曜にお話を聞くのがセットで楽しみだったんだ、と続ける。喧嘩別れしていた二人の原点が、作品そのものではなく感想のほうにあったと分かる場面だ。
その都子も、冒頭では海辺で写真を撮っていた。漫画の参考用に、こんなところ一人ではなかなか来ないので、いい写真ができました、と機嫌がいい。その人が数場面あとには、仕向けられて動く側に回っている。
あられと律のやりとりの最中に電話が入る。仲いいの知ってる私たちでもちょっとやばくない、という反応から、都子がビオラに仕向けられて動いていることが分かる。都子さんはビオラを信じきってたから、という一言が重い。
やがて本人が電話をかけてくる。大丈夫ですか、大丈夫じゃないです、ですよね。そして、峰月さん、資料ありがとうございました、と続く。目を覚まさせたのが、律の用意した資料だったことが、この一言だけで示される。
謝って済むことじゃありませんが
情けないですが、私はビオラさんに利用されていただけとはっきり理解しました。あられさんにひどいことをたくさん言いました。謝って済むことじゃありませんが、申し訳ありません。騙されただけだと庇われても、それを受け取らずに自分を裁く。私がダメだったんです、中身のない空っぽな人間だったから、と本人は言う。
同じ回の中で、ユノは自分を歌詞の外に置いていたことに気づき、都子は自分を空っぽだと言い切る。片方は誤解が解けて中に入り、もう片方は信じていたものが空だったと知る。輝きに背中を押されて走り出した側と、輝きに手を伸ばして裏切られた側が、丁寧に裏表で置かれている。
けじめのつけ方が、秋葉原のお百度参り
それでも都子は止まらない。何も考えられないけど、けじめはつけないと。無理はしない方が、と気遣われても引かない。この人の生真面目さは、ビオラに付け込まれた弱点そのものなのだが、立ち直る力もまた同じところから出てくる。
そこへ、あなたの考えることなんてお見通しです、と先回りされる場面が入る。ビオラに読まれていた人が、今度は味方に読まれている。同じ見透かされ方でも、向きが違えばこうなる。
私もやりたいように生きてやりますよ
出てくる答えが、なんかいいじゃん、私もやりたいように生きてやりますよ、その前にやるべきことをやります。そしてそのやるべきことが、秋葉原でのお百度参りだった。深刻な回の締めにこれを持ってくる呼吸が、この作品らしい。ネットの反応でも、ケジメがお百度参りである点がしっかり拾われていた。
まとめ、たのしかったで終わらせない回
改めて並べると、この回は過ぎたことの意味を読み直す話で一本通っている。解散は見捨てられたことではなく背中を押されたことだった。歌詞の外にいると思っていたら中にいた。信じていたものは利用でしかなかった。どれも、起きた出来事そのものは何も変わっていない。変わったのは受け取り方のほうだけである。
面白いのは、読み直しのきっかけがどれも他人の口から来ていることだ。解散の本当の意味は元メンバーから、資料は律から、けじめの先回りは仲間から。自分ひとりで考え続けた二年間では、どうしても届かなかったものばかりで、ずっと考えてたの、バカみたいじゃん、という冒頭の独白がここで効いてくる。
制作の布陣も目を引いた。公式のクレジットによれば、脚本はシリーズ最多となる五本目の登板で、絵コンテと演出はどちらも第1話からここまで一度も名前が出ていない二人。終盤に差しかかったこの回で、新しい手が二つ入っている。
最後に置かれたのは、まだ何も起きていない頃
そして本編の締めが、また回想に戻る。やば下校時間、また先生に睨まれる、いつかインタビューでネタにしよう、知られざるデビューまでの軌跡、エアドラマもね。ほら出るよ、またね。解散も、二年の沈黙も、まだ何一つ起きていない日の別れ際で終わる。
副題を過去形にしておいて、最後に置くのがまたねだというのが、この回のいちばんの仕掛けだと思う。たのしかった、で終わった関係が、その言葉のままもう一度動き出す。ビオラの狙いはまだ読めないままだが、少なくとも今回、彼女が崩そうとした二つの線は、どちらも切れずに残った。




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