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『岩元先輩ノ推薦』第9話の副題は「隙間男ト箱男」。「ト」で二つを並べた題は第4話以来の二本目で、脚本と演出の組み合わせまで同じだった。中身は箱男一家の回想で、兄の名は柩、弟の名は枢。木偏の一画しか違わない二文字が、そのまま二人の役割を先に言っている。そして副題の「箱男」が誰を指すのかは、一話のなかで三度も持ち主を変える。前回が追う側の捕獲作戦だったのに対し、今回は同じ相手を舞台の側から語り直している。




副題の「ト」は、第4話以来の二本目
公式サイトに載った第9話の副題は「隙間男ト箱男」。九本を並べると、「黒イ雪」「縁切リノ鎌」「蟲愛ヅル君」「屍人伝説ト瓦斯工場」「神殺シノ炎」「魔女ノ侵攻」「残響ノ廃音」と続き、前回の「通称・怪奇箱男」だけが中黒を使った現代寄りの書き方だった。第9話は片仮名の送りが戻ってきている。
二つを並べる副題は、九本のうち二本しかない
しかも「ト」で二つのものを並べた題は、第4話「屍人伝説ト瓦斯工場」とこの第9話だけだ。他の七本は一つの怪異か一つの現象を指している。並記の形になるのは、二つを突き合わせないと話が終わらない回ということになる。
そして公式の各話スタッフを見ると、この二本は脚本と演出の組み合わせまで同じだった。第4話も第9話も脚本が山田由香、演出が安東大瑛である。ついでに言うと前回の第8話も脚本は山田由香で、箱男編は二話続けて同じ書き手が担当している。
兄は柩、弟は枢。名前が先に答えを言っていた
柱から現れた少年は栖鳳中学二年生の山崎枢。前回まで名前も本名も出てこなかった箱男が、この回で弟から「柩兄さん」と呼ばれる。
一画違いの二文字
兄が柩、弟が枢。木偏の一画しか違わないのに、意味はまるで別のものを指している。柩は遺体を納める箱そのもので、枢は扉の軸、つまり開け閉めのための部品だ。箱に入る芸を継いだ兄と、隙間を通り抜ける弟。能力の差が名前の段階ですでに書き分けられている。
この命名が効いてくるのは終盤だが、先に言ってしまうと、兄の名は比喩ではなかった。柩という字が指しているのは芸ではなく、この人が最終的に何になったかのほうだった。
ついでに言えば、公式の弟の紹介文もはっきりしている。「箱男の弟で同じ性質の能力を持つが、隙間に侵入できるほどその力は強く空間を自在に移動できる」。つまり公式は放送前から、弟のほうが力は上だと書いていた。回想でこのあと起きることを考えると、この一文はかなり残酷な予告になっている。
公式に本名があるのは弟だけ
面白いのは、公式サイトのキャラクター一覧が今も兄を「箱男」としか書いていないことだ。紹介文は「通称・怪奇箱男」「箱を抱えて旅する男」から始まる。一方で弟は「山崎 枢」と本名で載っている。同じ一覧に兄弟が並んでいて、名前を持っているのは弟のほうなのである。
副題の並び順も「隙間男ト箱男」で、名前を持っている側が先に来ている。本編の中身を知ってから題を見直すと、この順番はかなり意図的に見える。
舞台から降ろされたのは兄で、降ろしたのは父だった
回想は幸せな一座の風景から始まる。弟は客席から兄を見上げて「兄さんみたいに僕もなりたい」と言い、兄は技術と血筋の話をしてやんわりいなす。ところがこの家族が壊れるきっかけを作ったのは、外からの災難ではなかった。
このとき兄が付け足した一言が、あとから刺さる。「そんな格子も抜けられず舞台を見ているようじゃ、どうかしらね」。客席と舞台を隔てる格子を指しての軽口だが、弟はやがて本当に格子を抜けられるようになる。兄が冗談で置いた条件を、弟がそっくり満たしてしまうわけだ。
小さい子が小さい箱に入っても芸にならない
みかん箱に収まってみせた弟に、父の返事は冷静だった。「これはね客商売なんだよ」。大きな体が小さな箱に収まるから客が驚くのであって、もともと小さい子どもが入っても見世物にならない。だから「舞台にはあげられないよ」。芸の理屈としてはまったく正しい。
ところが弟が隙間をすり抜ける能力を見せた途端、父の態度が変わる。「さすが私の息子だ」「今すぐお前のための舞台を作ろう」。そして同じ流れで兄に向かって年齢と客足の話を始める。弟が褒められた場面が、そのまま兄が降ろされる場面になっている。
弟はそのとき、兄をかばう側にいた
弟は喜ばない。兄の客足が落ちたのは歳のせいではなく、世間が彗星の話題で持ちきりだったからだ、と言い返している。第1話の公式あらすじが「1910年代」と時代を書いているので、目印としても筋が通る。
兄が父を心から慕っていたことも、この弟が証言している。箱に入れて持ち歩くなんて、そんなことをするのは無邪気すぎるくらい父を愛していた兄さんだけだ、と。兄を追い落とした側にいながら、兄を誰よりも高く評価しているのが弟という構図が、ここで固まる。
弟の善意は、三回とも裏目に出る
この回の悲劇は、誰も悪意で動いていないところにある。とくに弟のやることは、全部が兄のためで、全部が兄を追い詰める。
僕が箱男だ
誘いに来た相手の第一声は「噂に聞いた隙間男とは、君のことだね」「舞台を見させてもらったよ」だった。推薦の理由になったのは、父が弟のために作った舞台のほうである。弟の返事は早い。「勧誘ですか? いいですよ、行きましょう」。理由も「僕の才能を軍がほっとくわけないですよね」で、迷った様子がまるでない。
そのくせ寮を勧められると断り、「僕にはこのくらいで」と隙間に住みついてしまう。推薦を受けておいて、与えられた場所には入らない。公式紹介の「学園の隙間に入り込んで、岩元以外に姿を見せることはない」は、この場面から始まっていた。
そのうえで兄を逃がしにかかり、先輩にこう頼み込む。「僕を殺してください」「隙間男は学園の隅で死んだと報告してください」、そして「僕を箱男にしてください」「僕が箱男だ」。理由は「兄さんの技は何だってできる」からで、要するに自分が身代わりとして捕まれば兄は旅を続けられるという計算だ。
お前は何回私を殺すんだ
返ってきた一言が重い。「枢、お前は何回私を殺すんだ」。弟はこの回で三度、兄の居場所を奪っている。舞台を、名前を、そして最後にもう一つ。しかも三回とも動機は善意である。
兄の否定の仕方も丁寧だった。「お前じゃないんだよ」「違うんだ」「そういう意味じゃない」と三度言い換えたうえで、「父は私と旅をすることを選んだんだよ」と続ける。跡目を奪われたのでも押し付けられたのでもなく、選ばれた側だという言い分である。弟の返事は「うん、それはわかってる」で、分かったうえで止められないのが厄介なところだ。
弟の言い分も筋は通っている。「僕はそのために軍に入ったんじゃないか」「兄さんは国のために働くような人間じゃない」「求道者であり続けてほしい」。そのあとに続くのが「僕はただ兄さんと仲良くやりたかっただけなのに」で、この一行がこの回のいちばん痛いところだと思う。
箱男は、三人いた
全部が終わってからの岩元の総括が、この回の見出しになっている。「俺は勘違いをしていた。二人の箱男の話だと思っていた」「能力者は三人いたのだ」。
数の答えは、実は公式あらすじが先に書いていた。第9話の紹介文には「そんな三人家族に起こった悲劇とは一体何か」とある。家族の人数として読める書き方だが、本編を見たあとだと能力者の人数の予告としても正しい。前回の副題が「通称・怪奇箱男」と一人ぶんの通称だったことを思うと、数の増え方まで題と紹介文で管理されている。
究極の箱抜けは、人に入って人から出る
学園長室に残る資料が指すのは元祖の怪奇箱男、つまり父のほうだ。得意技は「地獄巡り、別名体内巡り」で、その中身は「赤子に戻り母の体を巡ること」。そして父自身が二人の息子に教えている。「究極の箱抜けってのはね、人に入って人から出る」。
前回、旅先で声をかけられた箱男の返事が引用されていた。「私は喪主なのです」「この人こそが箱男」「彼の生前の望みを叶えるために地獄巡りをしているのです」。抱えていた箱の中身が誰なのかは、その時点ですでに本人の口から明かされていたことになる。
兄は箱に入れられていたのではない
最後に弟がたどり着く一行が、名前の答え合わせになっている。「兄さんは箱に入れられていたんじゃなく、兄さんが箱だった」。人に入って人から出るのが究極の箱抜けなら、その芸を成立させるための箱は人でなければならない。柩という名は、役割の説明そのものだったわけだ。
公式の紹介文をもう一度読むと、書き方の狡さがよく分かる。「箱を抱えて旅する男」「箱に入った異臭を放つミイラを大事に抱えている」。抱えているほうが箱男だと読ませておいて、実際は抱えられているほうが箱男だった。副題の「箱男」が誰を指すのかが、一話のなかで三度も持ち主を変えている。
締めは、大道芸の口上だった
重い話が続いたあとで、この回はまったく別の温度で終わる。難解な箱からやっと抜け出した者が合流し、先に上がっていた面々と「先出てるなら僕を探せよ」「もちろん探しましたよ」と揉める。気持ちよさそうに寝ていたので起こさなかった、と言われて片づけられるあたりが実にこの作品らしい。
美しいから、で全部が通ってしまう
この作品が能力や技を評価するときの語は、強いでも珍しいでもなく「美しい」だ。元祖の紹介が「それは美しい男だった」で、完成した地獄巡りを見た者の言葉も「それはそれは美しい」。そして終盤、まだそこにいる理由を問われた答えが「美しいからだよ」「だから幸せだ」「この舞台はうまくいったんだ」である。
親子三人が全員そろって同じ物差しを使っている、という点でこの家族は最後まで一貫していた。壊れた原因も、和解できなかった理由も、その物差しが同じすぎたことにある。誰が悪いという話にならないのはそのためだ。
お代は見てのお帰りです
締めの一行は「お客さん、今日はありがとうございました」「お代は見てのお帰りです」。大道芸の口上そのままで、見た人が値打ちを決めて払ってくれ、という意味になる。
前回の副題が「通称・怪奇箱男」で、話の中身は追う側の捕獲作戦だった。第9話は同じ相手を、舞台の側から語り直している。怪異の調査報告として始まった話が、最後は一つの見世物として終わる。副題が「隙間男ト箱男」と二人を並べているのは、どちらの側から見るかで話がまるごと変わるからなのだと思う。




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