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第10話の副題は「不死魔王との謁見」。ドライン病の治療法はあっさり手に入るのに、そこから先がまるで進まない回である。アトーフェとのやり取りはほぼ全編が魔神語で、字幕もつかない。つまり視聴者は、魔神語が分かるルーデウスではなく、分からないザノバと同じ席に座らされる。そして断る理由をきちんと述べたことが、そのまま殴り合いの引き金になる。




願いを叶える魔王に、ようやく辿り着く
名前を覚えていない相手に、願いを叶えてもらう
第10話は、前回の引きの続きから始まる。褒美をやろうと言い出したキシリカは、しかしルーデウスの名前を覚えていない。人族のくせに気持ち悪い魔力を持つ男、という覚え方はしていて、名前だけが出てこない。そのうえで褒美の相手はお前ではないと言われてしまう。魔眼を授けた相手を覚えていないのに、褒美の順番だけは律儀に守る。この温度差が、この回に出てくる魔王たちの性格を先に示している。願いを言う権利を得たのはクリフのほうで、彼が口にするのは自分のためのものではない。
治療法は、拍子抜けするほどあっさり出る
ドライン病の治療法を聞くと、キシリカはあっさり答える。ある草を茶にして飲むだけでいい、という。八話ぶん重ねてきた問題が、一問一答で片づいてしまう。ただしその草が採れた渓谷は、過去の大戦で大陸に大穴が開いて消滅したと続く。もう存在しないのかと落胆させてから、やらないと思ったか、と種明かしをする。与える側が一度取り上げてみせるという、この魔王らしい渡し方だ。そしてその直後に、城の外から追っ手が現れる。
キシリカの表情の振れ幅そのものも、放送直後によく話題に上がっていた。
「褒美は受け取らないように」という、理由を言わない忠告
忠告は、ちゃんとされていた
親衛隊に連れられて城へ向かう途中、老兵から一つだけ念を押される。アトーフェとの謁見の際、褒美は受け取らないようにしてほしい。受け取る流れになってしまった場合、我々にはどうすることもできない。これだけ言われて、理由は一切説明されない。ルーデウスも分かりましたと素直に頷く。実際、キシリカを引き渡しておいて何かをもらうつもりもない。忠告は届いていたのに、意味だけが伝わっていない。この回の全部が、この形をしている。
褒美の正体は、死ぬまでの契約だった
後で分かる褒美の中身は、親衛隊への勧誘である。ただしそれは名誉の話ではなく、契約を交わす話だ。敗北すれば気絶させられた上で無理やり契約させられ、以後その命に二度と逆らえなくなる。期間は死ぬまで。褒美という単語がここまで別物を指すのなら、たしかに事前に説明しづらい。そして説明されなかったせいで、ルーデウスは断る理由を丁寧に述べてしまう。理由を述べるという行為そのものが、この相手には通じないのだが、それを知る手立ては先になかった。
副題は「謁見」なのに、言葉がまるで通じない
視聴者は、ザノバと同じ席に座らされる
二時間待たされて現れたアトーフェとのやり取りは、ほぼ全編が魔神語で進む。字幕もつかないので、何を言っているのかは分からないまま、声の大きさと表情だけが伝わってくる。ここが上手い。ルーデウスは魔神語を解するが、ザノバは分からない。そして画面のこちら側にいる視聴者も分からない。つまり私たちは、ルーデウスではなくザノバと同じ席に座らされている。何を言われているのか分からないまま、部屋の空気だけがみるみる悪くなっていくのを眺めることになる。
通じないのは、言語だけではない
やっかいなのは、通じない理由が言語だけではないことだ。ルーデウスは断る理由をきちんと言っている。それでも返ってくるのは、なぜ断るのかという問いだ。理由は言葉として届いていて、受け取られていない。案内役の老兵は人間語も話せるのに、当のアトーフェには通じない。キシリカがこいつは話の通じる相手ではないと言い切るのも、この段階では正しい観察だった。会いに行く場のことを謁見と呼ぶのなら、この回で謁見が成立している時間はほとんどない。
この理不尽さの伝わり方は、放送直後の反応にもそのまま出ていた。
話し合いが、そのまま殴り合いに変わる
前に出たのはザノバのほうだった
言葉が尽きたところで動くのは、言葉が分からなかったザノバである。師匠を守ろうとするあまり、つい手が出てしまいました、死んでしまいましたかな、という報告の仕方がおかしい。やり取りの中身を一つも理解していない人が、いちばん的確に事態を処理してしまった。返しが、いや死にはしないと思う、というのも軽い。相手が不死魔王だからである。この一往復だけで、直前まで張り詰めていた場面がまるごとギャグに転ぶ。
殴った側も、殴られた側も、話を続ける気がない
ここで注意したいのは、殴り合いになった原因がどちらか一方にはないことだ。ルーデウスは説明を尽くし、ザノバは主を守り、アトーフェは自分の誘いが断られた理由が分からない。誰も間違ったことをしていないのに、話し合いだけが成立しない。そして一度成立しなくなると、あとは力の話に移るしかない。副題が「謁見」で止まっているのは、たぶんそういうことなのだと思う。会いに行った、それだけは確かに起きた回なのだ。
契約で縛られた側が、契約させられそうな相手を逃がす
「命令が無ければ動きませぬ」
主を吹き飛ばされた親衛隊が、すぐに動かないのが面白い。彼らは命令がなければ動かない、ただし一度命令が下れば逃がさない、という立場を自分で説明する。指示待ちであることが、この場面では救いとして働いている。そのうえで代表者は、逃げなさい、とはっきり言う。城の地下に抜け穴があると場所まで教える。理由も明かされる。この五千年、彼らの王に勝てた者は二人しかいない。だから勝負にならない、と。
大半は好きでここにいて、そうでない者も多い
逃がす理由として添えられる一言が重い。ここにいる大半は好きでいるが、そうでない者も多い。つまり彼らの中には、まさに褒美を受け取ってしまった人がいる。契約で縛られた側が、これから契約させられそうな相手を逃がそうとしている。魔王の理不尽さを説明するのに、部下の口から言わせるのがいちばん効く。キシリカに言わせれば、この親切そのものも計算のうちらしいのだが、それでも助言の中身が嘘だったわけではない。
ルーデウスはこの回、一度も押し切れていない
先制した魔術が、そのまま弾かれる
逃走がうまくいかず戦闘になってからも、この回のルーデウスは終始押されている。役割分担は明快で、二人がアトーフェを抑え、その間にルーデウスが周囲の足を止める、という形だ。だが先制の一撃は剣一本で軌道を変えられる。八話ぶん積み上げてきた魔術が、初対面の相手に通じない。しかも相手は、今度はうまく受け流してやると宣言したうえで待ち構えている。強さの見せ方として、こういう相手はきつい。
この回の本当の壁は、王ではなく老兵だった
さらに厄介なのが、あの老兵である。範囲魔術で周囲を止めても、詠唱で解除されて立ち上がられる。逃げるクリフを追いかけるのも彼で、こちらが撃つたびに詠唱で対応してくる。魔王の強さは理不尽さで説明されるが、この老兵の強さは技量で説明される。視聴者の感想でも、王より先に彼の名前が挙がっているものが目立った。誰の目にも、この回の攻防の中心が誰と誰だったかがはっきり見えていたということだと思う。
見どころの数え上げ方も、おおむね同じところに落ち着いていた。
勝てないと分かってから、やることが変わる
目的は勝つことではなく、一人を走らせること
戦い方が切り替わるのは、勝てないと認めてからだ。草と栽培のメモを持つクリフだけを逃がせば、病人は助かる。ついでに救援も呼べる。四人で勝つ話から、一人を走らせる話に目的が置き換わる。走るのも立派な戦闘だ、という説得の言い回しがうまい。戦力にならない人に役目を与えて、しかもそれを軽く扱わない。ここで走る側に回ったクリフの必死さが、後半の見どころの一つになっている。
最後の一手は、自分ごと巻き込むものだった
追いつかれる寸前で切られる手札が、自分も味方も巻き込む一撃である。敵だけを狙う方法がもう残っていないから、全員が倒れる代わりに追跡を止める。視聴者の感想に、自分を犠牲にしてでも目的を果たそうとする覚悟だ、という受け取り方が出ていたのはこの場面のことだろう。結果として、この回でルーデウスが決めた手は一つもない。押し切られなかったのではなく、押し切れないまま時間を稼いだ、というのが正確なところだ。
助けに来たのは、友達の友達だった
中にもいたのかよ、から一転する
逃げ道の先から敵が出てきた瞬間の、中にもいたのかよ、という独白が絶望の底になる。ところがそこから出てきたのは味方だった。読みが外れたのはルーデウスだけではなく、先回りしていたアトーフェのほうも同じだったという構図がいい。自分の兵にその先を調べさせた結果、繋がっていた場所から本物が出てきてしまった。貴様の薄汚い兵の血で我が城が穢れた、という第一声で、この人がどこから来たのかが分かる。
「カールとの約束は守るさ。奴とは親友だからな」
ここで明かされる関係が効く。差し金かと詰め寄るアトーフェに返すのは、そやつらは友を救おうとして助力を願い出ただけだ、という説明である。そして盟約についてはこう答える。カールとの約束は守るさ、奴とは親友だからな。つまりこの二人を繋いでいるのも、当人同士の因縁ではなく、間に立つ一人の友人だった。この回に出てくる縁は、ほとんどが誰かの友達で繋がっている。病気の友を助けに来た一行、救援を頼まれた側、そして戦う二人の間にいる共通の親友。契約で人を集めようとしていたのが、アトーフェただ一人である。
なお、理不尽の権化として登場したはずのアトーフェに、放送後は別の評価も集まっていた。
まとめ、題は「謁見」で止まっている
召喚の詠唱に、原作との違いが出ている
決着をつける召喚の詠唱は、この回でいちばん格が上がる場面だ。忠義にのみ生きる龍の話から始まり、三番目に死んだ龍を名指しして門を開く。ここで面白いのは、二つの門を呼ぶ順番がアニメと原作で入れ替わっていることである。原作は後の門を開いて前の門を招くが、アニメは先に前の門を開き、後の門を招く形になっている。視聴者からもどちらが正しいのかという疑問が出ていた。台詞を丸ごと持ってきているように見えて、口に出したときの流れは作り直されているということなのだろう。
題は前の話のもので、中身は次の話まで進んでいる
最後に構成の話をしたい。この第10話の副題は、原作の話数タイトルをそのまま持ってきたものだ。第8話、第9話に続いて三回連続である。ところが今回、中身は題になった話を飛び越えて、その次の話の決着まで進んでいる。謁見が壊れ、決闘になり、助けが入るところまでが一話に収まっている。それでも題が「謁見」で止まっているのは、この回でいちばん重い出来事が、戦闘ではなく「会いに行って通じなかったこと」だからだと思う。強い相手に負けた回ではなく、話が通じない相手と会ってしまった回として見ると、締めの安堵の意味も変わってくる。




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