この記事の作品:
神器の名を偽り、自分の身柄を担保に金貨100枚を借り、金貨1枚の廃墟に商会を構える。孤児院に寄付し、売る数を絞って客のほうを選び、金庫の話をわざと聞かせる。第2話のエリーは、魔法をただの一度も使っていない。それでいてライバル商会が丸ごと1つ消え、本人はこれを「報復の第一歩」と呼んでいる。




馬車の中の嘘——「グリモア・ウィズドム」という神器は存在しない
王国を潰す。その利益は、すべて帝国に献上します
第2話は、前回の続きから始まる。エリザベートはユーティア帝国の大使ルーカス・レブリックに、亡命させてほしいと願い出ている。
そして亡命したあとどうするのか、と問われて、彼女はこう答える。この国を潰します。
もっとも、正面から戦いを挑む気はないと明言する。帝国と王国は仮想敵国同士。帝国を利用しようと考えてはいるが、道具のように使い捨てるつもりはない、と。
私は王国を潰す。その過程で手に入れる利益は、すべて帝国に献上いたします。いわばギブアンドテイクです。
報復に手を貸してくれ、ではない。報復の成果ごと買ってくれ、という持ちかけ方である。第2話のエリザベートは、最初の一言からもう交渉している。
ルーカスは、まず王国との国境に接する自分の領地へ来るよう促す。しばらく監視も付ける、と。結構ですわ、とエリザベートは応じる。断る理由がない。
記録する神器と、記録される機密
レブリック子爵領へ向かう馬車の中。あと少し遅ければルーカスでも簡単には出国できなかっただろう、とエリザベートが言う。ルーカスは察する。それはあなたの神器に関係が。
彼女は自らの神器を紹介する。名はグリモア・ウィズドム。手にした書籍や、見聞きした情報を記録する能力だという。
ルーカスは心配する。それでは軍事機密や古文書まで書き込まれてしまう。自分にそこまで話して大丈夫なのか、と。
エリザベートの答えは、亡命する身ですもの。信頼の証として手札を開いてみせた、という形になる。
ところが、これが嘘である。
グリモア・ウィズドムという魔導書など存在しない。彼女の本当の神器はグリモア・セブンス。七つの魔導書からなり、そのうちの一冊グリモア・ルシフェルの能力の一部を切り取って、それらしい名前で偽って伝えただけだ。
しかも恐ろしいのは、この嘘が今日ついたものではないことである。国王も、実の父ですら、その偽りを信じている。彼女はずっと前から、祖国の全員に対して手札を伏せ続けてきた。
そのうえで、ルーカスにこう言う。私を引き渡して得られる報奨金が霞んでしまうくらいの利益を、必ずもたらしてみせる、と。つまり彼女は、目の前の男が自分を売り飛ばせる立場にあることを、はっきり承知したうえで交渉している。
金貨100枚と、自分自身を担保にした魔法契約書
契約書は、借りる側が持参してきた
レブリック子爵領に到着し、商会経営の許可を取り付ける。王国で商会を経営していた実績があるので、ここは早い。
そしてエリザベートは、開始資金として金貨100枚を借りたいと申し出る。安い金額ではないな、とルーカスがこぼす。
問題は、彼女が自ら用意してきた魔法契約書のほうだ。書かれている条件はこうである。
借りた金は一年以内に倍にして返す。返せなかった場合、エリザベート自身を奴隷として売却する。その売却金、もしくは奴隷としての所有権を、ルーカスに渡す。
担保は、自分自身
正気ですか、とルーカスは言う。当然だ。金を貸す側が青くなる契約書を、借りる側が笑顔で持参している。
何の問題もありませんわ、とエリザベートは答える。一年後、このテーブルに溢れるほどの金貨を積み上げてみせましょう、と。
これは、自分の身柄を担保に差し出しているのではない。担保にしても絶対に取られないと確信しているから、いちばん重い担保を選んで相手を安心させているだけだ。順序が逆なのである。
金貨1枚の廃墟と、「本命は石鹸ではない」
これってもはや廃墟ですよ
場面は変わって、商会用に手に入れた建物。侍女のミレイに言わせれば、これってもはや廃墟ですよ、である。お嬢様にふさわしい屋敷ではないと言いかけたところで、エリザベートが遮る。
金貨1枚で手に入れたのだから、こんなものでしょう。金貨100枚のうち、拠点に払ったのはたった1枚。見栄えに使う金は1枚たりとも無い。
そして、ミレイの「お嬢様」という呼び方が気に入らない。ここから先、自分はエリー・レイスと名乗ることにする。公爵令嬢の看板を、自分から下ろす。
石鹸は、あくまで足掛かり
こうしてトレートル商会が動き出す。ミレイはすでに街の情報を集め終えており、有力貴族はほぼつかんでいる。この侍女、いきなり有能である。
ミレイは尋ねる。以前のように化粧品を中心に商売をするのか、と。エリーの答えは、いずれはね。
つまり、本命は化粧品なのだ。ただし貴族相手に化粧品を扱うには、まだ設備も人員も足りない。だから当面は石鹸を売る。
ミレイはもっともな疑問を口にする。石鹸では売り上げも知れているのでは、と。エリーは、それでいいの、と即答する。
この石鹸はあくまで足掛かり。これをもとに商会の規模を大きくしていく。そのためにミレイに街を調べさせたのであり、これから何人かの人物に接触する必要がある。
石鹸を売りに来たのではない。石鹸で足場を作りに来たのである。
礼拝堂への寄付と、「子供たちは未来の顧客」
孤児院と、資金難を嘆く司祭
エリーが向かった先は、リブリス教の礼拝堂だった。商売の成功と安全を神に願いたい。そういう、いかにも自然な口実で中へ入る。
礼拝堂の隣では、身寄りのない子供たちを育てているという。司祭は資金難を嘆く。領主の支援はあるが、運営は良い状態とは言えない。
それを知った子供たちは、運営費の足しになればと、街の草むしりや兵舎の草むしりを手伝っているのだという。私が不甲斐ないばかりに、と司祭はうつむく。
エリーは、司祭の気持ちはきっと子供たちに伝わっていると告げ、金貨を差し出す。さすがにこんな大金は受け取れない、と司祭は固辞しかける。
「子供たちは、未来の顧客となる財産」
ここでエリーが口にした理屈が、この回の性格をよく表している。
私たち商人にとって、顧客となる人々は何より大切です。そして子供たちは、未来の顧客となる財産。その子供たちを育む司祭様方を支援するのは、商人として当然のことですわ。
善意ではない、と本人が言っているのだ。しかも、言っていることは嘘ではない。だから司祭は感謝するしかない。
そして寄付の直後、エリーはなぜか悪い顔をしている。この時点で視聴者には、まだその意味が分からない。
なお、この寄付は一度きりではない。数か月後にも「いつものように」リブリス教の司祭と、他の福祉施設へ寄付が続く。布石は、習慣の顔をして積まれていく。
売らない、客を選ぶ、そして少しだけ高く
販売数を絞り、顧客を選ぶ
ミレイが戻ってくる。予定していた人物との接触は完了。石鹸のほうも抜かりなく、貴族の家に勤めるメイドたちに試供品として配った、と。
上流の口コミを、最初から狙って押さえにいっている。
そしてエリーが出した販売方針が、この回でいちばん重要な一手だ。販売数を抑えること。売る相手を慎重に選ぶこと。そして値段は、既存の石鹸より少しだけ高くすること。
ミレイは戸惑う。あの品質なら、もっと高額でも売れるのでは、と。
エリーは繰り返す。言ったでしょう、これはあくまで足掛かりだと。狙いはトレートル商会のブランド化と、有力な顧客との関係強化。石鹸といえばトレートル商会、という認識を人々に植え付けること。
ここからが報復の第一歩よ。
儲けるためではない。値段も、数量も、客の顔ぶれも、全部そのために設計されている。
3か月後、化粧水も乳液も予約でいっぱい
石鹸の販売開始から3か月。売上は順調に伸びている。
追加した化粧水、乳液、洗顔剤は、どれも注文枠いっぱいまで予約が入っている。噂を聞いた客からの購入希望も届いている。宣言どおり、石鹸から化粧品へ、きっちり橋が架かっている。
それでもエリーは緩めない。新規の顧客は身辺を調べ、問題がなければ少数だけ販売する。売ってくださいと言ってきた相手を、審査している。
そして、いつものように寄付を続けさせる。
大衆食堂で、金庫の話を「聞かせる」
製法の保管場所を、わざわざ口に出す
今日は外で食べましょう、とエリーが言い出す。二人は大衆食堂へ向かう。
話題は競合のガザル商会。今のところ目立った動きはない、とミレイは報告する。エリーは、引き続き警戒だけはしておいてと返し、こう付け加える。
特に石鹸の製法の流出には気をつけて。今の私たちにとって、あの石鹸は生命線だから。
ミレイは答える。心得ております。製法は商会の金庫で、厳重に保管しております。
この会話が、近くの席に座っていた男に聞かれている。
ガザル会長は、エリーの手口を正確に理解していた
場面はガザル商会へ。会長が荒れている。あのいまいましい小娘どもが、と。
部下はなだめようとする。相手は規模も小さく、開店してたかだか3か月の新参。売上が落ちたといっても化粧品だけで、大したことはない、と。
会長は一喝する。愚か者、と。そして自分の口で、エリーの戦略を正確に解説してみせる。
奴らは意図的に販売数を絞り、顧客を選んでいる。締め出したのは面倒な客ばかりだ。その連中が今度はこちらへ来て、これまで使っていた石鹸に文句をつけ、トレートル商会製の石鹸を入手しろと言ってくる。
しかも奴らが選んだ顧客は、社交界で発言力を持つ有力者が多い。トレートル商会に手を出せば、その有力者たちを敵に回してしまいかねん。
つまりガザル会長は、手を出したら終わることを、正しく理解している。理解したうえで、この直後に手を出す。
そこへグランツが現れる。大した仕事もせずに金の無心に来る、常連の男だ。だが今日は情報を持っている。例の石鹸の製法は、商会の金庫にある。下町の食堂で、トレートル商会の女たちが話していた、と。
製法さえ手に入れば、同じ石鹸が作れる。トレートル商会はすでにブランドとして認知されている。ならば裏ルートで入手したことにして売れば、相手の数倍の値で捌ける。会長の頭の中で、そろばんが弾ける。
この件は忘れろ、と会長はグランツを追い返す。少ない報酬を握らせて。
見てろよ素人の小娘ども。商売とはこうやるのだ。勝ったつもりでいる。
指名手配——実の父が、率先して娘を逆賊にした
あのクソアマが、正式に婚約者となる
トレートル商会に、ミレイの情報網から定時連絡が入る。
どうやらあのクソアマ……失礼しました。そう言い直すあたりに、この侍女の忠誠がにじむ。ロックハート男爵令嬢が、正式に王太子の婚約者として認められたという。
そしてもうひとつ。エリーは、国家反逆罪を企てたとして指名手配されていた。
「塵も残さず、完膚なきまでに」
エリーは即座に見抜く。レイストン公爵の差し金でしょうね。
レイストン公爵とは、彼女の実の父である。しかも公爵は、率先して娘の罪を追及したのだという。
フリードの戯れ事を正式に認めることで、王家の威信を守った。そういうことね。婚約破棄という王太子の愚行を「正しかったこと」にするために、娘を逆賊に仕立て直した。父はその筆頭に立った。
ここで、エリーの内心が漏れる。私の怒りは、奴らを蹂躙することになる。塵も残さず、完膚なきまでに。
第2話で唯一、ブチ切れ令嬢がブチ切れている場面である。逆に言えば、あとの25分は全部、笑顔のまま処理している。そのほうがよほど怖い。
毒性の石鹸と、法務部の捜査官
あなたの身柄を拘束いたします
扉を叩く音。入ってきたのは、アルテ・ヒルガディエと名乗る女性だった。商業ギルド所属商会の犯罪を取り締まる、法務部の捜査官である。
トレートル商会 商会長 エリー・レイス、あなたの身柄を拘束いたします。指名手配の直後に、これである。
容疑は、毒性のある石鹸の販売。使用後に肌のひどいただれや火傷が出たという証言が上がっている。
ところが本部での調査は、すぐに行き詰まる。トレートル商会の石鹸には、毒性も危険性も認められない。被害者たちに販売した記録も無い。そして取引先からは、被害報告が一件も出ていない。
顧客を選び抜いていたから、被害者名簿と顧客名簿が噛み合わないのだ。数を絞って客を選ぶという第2話序盤の一手が、そのまま身の証を立てる盾になっている。
レシピは、二つに分けています
エリーは、問題の石鹸を見せてほしいと申し出る。そして一目見るなり言う。随分と仕上がりが半端ですね、と。
色も見た目も自分たちの石鹸に似ている。だが作りが雑だ。何者かが製法を盗み見て作ったものかもしれない。
そして、打ち明ける。石鹸のレシピは、商会の生命線。だから二つに分けてある。ひとつは商会の金庫に。もうひとつは、自分が肌身離さず持ち歩くペンダントの中に。
金庫のレシピだけで作った場合、その石鹸には毒性がある。手元のレシピで無毒化しなければ、売り物にはならない。
つまり犯人は、盗んだ瞬間に毒を作り始める。あとは被害者から石鹸の入手ルートを洗えばいい。おそらく犯人は、トレートル商会を騙って売っているはずだから。
捜査官は謝罪する。エリーは応じる。いいえ、悪いのは、こんな粗悪品を作り出した犯人ですわ。
食堂での会話は、盗み聞きされたのではない。聞かせていたのだ。金庫は、金庫の形をした罠だった。
「贖罪を命じます」——ガザル商会、丸ごといただきます
「リブリス教の神官でも連れてくるんだな」
ガザル商会。会長がうろたえている。あの石鹸は、金庫から盗ませたレシピをそのまま真似たはず。なのに、なぜだ。まさか、偽物のレシピを掴まされた……。
そこへギルドの法務部が踏み込む。ガザル・ジャックマン。毒性の石鹸の販売、そしてトレートル商会への不法侵入および窃盗について、話を伺いたい。
そう、彼は金庫を破らせている。グランツは場所を教えただけで、盗みに入ったのはガザル商会のほうだ。
取り調べ室に、エリーが現れる。この度の件、あなたが私どもの商会の名を傷つけたことに対して、慰謝料を請求いたしますわ。
ガザルは開き直る。罪は認めよう。だが金を払うつもりはない。ギルドに賠償金の支払いを強制執行する権限はない、と。
金を払わせたかったら、リブリス教の神官でも連れてくるんだな。もっとも、小娘の些細な事件程度じゃ、到底無理だろうがね。
そうでしょうか、とエリーが言う。
そこへ、ルイス司祭が現れる
扉が開く。リブリス教のルイス司祭が、そこに立っている。
口を慎みなさい、罪人よ。エリー殿は真に敬虔な神の信徒。その名誉を不当に傷つけるなど、神がお許しになることはありません。
ガザル・ジャックマン。神の名において、エリー殿への贖罪を命じます。
礼拝堂への寄付は、ここに繋がっていた。孤児院の資金難を救ったあの金貨も、その後「いつものように」続けられた寄付も、すべては教会の権威を、この取り調べ室まで呼び出すためのものだった。寄付の直後にエリーが浮かべた悪い顔の意味が、ようやく分かる。
神官に命じられれば、資産の強制徴収も可能ですわね。エリーはそう確認したうえで、告げる。
それでは、ガザル商会の経営権および個人資産。加えて商会の従業員、施設、資材、その他一切を、慰謝料として要求いたしますわ。
どうやら、あなたの命運もここまでですわね。
恐ろしいのは、この回で魔法を一度も使っていないこと
第2話でエリーが振るったのは、頭の良さというより、狡猾さだった。
孤児院に寄付をする。売る数を絞って客を選ぶ。金庫の話を聞かせる。レシピを割っておく。どれも単体では、善行か、慎重さか、ただの用心にしか見えない。それが最後の一室で一本の線になり、商会をひとつ丸ごと飲み込んでしまう。
商会を立ち上げたその時点で、ガザル商会陥落までの道筋がすでに引かれていたのではないか。そう疑いたくなる組み立てだ。恐ろしい子である。
しかも本人は、これを報復の第一歩と呼んでいる。祖国はまだ、指名手配の書類を回しているだけだ。

















コメント