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雪の降りしきる東部戦線。届く支給品は弾薬ばかりで、靴下すら手に入らない。補給が逼迫するなか、ターニャは連邦兵の異様な戦意の源を探るため自ら尋問室へ向かう。そこで捕虜が放った「誰が祖国を思わざる者か」という一言が、帝国の戦い方を大きく変えていく第2話だ




靴下すら届かない冬の東部戦線
弾薬ばかりの支給品
雪の降りしきる東部戦線から第2話は始まる。ターニャとヴィーシャが軍の支給品を確認する場面だ。届いたのは弾薬ばかりで、日用品がまるで足りない。「靴下だけでも欲しかったのですが」とこぼすヴィーシャに、ターニャは「参謀本部直属の我々ですらこの程度か。東部全体の状況は推して知るべしだな」と応じる。
冒頭のわずかなやりとりだけで、帝国の台所事情が透けて見える。参謀本部直属の精鋭にすら靴下が回らない。この補給の逼迫が、今回の話全体を貫く土台になっている。
バーの蓄音機と二人の老参謀
場面は変わって、どこかの静かなバー。ルーデルドルフとゼートゥーアが落ち合う。蓄音機にかけられたのは、廃盤になったはずのレコード。流れてきたのは懐かしきラウドン連隊長の歌声で、二人は30年余り前の若き軍隊時代を思い返す。起床ラッパの代わりどころか、飯の時も風呂の時も便所の時も聞かされたという地獄の日々。「貴様と一緒でなければ無理だったよ」「それはお互い様だ」と語り合う姿は、戦況の重さとは対照的に穏やかだ。
だが懐旧はすぐに終わる。ゼートゥーアの見立ては厳しい。冬が来るのが早すぎたため、早期の敵野戦軍殲滅はもはや不可能。戦線を再編すべきだと言う。それでも問題は冬の後で、再攻勢を前提とするしかない。帝国はかろうじて自給できているにすぎず、その間も血は流れ続けている。二人の老友の静かな会話が、帝国の出口のない現状を淡々と突きつけていた。
敵陣営も動く。連合王国と連邦の思惑
ロンディニウムの会議と義勇軍という切り札
舞台は連合王国の首都ロンディニウムへ。会議では、連邦軍が粛清されていた魔導師たちを復帰させつつあるものの、数的優勢を生かせる状況にはないことが報告される。そこで持ち上がるのが、例の義勇軍部隊の活用だ。連邦との協調を示しながら、諜報活動と同様の情報も得られる。連合王国らしい抜け目のない一手である。
「妖精さん」に執着するロリヤ
一方の連邦側。内務人民委員の同志ロリヤにとっても、義勇軍への派兵は渡りに船だった。連合王国を敵に回すより、味方として活用したい。これからはイメージ戦略も必要となる。幸い連邦は「帝国という世界の敵」と戦っているのだから、連邦の善良性を広く示す好機だ、という理屈である。派遣する担当者には党に忠実な理想主義者を、魔導師には人格者を、と人選まで指定する周到ぶりだ。
だがロリヤの本音は別のところにある。例の部隊があの「妖精さん」を目撃したというのだ。「すぐに捕まえてあげるからね」。ターニャへの執着を隠しもしないこの男が、今期の最も不気味な脅威になりそうだ。
ドレイク中佐のもとへ、メアリー・スーの訴え
場面は多国籍義勇軍の大隊長、ウィリアム・ダグラス・ドレイク中佐のもとへ。「上層部もくだらん友情を押し付けてくれたものだ」とぼやく彼のところに、多国籍義勇軍付の連邦軍政治将校リリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカ中尉と、連邦魔導師のミケル大佐が到着する。自らを「政治将校という、しがない使いっ走り」と称するリリーヤに、ドレイクは「後ほど、しがないという連邦語を辞書で調べておきましょう」と返す。腹の探り合いはすでに始まっている。
3人が話しているところへ、建物からメアリー・スー中尉が出てきて割って入る。部隊の犠牲者がこの地に葬られているが、永眠の地は故郷であるべきだ、どうか祖国での埋葬を、という訴えだ。「祖国を思うことは、誰にとっても当たり前です!」と声を上げるメアリーに、リリーヤは「あなたのお気持ち、痛いほど分かります」と深く共感し、二人はその場で名前で呼び合う仲になる。
それを横目に交わされる、ドレイクとミケルのやりとりが可笑しい。「そちらの中尉殿も、手が早いですな」「実は、あれでもマシな部類でね」。連邦の政治将校としては、あり得ないくらい人当たりが良いのだという。「先が思いやられますな」というため息が、この混成部隊の前途を物語っている。
尋問室の一服。「誰が祖国を思わざる者か」
報告書の違和感とヴィーシャの聞き取り
ターニャの本部では、嫌がらせのような攻撃が日増しに酷くなっていた。ターニャ、ヴァイス、ヴィーシャの3人が頭を悩ませるのは、連邦兵の動機だ。なぜ連邦兵は揃いも揃って、無謀な攻勢に付き従うのか。憲兵隊の尋問結果はどれも似たようなもので、共産主義を信奉する定型文ばかり。「さすがはコミーだな」とターニャは吐き捨てる。部下に「本当に共産主義者がお嫌いですよね」と突っ込まれ、「前世からの信条だ」と返す小ネタも効いている。
ここで声を上げたのがヴィーシャだ。報告書はあまりに画一的で、偏見に満ちている気がする。そう感じた彼女は、自分でも捕虜数人から聞き取りを行っていた。一族が革命騒動で連邦から引き揚げてきた帝国系のヴィーシャは、生きた連邦語の話者でもある。その聞き取りによれば、政治委員を除く全員が共産主義に懐疑的、厳密には上層部への不支持を表明していた。最終報告書からは、そうした生の声が抜け落ちていたのだ。
タバコは吸わない、だが渡す
実態を確かめるべく、ターニャたちは自ら尋問室へ向かう。ここでのタバコのやりとりが面白い。「タバコをいただけませんかね」と求める捕虜に、ターニャは「私は航空魔導師だ。軍規で禁止されている。タバコは肺をダメにするからな」と口では断りながら、タバコそのものは差し出す。表向きは調書のための建前だろうが、実際は尋問を滑らかに進めるための小道具だ。捕虜も「では、火もお持ちでない?」と言葉遊びに付き合い、ヴァイス少佐が手慣れた様子で火を点ける。敵味方の垣根を越えた、妙に人間くさい間合いである。
コミュニストではなくナショナリストだった
そして核心の質問。あなたはなぜ戦うのか。捕虜の答えは「自分たちのためだ」「あんたらに勝てれば、俺たちの社会も少しは良くなるだろう」。共産主義を信じているからかと重ねて問えば、「あんたらと同じくらいには信じているよ」と皮肉が返ってくる。さらに捕虜は呆れたように言い放つ。「誰が祖国を思わざる者か?」。いやおうなしにだ、と。
故郷のために戦う、それに理由がいるのか。あの忌々しい党の連中も、俺たちが手柄を立てれば少しは言うことを聞くだろう。その言葉を聞いたターニャの顔が歪む。「クソったれ、道理で戦意が高すぎるわけだ」。帝国はコミュニストと戦っているつもりで、実はナショナリストと戦争を続けていた。これまでの反共宣伝は、敵に塩を送っていたも同然だったのだ。根っこの考え方がまるで違う敵の正体に、ターニャは衝撃とともに気づいてしまった。
銃弾より言葉を。ゼートゥーアの大芝居
「我々は殺しすぎました」
気づきを得たターニャは、参謀本部のゼートゥーアのもとへ向かう。開口一番、「端的に申し上げます、閣下。我々は殺しすぎました」。総力戦とは積み上げた死体で測るものだと思っていたが、と返すゼートゥーアに、ターニャは畳みかける。敵を銃弾ではなく言葉で減らせるのなら、言葉の方が安上がりです、と。
すでに野戦憲兵隊が反共の宣撫工作を行っているが、効果は出ていない。ならばイデオロギー攻撃などゴミ箱に捨ててください、とターニャは進言する。重要なのは理屈ではなく、大衆の感情。宣撫工作は敵意を削ぐものではなく、分断するものでなければならない。彼らは党への忠誠心からではなく、祖国を思う気持ちから銃を取っている。敵の精神的支柱はイデオロギーではなくナショナリズムなのだ。
では具体的にどうするか。統治に手を出せば軍事機構は疲弊して崩壊しかねない。必要なのは「業務を委託できる素晴らしき友人」。敵の敵は友という外交の格言どおり、東部の現占領地における民族評議会と手を取り合えば、東部のゲリラも抑えられる。これがターニャの描いた絵だ。
兵士たちの不安と「程なくして解消されよう」
一方、戦線の待機場では兵士たちが憂いを口にしていた。また補給車が襲撃を受けた。こうなったら水で腹を膨らませるしかない。兵士が不審死した、井戸に毒を入れられたという話まで飛び交う。占領地の住民との関係は、静かに、しかし確実に悪化している。
そこに現れたターニャは、接収地域では国際法に即した行動を厳守せよ、不意の事故が起きた場合も適切に処理せよと釘を刺す。この状況でも本国駐留中と同じ対応なのかと限界を訴える兵士たちに、彼女はこう言い残す。「不安は程なくして解消されよう」。すでに手は打ってある、というわけだ。
平和を歌い上げる大演説と民政移管
その答えが、連邦領内の帝国占領地域で明かされる。関係者が集まる中、壇上に立ったのはハンス・フォン・ゼートゥーア中将その人。演説はひたすら平和を強調する。帝国が望むものは平和。我々は祖国を守るべくして剣を取ったにすぎない。占領地域を併合する意図はなく、平和を回復した暁には武器を下ろし、愛すべき故郷へ戻ることを約束する、と。
白眉は、あの捕虜の言葉がそのまま演説に織り込まれていることだ。「誰が祖国を思わざる者でしょうか?誰が故郷を思わざる者でしょうか?」。敵の口から出た本音を、そっくり帝国の武器に変えてしまった。橋の上のホラティウスの如く共に歩むことを許してほしいと訴えかけ、ついには軍政区域の民政移管を宣言する。「良き友人たちの未来に、光あらんことを!」と締めくくるゼートゥーアの、なんとも悪い顔がたまらない。
「詐欺師もいいところだな」、そして慌てるロリヤ
この演説をラジオで聞いていたターニャの評がふるっている。「まったく、詐欺師もいいところだな。きっと地獄には、閣下の特等席が用意されているに違いない」。自分が持ち込んだ策とはいえ、ここまで堂々と演じきった上官への、これ以上ない称賛である。
慌てたのは連邦だ。ロリヤは血相を変えて報告する。帝国は民族主義者と握手を交わした。占領地域で臨時政府の樹立と民政移管の手続きを始めている。「世界の敵に、あの帝国に、友人ができたのです!」。イメージ戦略で先手を取ったつもりが、鮮やかに出し抜かれた格好だ。
コーヒー一杯の幸福と、忌々しいくるみ割り人形
「悪魔のように黒く、地獄のように熱く」
締めくくりはターニャのキャンプ地。ヴィーシャが補給品のリストにコーヒーがあったと報告すると、ターニャは「なに!?本当か!?」と目の色を変える。最低限の品だと聞いても「この際、贅沢は言わんとも」。靴下すら無かった冒頭からの落差もあって、ささやかな幸福が染みる場面だ。
ヴィーシャは「悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘いコーヒーを用意しますね」と胸を張る。戦場の真ん中で交わされる、この上なく穏やかなやりとりである。
友人と呼ぶのもおこがましい存在と、捨てたい人形
コーヒーを待つターニャは、今回の一件も優秀な副官のおかげだと柄にもなく振り返る。ライン戦線以来の付き合いで、もはや友人と呼ぶのもおこがましい。彼女の他に付き合いの長い存在といえば……と穏やかに浸りかけたところで、あのくるみ割り人形が目に入る。
途端に「捨てろ」と大騒ぎ。接収した民家にあったものだと部下は言うが、ターニャにとっては視界に入れたくもない代物らしい。しみじみした空気を一瞬で吹き飛ばすオチで、第2話は幕を閉じた。
バトルなしでこの密度。第2話の評判
言葉と感情が武器になる回
今回は派手な空戦が一度もない。それでも、捕虜の一言から敵の本質を見抜き、それを大演説にまで昇華させる流れは、下手な戦闘よりよほどスリリングだ。尋問室、参謀本部、演説会場と、言葉だけで戦況を動かしていく構成が光る。視聴者からも、ゲリラの止め方が目から鱗だった、話の内容が良い、といった声が上がっていた。
画面づくりへの好評も
オープニングからエンディングまで良い場面が多かったという感想も見られた。戦闘のない回でここまで楽しませるのは、脚本と画面の両方が仕事をしている証拠だろう。帝国の「友人づくり」が東部の戦況をどう変えていくのか、次回が楽しみだ。




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