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『追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する』第九話の副題は「夢の主(マスター)」。敵の名前ではなく、ダンジョンという場所そのものの正体を指した副題である。単独で追い詰められたエルマのもとへルーチェが引き返し、六分の一の賭けに出る。ところが一度目のダイススラストは四だった。絶望したエルマの横で、ルーチェが誰の指示も待たずに二度目を撃つ。そしてエルマは、自分もレベルとクラスでしか人を見てこなかった、と認めることになる。




夢の主、という副題は敵の呼び名ではない
公式サイトの章立てでは、第九話は「夢の主(マスター)」。これまでの副題を並べると、重騎士エルマ、脅威の猿蜘蛛、大規模依頼、存在進化、燻り狂う牙、道化師ルーチェ、成金ラーナ狩り、王の彷徨と続いてきた。敵の名前でも技の名前でもない、世界の仕組みを指した言い方はここが初めてである。
第六話でエルマが説明していた設定を思い出すと、この副題は急に重くなる。マジックワールドにおけるダンジョンとは、眠れる創造神アルザロスの見る悪夢である。正気を失った神が封じられ、その悪夢が現実に穴を開ける。ゆえに夢の穴である、という締め方だった。
つまりダンジョンマスターとは、その夢を主宰している存在ということになる。倒すべき相手の名前ではなく、いま自分たちが立っている場所の正体が副題になっている。実際この回の締めでも、マスターが倒されたことでダンジョンが消滅し、気づいたら外に立っている、という形で決着する。主が消えれば夢も消える、という理屈が最後まで通っている。
勝敗の行方は、ルーチェに託される
公式のあらすじも、この回の重心をはっきり示している。単独で立ち向かったエルマが猛攻の前に絶体絶命になり、危険を顧みずに戻ってきたルーチェとともに最後の賭けに出る。主語が途中で入れ替わる書き方になっている。
ゲーム知識で無双する、という題名の作品で、知識を持っている側が一度完全に手詰まりになるのがこの回である。知っていることが役に立たない場面をどう抜けるか。そこが今回の見どころで、答えは知識の外側から来る。
振り返りの映像を抜けてからも、この回は喋らない
冒頭のおよそ二分半には台詞がない。ルーチェと出会ってからのダンジョン探索を中心にした振り返りの映像が流れ、そこを抜けてオープニングが来る。本編の一言目が出るのはその後で、しかも始まってからも様子が変わらない。あと三発魔石を投擲しなければならない、マスターは自動回復が早い、という内心の計算がぽつりと入って、そのあと二分以上、言葉が一切ない時間が続く。
同じことが中盤にもう一度起きる。ブリキナイトを倒すのは無意味だ、という判断のあと、次に声が出るまで三分近く空く。決着のあとにも二分近い無言がある。二十四分の枠で、これだけ台詞のない時間を確保している回はそう多くない。
この作りは狙いとして筋が通っている。いつものエルマは戦いながら喋る主人公である。敵の防御力、ドロップ率、スキルの効果。数字で状況を整理してみせるのがこのシリーズの気持ちよさだった。その説明が止まっている時間の長さが、そのまま追い詰められ具合になっている。
説明がまた戻ってくるところで、流れが変わる
面白いのは、その無言がどこで終わるかである。ルーチェが合流して作戦の相談が始まった瞬間から、エルマの数字がまた回り出す。喋れる相手が戻ってきたから、思考が言葉になったという順番に見える。
ソロだった頃のエルマは、独白でぜんぶ処理していた。第六話で初めてパーティーメンバーができた瞬間だ、と噛み締めていた男が、いま一人になると計算そのものが止まる。仲間の効能が、戦力ではなく思考の速度で描かれている。
引き返させたのは、第六話の路地裏の台詞だった
では、なぜルーチェは戻ってきたのか。この回はそこに理屈をつけない代わりに、第六話の場面をそのまま流し直す。自分でばら撒いたものは自分で拾ってくれ、子供でもできる、ましてや地面にばらまいたものを餞別とは、笑わせる。台詞が一字も変えられずに再生される。
あれは、追放される側に立たされた少女の代わりに怒ってみせた場面だった。ルーチェ本人は何も言えず、拾おうとして止められただけである。そのとき代わりに言ってもらった言葉が、三話ぶんの時間を置いて効いてくる。
戻る理由を、本人には語らせない
回想を挟むだけで動機の説明を省く、というのは乱暴なやり方に見えて、この作品では正しい。ルーチェは自己評価が低く、期待されて失望されるくらいなら先に見限られたい、と言っていた人物だ。戻る理由を自分の言葉で語らせたら、たぶん嘘っぽくなる。他人の台詞を借りてくる形が、いちばん彼女らしい。
お前が必要なんだ、は二度目の台詞である
作戦を頼むときにエルマが言うのは、俺にもルーチェにも奴に届く遠距離スキルがないんだ、お前が必要なんだ、頼むルーチェ、という三つである。この真ん中の一言は、この作品で二度目になる。
一度目は第六話だった。サイコロで六が出ないと使えない攻撃スキルを見せて、これで見限ってもらったほうが楽だ、という顔をしたルーチェに、エルマは、大丈夫だ、お前が必要なんだ、と返した。あのときは勧誘の言葉で、しかも半分は理屈だった。彼女のスキルツリーの価値をエルマだけが見抜いていたからだ。
二度目のいまは、理屈ではなく事実である。本当に他に手がなく、彼女にしかできないことを頼んでいる。同じ言葉が、スカウトの口説き文句から命綱に変わっている。第六話を見ていた人ほど、ここで効くはずだ。
六分の一に、二人分の命を乗せる
作戦の中身は、この作品らしく数字で出てくる。ブリキナイトを倒しても意味はなく、持久戦では自動回復に押し切られる。だから本体を叩く。ダイススラストで貫いてくれ、六分の一、お前の幸運に賭けるしかない。エンブリオの装甲の数値と、以前ルーチェがそれより硬い相手を貫いた実績が並べられ、クリティカルなら本来の手順を飛ばして倒し切れる、という結論になる。
問題は届け方だ。エルマが無理やり距離を詰め、シールドバッシュでルーチェの体を宙へ弾き飛ばす。リスクが大きすぎる、二人とも命の保障は、と自分で言ってから提案している。それに対してルーチェが、他に手がないならそれに頼るしかありませんね、やります、私絶対に六を出してみせます、と乗る。
七回連続で外していた記憶が、同時に思い出される
この回でいちばん誠実なのは、賭けを決めた直後にエルマが弱気になるところだ。二匹目の成金ラーナ戦では、幸運の高いルーチェが七回連続で六を出し損ねていた。意味のない偏りだと分かってはいる、確率は収束する。それでも、と続く。
そして、こういう戦法を取るべきではなかった、と自分を責める。ゲームの知識で勝ってきた男が、確率という自分の武器そのものに怯えている。幸運の女神に祈るしかない、という独白まで出てくる。第七話で運を味方につけて成金ラーナを狩ったのと同じ人物とは思えない揺れ方だ。
祈りながら、祈りの外で手を動かす
この弱気があるから、直後の展開が生きる。エルマは、ルーチェが安全に着地できるようにブリキナイトを引き付けなければ、と自分の役目に戻る。祈ることと、祈りの外で手を動かすことを、同じ数秒で両方やっている。
一度目は四で、動いたのはルーチェのほうだった
賭けの結果は、いちばん残酷な形で出る。エルマが距離を詰め、シールドバッシュで宙へ運んだルーチェの一撃は、四。六分の一を外している。祈るしかない、と言っていた側の祈りが、そのまま届かなかった。ここでエルマの顔から力が抜ける。
ところがルーチェは止まらない。外れた直後、誰の指示も待たずに二度目へ移り、背後から入ったダイススラストで六が出る。クリティカルがエンブリオを貫いて決着する。同じ技を、同じ確率で、もう一度撃っただけである。
決着のあとの独白は、この順番をそのままなぞっている。一つ大きな間違いを犯していた、俺はルーチェの運にただ祈ることしかできなかった。だが、と続いて、ルーチェは天運に見放されても自力でその先の勝利をもぎ取ったのだ、と締める。天運に見放されたのが一度目の四で、その先の勝利をもぎ取ったというのが二度目のことだ。
試行をもう一回増やす、という単純な答え
この回でいちばん効いているのは、その答えを出したのがエルマではないことだ。彼は直前に、七回連続で六が出なかった記憶を引っ張り出し、確率は収束すると分かっていながら怯えていた。収束するという言い分は、試行を重ねて初めて意味を持つ。ところがその理屈を実際にやってみせたのは、ゲーム知識を持っている側ではなく道化師のほうだった。
しかも二度目は背後から入っている。ここまで、死角から攻撃してくれ、といった位置の指示はいつもエルマが出していた。ここではルーチェが自分で回り込む場所を選んでいる。運の話をしていたはずの回が、最後は判断の話で終わる。
運でもスキルでもない、と名指しで否定する
お前がいなかったら俺は死んでいた、本当にありがとう、というエルマの礼に、ルーチェは、自信がついた気がします、アイテムもたくさん手に入ったし、ダイススラストだって、と道具の話で受けようとする。そこにエルマの、いやそうじゃない、ルーチェだからだ、が来る。運でもスキルでもない、と名指しで否定している。
エルマが、自分を父親とクラインの隣に置く
そのあとに来る独白が、この回いちばんの踏み込みだ。クラインは惜しいことをしたな、と言ったすぐ後に、俺もこの世界ではレベルやクラスでばかり人を見てきた、と続ける。そして、そういう意味では父親やクラインと変わらない、ただ彼らと評価基準が違っただけだ、と言い切る。
追放ものの主人公が、自分を追放した父親と、仲間を追放した男の隣に、自分から並んでみせる。重騎士は最強だと知っていたのも、ルーチェのスキルツリーを見抜いたのも、結局は数値で人を測る目である。正しく測れていたから結果が違っただけで、やっていることは同じだった、という認め方だ。
言い直しの中身も具体的である。命がけの状況で意地を張った自分を助けるために戻ってきたこと。極限のなかの咄嗟の機転で状況を覆したこと。恩と義理に厚く、ここぞの場面で実力以上の力を発揮できる。これ以上に頼れる仲間がいるだろうか、まで来ると、さすがにルーチェのほうが照れてしまう。数値ではないところで人を評価する言葉を、この主人公が初めて持った回だと思う。
職業:人間、というエンディングの並び
この流れで本編が終わってエンディングに入ると、曲名が目に入る。Lv.1 職業:人間。加護の儀でクラスを授かる世界の話に、レベル一の人間という職業名を持ってくる主題歌が付いている。
エンディングでずっと流れていたはずのこの言葉が、第九話でようやく本編と噛み合う。クラスでもレベルでもない部分で人を見た、というのが今回の到達点だからだ。曲の側は最初からそう言っていた、という後追いの気づき方が気持ちいい。
称号の取得条件が、この二人の状況そのものだった
戦利品の見せ方もうまい。得られた称号の条件は、パーティーメンバー二名以下、推奨レベルの七割以下でマスターを討伐した証。効果はレベルが上の相手との戦闘時に攻撃力と素早さが上がる、というもので、エルマは、マジックワールドでは必須の称号だったからいつかは取るつもりでいた、こんな早い段階で手に入るとはな、と驚く。
つまりこの無茶な状況は、ゲーム側があらかじめ報酬を用意していた種類の無茶だった。二人しかいない、レベルが足りない、逃げ場がない。追い込まれた末の選択が、そのまま設計された取得条件と一致している。知識で先回りするのが持ち味の作品で、知識の外で踏んだ地雷が正解だった、という皮肉が効いている。
ドロップも派手で、ブリキナイトの剣は市場価値が高い代わりに、装備して歩くのはさすがに勇気がいる、と本人が言う見た目らしい。エンブリオが落としたのは、武器よりはるかにドロップ率の低いスキルブックで、しかも使い勝手のいい中級風魔法。この世界では貴族に押さえられていて市場価値が跳ね上がっている品なので、これこそ命を狙われる、と警戒しながら、例の店主のところで捌くしかない、と話が次へつながる。
目標だった値段が、ようやく射程に入る
第五話で提示された壁は、燻り狂う牙のスキルブックを買うための金額だった。取り置き料まで含めた額を稼ぎ切るには、依頼を何十周も回す必要がある、という計算になっていた。今回の探索でその見通しが一気に縮む。
ただし相手はあの店主である。あの欲深な婆さんが相手だ、一筋縄でいくだろうか、と本人も警戒している。剣で切り抜けた回のあとに、値段で切り抜ける回が来る。まずはダンジョン攻略の成果を祝おう、という空気で終わるのが、この二人らしくてよかった。




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