令和のダラさん

『令和のダラさん』第13話(最終回)「令和のダラさん」感想|取り戻した名前より、ダラさんと呼ばれることを選んだ コメディ

『令和のダラさん』第13話(最終回)「令和のダラさん」感想|取り戻した名前より、ダラさんと呼ばれることを選んだ

『令和のダラさん』第13話(最終回)「令和のダラさん」の感想です。身体を奪った姉の椿、髪の毛の入った人形と薫の棒、日向の神下ろし、「ダラさんと呼べ」の一言、カードゲームとプールの後日談、十郎太の時代の鈴の由来までを、一話の流れに沿って順に追います。
『令和のダラさん』第12話「年末年始の過ごし方」感想|術の板に残っていた名前は「木春」 コメディ

『令和のダラさん』第12話「年末年始の過ごし方」感想|術の板に残っていた名前は「木春」

『令和のダラさん』第12話「年末年始の過ごし方」の感想です。同人イベントの売り子、ダラさんハウスの大掃除、三日がかりの初詣、薫の風邪と行事ばかりが続いたあと、映画のために入った洞窟に残る術の板から、忘れられていたダラさんの名前「木春」が出てきます。
『令和のダラさん』第11話「禁断の肝試し」感想|祟り神は、恋の気配にも宿敵の正体にも気づかなかった コメディ

『令和のダラさん』第11話「禁断の肝試し」感想|祟り神は、恋の気配にも宿敵の正体にも気づかなかった

『令和のダラさん』第11話の感想と考察です。保健の先生が返した言葉の意味に最後まで気づかず、宿敵を子孫と見誤って礼まで言ってしまった祟り神。恋愛相談と肝試し、そして縁を血でつなぐ過去編という三つの話を、縁という一つの言葉でつなぎながら、読み解きます。
『令和のダラさん』第10話「二人だけの文化祭」感想|供物のセンスは母親ゆずりだった コメディ

『令和のダラさん』第10話「二人だけの文化祭」感想|供物のセンスは母親ゆずりだった

『令和のダラさん』第10話の感想です。十の怪のうち、副題に神も妖も出てこないのはこの回だけでした。薫が山で開く文化祭もクリスマスも、供えるものが全部俗っぽいのですが、締めのひとことで、それが母親と同じだったことが分かります。過去編の祈りも並べています。
『令和のダラさん』第9話「学校の七不思議」感想|五つ目だけが本物だった コメディ

『令和のダラさん』第9話「学校の七不思議」感想|五つ目だけが本物だった

毒島先生が語る学校の不思議はどれも職員室ばかりで、しかも数が足りません。ところが五つ目に出た花子さんの怪談だけが本物でした。後半は誰にも語られなかった死が居残る廃ビルへ。助けに来たのがダラさんではなく、感謝も別の相手へ流れていく第9話を振り返ります。
『令和のダラさん』第8話「奮闘のおろち」感想|狙いは霊力ではなかった コメディ

『令和のダラさん』第8話「奮闘のおろち」感想|狙いは霊力ではなかった

この記事の作品:令和のダラさん 周たちと三十木谷家での夏休みの宿題会。賑やかな日常に紛れて、ダラさんは妙な気配を感じ始めるんだ。深夜にはおろちが動き出し、薫の霊力を狙う事態へ。過去の記憶や妹巫女との封印、そして現代でダラさんとおろちの関係が
『令和のダラさん』第7話「在りし日の紙芝居」感想|忘れられたまま願いは通った コメディ

『令和のダラさん』第7話「在りし日の紙芝居」感想|忘れられたまま願いは通った

第7話のサブタイトルは第七怪「在りし日の紙芝居」。三十木谷家にやってきた巫女・佐恵子をきっかけに、ダラさんは平尋神社へ足を運ぶ。そこで祀られていたのはねじれた石で、しかもどこか懐かしい。そして薫にせがまれていた昔話を、ダラさんはついに自作の紙芝居で語り出す回だった。
『令和のダラさん』第6話「幻影の水神様」感想|縁は一人からでも張り直せる コメディ

『令和のダラさん』第6話「幻影の水神様」感想|縁は一人からでも張り直せる

第六怪は、妹御子が姉と父母に「同じ様」を返すところから始まる。そのまま薫がビームをねだる現代へ飛ぶ落差がこの作品の呼吸で、連休に訪れた海辺では廃れた神・ワタガメ様の伝承が待っていた。サブタイトルのとおり、そこにいたのは水神ではなく幻影だった、という回である。
『令和のダラさん』第5話「山守の系譜」感想|過去と現在が同じ模様を描いている コメディ

『令和のダラさん』第5話「山守の系譜」感想|過去と現在が同じ模様を描いている

日向の誕生日会に招かれたダラさんは、「家は住人の領域であり結界」と講義しつつも薫に押し切られ、脚を生やして三十木谷家へ。まさかの来客・美和さんを前に、ヤマダさんの嘘が滑らかに決まる。一方この回の裏面は苛烈だ。腕と足を落とされた妹御子の悲劇が屋跨斑誕生の入り口として描かれ、母の千夜がセーラー服姿で禁足地の神と問答した過去も明かされる。