この記事の作品:
黒箱の解錠を頼みに訪れた箱屋で、一行を迎えたのは店主ファルマと巨大な護衛犬シオンだった。失敗すれば街の一角が消滅するという代物を、彼女は解錠確率100パーセントで開けてみせる。手に入れた装備で見違えた一行は曙の野原の第三層へ進むが、そこで待っていたのは姿の見えない魔物。さらに、三層までしかないはずの迷宮に別の階層へ転移する石板が現れる。第5話「黒箱と若奥様の秘密」を振り返る。




「ようこそ、アルトゥールの箱屋へ」
大きな犬と、その飼い主
朝の段取りから始まる。「ではこの後はロイヤルスイートの内見と」「箱屋だな」…アリヒトの指示は明快だった。「俺たちは黒い箱を開けるために箱屋へ行く。エリーティアたちは引っ越しの手続きをしておいてくれ」「その後はみんなで曙の野原に行こう」。ちなみにミサキは朝から上機嫌で、「私もセレブに」と浮かれている。「すみません、ミサキちゃんずっとこんな調子で」と謝られるが、アリヒトの受け止めは「やる気が出たのはよかった」。この人の面倒見の良さは、こういう小さいところに出る。
箱屋を探して歩いていると、テレジアが警戒姿勢を取る。目の前に現れたのは巨大な犬だった。魔物かと身構えたところに声がかかる。「もしかしてアリヒト・アトベ様ですか」「ギルドからお話は伺っています」…そして名乗りが来る。「ようこそ、アルトゥールの箱屋へ」「私が黒い箱を開けさせていただきます」「ファルマ・アルトゥールです」「先ほどはシオンが驚かせてしまってごめんなさい」。大きな犬は魔物ではなく、この店の飼い犬だったのである。
シオンの正体も説明される。「あの子はシルバーハウンドという犬種で、もともとは探索者に同行する護衛犬だったんです」…そして続く一言が、この回の副題につながっていく。「へえ、今はお子さんたちの護衛をしてるんですか」「はい。プラムとエイクはいい子にして待っててね」。店主は若い女性で、しかも子供がいる。「若奥様」という言葉が題に入っている理由が、ここで静かに提示された。
失敗すれば、街の一角が消滅する
黒箱に触れたファルマの第一声が「久しぶりです、この感覚」だった。そして見立てを述べる。「これは年に一度出会うかもしれないですが、とても希少価値の高いものが入っている箱ですよ」…ここまでは景気のいい話である。
問題はそのあとだ。「でも箱の解錠に万が一失敗すると、強力な魔物が大量に召喚されたり、街の一角が消滅してしまったり、大きな災害が起こってしまいます」…第3話で「罠の解除ができる箱屋をギルドで紹介してもらってから開けるのが作法」と説明されていたが、その作法の重さがここで具体的な数字になった。素人が開けていたら、宿ごと消えていたかもしれないのである。
そのうえでの安心材料がこれだった。「ですがご安心ください。私は利口のピアスと極意のリングで、解錠確率を100パーセントに上げていますので」「確実に安全に開けられます」…装備で確率を100パーセントまで押し上げる、という理屈がいかにもこの作品らしい。公式の紹介によれば彼女の職業は『罠師』で、ギルドに技術を認められて箱屋という仕事をしている。演じているのは斎藤千和である。
解錠、そして人が変わる
迷路と、妙に熱の入った実況
「では早速ですが、箱を開けに行きましょうか」…そして口調が変わる。「じっくり丁寧に開けてあげますからね」。作業台に映し出されたのは意外なものだった。「これは…迷路のようなものですね」…箱が自ら作り出した防御装置で、「全ての弾を箱の中に入れなければ解錠できません」「もし迷路の壁に触れてしまうと大変なことになります」という条件つきである。
ここからのファルマが、この回いちばんの見せ場だった。「でも大丈夫です、私の手にかかれば」「あらあら」「ほら、通っちゃった」「もっと、もっと奥まで」「一気に届かせてあげる」「ゴールまで」…そして仕上げがこうだ。「いい子ね」「さあ、私たちに全部見せて」「開いちゃいなさい」。ネット上でも「何故かファルマさんの言葉遣いが」と困惑まじりの声が上がっていたが、これは演出の暴走ではない。公式のキャラクター紹介そのものに「おっとりとした性格だが解錠する際は人が変わったような言動になる」と書かれている。仕様である。
もっとも、この長い解錠パートには賛否があった。「箱を開けるのに迷路だなんだと、必要かそれみたいなのが多いです」「このお話全体の必要性が怪しいレベルで、これがサブタイトルになってるのとんでもないなあ」といった声も並んでいる。ただ、後半まで見ると印象は変わってくる。ここで手に入るものが、そのままBパートの答えになっているからだ。
「私の鑑定が終わってから装備してくださいね」
開いた箱の中身は、全員が言葉を失う量だった。「とんでもないな」「何かしら、これ」…見慣れない形の品が次々に出てくる。そこでファルマが釘を刺す。「呪われているものもあるかもしれませんから、私の鑑定が終わってから装備してくださいね」。
この一言で、箱屋という商売の輪郭がはっきりする。彼女の仕事は開けることだけではないのだ。開けた中身が安全かどうかを見極めるところまでが仕事で、だからこそギルドが技術を認めて紹介状を出している。第4話でエリーティアの愛剣が「呪い上等・鑑定なし」の集団から出たものだと語られていたことを思い出すと、この慎重さの意味が効いてくる。ネット上でも「箱開けてからアリヒトパーティは格段に強くなったな」と評されていたが、強くなれたのは安全に開けてもらえたからである。
装備が戦い方を変える
ルーンと、支援を強化する手袋
装備の品評会が始まる。まずアリヒトが着込んだ防具に、エリーティアが目を留めた。「ルーンをはめ込むスロットがついてるわね」「ルーン?」「ルーンは魔石の上位版みたいなものね」「ルーンをつけられる装備品は貴重だから、大事にするといいわ」…新しい強化の仕組みが、さらりと導入された。
アリヒト本人がいちばん喜んだのは手袋である。「その手袋は何ですか?」「ライトスティールチェイングラブ+1」「支援系の技能を強化する効果があるらしいから、俺の技能にも有効かもしれない」…前例のない職業である後衛にとって、支援系を伸ばす装備はそのまま戦力になる。五十嵐が身につけたのはライトスティールレディアーマー+3で、エリーティアの評価は「魔法防御の上がる効果も付与された優秀な防具ね」。ただし見た目には全員が引っかかった。「これだけ露出が激しいのに?」「露出が激しい分、軽量化されているのよ」「だとしても、全身を覆わなさすぎよ」「やっぱり見ちゃいますよね」…性能で説明がついてしまうのがずるい。
いい場面もあった。「スズナちゃん、このシルクサッシュ、体を隠すのに使わせてもらっていたけど、あなたは少しでも防御力を上げた方がいいから装備してみて」…譲られたスズナは「今受け取るのは申し訳ない気がしますけど、ありがとうございます」と受け取る。そしてこの流れで彼女の出自が明かされた。「神社の娘?」「はい。私、実家が神社で、神事のお手伝いをしていたんです」。巫女という職業が、転生前からの地続きだったわけである。この回のアイキャッチでは彼女のフルネームも示されていて、姓はシロミヤと表記されていた。
そして、この回の構成でいちばん唸らされる伏線がここに置かれる。「ねえねえエリーさん、こっちのは?」「それはカメレオンのブーツといって、周囲の風景に同化する機能を持っているわ」…ただの便利装備の説明として流れていく。
見えない敵の正体
曙の野原に戻り、まずは試し撃ちである。「ミサキ、武器を投げてみてくれ」「遅延ダメージが1増えてる」「これなら防御回復についても効果が期待できそうね」…テレジアの新しい武器も披露される。「ダブルアタックは2体同時に攻撃できる」「ウィンドスラッシュは攻撃後に敵を吹き飛ばす効果がある」。
その最中、スズナが妙なことを言い出す。「みなさんが淡く光っているように見えるのですが」…アリヒトには見えない。「俺にはよくわからないけど、スズナはそう感じ取れるのか」「はい、なんとなくですが」…そこで出た結論が「スズナは霊感がある」「みんなには見えないものが見えてるってことか」。この時点では小ネタに見えるが、これも後で効く。
三層に降りると景色が変わった。「同じ曙でも空の感じが変わったな」「それに木が増えてきたわね。最初はまばらだったのに」…そして警戒が入る。「遮蔽物が多いと敵が隠れてる可能性が高いから警戒しないと」。実際、戦闘が始まると異変が起きる。「なんだ、敵が見えない」「テレジアには見えない?」…そこで思い出されるのが、あの説明だった。「周囲の風景に同化する機能を持っているわ」…そして答えが出る。「カメレオンだ」。
Aパートで買い物の会話として流れた装備説明が、Bパートでそのまま敵の正体を割る鍵になっている。視聴者は答えをすでに聞かされていたわけで、この仕込み方は素直にうまい。対処も理詰めだった。姿は見えなくてもテレジアには気配が分かるので、「スズナ、テレジアの示す方向を狙ってくれ」。加えて五十嵐が動けなくなる場面もある。「凝視か」「さっき私はスタンさせられたってことね」「アトベ君が私のことを呼んでくれたら体が動くようになったけど」…アリヒトの新しい支援技能が、状態異常の解除にも効いていた。
士気と、士気解放
そこで思い出したように、アリヒトがスズナに尋ねる。「さっきみんなの体が光るって言ってたけど、今はどう見える?」「そうですね、私とミサキちゃんの輝きが強くなっています」…ライセンスを確認させると仕組みが判明した。「どうやらアリヒトの支援は、私たちの士気を上げてくれるようね」「何それ」「私たちの精神面の体力値」「貯めておけば軽い状態異常なら自力で解いたりもできるわ」。スズナの霊感は、この士気の高まりを光として見ていたのである。
さらに上がある。「士気解放っていうのは、その職業固有の強力な技能を発動するもの」…そして驚きが漏れる。「それにしても、この戦闘回数で限界まで士気が溜まるなんて」。後衛という職業の異常さが、また一段はっきりした形だ。
試してみたら、と促されて先に手を挙げたのはミサキだった。「何事もやってから後悔しろっておじいちゃんも言ってました」…相変わらず頼もしいのか危ういのか分からない。続いてスズナも「私もやってみていいですか」と申し出る。アリヒトの慎重さも出た。「戦闘用かどうかも分からないし、一回見せてもらっていいか」…そして発動する。「月詠の発動に成功」。直後にスズナは「ごめんなさい、ちょっと頭がぼーっとして」と少しふらついた。「あれが…私の士気解放の効果なんでしょうか」。
「黒箱と若奥様の秘密」まとめと考察
三層までしかないはずの迷宮に現れた石板
目の前に現れたものを、エリーティアが見咎める。「これは…別の階層に転移する石板ね」「以前、別の迷宮で使ったことがある」…ただし、あってはならないものだった。「でもおかしい。この曙の野原は、今私たちがいる3層までしかないはずなのに」。
ここからのやりとりが、このパーティーの現在地を示している。慎重論と好奇心の両方が同時に出る。「ここは慎重になるべき」「それとも、せっかくの発見をそのままにして引き返すのはもったいないと思う」…そしてエリーティアが名乗り出た。「すぐに転移して戻ってくれば危険はないわ。私が一人で行ってくる」。アリヒトは譲らない。「いや、俺が行く」「しばらくして戻らなかったら、相互に行き来できないと考えていい。その時は…」。
その先を、五十嵐が遮る。「何言ってるの、アトベ君。パーティーはみんなで生き残らないとダメでしょ」…続いてスズナが「テレジアさんは、アリヒトさんが行ったら後から転移すると思います」と代弁し、「もちろん、それは私も」「私もよ」と全員が続く。第3話でエリーティアが「もし私が逃げてと言ったら私を残して逃げて」と言っていたことを思えば、この場面は相当に遠くまで来ている。誰か一人が犠牲になる案が、その場で全員に却下されるのだ。
結局、全員で渡ることになる。アリヒトの指示は「ミサキと合流したら、すぐにリターンスクロールが使えるように心構えはしといてほしい」…ネット上でも「ミサキが誤って転移してしまいアリヒト達も行き無事合流」と整理されていたとおり、先に向こう側へ行ってしまった仲間を追う形になっている。そして最悪の確認が来た。「どうやらリターンスクロールは使えないよね」「ってことは…」「進むしかないな」。
それでもアリヒトは折れない。「なんか不気味」「強敵が出るかもしれない」という声に返したのが、「だが、俺がパーティーを守ればいいだけだ」だった。第1話から一貫している彼の立ち位置が、そのまま引きの台詞になっている。
この回は、Aパートの箱屋パートに「必要か」という声が出たのも分かる作りだった。実際、解錠の描写はかなり長い。だが並べ直してみると、Aパートで配られたものが全部Bパートの答えになっている。カメレオンのブーツの説明は姿の見えない敵の正体になり、支援系を強化する手袋は士気システムの発見につながり、スズナの霊感は士気の可視化という役割をもらった。「黒箱を開けただけの回」に見えて、実際にはこの先の戦い方の教科書を配った回である。副題が「黒箱と若奥様の秘密」であることも含めて、ファルマという一話限りに見えるゲストが、パーティーの伸びしろをまとめて手渡していったことになる。三層で終わるはずの迷宮に現れた石板の先で、その伸びしろがどこまで通用するのか。次回はそこが試されることになりそうだ。




関連作品:
















コメント