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第5話、エリーはまだ王国に手を出していない。動いたのは王国のほうである。「やはり武勲でしょう」と吹き込まれたフリードが支援内容を自分で修正すると言い出し、そして属国サージャス小王国が帝国へ宣戦布告した。侵攻ルートの先にあったのがトレートル商会の生産拠点の計画地で、しかも砦はたった一日で落ちる。エリーの答えは「決めた。戦場に行くわ」だった。




王太子妃候補と、八百長の武勇
「新たな王太子妃候補はシルビア・ロックハート嬢」
第5話は王国側から始まる。フリードが「今日も美しいよ」と口説いている相手が、シルビアだった。「この庭、いや、国中に咲く花すべてが束になってかかっても君には敵うまい」という、頭に何も入っていない台詞が続く。
その裏で、王と側近が現状を確認していた。「どうしてこうなったのだ」に対して返ってきたのが「仕方ありません。失踪したエリザベートは国家反逆罪で指名手配中。新たな王太子妃候補はシルビア・ロックハート嬢と決まったのです」。
救いは、滞っていた政務がロゼリアの尽力で解消し始めているという報告だった。「ならいっそロゼリアを妃候補に」という発想も出るが、彼女はすでに婚約している。しかもそれは、元々妃候補だった彼女へのはからいとして王自身が整えた婚約だという。
ひっくり返せば「エリザベートの件に端を発した王家の信用失墜に拍車をかけかねません」。一人いなくなっただけで、打てる手がここまで減っているという状況説明が、たった数十秒で済んでいるのが上手い。
「下手に勝ってしまうと、辺境の砦に飛ばされてしまうからな」
次の場面は騎士団の訓練場である。フリードが騎士を打ち負かし、「訓練が足りん。ハルドリア王国の騎士としての自覚を持て」と説教していた。
ところが本人が去った後の会話が全部ひっくり返す。「やれやれ、殿下にも困ったものだな」「わざと負けるのも、結構真剣を使うというのに」「下手に勝ってしまうと、辺境の砦に飛ばされてしまうからな」。
さらに「お父様譲りで筋は悪くないのだがな」「いくら才能があったとしても、努力せずに強くはなれんだろう」と続き、締めが「エリザベート様の半分でも努力すれば、少しはマシになるのだろうがな」だった。
この作品の王国パートは、フリードを直接けなさず、周囲の反応だけで無能さを積み上げていく作りになっている。本人が「何がエリザベートだ。奴は指名手配犯の反逆者だぞ」と憤るところまで含めて、一連の流れとして完成していた。
「やはり武勲でしょう」と吹き込んだ者
王妃教育を断る妃候補
シルビアのもとには、王妃教育の担当者が来ていた。「シルビア様には王妃教育を受けていただく必要があり、そのお願いに参ったのです」「すべてとは申しません、少しでも」。
それに対する答えが「そんなのやりたくないわ」である。そしてフリードが割って入って言うのが「シルビー、嫌なら無理にやる必要はないよ。君は俺のそばにいるだけでいいんだ」だった。
シルビアの側も止まらない。「城内の者がフリード様をないがしろに。何かといえばエリザベートが、エリザベートが」と焚きつけ、フリードは「奴はシルビーをいじめていた醜い女だ。だから追放したというのに」と応じる。
前話までは「王太子が無能」という一枚絵だったのが、ここで妃候補のほうが状況を悪化させているという構図に更新された。二人が互いを甘やかし合うので、誰も止められない。
行商人の一言
その場にいたのが、宝飾品を届けに来ていた行商人のクリスだった。「東国の宝飾品の他に、珍しい生地のスカーフや、他にも数点持ってまいりました」と品物を並べる立ち位置である。
シルビアの「あなたは王太子だというのに」を受けて、クリスが差し出したのが解決策だった。「ここはフリード様が王太子としての威厳を今一度示されてはいかがですか」「どうやってだ」に対して、「やはり武勲でしょう」。
理屈も添えられている。「民とは自分たちを守ってくれる強い為政者を求めるものです。戦で手柄を立てれば、誰も王太子をないがしろにはできなくなるのでは」。
ただし相手がいない。帝国とは不戦協定を結んでおり、「王国が直接帝国に攻め込むのは現実的ではありませんね」。そのときクリスが口にしたのが「属国ならばともかく」という一言だった。
そしてこの直後、フリードは支援について「いちいち支援などしてやる必要はないだろうが」と言い放ち、「支援内容を修正するぞ」「いや、これは俺がやる」「俺も少しは仕事をしなければな」と言い出す。何をどう修正したかは描かれない。
直後に起きるのが属国の宣戦布告なので、因果は明示されないまま並べて置かれている。ここを説明しきらないのが、この回のいちばん怖いところだった。
ロゼリア・ファドガル、王太子補佐官
「敬意とは敬われるに値するものに向けられるもの」
買い物中のフリードのもとへ乗り込んできたのがロゼリアである。「後にしろ、俺は今忙しい」に対する第一声が「誰が忙しいんですの」だった。
そこからが容赦ない。「誰か様が愚かなことをやらかしたせいで、皆が寝る間も惜しんで働いているというのに、行商人を呼びつけてお買い物だなんて。私でしたらそのような真似、恥ずかしくてとてもできませんわ」。
「不敬だぞ」と返されても止まらない。「不敬? 面白いことをおっしゃいますのね。敬意とは敬われるに値するものに向けられるもの。殿下はご自分が私に敬われるに値するとお思いですの?」。
「俺は王太子だぞ」には「つまらない男」「生まれしか誇るところがありませんのね」。「公爵令嬢の分際で」には「その公爵令嬢の力を借りなければ政務もままならない王太子様の分際で、何をおっしゃっていますの?」。
押し切れる理由も明かされる。「我が家はどこぞの公爵家のように、王家に尻尾を振り、腹を見せて喜ぶ犬ではありません」。フリード自身が内心で「ファドガル公爵家は王国の軍事を預かり、騎士団の規模は王家を上回る。敵に回せば厄介だ」と認めていた。
「エリザベートを過大評価していたのかしら」
ロゼリアが持参したのは書類の山だった。「あなたでもできそうな仕事をお持ちしました。サインさえ書ければ問題はありません」。
肩書きも明かされる。「ファドガル特例王太子補佐官とお呼びくださいな」。その由来が「無能な後継を補助するため、陛下がわざわざ用意された役職なんですから」で、父である王が息子をどう見ているかまで一行で示されてしまった。
そして去り際の独白がこの回の白眉だった。「にしても、あなた程度に貶められるなんて、私はエリザベートを過大評価していたのかしら」。
続けて「もしかして、あまりにも小物だったからエリザベートの視界に入っていなかったのかもしれないわね」「こんな男のためにエリザベートと張り合っていた自分がバカみたいですわ」。
ライバルだった相手を持ち上げることで、目の前の男を最大限に落としている。この回で唯一、エリザベートを正しく評価している人物が王国側に残っているという事実が、後々効いてきそうだ。
宣戦布告と、最悪の場所とタイミング
白旗宣言と、ルノアの初仕事
帝都側は順調に見えた。生産拠点はレブリック子爵領内の村に確保でき、「完成すれば化粧品に使う材料の栽培から加工まで一手に行います」という報告に「申し分ないわね」と応じている。
予定の確認も抜かりがない。午後はブレン商会の会長との会談で、これは競合相手である。「私たちと競合して売り上げが激減しているはずよ」と把握したうえで、会談の趣旨を「おそらくその逆。白旗宣言ね」と読み切っていた。
対応方針も即答である。「恭順するのなら傘下に加えるわ。そうでなければ、遺恨を残さないよう徹底的に潰してあげるしかないわね」。
夜の会食相手であるナッパ子爵については、支店設置の打診と読んで「今回はお断りするしかないわね」。理由は「今は帝都での足場を固めなければならない」だが、「後々は他の領地にも支店を置くつもりだから、良い関係性は保っておきたいわね」と先も見ている。
その会食に同行させるのがルノアだった。「いい機会だわ。少しずつ貴族への対応に慣れていきなさい」。断る相手との会食を教育の場に使うあたり、無駄がない。
ブロッケン渓谷の先にあるもの
そこへアルノーが飛び込んでくる。「ハルドリア王国の属国、サージャス小王国が帝国に宣戦布告しました」「軍を率いて、レブリック子爵領へ侵攻を開始しています」。
エリーの第一印象は不可解だった。「サージャス小王国は資源に乏しくて、主な産業は観光業の小さな国。そんな国が帝国に宣戦布告とは」。
地図を見て出てきたのが「場所とタイミングが最悪なの」である。サージャス小王国は帝国の南東にあり、間には深い森林と高い山脈があるため、攻め入るにはブロッケン渓谷を通るしかない。そして渓谷を抜けた先にあるのが、商会の生産拠点の計画地の村だった。
兵力の見積もりも冷静である。渓谷の砦の駐屯兵力はおよそ500から600、サージャス軍は1200から1500ほど。「それくらいなら、砦に籠城して防衛すれば数日は問題ないでしょう」。
宣戦布告の名目は「かつて帝国に奪われた領土を取り戻すため」。ただし実態は、20年ほど前に魔物の大発生から守りきれなかった村を帝国が保護し、その一部が併合されたという経緯だという。名目としてかなり苦しい。
ルーカスは1800の兵を率いて砦へ向かい、うち騎兵50を含む150を先行させていた。エリーの判断は「とりあえずは静観ね」。ただし「情報はこまめに集めておいて」と付け加え、最後に漏らしたのが「なぜかしら、嫌な予感がする」だった。
「決めた。戦場に行くわ」
一日で落ちた砦と、正体不明の一団
その予感は最短で当たる。「ブロッケン砦が落とされました」。籠城すれば数日はもつはずだった砦が、一日で陥ちた。
原因は「サージャス小王国軍に飛び抜けて練度の高い一団がいる」ことだった。「正規兵ではないの?」「まさか、傭兵団かと。ですが、名の知れた傭兵団の特徴とは一致しません」。エリーの見立ては「遠方から来たのか、新設の傭兵団ってところかしら」。
ルーカス側も先行部隊が敗走していた。ここでエリーが出した結論が「決めた。戦場に行くわ」である。「冒険者や傭兵を雇って、私が直接率いるわ」。
理由は感情ではなく計算だった。「たった一日で堅牢なブロッケン砦が落とされたのよ。ルーカス様の軍でも敗れかねないわ。そうなれば辺境一帯は混乱して、商会もタダでは済まない」。
ミレイの止め方も的確で、「戦地に向かえば、エリー様の居所も王国の知るところとなります」。それに対する答えが「承知の上」。そのうえで本音を明かす。「今回の紛争は何かおかしいわ」「サージャス小王国の国王は穏やかな方で、こんな暴挙に出る人ではない」「それを確かめるためにも、直接戦場に行くのよ」。
グリモア・マモンと、集まった冒険者たち
依頼を受けた冒険者ギルド側の反応も良かった。条件は「トレートル商会長の指揮下に入り、サージャス軍を排除。上級冒険者指定で、報酬は相場の倍以上」。ギルドマスターの感想が「わからねえな。なぜ、ただの商人が、リスクを冒して戦場へ向かう?」である。
それでも「敵を追い払ってくれるならありがたい話だ。ここは一つ、とびきりの奴らを用意させてもらおうか」と動いた。声がかかったのが、帝都でも指折りのパーティー「鋭き切っ先」のリーダー、エルザである。
エルザが即答した理由が「私の故郷が、紛争地域の近くなの」だった。「パーティーとしては、他のみんなの意見も聞いた上だが、私は参加する」に対して、仲間の反応は「みんなも来るさ」。
集まったのは「鋭き切っ先」「灼熱の拳」「我流の鱗」「僧侶傭兵団」「ガンドル傭兵団」。出発前の質問が「配給された食料だが、2日分とは少なすぎないだろうか」だった。
ここでエリーが開示したのが神器グリモア・マモンである。「セレクト、リリース」の号令で、「私の神器で、亜空間には現在100人が数ヶ月は生きていけるだけの物資を保管しています」。渡した2日分は、はぐれた場合の保険だという。
野営ではグリモア・ベルゼブブのストーンウォールで壁まで作ってみせた。「商会長にしておくのはもったいないな」と言われて「魔法を使える商会長くらい、どこにでもいますわ」と流すのも余裕がある。
そして返ってきたのが、この回でいちばん気の利いた台詞だった。「冒険者の言葉に、好奇心とは死神の名前である、というのがある」「冒険者が長く生きたければ、知りたがりは良くないってことさ」。エリーの返しは「金言ね」。
最後に村の偵察報告が入る。「武装集団に占拠されています」。村人の姿はほとんど見えず、引きずられていく者がおり、あちこちに血痕があるという。「民間人に危害を加えたりするのは、戦時国際法違反だぞ」「一部の部隊の暴走かしら」というやり取りを経て、エリーの判断は「救出に行きましょう」だった。
「冒険者集結」まとめと考察
復讐の引き金を、相手が自分で引いた
今回のサブタイトルは「冒険者集結」。実際、エリーが率いる部隊が組み上がるまでが後半の中身になっている。
ただ、この回でいちばん効いているのは構成のほうだった。エリーはまだ王国に何も仕掛けていない。それなのに王国側が勝手に自壊し、しかも属国を動かしてエリーの事業に突っ込んできている。
しかもエリーの動機は復讐ですらない。生産拠点の計画地が戦火に巻き込まれるという、純粋な事業リスクとして処理している。「商会もタダでは済まない」という言い方に、それがよく出ていた。
王国パートも、無能を叫ばせるのではなく積み上げる形になっていた。騎士たちの八百長、王妃教育を拒む妃候補、ロゼリアの補佐官就任。どれも「エリザベートがいれば起きなかったこと」として並んでいるのが上手い。
次に見るところ
まず、行商人クリスである。武勲という発想を持ち込み、「属国ならばともかく」と対象まで示唆した人物が、ただの商人であるとは考えにくい。フリードが「支援内容を修正する」と言い出したのも、この会話の直後だった。
次に、ブロッケン砦を一日で落とした練度の高い一団だ。「名の知れた傭兵団の特徴とは一致しません」という報告は、素性が伏せられていることの言い換えでもある。エリー自身が「今回の紛争は何かおかしい」と言っている以上、ここが核心になるはずだ。
三つめがエリーの居場所が王国に知られることである。ミレイが止めた理由がそのまま次の火種になる。指名手配中の反逆者が帝国の戦場に立てば、隠しようがない。
そしてロゼリアだ。今回はフリードを叩き潰す役だったが、彼女はエリザベートの実力を正しく理解している数少ない人物でもある。王国側で唯一まともに機能している頭脳が、今後どちらを向くのかは注目したい。

















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