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第5話で喜八がこぼしていた「なんか裏書きが適当だったんだよなぁ」の理由が、この回で明かされる。適当だったのではなく、兄が途中でやめていた。しかも弟には手助けが要らないと判断したからである。目録のノートそのものが恩師から兄への贈り物だったこと、健吾が四年間かかえていたもの、そして揃った瞬間に喜八が手放すと言い出す理由まで。第8話「兄の足跡」を読み解く。




副題「兄の足跡」の足跡は、二重になっている
第8話の副題は「兄の足跡」である。この題は素直に読むと、喜八が兄・清六の残したものをたどる回、という意味になる。ところが本編を見ると、たどられているのは兄の足跡だけではない。
兄がたどっていたのは、弟の足跡だった
戦場の回想で、清六は目録を開いて健吾にこう説明する。「弟が書いた二十世紀電氣目録だ」。目録を書いたのが清六ではなく子どもの頃の喜八だという事実を、清六本人の口から聞ける回である。第3話で洋輔が中身を見て「単なる子供の願望だ、落書きなんだよ」と激昂した、あの答え合わせがここで完了する。
しかも清六は、それを人に見せて回っていた。スチュワート先生も「セイロク君から電氣目録を見せてもらったことがあります」と言い、第17番の内容までそらで挙げてみせる。兄は弟のノートを持ち歩き、戦場でも恩師の前でも開いていた。副題の足跡は、兄が弟の書いたものを追いかけた跡でもある。
第17番を、恩師が覚えていた
スチュワート先生が挙げるのは第17番、衰えた人間の筋力を電氣で補う、という項目である。喜八の反応が「俺の書いたやつだ」。そして戦場の清六が健吾に読み上げるのも、まったく同じ第17番だった。同じ一行が、恩師の記憶と戦友の記憶の両方から出てくる。
清六が続けて挙げる第19番は、目や耳が不自由な人も電氣で感覚を取り戻す、というものだ。これに対する健吾の問いが「そんなものが実現できるのか?」で、清六は「できるぜ」と即答する。少年の空想として片づけなかった人間が、この時点で二人いたことになる。
目録の本そのものが、恩師から兄への贈り物だった
この回でいちばん静かに驚かされるのが、書庫が開いたあとの一言である。
白紙の一冊が、渡されていた
開いた書庫で喜八が気づくのは「目録と装丁が同じだ」ということだった。棚に並んでいるのは、清六が愛読していた電氣関係の蔵書である。そしてスチュワート先生が明かす。その中の何も書かれていない一冊を清六に贈り、そこから喜八が作り上げたのが電氣目録だった。
つまりあの本は、恩師から兄へ、兄から弟へと渡ってきた白紙のノートである。三人の手を経てできあがった一冊が、いま失われた後半分と同じ棚で再会する。開かずの書庫は、金庫ではなく、本が生まれた場所だった。
四年前、大津の学校で
スチュワート先生の説明はこうだ。「セイロク君は私の生徒でした」「もう4年ほど前になります」。大津の学校に英語教師として赴任して間もない頃で、清六の行動力に手を焼いていたという。そして清六も、この奥の書庫に入り浸っていた。
第7話で唐突に届いた「兄上の二十世紀電氣目録です」という手紙は、ここで出所まで説明される。先生に思い出させたのは、娘のケイトが持ち込んだ話だった。清六の弟が半分だけの目録を持っていると聞き、では残り半分はと考えたときに、健吾が閉じた書庫を思い出したという。第3話から仲間だったケイトが、いちばん大きな橋を架けている。
裏書きが適当だったのは、信じていたからだった
ここが今回いちばんの回収だと思う。第5話で喜八がぼやいていた一言が、まるごと意味を変える。
戦場で、兄は裏書きを書き足していた
回想の清六は、目録に何かを書き込んでいる。健吾に問われて答えるのが「今はその手助けのために、俺の考えを裏書きにしているところだ」だった。裏書きは、弟が実現するときの手助けとして書かれていた。第3話で灰をかけて浮かび上がった隠し文字も、第5話や第6話で喜八が読み解いてきた手がかりも、全部この時間に書かれたものだということになる。
「大して必要ないと思った」
ところが健吾は、書き上がったと聞いて目録をのぞき込み、こう言う。前と何も変わっていない、喜八の落書きだけだ、と。それに対する清六の答えが決定的だった。「あいつには俺の手助けなんて、大して必要ないと思ったな」。そして「問題ないさ」「あいつは何があっても、新しい時代を作り出せるやつなんだから」と続く。
第5話で電氣縁結びを組みながら、喜八は「なんか裏書きが適当だったんだよなぁ」とこぼしていた。適当だったのではなく、途中でやめていたのである。しかも理由が、弟には要らないと判断したからだ。手抜きに見えていたものが信頼だったと分かる回収は、そう簡単には書けない。あわせて、健吾の口から出た「落書き」という言葉が、第3話の洋輔の激昂とまったく同じ語であることにも気づかされる。同じ一冊を、落書きと呼んだ人間が二人、要らないほど信じた人間が一人いた。
目録が、二人の生死を分けたかもしれない
健吾がこの家に着いてから様子がおかしかった理由も、ここで全部説明される。
予備士官として、欧州の紛争に動員された
健吾の語りは「欧州で起きた紛争に、予備士官だった俺とセイロクも動員された時だ」から始まる。塹壕の中で二人が交わしていたのが、敵の国も味方の国も名前しか知らない、という会話と、パリに行ってみたいという夢だった。清六の理由が「電氣といえばパリ万博だ」「俺はパリで電氣の可能性を学びたいんだ」である。行き先の話をしていた人間が、そのまま突撃の号令に飲まれる。
返した先が、元あった場所だった
生きて帰った健吾には、本当に目録を渡すべき相手がいると分かっていた。それでも彼は喜八のところへ行かず、清六から聞いていた「目録がもともとあった場所」に返してしまう。理由が「君を責められるのが怖かった」だった。返却ではなく、忘れるための封印である。この家に着いてからの挙動不審も、第7話で稲子を連れ戻す役を引き受けたのに途中で降りたのも、同じ一点から出ていたことになる。
喜八の返事が、そのまま赦しになる
健吾を苦しめているのは、目録が二人の生死を分けたのではないか、という疑いである。そこに喜八が置く言葉が「兄ちゃんが目録を持ってたら助かったなんて、分かんないからな」だった。慰めではなく、事実として分からないと言っている。責めもしないし、赦しますとも言わない。分からないものを分からないままにするという返し方が、この作品らしい。
そのうえで喜八が言うのは「それよりも、兄ちゃんが電氣目録を大事にしてたって知らなかった」「俺のことが誇らしくて嬉しかった」という側だった。健吾が四年間かかえてきた話から、彼が受け取ったのは罪の話ではなく、兄が自分をどう見ていたかのほうである。
稲子は、唯一の逃げ道を自分で塞ぐ
同じ回で、稲子のほうにも取引が持ちかけられている。こちらは目立たないが、最後の一言に直結する場面だ。
目録を渡せば、結婚しなくていい
結納から逃げたことを咎められた稲子に、家の側から条件が示される。そこまで結婚が嫌なら一つだけ方法がある、というのだ。電氣目録を洋輔に渡せば、融資も続くし、結婚にもこだわらないという。しかもそれを稲子の口から喜八へ言えという段取りまでついている。
第6話で「わしはお前のためを思って言ってるんだ」と催し物への出演を禁じた家が、今度は逃げ道つきで同じことを言ってくる。稲子にとっては、望みが全部かなう条件である。酒蔵は残り、結婚はなくなり、杜氏になる道も残る。
それでも「絶対に渡せません」
稲子の返事は「そんなことできません」「あの目録は喜八さんの大事な夢なんです」「絶対に渡せません」だった。自分の人生が丸ごとかかった取引を、他人の夢を理由に蹴っている。第4話で「うちは喜八さんを信じてます」と言った人が、信じるという言葉の値段をここで払っている。
疑い深い少年が、信じる側に回っている
書庫の鍵を開けるくだりは、仕掛けの謎解きであると同時に、喜八の変化を測る場面になっている。
「何でも疑いの目で見てました」
水車小屋へ向かう道中、喜八が「稲子は会った時よりずいぶん変わった気がする」と言うと、稲子が返すのが「喜八さんだって変わりましたよ」「何でも疑いの目で見てました」である。変わったと言いに行った側が、変わったと言い返される。第7話で手紙を受け取ったときの「よく知らない大人から目録があるなんて言われて信じられるか」から、まだ数日しか経っていない。
「あのな、簡単に信じるなよ」
水門を開けたあと、自分ならゴミが詰まらないようにできた、と喜八が言う。稲子の「そうですね、喜八さんならできます」に返ってくるのが「あのな、簡単に信じるなよ」だった。かつて誰も信じなかった側が、無条件に信じられて照れている。この一往復だけで、二人の距離の変わり方が分かる。
そして技術の描写も丁寧だ。円盤に巻線を組み込んで電圧を上げた発電機を、喜八は「今までの発電機より洗練されている」と評する。水門は浮きが水位を測って開く仕組みで、電線は扉まで通っている。兄の残した仕掛けを解くのに必要だったのは、目録ではなく喜八自身の腕だった。ちなみに隠し扉を見つけたのは稲子のほうで、喜八の第一声は「でかした稲子」である。
まとめ|揃った瞬間に、手放すと言う
扉が開き、後半分が見つかり、「はい、揃いました喜八さん」まで来て、この回は最後の一言で反転する。
「これはキザ野郎に渡す」
揃った目録を手にした喜八が言うのが「これはキザ野郎に渡す」である。キザ野郎は、第6話から喜八が洋輔を呼ぶときの言い方だ。七話かけて取り戻したものを、取り戻したその場で手放すと言う。稲子の「え」で終わるので、理由は本編では説明されない。
理由は、公式のあらすじに書いてある
ただし、答えは番組の外に出ている。公式の第8話あらすじは「清六の想いを知った喜八は、稲子の夢のために、あらためて覚悟を決めるのだった」で終わっている。覚悟の中身が自分の夢ではなく稲子の夢だと、公式のほうが先に書いてしまっているわけだ。
そう読むと、家が稲子に示した条件と噛み合う。目録を洋輔に渡せば融資は続き、結婚はなくなる。稲子が自分では蹴った取引を、喜八のほうが引き受けようとしている。直前に彼が言っているのも「稲子だって杜氏になる夢があるんだろ」で、稲子のほうは「夢に向かって行ってください」と彼を送り出している。互いに相手の夢を優先した結果、二人が反対を向いたのがこの回の終わり方である。
まだ明かされていない秘密がある
もう一つ、忘れてはいけない台詞が回想に置かれている。清六は健吾に「この本にはもっと大きな秘密があるんだ」と言い、聞き返されて「ああ、まだ秘密だ」とはぐらかす。目録が揃った回で、その目録にまだ底があると宣言されている。手放すと言った直後にこれが残っているので、渡してそれで終わりにはならないはずだ。
健吾と規子の側も動いている。手紙で済ませたことを咎められた健吾は「俺にはあなたの夫になる資格はない」と言って席を立つ。過去を明かしたことで、逆に婚約のほうが揺れた。清六の死という一点で止まっていた四年ぶんが、目録が揃ったのと同時に一斉に動き出した回だった。




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