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第8話「ジョナサンの企み」は、貴族会議で聖女信仰協議会の設立が可決され、聖女候補の選定試験が決まる回だ。ただしこの回の前半を動かしているのはカロリーナではなく、彼女に何も告げずに休暇を取った、マリッサとオーウェンの二人である。そして後半では、副題になった大司教の企みが最初から二段構えだったことが独白で明かされる。渡された灰色の玉と、まだ渡されていない黒の玉。その差がこの回の怖さそのものだった。




「2人とも今頃何をしているのかしら?」に、一話ぶんかけて答える回だ
第8話は、貴族会議に提出する資料を囲むお茶の場面から始まる。前回ジョナサン大司教がセレスティア王国の国王に「カロリーナを取り戻さないか」と持ちかけたのを受けて、帝国側は聖女信仰協議会という組織を立ち上げようとしている。カロリーナに権力と地位を与えてしまえば、他国から手が出せなくなるという理屈だ。
だがこの回でいちばん効いているのは、その会議そのものではない。会議の場面が始まる前に、カロリーナがぽつりとこぼす一言のほうだ。「そういえばマリッサとオーウェンの姿を見ませんが」と問われて、彼女はこう答える。「実は貴族会議の日程が決まってからすぐ休暇願いを出されたの」「大事な用事があるとかで詳しくは聞いてないけど」。そして最後に「2人とも今頃何をしているのかしら?」と言う。
この問いに、本編は残りの二十分をまるごと使って答える。つまり第8話は、主人が知らないところで従者が何をしていたかを、主人より先に視聴者へ見せる回だ。前回のカロリーナは、大司教に返す台詞までテオドールに用意してもらい、自分では何ひとつ決めていなかった。今回もまた、彼女が知らないうちに事態は動いている。ただし動かしているのが敵ではなく味方だという一点だけが、前回と決定的に違う。
休暇願いの日付が、そのまま二人の覚悟を示している
注目したいのは、二人が休暇を申請したタイミングだ。「貴族会議の日程が決まってからすぐ」である。会議の議案が何かを知った瞬間に、二人はそれぞれ自分にできることを計算し、迷わず動き出している。誰かに命じられたわけでも、相談したわけでもない。あとで判明するように、二人はお互いが同じことをしていたことすら知らなかった。
そして「詳しくは聞いてないけど」という部分も見逃せない。カロリーナは理由を尋ねていない。護衛騎士と専属侍女が同時に休みを取ると言えば普通は気になるはずだが、彼女は聞かなかった。この主従関係は、そもそも説明を要求しない形でできている。その性質が、この回のいちばん大きな山場で回収される。
くじ引きという思いつきが、そのまま制度の一部になる
会議前の打ち合わせも、意外と細かい。試験に参加させる国は現段階で三カ国を想定している、と説明が入り、カロリーナが「問題は何を基準にその3カ国を決めるかよね」と本質を突く。そこにエドワードが、くじ引きで決めてはどうかと言い出す。カロリーナは「とてもいい案だとは思うんだけど」と言葉を濁し、明らかにやんわり否定しようとしている。
ところがテオドールが横から拾う。「いいんじゃないですか?」「3カ国のうち1枠をくじで決めたらどうでしょうか」。理由も明快だ。「運命の女神の定めた結果だとでも言えば文句は出ないでしょう」。思いつきを否定せず、否定されにくい形に加工して制度に組み込んでしまうあたりが、この補佐役らしい。しかも残る一枠は聖女の所属国、つまり帝国が自動的に取るので、実質的に議論すべきは最後の一枠だけになる、と整理まで付ける。
残る一枠にセレスティアを充てたのは、エドワードだ
その最後の一枠に、エドワードは「自然災害に遭って最も困窮した国」という条件を出し、セレスティア王国を名指しする。理由は「困った人々を助けたいという気持ちは間違ってないだろう」の一言だけだ。妻の生まれた国であり、いま妻を奪おうとしている国でもある。それを助ける枠に指名するのだから、単純な善意とも言い切れない。
テオドールも「私は特に異論はありません」と即座に乗り、教会の派生組織である以上、豊かな国ばかり助けていては教会から文句を言われる、と別の理屈を足す。感情から出た提案に、後から政治的な正当性が貼り付けられていくこの流れは、くじ引きの件とまったく同じ構造だ。この回のテオドールは、誰かの言葉を否定せずに使える形へ変える仕事しかしていない。
マリッサの交渉は、赦しそのものを担保に差し出している
場面が変わり、マリッサが姉のマリアと向かい合う。ブレイク公爵家に嫁いだ姉と、帝国伯爵家の三女である妹。二人のあいだには、過去に何があったかがはっきりとは説明されないまま、重い沈黙だけが置かれる。
沈黙を破るのは姉のほうだ。「そんなに見つめられると顔に穴が空いてしまうわ」「言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」「私たちは血を分けた姉妹なんだから」。この「血を分けた姉妹」という言い方が、この場ではまったく効いていない。妹はすぐさま返す。「自分を虐げた人物に理由もなく会いに行くほど、私も暇じゃないので」。姉が持ち出した血縁を、妹は一行で無効化する。
用件を切り出す前に、姉の結婚生活を先に聞いている
ここでマリッサは、すぐに本題へ入らない。まず姉の結婚生活を尋ねる。姉は少し戸惑いながら順調だと答え、夫フィンレイ・ブレイクの誠実さに惹かれたこと、結婚してから価値観がずいぶん変わったことを話す。そして自分でも気恥ずかしくなったのか、「こんな話 妹にするなんて恥ずかしいわね」と付け足す。
冷徹に用件だけ突きつけてもいい場面で、マリッサはわざわざ相手が変わったかどうかを先に確かめている。この順番には理由がある。彼女がこれから持ち出す取引は、相手が本当に変わっていなければ成立しない種類のものだからだ。冷静で寡黙という人物評どおり、ここでも彼女は必要な情報を先に取っている。
脅迫の形をしているが、担保に出されているのは赦しだ
要求そのものは単純で、次の貴族会議で出る議案に賛成するよう公爵を説得してほしい、というものだ。問題はその後に続く条件のほうである。「私の願いを聞き入れるかどうかは、お姉さまが判断してください」と一度は選択権を渡しておいて、すぐに「ただし」と重ねる。「私の願いが叶えられなかった場合、過去の出来事をすべて公爵に伝えます」。
しかも刺し方が的確だ。マリッサは「フィンレイ・ブレイク公爵は清廉潔白な人で、弱い者いじめが何よりも嫌いだとか」と、聞きかじった評判の形で提示する。姉が最も失いたくないものを、姉自身が語ったばかりの惚気から逆算して突いている。姉が「そんなことをされたら私の立場が」と怯むと、返ってくるのは「そんなことですか」「マリアお姉さまは昔、これより酷いことをなさっていたのに」。
ただしこの取引には、脅迫だけでは説明できない条件が付いている。「もし私の願いが叶えられたなら、私はマリアお姉さまを許します」「過去の出来事を公爵に話すこともありません」「一生心の中にしまっていきます」。差し出されているのは沈黙ではなく、赦しそのものだ。妹は姉に、罰を与えないという約束ではなく、恨むのをやめるという約束をしている。取引としては明らかに過剰で、そこにこの人物の本音が漏れている。
「誓約書はいらないわ」と言ったのは、脅されている側だった
この場面が反転するのは次の一往復だ。マリッサが「不安なら誓約書でも書けばいいのですが」と申し出ると、姉は即座に断る。「いらないわ」「あなたは昔から何を考えているか分からない子だったけど、約束を破る人間じゃないのは知っているわ」。
脅されている側が、脅している側を信用している。しかも根拠は、虐げていた頃にさんざん見ていた妹の性格そのものである。加害の記憶が、そのまま信用の根拠になっているという捻れがここにある。そして妹が席を立とうとした瞬間、姉は要求されていない謝罪を口にする。「ごめんなさい」「私が間違っていたわ」「嫉妬心に駆られて妹を傷つけるなんて、謝って許されることではないけど、どうか謝らせて」。
マリッサの返しがいい。「その謝罪は受け入れます」。ここで終われば和解の場面だが、彼女はすぐに続ける。「だから私の願いを叶えてください」。謝罪は受け入れても、取引は取り下げない。感情と業務をきれいに切り分けているようでいて、そうしないと自分が崩れることも分かっている言い方だ。
兄は毎年二人分を注文して、来ない弟を閉店まで待っていた
もう一方のオーウェンは、レストランで兄のドレイク・クラインと会う。第3話で語られたとおり、オーウェンはクライン男爵家の庶子で、嫡子であるドレイクの「予備」として引き取られ、価値なしと実父に殺されかけた過去を持つ。兄はその虐待を見て見ぬふりをしていた側だ。
店員のひとことで、待たれていた年数が分かってしまう
この再会が重くなるのは、本人たちが何かを語る前に店員が事情を明かしてしまうからだ。オーウェンが名前を告げると、店員は驚いて言う。「ついにクライン男爵の待ち人がいらっしゃったのですね」。そして続ける。「男爵様は毎年2回ほど当店へお越しになるのです」「いつも2人分の料理を注文し、じっと閉店時間まで待っていらっしゃるのです」「ですがいつも待ち人は現れず」。
この一連の説明が優秀なのは、兄がどれだけの時間を無駄にしてきたかを、兄の口からではなく第三者の業務報告として出している点だ。本人が「毎年待っていた」と言えば恩着せがましくなる。関係のない店員が不思議そうに語ることで、それはただの事実になる。後にオーウェンの側も「毎年こんなところに一人で待ってよ」と口にしており、招待を断り続けていたのは弟のほうだったと分かる。
謝罪の中身が、言い訳になっていない
席に着いた兄は、まず好物を覚えていたことを明かす。「知っているさ ずっとお前を見ていたんだから」。弟が「昔は虐待されている俺を見ても知らんふりしてたよな」と刺すと、兄はそれを否定しない。「すまなかった」「私は母上の虐待を傍観してしまった」「兄としてお前を助けるべきだったのに」。
続く一言が、この謝罪の質を決めている。「あの時の私にお前を守るだけの力がなかったんだ」と事情を述べたうえで、自分から「こんなこと、今さら言っても言い訳にしか聞こえんだろうがな」と切って捨てる。事情を説明はするが、それを免罪の材料にはしない。傍観したという事実だけは動かさずに置いている。謝罪の場面でいちばん難しいのはこの引き際で、ここを外さなかったから次の反転が生きる。
助けられなかった兄が、実は助けられていた側だった
オーウェンの返事は「知っていたよ」だ。根拠として挙げるのは、いかにも子供の頃の話である。読み終わった教科書を弟にくれたこと。早めに授業を切り上げて、自分の家庭教師に弟が質問できる時間を作っていたこと。どれも直接助けたとは言えない、迂遠な援護ばかりだ。
そして本人が付け足す。「その時には気づけなかったけどよ」「生きるのに必死で、それどころじゃなかったからな」。助けられていたことに気づく余裕すらなかった、という言い方で当時の過酷さが伝わる。感謝と告発が同じ文の中に同居している、この作品でも屈指の台詞だ。
さらに反転が来る。「あんたからすれば、俺は目障りな存在だろ」と問われた兄は、「お前が目障りだなどと思ったことは一度たりともない」と即答したうえで、こう続ける。プライドも何もかも捨てて勉学に打ち込む弟を見ていて、自分も高めることができた。今の外交官という地位があるのもお前のおかげだ、と。助けられなかったことを悔いていた側が、実は助けられていた側だったという構図が、ここで完成する。オーウェンは「兄上にはいろいろとよくしてもらった」「だからどうか自分を責めないでくれ」と返し、兄が「そう、兄と呼んでくれるのか」と震える。長い和解の場面が、呼び方ひとつで着地する。
二つの説得は、正反対のやり方で同じ場所に着いている
この回の設計でいちばん面白いのは、まったく同じ目的の交渉を二つ並べて、方法を正反対にしてある点だ。マリッサは弱みを握って要求を通した。オーウェンは、要求の中身すら明かさずに通してもらう。
理由を言えない依頼を、理由を聞かずに引き受ける
和解が済んだあと、兄は弟が今回に限って会いに来た理由を察して先に促す。「気にするな 言ってみろ」。オーウェンは切り出す。「そこで発案される議案に賛成してほしいんだ」「詳しいことは言えねえが、俺にとってすごく重要なことなんだ」。
兄の返事は二文字だ。「分かった」。あまりの即答にオーウェンのほうが慌てる。「だって貴族会議だぞ」「国の今後を決めかねない議案なんだぞ」。それに対する答えが、この回の中心にある台詞だと思う。「お前が言うんだ」「きっと本当に重要な議案なんだろう」「俺はお前のことを信じている」。
誓約書も要らず、説明も要らない
並べてみると、二つの交渉は着地点だけが一致している。マリッサの側では、脅されている姉が「誓約書はいらないわ」と言った。オーウェンの側では、内容を知らされない兄が「俺はお前のことを信じている」と言った。片方は書面を要らないと言い、もう片方は説明を要らないと言う。手段は正反対でも、最後に効いているのは同じ、相手の人格に対する信用だ。
そしてどちらの信用も、加害の記憶と同じ場所から出ている。虐げていたからこそ妹の頑固さを知っていた姉、傍観していたからこそ弟の必死さを見ていた兄。この回は、過去を清算せずに、過去の観察だけを引き継いで和解させている。ずるいと言えばずるいが、これ以外の方法で二十年を巻き戻すのは難しい。
帰り道の会話で、二人は初めてお互いの用件を知る
街で鉢合わせした二人のやりとりも軽快だ。独り言を聞かれたオーウェンが慌て、マリッサが「随分と大きな独り言ですね」と刺す。互いに用件を確かめ合って、オーウェンが「どうやらお互い同じ理由で休暇を取ってたみたいだな」と気づく。ここで初めて、二人は同じ日に同じ目的で動いていたことを知る。示し合わせていなかったからこそ、二人が同じ結論に達していたことの重みが出る。
マリアの説得がうまくいくか分からないと不安を漏らすマリッサに、オーウェンは「やれるだけのことはやったんだ」「今はそれでいいだろ」と返し、そのまま一緒に帰ろうと誘う。城に戻って報告を受けたカロリーナが「そんな だってあなたたちは…」と絶句すると、オーウェンは「そんな顔すんなって」と遮る。主人のために動いたはずの行為を、主人に負い目として持たせない。マリッサも「会えてよかったとは、どうしても思えませんでした」と正直に言ったうえで、「でも、変わろうとしているお姉さまを、この目で見られてよかったです」と締める。無理に美談へ寄せないところがいい。
可決の代償は、試験がもうひとつ増えたことだった
貴族会議の結果は、テオドールから報告される。「結論から申し上げますと、聖女信仰協議会の設立案は可決されました」。二人の休暇は無駄にならなかったわけだが、報告には続きがある。「設立案自体は通ったのですが、一部貴族たちからの反発が激しく、一点だけ大きく変更されることになりました」。
「聖女試験じゃなくて、聖女候補の選定試験?」
変更点は、帝国の代表を決めるために聖女候補の選定試験を開催する、というものだった。カロリーナが確認する。「聖女試験じゃなくて、聖女候補の選定試験?」「ということは、試験が一つ増えるということ?」。
前回、この聖女制度は姉のフローラを落とした試験と同じ名前を持ったまま、妹を守るために作り直された。今回はその制度に、さらにもう一段の関門が付いた形になる。守るために作った器が、関門を増やすことでしか通らなかったわけだ。しかも試験の日程は五日後で、準備の時間はほとんどない。
守るための試験で、本人だけが全力を出せない
緊張するというカロリーナに、エドワードは「心配するな」「リーナの実力なら問題ないはずだ」と励ます。ところがテオドールの心配は逆方向を向いている。「私はむしろ、カロリーナ妃殿下がやりすぎないか心配です」「発表前に神聖力のことを悟られてはまずいですからね」。そして頼む。「なので、選定試験では手加減をお願いします」。
この一言で、試験の難度が一段跳ね上がる。勝たなければ守れないのに、力を見せたら守れなくなる。合格ラインと露見ラインの隙間を狙って通せ、という無茶な注文だ。しかもテオドールは注文だけして、「私は、カロリーナ妃殿下のことを信じていますからね」と信用の話に持っていく。この回で三度目の「信じている」だが、これだけが要求とセットになっている点に注意したい。
一枚だけでいいと言っているのに
その練習の様子が、後半に短く挟まれる。「一枚だけでいいと言っているのに」とこぼし、続けて「手加減するというのも難しいものね」とため息をつく。無自覚に力が漏れるという設定が、ここで初めて本人の課題として立ち上がってくる。今までは周囲が勝手に救われ、勝手に驚くだけだった。
つまりこの作品は、主人公の力を伸ばす方向ではなく、抑える方向で初めて訓練させている。落ち込む彼女にテオドールが「落ち込んでいる暇はありませんよ」「選定試験までもう時間がないのですから」と急かすのも、優しさの表現としては相変わらず厳しい。
灰色の玉と黒の玉|副題の「企み」は最初から二段構えだ
副題になっているジョナサン大司教の動きは、報告を受ける場面から始まる。帝国が聖女信仰協議会を設立したこと、その選定試験にカロリーナも参加することを聞いた大司教は、狙いをすぐ見抜く。「奴ら、カロリーナ妃殿下の権力と地位を確立することで、我々から保護するつもりか」。そして焦る。「だが、あまりにも対応が早すぎる」。
部下も「このままでは、カロリーナ妃殿下が聖女に認定されるのは間違いないかと」「そうなれば、もう手が出せません」と追い打ちをかける。大司教の結論は「カロリーナ妃殿下の認定は、何としてでも阻止する」。ここで彼が持ち出すのが、魔法の才能があり、かつ秘密を守れそうな人物という条件だ。該当者としてモニカの名が挙がる。
渡した薬より、渡さなかった薬のほうが本命だ
面会したモニカに、大司教は魔力を増幅させる薬を差し出す。説明はこうだ。「これは魔力を増幅させる薬です」「使用者の魔力を倍以上に跳ね上げる力があります」。副作用を問われると「数日ほどは発熱に悩まされますが、それ以外にはありません」と答える。
ところが独白が入る。「より効果とリスクの少ない灰色にしてやった。感謝しろ」。目の前では副作用が軽いことを美点として語り、内心では手加減してやった恩として数えている。さらに決定的なのが、この場を辞したあとの一言だ。「渡したのは灰色の玉だけ。いくらでもごまかせる」。そして「モニカ嬢が失敗した時のために、よりリスクの高い」と続けたうえで、「この黒の玉は誰に渡すか」と考える。
つまりモニカは本命ではなく、一枚目の駒でしかない。副題の「企み」は、この時点ですでに二段構えになっている。灰色で足りなければ黒を別の誰かに渡す。しかも渡す相手はまだ決まっていない。次に危ないのは誰かという問いが、この回の最後まで宙に浮いたままになる。
教えてもらう側も、同じことをしている
面白いのは、モニカの側もまったく同じ手を使っている点だ。彼女は薬の礼として情報を差し出す。「そうだわ、プレゼントのお礼に一ついいことを教えてあげる」「あなた、皇室に目を付けられているわよ」。大司教が「何ですと? まさかこんなに対応が早いとは」と動揺したところで、彼女は条件を出す。もっと詳しく教えてくれたら匿ってもいい、と。
大司教は「分かりました。モニカ嬢の言う通りにしましょう」と応じ、モニカは「交渉成立ね」と満足する。お互いに相手を使い捨てるつもりで握手しているわけだ。しかも彼女は父に潜伏先のリストアップを頼みつつ、用途は「別に、ちょっと用事があるだけよ」とごまかす。この親子の会話でも、情報は下から上へ流れない。
モニカが欲しいのは聖女の座ではない
父に練習を勧められたモニカは、鼻で笑って断る。「あら、お父様。私が選定試験ごときで落ちるとでも?」。父も「確かにお前は帝国一の聖魔法の使い手だ」と実力自体は認めている。彼女は根拠のない自信で動いているわけではない。
そのうえで、彼女が語る動機が重要だ。「この機会に聖女の座をいただいたら、その地位を利用して、私がギルバート様と結ばれるんだから」。聖女の座は目的ではなく、第一皇子に届くための踏み台にすぎない。大司教にとってはカロリーナを潰すための駒、モニカにとっては結婚のための足場。同じ試験に、まったく違う目的が二つ重なっている。カロリーナも「あの女じゃ私には勝てないもの」と侮られているが、そのカロリーナの側は力を抑える練習をしている。この試験は、両者とも本来の力では戦わない試合になる。
まとめ|企みの回は、企みが読まれ終わった知らせで終わる
第8話「ジョナサンの企み」は、前半を家族の和解に、後半を陰謀の組み立てに使った回だった。前半で描かれたのは、弱みと信用という正反対の道具で同じ一票を取りに行く二つの交渉。後半で描かれたのは、薬と情報を交換しながら互いに相手を切り捨てる準備をしている二人の握手だ。同じ「取引」という形をとりながら、片方は赦しを、もう片方は使い捨てを担保に置いている。この対称が、この回の骨格になっている。
告発の準備が整った、という一行の位置
そして最後の場面だ。ギルバートの帰還が遅れていることを気にするカロリーナのもとへ報告が入る。「ギルバート殿下から連絡がありました」「ジョナサン大司教を告発する準備が整ったとのことです」。
この一行の置き場所がうまい。副題に名前を冠された人物の企みを、二十分かけて丁寧に組み上げておいて、最後の十数秒でその企みはすでに読まれ終わっていたと告げる。しかも当人は、皇室に目を付けられていることをモニカから聞かされて動揺したばかりだ。逃げ場を探し始めた時点で、包囲はもう完成していたことになる。
次の焦点は、黒の玉が誰に渡るかだ
とはいえ安心はできない。告発の準備が整ったというだけで、告発が行われたわけではないからだ。そして大司教の手元には、まだ黒の玉が残っている。灰色ですら発熱の副作用がある薬の、より効果とリスクの高い版である。それを渡す相手を、彼はまだ決めていない。
選定試験は五日後で、ギルバートは見届け役として会場に来ると聞かされている。告発が間に合うか、その前に黒の玉が誰かの手に渡るか。この二つの時間が競争になっているのが、この回が残した宿題だ。前半で描かれた和解の手触りが良かったぶん、後半の冷たさがよく効いている。取引の形はどちらも同じなのに、片方は一生心の中にしまうと言い、もう片方はいくらでもごまかせると言う。同じ回の中に並べたのは、間違いなく意図的だろう。




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