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三条坊門御所での新生活は、先住の田楽新座に目の敵にされっぱなし。それでも鬼夜叉は彼らの舞に興味津々で、義満の正室・業子からは「すべて舞につながるはず」と歌の手ほどきまで受ける。だが千晴を巡るすれ違いから大乱闘が勃発し、将軍の裁定は獅子舞での舞比べ。誰も見たことのない獅子を求めた鬼夜叉を待っていたのは、増次郎の容赦ないド正論だった。第5話「萌え出る鼓動」を振り返る。




三条坊門御所と田楽新座、目の敵の新生活
「のだ」の新入りと、二十五年の伝統
開幕は田楽新座の側から。突然やってきた新入りは、白い肌に長いまつげ、艶やかな髪。「美しいと思ってしまった」という千晴のモノローグが、この回の結末への長い伏線になる。挨拶した鬼夜叉は語尾の癖をからかわれ、「のだ、のだ言いやがって」と早速の洗礼。将軍のもとへ来て二十五年、豊作を祈る田遊びから発達し、代々の帝に寵愛されてきたという田楽の歴史と誇りが、新参の猿楽を迎える高い壁になっている。
稽古場では、女の身で腕を上げる千晴に「うちの座で女が上達したって意味ねえ」「洗濯でもしてろ」と心ない声が飛ぶ。それを座頭の増次郎が「千晴には芸がある、それでいい。下手な奴が何を言っても無駄だ」と一蹴するのがいい。直後に「女らしさはみじんもないがな」と付け足す口の悪さも含めて、この男の人物像が一気に立つ。当の鬼夜叉はといえば、新座の稽古を目を輝かせて見物しては「また技を盗みに来やがった」と睨まれ、それでも「そう、考えたのだ。私の稽古も見せるのだ」とお返しを申し出る始末。敵意が通じないにも程がある。
将軍の犬・風雅と、増え続ける絵巻物
御所暮らしの実態は雑用の山だ。掃除に洗濯、食事の支度、さらには将軍の犬風雅の世話まで観世座側に押し付けられ、「新座も世話をすべきなのだ」「石也が来てくれなかったら今頃しおしおだったのだ」と鬼夜叉がぼやく。同じ舞台に上がっても目も合わせてもらえない…そんな肩身の狭さの中で、「よし決めた。今日はしたいことだけをする」と切り替える若の逞しさが微笑ましい。
したいこと、それは絵巻物である。部屋には「福富長者物語」に「御曹司島渡」と絵巻が増える一方で、石也は「お金もないのにどうやって」と首をかしげる。その裏では、鬼夜叉を「麗しの藤若」と呼び、「今日も私に気づかぬのだな。もどかしいもどかしい」と悶える公家の姿が。名は明かされないが、贈り主はどうやらこの人物らしい。髪の毛が邪魔だと文句を言われながら二人並んで絵巻を読む場面など、鬼夜叉と石也の距離感は今週も抜群だ。
業子の教えと、すれ違いの大乱闘
「すべて舞につながるはず」…御台様の贈り物
そんな二人の前に現れたのが、義満の正室で御台様の業子だ。歌会で居眠りした夫に「誰のための歌を詠んでいると思ってるのかしら」とこぼす歌人でもある。二人とも字が読めるのねと目を留め、観阿弥の意向で幼い頃から寺で学んだと知ると、歌への興味を尋ねてきた。稽古がありますからと遠慮する二人に返した言葉が、この回の芯だ。「舞うだけが稽古ではないでしょ」。芸は互いに影響しあって生まれてきたもの。「歌を読むことも物語を読むことも、すべて舞につながるはず」。そして歌集を「これあげる」と手渡す。
言葉と舞の融合…のちに能へ結実する発想の種が、ここでさりげなく蒔かれたわけで、ネットでも「業子様の言葉が今後への大きな布石」と注目されていた。一方、業子を慕う千晴は「顔が良くて読み書きができるくらいで、私の業子様にチヤホヤされて」と面白くない。この嫉妬が、次の騒動の引き金になる。
「俺の妹に何を」…誤解が生んだ大乱闘と将軍の裁定
千晴は鬼夜叉の部屋へ忍び込むが、並んだ絵巻は「読めないし」。そこへ気配に気づいた石也が声をかけたのが運の尽きだった。駆けつけた兄に「俺の妹に何を」と誤解され、「誤解なんです」の弁明も「言い訳無用」と取り付く島なし。妹に手を出す輩はこの三条坊門から追い出す、という剣幕で追い回された石也は、両座を巻き込んだ大乱闘の末に「見事なやられっぷりだな」と評される有様に。当の鬼夜叉が「石也遅いのだ。風雅の散歩に行く前に日が暮れてしまう」と呑気に待っているのが、また笑いを誘う。
騒ぎを収めたのは義満だ。「争い事は大いに結構。だがな、お前らの仕事は何だ。芸人だろ。ならば芸人らしく、舞台の上で戦うがいい」。かくして舞比べの儀が布告され、演目は獅子舞。「獅子舞といえば田楽」「この勝負俺らが頂いたも同然」と新座は沸き立ち、「負ければ将軍様の庇護を失い、座は廃れる」と潰し合いの空気が満ちる。側近に二座抱えは採算が合わないと指摘された義満の「今ある芸事、全て続くとは限らん。さて、どれが残るか」という呟きを思えば、この舞比べは余興ではなく生存競争そのものである。
誰も見たことのない獅子を求めて
敵方与一の手ほどきと、鬼夜叉の焦り
獅子舞は田楽の十八番。つまり鬼夜叉にとっては、ほぼ初めて触れる演目だ。手ほどきしたのが、なんと敵方である新座の与一だという構図が面白い。「ブンブンされるのは嫌だからな」と照れ隠しをしつつ、「ここ数日で始めた人間とは思えぬ」と舌を巻く与一。浮かない顔の鬼夜叉に「田楽の人間と共に舞う心配はごもっとも。だが私は新座の誇りにかけて、足を引っ張るような卑怯な真似はしない」と胸を張るのだが、悩みはそこではなかった。
「あいや、そうではないのだ」。このままでは普通の獅子舞にしかならない。増次郎殿ならもっと圧倒的な舞を見せてくるはず。ならば私は、もっともっと誰も見たことのないような獅子を舞わねば…。相手の力量を認めるからこそ、型通りでは勝てないと踏む。この読みが勝敗の分かれ道になるのだから、皮肉なものだ。
しし猫と「かわいい」
突破口は思わぬところからやってきた。「あれ、亀吉はどこなのだ」と探し物の途中、目の前に現れた一匹の猫。しなやかに伸び、身をひるがえすその姿に鬼夜叉の目が輝く。「しし猫」…獅子とは、こう動く生き物なのではないか。乱闘の一件を謝りに来た千晴が、猫と戯れる鬼夜叉を見て思わず「かわいい」と漏らすのも、ちゃっかり拾っておきたい場面だ。
猿楽はもともと物まねの芸。ならば獅子舞に猫の動きを取り込むのは、実は正統な発想でもある…とはネットの指摘で、なるほどと膝を打った。「与一殿、すまなかったな。お主を疑っているわけではないのだ」「本当にいいのか」「やってみたいことがあるのだ」。挑戦の腹は決まった。
判定人12名、舞比べの儀
本番の判定人は12名。公家から3名、武家から3名、そして町人から6名。一般の客まで判定に入れる趣向は義満の発案で、「考えましたな」「だろう」と得意げだ。先手は観世座鬼夜叉。始まった舞に客席がざわつく。「なんだありゃ」「獅子舞じゃないのか」。身を低く構え、獣そのもののようにしなり、跳ねる。前衛の極みのような獅子に「すーばらしいっ!」と身を乗り出す者もいれば、ぽかんと置いていかれる者もいる。
後手は田楽新座増次郎。分に見合わぬ場所にいると人は不幸になる、と静かに言い置いて舞台へ上がった座頭は、最後まで、あくまで正統の獅子舞を舞い切った。「増次郎殿ならもっと何かできたはずなのに」と鬼夜叉は戸惑うが、それこそが答えだった。奇をてらう必要など、この男には最初からなかったのである。
「萌え出る鼓動」まとめと考察
8対4の完敗と、静かに芽吹いたもの
評決は、公家3名が増次郎1票・鬼夜叉2票、武家3名が増次郎2票・鬼夜叉1票、町人6名が増次郎5票・鬼夜叉1票。合わせて8対4で増次郎の圧勝である。「なんで?」と立ち尽くす鬼夜叉に、増次郎は二つ問うた。第一に、「君は誰に見せるつもりで舞った」。僕は客に向けて獅子を舞ったが、君は自分に向けて舞った。第二に、なぜ新しい獅子を舞ったのか。新しいことが悪いのではない。だが君は受け継がれてきたものを軽んじ、伝統より自分が優れていると思い上がった。一部の客に面白く映ったのは「君の力ではない。客の目の良さだ」。そして止めの一言…「最初から勝負ですらなかった」。
完膚なきまでの正論である。しかし内訳をよく見れば、目の肥えた公家では鬼夜叉が上回っており、あの前衛の獅子は確かに誰かへ届いていた。幕引きの言葉が余韻を残す。新しきは古きに勝てぬのか。しかし…その目は確かに、静かに芽吹いていた。ネットでも「将軍と千晴には響いたように見えた」「千晴には刺さってる」との受け止めが重なり、冒頭の「美しいと思ってしまった」から続く千晴の視線こそ、サブタイトル「萌え出る鼓動」の正体だろう。
業子の「すべて舞につながるはず」、増次郎の「誰に見せるつもりで舞った」。言葉と舞、客と伝統…のちの能を形づくる要素が、敗北という形で一気に手渡された回だった。伝統か革新かの二者択一ではなく、両者が交わる先に新たな芸能は生まれる。負けを知った鬼夜叉が次に何を舞うのか、楽しみでならない。




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