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楠莉の祖母・薬膳ヤク、89歳。見た目は8歳、中身は戦時中を生きた人である。緊張しているのは高校生の恋太郎のほうで、子ども扱いされていたのは彼だった。祖父の真似は正面から否定され、心が動いた理由すら教えてもらえない。それでも彼女は増える。相手が落ちたからではなく、相手が付き合ってやってもいいと決めたから彼女になる、これまでの15人とは形の違う加入回だった。第32話「楠莉先輩のおばあさん」は、返事ではなく宿題を渡されて終わる。




公式あらすじが、先に「子ども扱い」と書いている
89歳と8歳が、同じ体に入っている
第31話の引きで帰ってきた楠莉の祖母が、名乗るより先にビビーンで彼女になる。薬膳ヤク、89歳。公式が「ファミリー断トツ最高齢」と紹介するとおりで、それでいて見た目は楠莉と双子にしか見えない8歳である。
理由は楠莉の不老不死の薬だ。しかもより完成に近い強力な失敗作だったせいで、打ち消しの薬でも元に戻れない。第31話で両親が8歳になっていたのと同じ事故が、祖母では取り返しのつかない形で起きていた。
彼女の登場によって、物語は新たな局面を迎えることになるんだよね。
そしてここで、楠莉がなぜ不老不死の薬を作り続けているのかが明かされる。「大好きなおばあちゃんが死んだら嫌だから」。家族を巻き込んで騒動を起こし続けてきた薬開発の動機が、いちばん素朴なところに置かれていた。第31話で父が「認めてやる。てめえが楠莉を世界一大切に思ってるってことだけはな」と言ったあとの回に、これを置いてくるのがうまい。
公式あらすじが、この回の答えを先に置いている
公式サイトのあらすじは、この回をこう締めている。「終始ドギマギしている恋太郎を、ヤクはどこか子ども扱いしている様子で…」。第32話は、この一行がそのまま主題になっている回だった。
見た目が幼くて中身が大人、というだけならこの作品では楠莉で既にやっている。今回が違うのは、幼く見える側が、高校生の恋太郎を子ども扱いしてくるという向きだ。ずれているのは彼女ではなく、彼のほうだった。
あっさり入って、あっさり撤回される
加入宣言までが、この作品でいちばん速い
ヤクの反応は終始おだやかだ。孫の彼氏を見て「よく、こんないい男を捕まえたのじゃ」と褒め、亡くなった夫と比べられても「もう何十年も経つからのう」と受け流す。そして「せっかくだし、わしも混ぜてもらうとするかのう」と、家族団らんの流れのまま加入を口にしてしまう。散歩での逢い引きに誘い出すのまで彼女の側からだった。
これまでの加入回は、恋太郎が相手の抱えているものを一つ解いてから告白するのが型だった。第29話の山女も、第30話の紅葉も、第31話の楠莉の家族もそうだ。今回は入口だけが異様に速い。だからこの回の山場は、入ったあとに置かれることになる。
よもぎの散歩は、89年ぶんの引き出しでできている
逢い引きの中身は、よもぎ摘みだった。草餅にも天ぷらにもおひたしにも汁物にもできると教え、育ちすぎると硬いから新芽か五、六寸のものがいいと選び方まで示す。恋太郎が草で手を切れば、その場で葉を揉みつぶして傷薬にしてしまう。デートの全部が、生活の知恵でできている。
夫と出会ったのも戦場だった、と彼女は言う。当時のヤクは戦場で薬を作っていて、たまたま来ていた彼の部隊に怪我を救われた。細かいことは秘密じゃ、秘密が多いほうが女性は魅力的に感じるじゃろう——と、そこも自分でかわしてしまう。思い出話ですら、主導権を渡さない。
「昔は何でも食べたものじゃ。じゃが、わしはうれしいよ。かわいい楠莉や君たちがこんな時代に生まれて」という一言に、恋太郎が「でもそれは、おばあさんの世代の方々が、社会や文化を発展させてくれたから」と返す場面がある。笑いの多い回のなかで、ここだけ急に真面目な釣り合いが取られる。この作品はこういう一行を必ずどこかに置いてくる。
連絡先を交換しようとして、断られる
スマホも横文字も通じない
別れ際、恋太郎が連絡先を交換してほしいと申し出るところから、空気が変わる。スマホもアプリも通じない。「機械や横文字がちんぷんかんぷんなのじゃ」と言われ、固定電話に切り替えても「糸電話なら使えるのじゃが」と返ってくる。手紙か、また家に来るか——と食い下がったところで、ヤクは初めて彼を止める。
「もしかして、わしが恋太郎ファミリーに入ると言ったのを、本気にしてしまったのかのう」「すまんのう、まさか本気にするなんて思わなくてのう」「わしはただ楠莉が喜ぶと思って」。加入宣言は孫へのサービスであって、恋愛の返事ではなかった、と本人がここで訂正する。
「わしはもう89歳なのじゃ」「君は、君にふさわしい時代の、楠莉や他の子たちと幸せになりなさい」。断り文句としては、この上なく正しい。正しいからこそ、恋太郎には返す言葉がない。
「子ども扱いしかされてなかった」
ここで恋太郎が自分の一日を振り返る。「思えば、今日一日、俺はずっと、子ども扱いしかされてなかったんだ」。俺からは少女に見えていても、その精神と自意識は89年間生きてきた人間そのもので、そんな人にとって高校生の俺はただの子どもだ、と。
見た目に引きずられていたのは自分のほうだった、という気づきである。相手を子どもと見ていないつもりで、自分が子どもとして扱われていることに気づいていなかった。この作品の恋太郎はいつも相手の内側を先に見る男なのに、今回だけはそこで一度つまずいている。
祖父の真似は、正面から否定される
好みを聞き出して、その通りに演じてみる
恋太郎が取った手は、彼らしく理詰めだった。ヤクは夫を「男らしさの塊みたいないい男」と言っていた。ならばそれが彼女の好みだ、と踏んで、夜の公園でワイルドな男を演じにかかる。リード力、頼りがい、決断力、刺激を求める生き方——項目を一つずつ実演していく。
ところが実演の中身はブランコである。本人も途中で気づいてしまう。「これはばあちゃんに公園連れてきてもらってはしゃいでるただの孫だ」。子ども扱いを覆すための作戦が、いちばん子どもらしい絵になっている、という自滅の仕方が容赦ない。
踏みとどまった一線
追い詰められた恋太郎は、最後の手として強引に迫ろうとする。だが直前で自分を止める。「望んでもいない女性の唇を強引に奪うなんて、そんなこと」「だめだ。俺には、ワイルドの才能がない」。
勢いで押し切ることもできた場面で、この作品は押し切らせない。15人の彼女がいる主人公の誠実さが、いちばん分かりやすく出るのはこういう一秒だと思う。しかもここで踏みとどまったことが、直後の答え合わせにそのまま効いてくる。
「別の楽しみ方の恋がいいに決まっておるじゃろうが」
ヤクの返事が、この回のいちばんいいところだった。夫と同じように振る舞えば本気になると思ったか、分かってないのう——と前置きしてこう続ける。「男らしい男との恋はもうしたのじゃから、どうせするなら別の楽しみ方の恋がいいに決まっておるじゃろうが」。
つまり作戦は完全に外れていた。恋太郎は祖父の代わりとしてではなく、祖父ではないものとして選ばれている。しかも心が動いた理由については、一生懸命な姿が可愛らしかったのか、今の振る舞いを男らしいとときめいたのか、とわざと二つ並べて明かさない。お主より何倍も生きたわしの心内を見抜こうなど、女の気まぐれとでも思っておくことじゃな、と締める。
そして「いつかわしのことも本気にさせてくれるの。楽しみに待っておるよ」。返事は保留のまま彼女になる、という決着である。他の彼女たちが恋太郎に落ちる回とは、勝ち負けの形がはっきり違う。この回だけ、宿題を出されて終わっている。
覚えられない側と、覚えていなかった側
紹介が雑だと、特徴と名前が結び付かない
後半はファミリーへの顔合わせだ。楠莉が一人ずつ特徴を挙げていくのだが、これがとにかく雑で、恥ずかしがり屋、ツンデレ、世界一美しくなりたい、超頭いい、すげーメイド——と一言ずつしか付かない。覚えるための情報として、あまりに解像度が低い。
案の定、ヤクは特徴だけを覚えて人と一致させられなくなる。しかも横文字がまるごと通じない。メイドとは何か、アメリカとは何か(米国と言い直されてようやく通じる)、ナディーがニックネームだと聞いて「横文字じゃが覚えたのじゃ」と喜ぶ——と、つまずく場所が全部「言葉が新しすぎる」ところに集まっている。糸電話の場面と同じ理由でつまずいている。
最後に落とされるのは、ファミリーのほうだった
ひとしきり取り違えが済んだあと、話の向きが反転する。ところでみんなはおばあちゃんの名前を覚えたのか、と楠莉に聞かれて、ファミリーの側もほとんど答えられない。おばあちゃんとしか呼んでいない、たしか二文字だった、薬みたいな名前だった——と手がかりを寄せ集めて、ようやく薬膳ヤクにたどり着く。
笑いどころとして置かれているが、構造は前半とまったく同じである。相手の特徴は分かっているのに、名前が結び付いていない。ヤクが「89歳の中身」を見てもらえなかったのと、ファミリーが「薬膳ヤク」という名前を見ていなかったのは、同じ種類の見落としだ。この回はそれを、笑える側と痛い側の両方でやっている。
まとめ|同じ演出が、紹介の失敗を二度撮っている
担当者の並びが、そのまま作品の設計になっている
この作品は公式サイトのSTORYに各話の担当者まで載せているので、そこを並べると設計が見える。第32話はシナリオが山田靖智、絵コンテがRoyden Bと佐藤光、演出が青木youイチロー、総作画監督が矢野茜と西山実果である。
まず山田靖智が第3期で書いた三本は、第29話・第30話・第32話。優敷山女、茂見紅葉、薬膳ヤク——全部が新しい彼女の加わる回である。総作画監督の矢野茜・西山実果の組み合わせも、この三本だけで揃っている。加入回はこの座組で回している、ということになる。
そして演出の青木youイチローが第3期で担当したのは、第26話・第27話・第32話。第26話は「知与ちゃんのファミリー指導」で、公式あらすじは「新たに彼女となった知与をいつも通りファミリーに紹介する恋太郎。しかし、個性豊かすぎる彼女たちを前に」と書いている。新入りにファミリーを引き合わせて失敗する回を、同じ人が二度撮っていることになる。しかも向きが逆で、第26話は新入りがファミリーを直そうとし、第32話は新入りがファミリーを覚えられない。
絵コンテのRoyden Bは第31話に続いて二話連続だ。祖母を帰宅させて引きを作った人が、そのまま受けの回も描いている。前後編として設計されていたのが分かる。
保留のまま終わる、めずらしい加入回
笑いの密度としては今期でも上位の回だと思う。のじゃ口調と横文字が通じないネタだけで最後まで持っていくし、名前当てのオチもきれいに決まっている。それでいて、この回の恋太郎は一つも勝っていない。作戦は外れ、迫ることもできず、理由は教えてもらえず、宿題だけ渡されて終わる。
それでも彼女は増える。ここがこの作品の面白いところで、相手が落ちたから彼女になるのではなく、相手が「付き合ってやってもいい」と決めたから彼女になる回が、16人目にして初めて出てきた。89年ぶんの余裕にはどうやっても届かない、という前提から始まる関係は、これまでの15人のどれとも違う。次にヤクが出てくるとき、恋太郎がその宿題にどう手をつけるのかを見たい。




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