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公式副題は第8話「Under dog」。この三十分は、すでに見せられた場面を別の人物の側から言い直す回だった。第6話で零司が語った兄との「一歩」は、兄の口から語り直されると持ち主が入れ替わる。羅睺が第6話で拒んだ二択は、同じ相手から同じ形でもう一度出される。そして最後に残るのは、妖気を一つも持たない黒猫と、その妖気ごと尻尾を置いていかれた弐郎だ。




この回で任務を完遂したのは、一華ひとりだけだった
三つの戦場が、別々に終わっている
第8話は通信から始まる。無線に慣れない弐郎が「これ本当に聞こえてんのか?」と確かめ、「無事か?」と聞かれて「ああ、まあなんとかな」と返す。歯切れの悪さを突かれると、出てくるのが「ちょっと勢い余って相手ぶっ倒してしまったよ」という報告だった。司令側は「ま、気にするな」と受け、一華のほうは首尾よく運んだと伝える。零司については「まだ連絡はない」。
第7話で三方向に分かれた三人が、そのまま別々に決着していることが、最初の一分で手際よく置かれる。そして思い出しておきたいのが、この任務の目的が三つあったことだ。救命、結界の解除、そして敵勢力の無力化および捕獲。「捕獲?」と全員が聞き返した、あの三つ目である。弐郎の報告が歯切れ悪いのは、倒してしまったからだ。
捕獲まで持っていったのは一華だった
一華は呂蓮を縄で縛り上げ、得物を突きつけて「動くな!」と押さえている。第7話で幻術を破った相手を、今回は運べる状態にした。三つの目的のうち、いちばん難しい三つ目を果たしたのは部隊で彼女だけになる。第5話・第6話の妖術対抗訓練を「悪いけど、今さらこんな幻覚で揺らぐほど、私も子供じゃないのよ」と十分以内で抜けた人が、そのまま幻術使いを捕らえて帰ってきた形だ。
ところが本人の言い分は逆になる。病室に来てから漏らすのが「結局、対象を捕獲できたのが私だけなんて、情けないったらないわよ」。これは自分を褒める言葉ではなく、部隊全体の不首尾を数えた言葉だ。一人しか届かなかった、という数え方をしている。
褒め言葉になり損ねた一言
弐郎はそれを自分に向けられたものとして受け取り、「本当…情けないです。すみません」と返してしまう。一華は慌てて「あ、いや、別にそんな、本気で言ったんじゃ」と引っ込める。部隊で唯一勝った人間の自嘲が、いちばん何も守れなかった人間に刺さるという、短いがいやな噛み合い方をした場面だった。
ちなみにこの付き添いは偶然ではない。搬送の場面で司場が部下に「宇佐美に連絡して、付き添いを頼む」と指示しており、弐郎が目を覚ましたときに一華が言うのが「その間、私と宇佐美さんでずっと付き添ってたんだから」だ。丸一日ぶんの寝ずの番が、命令一つぶんだけ先に手配されていた。
第6話の「一歩」は、兄の側から語り直されると持ち主が入れ替わる
弟が覚えていたのは、届かない一歩だった
第6話で零司が語ったのはこうだった。「常に兄さんは僕の一歩先を歩き、僕はそれを規範として後をついていく」。続けて「いつしか僕は、勝つことは愚か追いつくことすら諦め、兄さんの影となることが自分の役割だと思うようになった」「それでいいと思っていた」。
この語りは、そのまま弟の敗北の記録として置かれていた。兄が先に行き、弟が届かない。三話ぶん、視聴者はその向きで覚えている。
兄が知っていたのは、譲られた一歩だった
第8話の真司の言い分は、同じ距離を反対側から測っている。「だが、それでもお前は常に、俺のちょうど一歩だけ後ろにいた」「それは縮まることも広がることもない一歩」。振り返れば決まって笑いながら「やっぱり兄さんには敵わないな」と言われた、とも言う。そして結論が「俺が一歩先を行っていたわけじゃない」「お前に一歩先を譲られてただけだ」。
二人の記憶は矛盾していない。測っていた向きが逆なだけだ。弟は追いつけない距離として覚え、兄は譲られている距離として知っていた。第6話の回想が丁寧だったぶん、同じ一歩に別の持ち主がいたと分かる瞬間の効きが強い。
順番も、思っていたのとは逆だった
幼い頃の稽古試合が挟まる。勝ったのは零司で、「僕の勝ちだね、兄さん」と屈託なく言う。父は「見事だ、零司」と褒め、そのまま真司に向き直って「これで何度目の敗北だ?」「弟に負け越して、兄として悔しくないのか?」「それでもお前は、桐原家の嫡男か?」と叱責する。
つまり最初に負け越していたのは兄のほうだった。そこから「俺の負け越しだった戦績は徐々に互角になり、次第に俺が勝ち越すようになり」、ついに「俺が負けることはほとんどなくなった」。第6話が見せた「一歩先を歩く兄」は、この逆転が終わったあとの姿だけだったことになる。回想の切り取り方そのものが、弟の思い込みの形をしていた。
兄は妖刀に飲まれたのではなく、使うほうを選んでいた
気遣いだと思ったから、死ぬ気で努力した
真司が本当に堪えたと言うのは、負けたことではない。「もちろん、お前に勝てないのは悔しかったし、父上に叱責されるのは怖かった」「けどな、問題はそこじゃない」。本題は「それ以降お前が、わざと俺に負けるようになったことだ」である。零司は「何をバカな」「僕がそんなことを」と否定する。
それでも兄は引かない。「そりゃお前は無意識だったろうさ」「じゃなきゃ父上に見抜かれちまうからな」「だが、剣を交え続けた俺にだけは分かった」。最初は好意として受け取ったともいう。「初めはそれがお前なりの気遣いだと思った。だから死ぬ気で努力したよ」「何枚も手の皮を剥き、何リットルも血と汗を流し、何万回も剣を振り続けた」。それでも一歩は縮まらない。無意識だったから、零司には直しようがなかったというのが、この話のいちばん救いのないところだ。
第6話の読み筋を、本人が正面から否定する
零司は最初、相手を兄として認めない。「僕がかつて兄と呼んだ人間は、あの日儀式に失敗し妖刀に飲まれ、既に死んでいる」。第6話で見せられた継承の儀式と、父の「くれぐれも飲まれるなよ」という念押しを踏まえた言い方である。
これに真司は「これは幻なんかじゃない」と返し、妖刀に飲まれたわけでも死んだわけでもない、と否定したうえで「昔も今も、俺は俺のままだ」と言い切る。第6話は事故として読めるように作られていたが、本人の言い分では事故ではなく手段だったことになる。動機のほうも「立派な跡継ぎとして、お前の兄として、そして何より俺が俺であるために」、手立ては「何を使っても、どんなことをしてでも」。譲られていたと気づいた人間が、自分の輪郭を取り戻すために取った方法が妖刀だった、という順番になる。
なぜ物ノ怪の側にいるのか、答えは拍子抜けするほど短い
零司が「だったらなぜ、なぜお前はそこにいるんだ」と詰めると、返ってくるのは「別に、ただ都合が良かっただけさ」「身を隠し、隠密局と相対するため」。理念でも恨みでもなく、都合だという。
公式のキャラクター紹介は、第7話に出た三体と天鬼の距離を「理念に共感」「協力」「行動を共に」と三通りに書き分けていた(※2)。真司はそのどれでもない四つ目の距離にいて、物ノ怪の側にいる理由が隠れ蓑しかない。斬り合いの最中に「昔から紙一重でかわすのがうまかったけど、さらに腕を上げたみたいだなあ」「かわし方は体が覚えてるさ。幾度となく受けたお前の得意技だったからな」と弟の上達を褒めるあたりも含めて、この兄はまだ桐原家の話しかしていない。
幻の兄が言った「まだ足りない」を、本物の兄も言った
零司は確かめるために出てきた
第5話から第6話にかけての妖術対抗訓練で、零司が見せられたのは兄の幻だった。幻の兄は「どうしたお前の力は、こんなものか。こんなんじゃ俺は殺せないぞ」と言い、第6話では「まだ足りない。この程度では、まだ俺は殺せない」と繰り返した。
零司の突破の理屈がよかった。「僕の記憶が生み出した幻に過ぎない。いくら倒しても、僕の知っている以上のことは分からない」「だから、確かめるんだ、僕が。僕自身の力で」。第8話は、この宣言の答え合わせにあたる回になっている。
一致した言葉と、増えた事実
本物の真司も、同じ言葉を使う。「まだ足りない」「まだ足りないな」と重ね、「もっと恨め」「もっと憎め」「軽蔑しろ」「情けを捨てろ」と煽って、欲しいのは弟の本気だと繰り返す。台詞の水準では、零司の記憶はかなり正確だったということになる。
だが幻には無かったものが一つ出た。わざと負けていたことを、兄のほうが知っていたという一点である。「僕の知っている以上のことは分からない」と言って出てきた人間の前に、知らなかったことがきちんと置かれた。しかもそれは、零司が自分でも自覚していなかった自分の行動だった。確かめに行った先で増えたのが他人の秘密ではなく自分の癖だったところが、この回の残酷さだと思う。
斬らずに帰る理由
真司は零司を斬れる位置まで踏み込んで、寸前で止める。「危うく、斬り殺しちまうとこだった」「動揺したお前を斬っても意味ないからな」。欲しいのは勝ちではなく本気なので、揺れている相手には用がない。目的が「殺すこと」ではなく「本気を引き出すこと」だと分かると、第6話の「死に物狂いで強くなって、俺を殺しに来い」も同じ一本の線に乗る。
去り際は「けど、これで話すべきことは全部話せた」「だから、今回はこれでおしまい」「今日は久々に会えて楽しかったよ」「次に会うときは本気で殺し合おうな」。残された零司の呟きが「また、あのときと同じ」「僕だけを残して」で、第6話の「なぜ僕を残していく」と同じ言葉が二度目になっている。儀式の日と今日とで、置いていかれ方まで同じだった。
羅睺が自分で言おうとしたことを、天鬼が先に言ってしまった
中断された告白
弐郎と合流した羅睺は、意を決したように切り出す。「実は、お前に一つ話しとかなきゃいけないことがあるんだ」。第7話の終盤で羅睺だけが気づいた、あの件である。一つの体に二つの存在がいる以上、力を使うほど相棒の命を削っている、という話だ。
ところが、切り出した羅睺自身が「おい、ちょっと黙れ」と言って話を止める。現れたのが天鬼で、第一声が「久しぶりだな、羅睺」「息災そうで何よりだ、古き友よ」。第6話の回想で村を訪ねてきたときとまったく同じ挨拶だった。
敵の口から知らされる
弐郎が天鬼の顔を知っていることに、天鬼は「随分と心を開いたものだな」と感心し、そのまま「ならば、皮肉なものだな。心を開いた相手の命を喰らい続けるとは」「何だ、そこは共有していなかったのか?」と続ける。羅睺が自分の口で言おうとしていたことを、敵のほうが先に言ってしまう形になった。
理屈も丁寧に説明される。「一つの器に二つの存在。それがどれほどいびつな状態か」「どれだけ互いを気遣おうと、人間と物ノ怪が共生するなど不可能だ」「まして、そんな状態で強引に力を使えば、君の命の灯火など、すぐに喰らい尽くされ、あっという間に燃え尽きる」。部隊の名が黒の灯火であることを思うと、この言い回しはかなり意地が悪い。
聞かされた直後の弐郎の第一声は、さっき敵を倒した技をもう一回やるぞ、である。羅睺が「今の話、聞いてなかったのか?」と止めると「聞いてたよ。だから何だ?」。続けて「だからってビビって何もしないで、それで何か解決すんのかよ」「てめえに喰われて死ぬのはごめんだが、黙ってあいつにやられんのはもっとごめんだ」「それなら、命削ってでも戦うしかねえだろ」。天鬼の評が「短絡的なのか、合理的なのか、よく分からんやつだな、君は」で、第5話の「しょうもねえカテゴリーで勝手にくくんじゃねえよ」、第6話の「何がけじめだ。要はカッコつけて逃げただけじゃねえか」と、この主人公は毎回、大きな理屈を喧嘩の話に引き戻して答えている。
天鬼は一度、負けている
捕らえられた羅睺に、天鬼が経緯を明かす。「お前が石に入ったあと、私は再び同志を集め、蜂起し、そして敗れた」「耐え難い敗北を経験し、私は初めて自分の認識の甘さを知った」。公式のキャラクター紹介にある「決戦に備えて全国各地から理念を共にする同志達を集めている」(※2)は、一度目ではなく二度目の同志集めだったことになる。
敗けて得た結論がこれだ。「個として脆弱な人間は、群れをなすことでその力を見せる」「絶対数で劣る我々は同じ方法では対抗ができない」「圧倒的な個の力が必要不可欠」「それこそが、つまり、お前だ」。羅睺を欲しがる理由が、ここで初めて執着ではなく戦術として説明された。食事を用意しておいて「食わんのか?」と勧め、断られると「そうか。ならば邪魔なだけだな」で片づけ、そのまま「呆れるほど脆弱だな」「こんな劣等種が万物の長を気取っている」と続ける手つきも、「取って変わるのではない。ただ元に戻すだけだ」という理念どおりに一貫している。
「群れを忘れた」と言われた側は、その直前の場面でそう描かれていた
面白いのは並べ方だ。この長い説明の直前に置かれているのが、隠密局の後始末である。久澄は「通行封鎖、報道規制、関係各社への連絡などなど、ようやく一通り区切りがついたところで今度は現場への出動要請だ。全く笑えん」とこぼし、司場は「申し開きのしようもない」と受けるしかない。「お上との交渉で無理を通した時枝に感謝するんだな」という一言も挟まる。
久澄は結局「いや、私が直接先行する」と言って、そのために特務一課から二人を連れてきている。組織で動くための手続きが、組織の足を止めている絵だ。天鬼の「長い時を経て、群れとしての機能を忘れた現在の隠密局」という診断は、視聴者がその実物を見せられた直後に出てくる。一方の天鬼の側は、咬牙が遅れて合流し、鳴子が言われたとおりに結界を解いて妖気を回収する。群れとして動けていたのは、この回では敵のほうだった。
まとめ──同じ形の二択が二度出て、猫は二度とも三つ目を選んだ
第6話の二択と、第8話の二択
第6話で天鬼が羅睺に突きつけたのは「ここで私を殺し全てを敵に回すか、私と共に御庭番を潰すか。選べ、羅睺」だった。羅睺はどちらも取らず、殺生石に憑依して自分を封じた。「これが俺なりのけじめ。誰にもつかねえという選択だ」。
第8話の二択は「今ここで私への絶対服従を誓え」「そうすれば、その少年だけは助けてやろう」「さあ、決断しろ」。羅睺は「俺がおとなしく従えば、本当にこいつは見逃すんだろうな」と念を押して、今度は受けた。引き剥がしの最中、弐郎のほうは「これはお前と俺で始めた喧嘩だろうが。お前一人が抜けるなんて、俺は絶対認めねえぞ」と食い下がっている。
置いてきたのは尻尾だった
天鬼が気づくのは、すべて終わったあとだ。「貴様、尻尾はどうした?」。羅睺の答えが「あの時、てめえがあんまり強引に引き剥がすからよ。うっかりちぎれて置いてきちまったよ」「俺の妖気、全部乗っけて、あいつの中にな」「つまり今の俺は空っぽの殻だけ」「見た目どおり、ただの猫も同然なんだよ」。
去り際に天鬼が隠密局へ向けて言った「預けていたものは確かに返してもらった」という台詞が、そのまま自分に返ってくる。返してもらったのは殻のほうだった。第6話の天鬼は村を食い尽くしておいて「これで全てはお前の仕業ということになる」と嘘の絵を描いた男だが、今回は同じ種類の手口で出し抜かれている。
副題「Under dog」が指しているもの
公式のキャラクター紹介によると、羅睺の身長は32cm(※2)。その32cmが今、妖気ゼロで捕虜になっている。本人の申告も「今の俺じゃ、回避も防御もできやしねえんだよ」「死ぬのって怖えな」。これ以上ないほど下馬評の低い側で、副題どおりの位置に立っている。一華の「情けないったらないわよ」から始まったこの回は、倒れた主人公と、殻だけになった相棒で閉じる。
それでも締めの一言は「てめえに任せるぜ、弐郎」だ。第6話の三つ目は誰にもつかないための選択で、第8話の三つ目は一人につくための選択だった。第6話で弐郎が言った「お前はもう一人じゃねえ。それを選んだのが今のお前だ」に対する、言葉ではない返事になっている。天鬼を挑発するときの言い回しが「猫の手も借りてえってツラしてるからよ」「俺の手でいいなら貸してやるよ」で、実際に貸したのが手ではなく尻尾だったのも、この猫らしいところだった。
なお公式サイトの第8話あらすじは「一方、弐郎と羅睺の前に突如、天鬼が現れる」で終わっている(※1)。引き剥がしも尻尾も、公式には一行も書かれていない。この回だけは、あらすじを読んでも半分しか分からない作りになっているので、見返すなら後半を丁寧に追いたい。
出典
※1 TVアニメ「BLACK TORCH」公式サイト STORY 第8話「Under dog」(副題・あらすじ)公式 STORY
※2 同 CHARACTER(羅睺・天鬼・鉄輪・呂蓮・鳴子の紹介文と身長)公式 CHARACTER




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