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第8話「超常対決!巨人 vs 巨人!」は、裏超闘球大会の第1試合が決着し、そのまま第2試合へなだれ込む回だ。ただし第1試合を決めたのは力ではなく、コートの外から届いた声援を「部外者の助っ人」と見なす裁定だった。第2試合はラインの無いコートでのアメリカンデスドッジで、名前が一語だけ増えている。そして締めのおまけコーナーが、今週戦っていた相手の正体を明かす回でもあった。




「あんなまやかしじゃのうて、ほんまの巨人を見せちゃる」から始まる
第8話は、前回の続きから間を置かずに始まる。土佐アタッカーズ側の「あんなまやかしじゃのうて、ほんまの巨人を見せちゃる」という宣言があり、そのまま「いくでー」の掛け声で第1試合の後半に入っていく。副題の「巨人 vs 巨人」が何と何を指しているのかを、本編が最初の一分で自分から説明しているのがこの回の親切なところだ。
実況もそれを受けて「巨人対巨人の、前代未聞のドッジボール対決」「巨人対巨人の激闘だ」と繰り返す。副題を実況が読み上げてしまう構成は珍しくないが、ここで効いているのはその直前に土佐側が「まやかし」と「ほんもの」という言葉で二つを仕分けていることだ。同じ「巨人」でも中身が違うと、戦っている当人が先に宣言してから試合が動き出す。
まやかしの巨人は、一人の速さでできている
ブラックアーマーズ側の巨人は、公式のあらすじの言葉で「超スピードで巨人のようなシルエットを生み出した月」と説明されている。本編でも本人が「重りを外した私のスピードをなめるな」と言い放つ場面があり、速さの出所が明かされる。つまりこちらの巨人は、残像であって実体ではない。
重りを外す、という説明がわざわざ入るのが引っかかった。前回まで全力ではなかったと宣言しているに等しいからだ。第7話で蘭が「こんな雑魚チーム、お前一人で十分だろ」と言い、月が「もちろん」と受けた場面があったが、その「十分」がまだ本気ですらなかったことになる。相手を測る言葉ではなく、自分の手加減を明かす言葉で登場するのが、このチームの気味の悪さだと思う。
ほんものの巨人は、七人で組み上げている
対する土佐アタッカーズの巨人は、第7話で見せた「うちらの絆が生む究極技!」「ドッキングフォーメーション!」の続きだ。片方は一人が速く動いて巨人に見せ、もう片方は七人が積み上がって巨人の形になる。同じ副題の中に、正反対の作り方が並んでいる。
序盤は土佐が押していて、実況も相手の動きが限界に近いと伝えるのだが、そこから空気が変わる。「そろそろこの動きをキープするのは限界」という実況が、直後に「土佐アタッカーズ、ダメージが大きいぞ」に変わる。限界だと言われていた側ではなく、押していた側が先に削られていた。組み上げる巨人は、崩れるときも七人分まとめて崩れるということだと思う。
ブラックアーマーズの冷たさは、まず味方に向いている
この回でいちばん背筋が寒くなったのは、相手への攻撃ではなく味方への言葉のほうだった。倒れた仲間に向けて「立て、ルナ」と呼びかけたその直後に、「我がブラックアーマーズには、弱いやつは必要ない」と続く。励ましの形をしているが、中身は条件の提示になっている。
「立て」と「必要ない」が続けて置かれている
言われた側からは「まだまだやれる」という返しがあり、そのあとに「みんなと仲間でいるために、絶対勝つ」という一言が続いて、「私の最高の技を」へつながっていく。ここは誰の声かを明示する演出になっていないので断定はしないが、並びだけを見ても十分に痛い。
というのも、「仲間でいるために勝つ」という理由が出てくるチームは、本来なら土佐アタッカーズのほうだったはずだからだ。第7話で「うちらはこんまい頃からいつも一緒」と語り、絆をそのまま技にしていたのが土佐だった。同じ動機がブラックアーマーズ側から聞こえてくると、こちらのチームでは仲間でいること自体が勝利の報酬になっているように見える。強さで居場所を買い続けなければならないなら、それは絆と呼べるのだろうか。
「実力の無いものが集まっても意味はない」
土佐の陣形が崩されたあと、蘭は「見た通り、ジョイント部が弱点だったな」と分析してみせる。組み上げた巨人の継ぎ目を突けばいい、という身も蓋もない答えで、実際にそこから一気に人数を減らされる。絆で作った形に、絆の接合部という弱点を見つけて崩すのが今回の攻め方だった。
そして残ったキャプテンに向けて「くだらん」「実力の無いものが集まっても意味はない」「一人になったお前に何ができる」と畳みかける。返ってくるのは「くだらんことないき」の一言だけだ。ここで言い返しが長くならないのが良かった。理屈で反論できる相手ではないと分かっているから、否定だけを短く置いて立ち続けている。
声援が届いた直後に、その声援が反則にされる
この回の芯はここだと思う。試合を動かした要素が、そのまま失格の理由として読み上げられる。第1試合の決着は力負けではなく、裁定によって終わる。
「諦めちゃだめ」「あなたたちならきっとできる」
土佐側から「もういかん」という弱音がこぼれた直後、コートの外から声が飛ぶ。「諦めちゃだめ」「最後まで戦いなさい」「あなたたちならきっとできる」「できるわ」。呼びかけているのは三笠はこで、土佐側は「はこキャプテン」「そこまでうちらを信じてくれるがか?」と応じる。
そこから「うちらは仲間と一緒やったら、誰にも負けん」と立て直し、実況が「強烈なカウンターショットで逆転ヒットだ」と叫ぶ。相手側も「ま、まぐれだろ」「嫌な予感がするわ」と動揺する。公式のあらすじが「はこの声援を受けて奮起し窮地を脱する」と書いているとおりの展開が、台詞の並びでもきちんと成立している。声が届いて、実際に試合が動いたのは疑いようがない。
宣告の理由が「部外者の助っ人だから」だった
ところが試合の終わりに流れるのは「土佐アタッカーズ、反則!」の一言で、その理由として「部外者の助っ人だから」が置かれる。正式な宣告は「ただ今の試合、土佐アタッカーズの反則により、ブラックアーマーズの勝利です!」だ。さっき試合を動かしたばかりの声援が、そのまま失格の根拠として扱われている。
この裁定の残酷さは、誰も嘘をついていないところにある。声は確かに外から来たし、それで流れが変わったのも事実だ。ルール上そう読めてしまう以上、覆しようがない。応援が反則になる大会という一点だけで、この大会が普通のスポーツの場ではないことが伝わる。第7話で主催者が高額な会費と莫大な賭け金の話をしていたことを思い出すと、この裁定が誰のために出されたのかもうっすら見えてくる。
告げられた側が、まず礼を言う
それを受けて、はこは「名門、球川闘球部の名にかけて」「勝負よ!」「私たちが、必ずあなたたちを撃破します!」と宣言する。自分の声が相手を失格にしたと突きつけられた直後に、責任を引き受ける形の宣言を置くのが、このキャプテンらしいと思った。謝罪ではなく、代わりに倒すという約束を返している。
そして土佐側から返ってくるのが「キャプテン、助けてくれてほんまおおきに」「うちらじゃどないしたって間に合わんかったき」だ。反則の原因を作られた側が、原因を作った側に礼を言っている。負けを告げられた直後の第一声が、恨み言ではなく感謝になっている。しかも「間に合わなかったのは自分たちのほうだ」と、負けの理由まで自分で引き受けてしまう。ここは今回いちばん好きな場面だった。
煽られた直後に、かつての敵からユニフォームが届く
第1試合が終わると、話はすぐに球川闘球部の番へ移る。仇を取ると息巻く声に「おいおい、ブラックアーマーズの前に俺たちがいるんだぜ」と割り込んでくるのがUSバッファローズで、ここから第2試合の空気になる。次の相手が自分から名乗り出る形で、間が空かない。
オッズは2番、そして「ユニフォームはねえのか」
試合前にわざわざ挟まれるのが、オッズによるチームランクの読み上げだ。「なんだ2番かよ」という不満に対して、実況は「名門とはいえ復活したばかりの球川闘球部」「全く実績がない彼女たちには妥当な評価か」と身も蓋もなく説明する。評価がそのまま値段になっている大会だと、こういう場面で思い知らされる。
そこへ相手からの煽りが来るのだが、内容が強さの話ではないのが面白かった。「ここはそんな甘くねえぞ」に続くのが「それになんだその学校は」「ユニフォームはねえのか」で、格好の話になっている。実力ではなく見た目で見下すことで、相手が場違いだと言いたいわけだ。試合開始前の紹介でも「名門と称えられたのも今は昔」と軽く扱われていて、この時点の球川は誰からも数に入れられていない。
「全ての映像を平子様に届けていたわ」
その直後に現れるのが聖アローズからの使いで、「全ての映像を平子様に届けていたわ」と明かしたうえで、贈り物として新しいユニフォームを置いていく。「これで思う存分戦ってくださいませ」という言葉つきだ。ユニフォームが無いと煽られた直後に、ユニフォームだけが届くという順番が、この回で二度目の「言われた直後に来る」形になっている。
見逃せないのは、届けてきたのが第3話から第5話にかけて正面から潰し合った相手だということだ。あれだけ執着していた二階堂平子が、いまは着るものを送ってくる側にいる。しかも本人は現れず、贈り物と伝言だけが届く。決着をつけた相手にだけ許される距離感で、直接会いに来ないところに逆に律儀さを感じた。裏を返せば、この大会を平子はずっと見ているということでもある。
第2試合のコートには、ラインが引かれていない
第2試合は場所から違う。「第2試合は最下層特別会場へ移動します」という案内で、地下で行われている大会がさらに下へ潜っていく。会場を移すこと自体が、ルールが変わる合図になっている。
最下層の特別会場へ移動する
着いた先での第一声が「真っ暗じゃんか」「めちゃくちゃヤバそうなコートだろ」で、続いて「これドッジボールのコートなの」という戸惑いが出る。決定的なのが「ラインもないし、ボールが7個」という一言だ。コートを区切る線が無い競技は、もうドッジボールの形をしていない。
ラインが無いということは、内野も外野も、当たっていい範囲も定義されないということになる。そこにボールが7個。スポーツを成立させている取り決めを外した状態から始めるという設計で、見ているこちらも何が起きるのか予想できない。暗がりで足元が見えない演出も相まって、この時点でかなり嫌な予感がする。
元祖アメリカンドッジと、一語だけ増えた名前
ルール説明は本家から入る。「ゲームスタートと同時に、センターにセッティングされた7つのボールを奪い合う」「一度アタックラインの後ろまで戻ってから投げ合って」「アウトになったものからどんどん脱落していく」と流れ、締めが「冷酷非情のゲーム」「それが元祖アメリカンドッジ」だ。相手側は「アメリカンドッジか」「これで俺たちの勝ちは決まったようなもんだ」と余裕を見せる。
ところが本番の宣告は「今回はアメリカンデスドッジ」で、名前が一語だけ増えている。説明されたのは本家のルールで、実際にやるのは名前の違う何かだという提示の仕方が巧い。増えた一語が何を意味するのかを説明しないまま試合が始まるので、観客も選手も同じ位置から答え合わせをすることになる。得意だと言っていたはずの相手が、その一語だけは知らないというのも皮肉が効いている。
「一番だと証明するため」が、両方の側から出てくる
今回はチームの動機がはっきり言葉になる回でもあった。しかもほとんど同じ形の動機が、第1試合と第2試合の両方で出てくる。並べて聞くと、同じ言い方でも重さがまるで違うのが分かる。
「うちらが一番やって証明するために」
一人だけ残された土佐のキャプテンが、最後の攻防の前に言うのが「うちらは土佐アタッカーズが一番やって、証明するために」という一言だ。返ってくるのは「そうか、では死ね」で、会話が成立していない。証明したいという願いに、死ねという返しが来るのがこの大会の温度だと思う。
ただ、この「一番だと証明する」は土佐にとっては仲間との積み重ねの話だ。第7話で語られていた「メンバー全員で威力を分け合う」やり方も、生まれたときから一緒だという背景も、全部その証明のためにあった。負けた側の動機のほうが、はるかに具体的な中身を持っているのが切ない。
「ドッジボールこそ世界一であらねばならんのだ」
対してUSバッファローズの動機は、第2試合の途中で語られる。「アメリカは経済も軍事も世界一の国家だ」「そしてドッジボールも」まで言って、そこで止まる。そして言い直すのが「いや、ドッジボールこそ世界一であらねばならんのだ」だ。
この言い直しが今回いちばん引っかかった。「である」で終われなかったから「でなければならない」に置き換えている。事実の確認のつもりで話し始めて、事実では足りないと気づいて義務に変えたわけだ。続く「証明してやるよ」「俺たちがナンバーワンだということだ」も、勝ちたいというより不安を潰しに来ている響きがする。試合前の第一声からして「ドッジボールもアメリカが一番だぜ」で、話が全部国の順位に寄っていく。
「9歳で極めて飽きたけどな」
それを正面から外すのが球川側の返しだ。アメリカ育ちの選手が名乗り出て、実況が陸上競技でトップクラスの成績だと紹介する。そして「アメリカンドッジは俺も子供の頃やってたぜ」「懐かしいぜ」と続けたあと、「9歳で極めて飽きたけどな」と落とす。
世界一を証明しに来た相手に、飽きたと答えている。相手が命を懸けて背負っているものを、九歳で通過した過去として扱うのだから、これ以上ない外し方だ。しかも嘘や強がりではなく、本人にとってはただの事実として言っているのが強い。今回のいちばん気持ちのいい台詞だった。
アウトの一言が、別れの挨拶になっている
第2試合が動き出すと、球川側は序盤から押し込まれる。相手のショットは「みんな下がってろ」と味方に警告が出るほどの威力で、そこから最初の脱落者が出る。そこで発される言葉が、この回でいちばん重い。
「みんな、今まで楽しかったわ」
実況が「強力ショットで吹っ飛んだ」「落ちるぞ!」と叫び、江袋もち子から出るのが「スージーちゃん、みんな、今まで楽しかったわ」「ありがとう」だ。アウトになった選手の台詞ではない。これは別れの挨拶の形をしている。
直前まで、もち子は守りの要として球を受け止め続けていた。第5話の入部テストで「超柔らかボディ」と紹介された持ち味そのままに、味方の前に出る役回りを担っていたのがこの選手だ。いちばん多く球を受けていた選手が、いちばん先にコートから消える。しかも最後に口にしたのが感謝だったという事実が、あとから効いてくる。
実況はそれを「一人目の脱落者」と呼ぶ
この場面で本編が何の説明もしないのが、いちばん怖いところだ。実況は「一人目の脱落者が出てしまった!」とだけ言う。脱落という言葉がどこまでの意味を含んでいるのか、誰も明かさない。「落ちるぞ」という警告の落ちる先も、画面の外に置かれたままだ。
相手側の反応も短く、「おかげで命拾いしたな」「今度はこっちの番だ!」で切り替わる。悲しむ時間がまったく用意されていない。「命拾い」という言葉が軽口として出てくる時点で、この試合で失われるものが点数ではないことは伝わっている。それでも試合は止まらず、次の攻撃が始まってしまう。この容赦のなさが、増えた一語の答えなのだと思う。
まとめ|おまけコーナーが、今週戦っていた相手の正体を明かす
第8話を通して見ると、決着も動機も脱落も、すべて言葉が先に置かれて、そのあとで意味が変わるという形で作られていた。副題の巨人は本編が自分で仕分け、反則の理由はさっきの美談を指し、増えた一語は説明されないまま脱落者を出す。そして最後のおまけコーナーが、この回全体の答え合わせになっている。
親世代のライバルは「今のアタッカーズと同じ」だった
おまけコーナーは「球川小闘球部 激闘の記録」と題して、「パパたちのライバルとの戦いを振り返る」企画として始まる。紹介される一組目は、キャプテンのもとで「華麗な連携プレーが持ち味のチーム」。映像を見た子どもたちが「なんか変わったドッジだな」「あ、これってひょっとして」と気づき、答えが返ってくる。
「そう、今のアタッカーズと同じ」「パス回しからのトス」「そしてシュート」「バレーボールを下地としたドッジボールよ」。つまり今週の第1試合で見ていた戦法は、親世代のライバルのものだった。しかも弾子の父と颯美の父が協力して、その強敵に勝ったと語られる。今の球川に弾子と颯美が揃っていることを思うと、勝ち方まで引き継いでいることになる。
「その魂を受け継ぐ人たちが、いつか私たちの前にも」
続けて出てくるのが、親世代が当たった相手の一覧だ。「サッカーにアメフト、野球にバスケに相撲に剣道」「ボクシングに柔道って」と並び、聖アローズ以外にも大勢いたことが分かる。そして締めが「でも、もちろんこれだけじゃないのよ」「球川小闘球部には、さらなる強力なライバルがいて」「その魂を受け継ぐ人たちが、いつか私たちの前にも」だ。
これは予告として読むのが素直だが、すでに現れたあとで言っているのが効いている。今週正面から受けた戦法が親世代のものだったのなら、その魂を受け継ぐ人はもうコートに立っていた。つまりこの締めは「これから来る」ではなく、「来ていたのに気づかなかっただろう」という念押しでもある。他競技を下地にした相手が次々に出てくると分かった以上、この先の対戦相手は全部この一覧から来ると考えていいのだと思う。
「決勝で会えるといいな」は、もう果たされない
第7話で球川と土佐が別れる際、「一緒に特訓した仲だが、大会では容赦しないからな」「決勝で会えるといいな」というやり取りがあった。その約束が、第1試合で果たされなくなった。しかもきっかけが、球川のキャプテンが送った声援だったという形で終わっている。
おまけコーナーでは子どもたちが「僕たちも土佐アタッカーズと試合したいな」と口にする。本編を見たあとにこれを聞くと、その願いだけが宙に浮いたまま残る。だからこそ「必ずあなたたちを撃破します」の宣言が重い。土佐との決勝が消えた以上、球川が土佐に返せるものは、勝ち上がって同じ相手を倒すことしかない。もち子を欠いた状態でその約束をどう果たすのかが、次回の見どころになる。




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