この記事の作品:
公式副題は第八話「誤解と不実」(※1)。妻が男といると知って夫が追いかける筋は、この作品では二度目にあたる。一度目の第三話はセラフィーナ・パルニラの告げ口から始まり、今回そこに立っているのはその兄のヤルモ・パルニラだ。しかも公式あらすじが「たまたま出会っただけ」と書いた遭遇について、本編のヤルモは「部下からの報告を受けて来てみたが」と漏らす。偶然だったのは、どうやら片方だけだった




同じ家の兄妹が、五話をはさんで同じ誤解を作っている
副題で二語を「と」で並べたのは、八本のうち二本だけ
公式サイトに並ぶ副題を頭から見ていくと、第一話「みせかけの結婚」、第二話「……ありがとう」、第三話「カフスボタンとオルゴール」、第四話「微笑みの裏側」、第五話「遠い雨音」、第六話「夜会にひそむ罠」、第七話「思いがけない贈り物」、そして第八話「誤解と不実」となる(※2)。
八本のうち、二つの語を「と」でつないだ副題は第三話と第八話だけだ。しかも並べ方が違う。第三話が並べたのはカフスボタンとオルゴールという物で、どちらもその回に実物が出てくる。第八話が並べたのは誤解と不実という状態のほうで、こちらは片方しか起きない。
その二本は、筋書きまでよく似ている
第三話の公式あらすじはこうだ。「彼に思いを寄せる伯爵令嬢セラフィーナから、エルサが男性と城下町に行ったと聞かされ思わず後を追う」(※3)。第八話はこうなっている。「エルサが街に出ていると知り心当たりを探しに行く。しかしそこで目撃したのは、ヤルモと親し気に話すエルサの姿だった」(※1)。
妻が自分以外の男と一緒にいるらしい、と知って夫が確かめに行く。その形が五話をはさんで二度くり返されている。第三話の相手は弟のハンネスで、追いついてみれば誤解だった。第八話の相手は身内ではないが、こちらも公式あらすじの言い方は「たまたま出会っただけだったが」である。
告げ口をした妹と、当事者になった兄
二度の誤解には、同じ家の名前が付いている。第三話で城下町の話を吹き込んだのはセラフィーナ・パルニラ、第八話で街に立っていたのはその兄ヤルモ・パルニラだ。
公式のキャラクター紹介は二人の動機まで書いている。セラフィーナは「ユリウスに思いを寄せており」「ユリウスと結婚したエルサにマウントを取ろうとする」、ヤルモは「ユリウスとエルサの夫婦関係にも疑問を持ち、エルサに近づく」(※5)。妹は横から言葉を入れ、兄は自分でその場に立つ。やり方は違うのに、夫の側に生まれるものは二度とも同じだった。
着地だけが、前と逆になっている
違うのは終わり方だ。第三話のあらすじは「形だけの夫婦と思っていたが、いつの間にかエルサを信じたいと思う自分に気づいて……」で閉じる(※3)。第八話は「その姿を見たユリウスは二人の仲を誤解して……」で閉じる(※1)。
信じたいと気づいたところで終わった回のあとに、疑うところで終わる回が来ている。ただし第三話の時点のユリウスは自分たちを形だけの夫婦だと思っていて、第八話ではもうそう思っていない。信じる気がなかったころには生まれなかった疑いが、近づいたあとで初めて生まれている。同じ形の出来事なのに、刺さり方が逆になっているのはそのためだ。
たまたま出会っただけ、というのはどちらの話か
公式あらすじは、先に答えを言ってしまっている
第八話の公式あらすじには「たまたま出会っただけだったが」という一句が入っている(※1)。つまり副題の後半にある「不実」については、本編を見る前から無いと書かれているに等しい。この回で確かめるべきは、不実があったかどうかではなく、その「たまたま」が誰にとっての「たまたま」なのかのほうだ。
本編のヤルモは、報告を受けて来ている
街での立ち話が終わったあと、ヤルモの側に独白が入る。「部下からの報告を受けて来てみたが」。そのまま続くのが「この二人、仲睦まじい夫婦を装っているようだが、やはり違和感があるな」だ。
この独白で、遭遇の性格が片側だけひっくり返る。エルサにとっては教え終わった帰り道に声をかけられただけだが、ヤルモは人を使って居場所を掴んだうえで、そこへ足を運んでいる。公式あらすじの「たまたま」は、エルサの側から見た景色をそのまま書いた言葉だった。
公式のキャラクター紹介が、近づく理由を先に書いている
そもそもこの人物の紹介文には、「近年急速に力を付けたパルニラ伯爵家の長男でセラフィーナの兄」「ユリウスが側近を務めるアレクシス王太子とは政治的に対立関係にあり、父と共に暗躍している様子で、ユリウスとエルサの夫婦関係にも疑問を持ち、エルサに近づく」とある(※5)。演じているのは石川界人だ。
「エルサに近づく」ことが、公式の紹介文にあらかじめ書かれている人物である。その人物が街角に現れたときに「たまたま」と書かれていたら、疑ってかかるほうが読み方としては素直だろう。紹介文には「ユリウスとは王立学校の同窓生」ともあり、夫の側の事情にも通じている。
「偶然」は、この作品の公式あらすじに三度出てくる
数えてみると、八本の公式あらすじで偶然の類が出てくるのは三本だけだ。第五話の「偶然ヤルモに出会ったり、雨に降られたり、間の悪いことばかりだったが」(※4)、第七話の「偶然エルサの誕生日を知ったユリウス」、そして第八話の「たまたま出会っただけだったが」である。
このうち第七話の「偶然」は、本編を見ると偶然ではなかった。弟のハンネスが誕生日も好みの本も揃えて城で手渡しており、日付まで教えている。三度のうち一度はすでに本編と食い違っていて、残る二度はどちらもヤルモが相手だ。しかも第五話では「間の悪いこと」の一つとして数えられていた遭遇が、この回では話の中心に据えられている。
夫は行き先を推し量り、妻は報告を先送りにしていた
エルサはもう「エルサ先生」と呼ばれている
この回は授業の終わりから始まる。「今日はここまでです」「みなさん覚えるのが早くてすごいです」「これからも一緒に頑張りましょうね」。子どもからは「エルサ先生」と呼ばれ、「おやつもっと持ってきてくれる?」とねだられる。返すのは「もちろんです」、そして「でもおやつはお勉強がちゃんと進んだらにしましょうね」だ。
その場では「エルサ様、本当にありがとうございます」という声が出て、エルサはお力になれて嬉しいと返す。前回、張り紙を見て名乗り出たばかりだったのに、この回の頭ではもう授業が回っていて、呼び名まで決まっている。夫に話せていない間に、向こう側では関係ができあがっている。
最初に足りないと言うのは、お金ではなく物だった
そのあとに置かれるのが「しかしもっとノートやペンが欲しいところですね」という一言である。第七話の公式あらすじはこの施設を「資金繰りに苦しむ」と紹介していたが、本編でエルサの前に置かれるものは毎回もっと手触りがある。前回は人手と脅し文句、今回はノートとペンだ。
続く独白も報告の形をしていない。「子どもたち、今日も可愛かったな」で終わっている。仕事の進捗として持ち帰っていれば夫に切り出す言葉も決まるはずだが、この人はそれを私的な喜びとして抱えて帰っている。話せない理由が忙しさだけではないことが、ここで見えている。
夫の推測は、野菜から始まっている
一方、ユリウスの側でも妻の外出が話題になっている。ユリウスの言葉は「ここのところよく出かけているようだが」、そして「野菜を植え替える時期なのか」だ。
公式のキャラクター紹介にあるとおり、エルサは「野菜作りが得意」な人である(※5)。夫が持っている妻の像が、そのまま推測の中身になっている。問題は、その推測を本人にぶつけていないことだ。行き先を本人にではなく、まわりに尋ねて知る形が、この回の冒頭にもう出来上がっている。
迎えに行くのに、言い訳のほうを先に組み立てている
そして続くのが「仕事が早く終わったので迎えに来たと言ったら」で、そこで言葉が途切れる。公式あらすじは「久しぶりに仕事が早く終わったユリウスは、エルサが街に出ていると知り心当たりを探しに行く」とだけ書くが(※1)、本編は何と言って現れるかまで先に用意しているところを見せている。
その同じ日のうちに、この人の推測はここまで振れる。「街で親しげに男性と話しているところを見かけて…」、「外出している理由は彼に会うためなのではないかと…」、「恋仲なのではと…。」。野菜の植え替えから恋仲まで、間にあるのは街で目にした一場面だけである。
この回、エルサに触れた男が二人いる
一人目は、手袋をしたまま髪に触れる
街でのやり取りは、ヤルモの「はい、紙くずが取れましたよエルサ様」から動く。エルサの返しは「お恥ずかしい」「子どもたちと遊んだもので」。記事内の画像でも、黒い手袋をはめた手がそのまま伸びている。
そのまま「暗くなってきていますし、馬車乗り場までお送りしますよ」と続き、エルサは「ご親切にありがとうございます」と頭を下げる。エルサの側から出たのは、恥ずかしさと礼だけだった。この落差が、この回の誤解を成立させている。
言葉は会話を言い、画のほうは接触を映している
字幕の並びを見ると、「恋仲なのではと…。」がかぶるのは髪に手が伸びている画のほうだ。言葉のほうは「親しげに話している」で始まるのに、そこへ重ねられる画は触れられている場面だ。
公式あらすじが「親し気に話すエルサの姿」と書いたのは会話のことだが、この人の頭に残ったのは触れられたという一場面だった。疑いが会話の中身ではなく距離の近さから来ていることが、字幕と画の合わせ方で分かる。
二人目は、教会の中で触れる
公式アカウントは放送後にこう書いている。「ユリウスに触れられて、胸が苦しくなったエルサ。これは不整脈ではありませんよね…?」。添えられた画も、記事内に並ぶ先行カットも、ステンドグラスに挟まれた教会の中だ。同じ「触れる」でも、返ってくるものが街のときとまるで違う。
この動悸には前がある。第六話でエルサはそれを体の異変として受け取っていて、第七話でようやく「なんだか、ドキドキしてきました」と言葉にできるようになった。第八話にいたっては、公式アカウントのほうが先回りして「不整脈ではありませんよね」と書いている。自覚が本人に追いつく前に、外側が先に名前を用意している格好だ。
最後の台詞が、謝罪ではなく頼みになっている
誤解そのものは重くならないまま解ける。この回を見た人からも「非シリアスのまま誤解を解消してくれて何より」という声が出ていた。ところが解けたあとに置かれる台詞は、詫びではない。字幕にはこう出る。「エルサ、これからは誰にも触れさせないでほしい。」
恋仲だという見立ては嘘でも、髪に触れられたこと自体は本当に起きている。消せるのは誤解のほうだけで、触れられた事実は残る。だから最後に出るのが詫びではなく、これからのことを頼む言葉になった。副題の「不実」は無かったが、この人が持ち帰れなかったのは不実ではなく接触のほうだった。
まとめ──「愛する気はない」を書いた人が、「誰にも触れさせないで」も書いた
脚本は三人体制で、この回はシリーズ構成が自分で書いている
公式サイトの各話ページには脚本・絵コンテ・演出まで載っている。並べると、脚本は第一話・第二話・第五話・第八話が金春智子、第三話・第六話が森田眞由美、第四話・第七話が吉村愛の三人体制で、金春智子はシリーズ構成も務めている(※2・※5)。
つまり第一話「みせかけの結婚」で「きみを愛するつもりは一切ない」と言わせた人が、第八話で「これからは誰にも触れさせないでほしい」を書いている。突き放す台詞と、離したくないと言う台詞が、同じ人の手から出ていることになる。
絵コンテと演出は、どちらもヤルモの回から来ている
絵コンテの中川聡が担当したのは第四話と第八話の二本だけだ。第四話「微笑みの裏側」の公式あらすじは「城を訪れたエルサは、セラフィーナの兄ヤルモから意味深な言葉を投げかけられ……」で閉じている。ヤルモがエルサに直接ものを言う最初の回である。
演出の神谷浩平が担当したのも第五話と第八話の二本だけである。第五話「遠い雨音」は、公式あらすじが「偶然ヤルモに出会ったり」と書いた回だ(※4)。ヤルモがエルサの前に現れる回を作ってきた二人が、この回で初めて同じ話数に並んでいる。
脚本と演出の組は、第五話と第八話でしか重ならない
組み合わせで数えると、金春智子と神谷浩平が同じ回に入るのは第五話と第八話の二本だけになる。公式あらすじが「偶然」「たまたま」と書いてヤルモが出てくる回が、そのまま同じ二人の回である。偶然の出し方に癖があるとすれば、この二人の手つきということになる。
作画の側も重なっている。総作画監督の安孝貞が入るのは第六話と第八話の二本だけで、作画監督の閔賢叔と金基曄も同じ二本にしか名前がない。第六話「夜会にひそむ罠」は、公式あらすじが「実はそれはヤルモの策略で……」で閉じる回だ。ヤルモがエルサに仕掛ける回は、作画の班ごと重なっている。
折り返しは、言えていないところから始まっている
公式ニュースの見出しは「いよいよ両片思いのむずキュンへ突入!『きみ愛』折り返し特集 応援イラスト公開!」で、第八話の放送直前にあたる二〇二六年八月十九日に更新が入っている(※6)。両片思いとは、お互いに言えていない状態のことである。
その一本目にあたるこの回で言えていないものは、恋心ではなく先生になったという報告のほうだった。妻は「今日も可愛かったな」と抱えて帰り、夫は「野菜を植え替える時期なのか」と推し量る。そのすき間に立って「ご存知なのですか」と確かめに来た男がいて、返ってきたのが「実はまだお話しできていないんですよ」「ここのところタイミングが合わなくて」だった。彼が持ち帰ったのはエルサの好意ではなく、この夫婦の間に報告が通っていないという一点である。
出典
※1 TVアニメ『きみ愛』公式サイト STORY 第八話「誤解と不実」(あらすじ・脚本・絵コンテ・演出・作画)公式 第八話
※2 同 STORY 一覧(各話ページに副題・あらすじ・脚本・絵コンテ・演出が掲載されている)公式 STORY
※3 同 STORY 第三話「カフスボタンとオルゴール」公式 第三話
※4 同 STORY 第五話「遠い雨音」公式 第五話
※5 同 CHARACTER/STAFF&CAST(エルサ・ユリウス・ヤルモ・セラフィーナの紹介とキャスト)公式 CHARACTER
※6 同 NEWS「いよいよ両片思いのむずキュンへ突入!『きみ愛』折り返し特集 応援イラスト公開!」公式 NEWS






















コメント