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温かさを感じたと言った直後に、ララの足がもつれる。期限を先に知ったのは本人ではなく茉里のほうで、ララが「ここにいさせて」の理由に並べたのは布団と洗濯という明日の家事だった。そして海へ戻った先で「例外はないわ」と言われたララは、地上にこそ光を感じると答える。その根拠が見つけたものではなくもう受け取っていたものだったところまで、第8話「決勝戦の夜」を読み解く。




温かさを感じたと言った直後に、足が言うことを聞かなくなる
ルカから受け取ったものに、ララはまだ名前をつけていない
第8話はルカの話から始まる。ララの言い方が慎重で、「不思議な気持ちなの」「ルカからは今まで感じたことのない、なんていうか、なんだろう」と何度も言い直したうえで出てくるのが「温かさみたいなもの」だった。愛とも恋とも言っていないし、「みたいなもの」という保険まで付いている。茉里が「見つかりそう? ララが探してた本当の愛?」と直球で聞くのに対して、ララは名前をつけないまま置いている。
第7話で歩道橋のルカに「ありがとう」と言えた夜から、気持ちのほうは確かに一段進んだ。ただ本人は、それが二百年探してきたものと同じ種類かどうかを判定できていない。一度失敗している人の慎重さとして読める。
転んだ理由を、二人は別のところに置いている
そして直後にララが転びかける。「転びそうになっちゃった」とごまかすララに、茉里は「まだ慣れてへんちゃう? その足」と返す。ララの答えが「違うわよ」だった。
ここが今回の入口になっている。茉里は人間の足に慣れていないせいだと思っていて、ララは違うと知っている。第7話で魔女が「お前の心が大きく動いたからだろう」と言い、心が動くほど体が人から離れるという反応が示されていた。温かさを感じたと言った直後に足が言うことを聞かなくなるのは、その続きに置かれている。同じ場面を見ていても、二人が見ているものは違う。
期限を先に知ったのは、本人ではなく茉里だった
リサが会いに来た相手はララではない
大会を控えた日、部活の帰りにララが倒れかける。そのあとに現れるのが姉のリサで、しかも訪ねてきた相手が茉里だった。「初めまして、大津茉里。私はリサ、ララの姉よ」「ララを返してほしいの」。茉里の返しが「別に。ララに直接言ったらどうですか」。
そこからリサは説明を始める。ララは特別なプリンセスで、その光で人魚を救う使命がある。本当の愛を見つけられれば光が手に入り、見つけられなければ泡となって消える。そのうえで「ララは人間になるために薬を飲んだ。その薬には期限がある」「期限を過ぎると、あの子はたちまち泡となり死んでしまう」。
第5話から第7話まで、ララが泡になるという話は視聴者だけが知っていた。それを作中で最初に受け取ったのが、本人ではなく同居人だった。しかも茉里は魔女にも確認を取っている。「ゴンちゃんもそう言ってた」。二方向から裏を取ってから、ララの前に立った。
渡された薬は一時しのぎでしかない
リサは薬も置いていく。「泡になるのを遅らせる効果がある」「不調も少しは和らぐはず」「ただしこれは一時しのぎでしかないの」。第6話で人間の研究者が一生をかけて作り、リサ自身が「似ても似つかない偽物」と呼んだあの薬である。
第6話のリサは「私たちの薬はもうわずか」と焦っていた。その残り少ない手札を、憎んでいるはずの人間に、しかも妹を囲っている家の娘に預けている。人間の手を借りるなんておぞましい、と言いながら研究者を頼ったときと同じねじれがここにも出ていて、この人は口で言うほど原則的ではない。妹の体のためなら、自分の宣言のほうを曲げる。
ララが並べたのは、愛ではなく明日の家事だった
「ここにいさせて」の前に置かれたもの
茉里は薬を飲ませたあと、いちばん言いたくないことを先に言う。「あんた、もうお姉のとこ帰り」。この回で最初に「帰れ」と言ったのは、リサではなく茉里のほうだった。
ララは拒む。「確かにたくさん迷惑かけてるかもしれない、けど」「ここにいさせて」。そして理由として並べるのが、驚くほど地味な予定だった。「私は明日もここにいるの」「お布団をたたんで着替えたら、あなたの試合を見に行く」「またお店でも働くし、洗濯だって手伝うわ」「ルカとももっともっと仲良くなって、そして」。
本当の愛を探す話をしているのに、口から出てくるのは布団と着替えと洗濯だ。第5話でララがたどり着いた「あなたたちを知れば知るほど新しい姿が見えて、そしてまた、もっと知りたくなる」の到達点がここにある。愛を、出来事ではなく日課として数えている。「私にはいつか、愛が」と続きかけたところを、茉里が「あんたに死んでほしくない」で遮る。
「じゃあなんやねん、その顔」
このやりとりで茉里が使うのは、いつもの物差しだった。「平気なフリすんな」「フリなんてしてない」「嘘」「嘘じゃない」「じゃあなんやねん、その顔」。
第3話で母が茉里に残した言葉は「大事なときに目そらす子や」で、彼女はそれをずっと自分の基準にしてきた。今回はそれが「顔」の形で出ている。言葉ではなく表情を見て、嘘だと判定する。そしてこの「顔」は、翌日そっくり自分に返ってくる。試合前のコーチが茉里を見て言うのが「お前、今全然そんな顔ちゃうで」で、茉里は「気のせいです」としか言えない。人の嘘を顔で見抜いた人が、同じやり方で見抜かれている。
手紙一枚を置いて、連絡手段ごと出ていく
音声入力を覚えた端末が、置いていかれる
翌日、ララは家からいなくなっている。それが分かるのは祥弥の口ぶりからだ。「こんな手紙だけで出ていって」「急やったなぁ」「ほんまにマリの応援ぐらい一緒に来たらよかったのに」。連絡は取れるのかと聞かれた答えが「無理。スマホ置いてった」。
この端末は第7話で茉里が父の古い一台を貸したもので、ララは文字が書けないので音声入力で使っていた。第5話では履歴書一枚に朝までかかった人である。書けるようになり、送れるようになって、その道具を置いていく。成長の記号が、そのまま別れの道具になっている。しかも残したのは手紙のほうで、覚えたばかりの手段ではなく、時間のかかる手段を選んでいる。
「人魚のことなんかわからん」
決勝当日、応援に来た祥弥が事情を聞くが、茉里はほとんど答えない。「とにかく、ララはもう帰ってこうへん」「なんで」「うっさい」。喧嘩でもしたのかと重ねられて返ってきたのが「知らんねん。人魚のことなんかわからん」だった。
第4話でララを受け入れた理由は「アホでおもろいやつは好きや」で、人魚かどうかは一度も条件になっていなかった。その茉里が、初めて人魚であることを壁として口に出している。分かり合えなかった、という言い方ですらない。分かるはずがない、という切り方をしている。祥弥の「ちょ、冷たない」がそのまま感想として正しい。
リサの言い分が、前の二話から変わっている
海への愛でも光は生まれる、という言い分
海へ戻ったララに、リサは思いのほか穏やかに接する。「薬はよく効いたみたいね」「安心して。これでしばらくは持つ」「ゆっくりここに慣れればいいわ」。連れ戻したというより、迎え入れている。
そして光についての説明が新しかった。「プリンセスたちは古くから、私たち海の世界への深い愛によって光を生んできた」「例外はないわ」「その光さえ芽生えれば、お父様たちは救われる。そしてあなた自身も泡にならずに済むの」。
第5話と第6話でリサが繰り返してきたのは「人魚と人間が愛し合うなんてできるわけないの」という禁止だった。今回はそこから一歩進んで、代案を出している。相手は人間でなくてよい、海への愛でも条件は満たせる、と。禁止より提案のほうが、断りにくい。
「好きなだけいていいわ」
そのうえで「好きなだけいていいわ」と言う。期限を切らず、選択も迫らない。第6話で「私たちにはもう時間がないのよ」と焦っていた人が、妹の前では時間があるかのように振る舞っている。
ただしリサは、茉里に説明したときは「本当の愛を見つけるしかない」と言い切っていた。ララの前では「海への愛で足りる」と言う。どちらかが嘘というより、外向けには結論を、妹には自分の解を渡している。この人にとって妹を取り戻すことと妹を助けることは、まだ同じ一つの答えのままだ。だから穏やかであればあるほど、ララにとっては断りにくい。
「例外はないわ」と言われた側が、自分は例外だと答える
怖いと口に出したのは、これが初めて
決勝の日、ララからの電話が鳴る。船の上からで、風の音にかき消されるほど遠い。「私、ルカともう会えないかもしれない」「だからもう会えないって」。そして「何も分からなくなっちゃった」「私、何のために、私は」。二百年ぶんの目的を持っている人が、目的そのものを見失っている。
そのあとの場面でララが出す答えが、この回の芯だった。「私は地上の世界へ戻る」。人間なんかと愛を結ぶなんて無理だと引き止められても、ララは「無理かもしれない」と一度そのまま認める。そのうえで続けたのが「私も怖かった」だ。第5話から本当の愛を探し続けてきた人が、怖いと口に出したのはここが初めてである。
根拠は見つけたものではなく、もう受け取っていたもの
そして怖くても戻る理由を挙げる。「怖くても、私の手を引いてくれる人がいて」「地上の世界に、人間たちに出会ってしまって」「ここに来てよかったって、そう思わせてくれた」。行き着くのが「地上に、この地上にこそ、光を感じるの」だった。
見つけたから戻る、とは言っていない。もう受け取っていた、と言っている。手を引いてくれた人がいた。ここに来てよかったと思えた時間があった。第5話のケーキ店で誰も自分を責めなかった朝も、第7話でルカが扉を閉めなかったことも、茉里が積み上げた日常も、全部そこに入っている。探しものは行き先ではなく、来た道のほうにあった。
しかもこれは、直前に置かれた「私たち海の世界への深い愛によって光を生んできた」「例外はないわ」への正面からの返答になっている。例外はないと言われた側が、自分は例外だと答えた。第6話でリサが妹を評した「あの子、何だって見つけちゃうんだから」「きっとあの光で、どんな暗がりからだって世界を見つけるのね」が、姉の望まない方向で当たっている。
副題「決勝戦の夜」
大きく動いたのは試合ではなく、そのあとの時間
副題が「決勝戦」ではなく「決勝戦の夜」であることが、この回の読み方を決めている。茉里は準決勝を勝ち上がり、翌日の決勝も制する。世界を目指すと言っていた選手が、まず一つ目を手に入れた。それでも題は試合を指していない。
試合が終わり、二人が並んで眠り、起きたあとの短い時間のほうに題が付いている。結果ではなく、結果のあとに交わした言葉のほうを主題だと言っている。第3話「目、そらしたら負け」も第5話「ケーキのためなら死ねます!」も、この作品の副題は勝敗ではなく人の口から出た一言を拾ってきた。今回もその流儀のままだ。
世界一になったらケーキを作る、という約束
その夜の会話がいい。ララがこれからどうするのかと聞くと、茉里は「もっと強いやつと戦う」「それから、もっと強いやつと」と、冒頭とまったく同じ答えを繰り返す。ララが「どういうこと」と食い下がると、返ってくるのが「それが私の生き様。かっこいいやろ」。ララは「わかんない」と正直に返す。
そこで茉里が足したのが「だったらプロになろうかな」「世界一になったら、ララにもわかるかも」だった。説明を諦めて、もっと先まで行って見せると言っている。冒頭でララが「怖くないの」と聞いて答えが出ないまま切れた問いに、ここで続きが足されている。
返しがララの「じゃあ世界一になったら、ケーキ作ってあげる」「私もカスタードだって作れるの」。第5話で洗い物と皮むきしか任されなかった人が、作れると言い切っている。そして世界一は何年も先の話だ。期限があると知っている二人が、期限のずっと先の予定を当たり前のように立てて、「絶対」「約束な」と念まで押している。この場面の重さは、二人が何を知っているかで決まる。
まとめ|「今まで通りやん」と言われて、「そうよ」と答える
変わったのは目的ではなく、恐れの扱いだけ
帰ってきたあとの短いやりとりが、この回の結論をそのまま言っている。これからどうするのかと聞かれてララが答えるのが「地上の世界で愛を探すわ」。すると返ってくるのが「今まで通りやん」。ララは否定しない。「そうよ。でも、私はもう恐れない。たとえ怖くても」。
目的は一つも変わっていない。第1話から同じことを言い続けている。変わったのは、怖さを認めたうえで進むと決めた一点だけだ。第7話で光が刃に変わった記憶を思い出して逃げた人が、今回は怖いまま前に出ることを選んだ。派手な転換に見えないぶん、戻りにくい変化になっている。
進むほど消えに近づく、という形は解けていない
ただし、この回で問題が解けたわけではない。ララの心が動くと体は人から離れる。冒頭で足がもつれたのがその証拠だった。地上にこそ光を感じると決めた以上、これからも心は動く。動けば体に出る。加えて薬は一時しのぎで、期限そのものは一日も伸びていない。
つまり第8話が用意したのは解決ではなく覚悟だ。怖さを引き受けたぶんだけ、これからの進み方は速くなる。そして進むほど泡に近づくという形は、第7話から一つも変わっていない。世界一になったらケーキを作るという約束が、いちばん遠くて、いちばん守らせたい一つになった。副題が試合ではなく夜を選んだ理由は、たぶんそこにある。




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